池松壮亮が語る、家族観と社会観 「人間は『社会』を諦めたら生きていけないはず」
Rolling Stone Japan / 2021年7月18日 12時0分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。実力派俳優・池松壮亮の最新主演映画『アジアの天使』。石井裕也監督とともにオール韓国ロケで挑んだ一作。コロナ禍の中、現地のクリエイターやスタッフとの共同作業を通して、池松が感じ取ったこととは? 家族観や社会観についても自論を語ってくれた。
Coffee & Cigarettes 29 | 池松壮亮
「よくタバコはコミュニケーションツールだとか、何か生産的なことに繋がるというようなことを言われてきましたけど、そんなのはほとんどまやかしだと思いますよ」
アメリカンスピリットを燻らせながら、彼は屈託のない笑顔をこちらに向けた。
池松壮亮。10歳の時に子役デビューを果たし、その数年後にはハリウッド映画『ラスト サムライ』でトム・クルーズと共演。以降も話題作に数多く出演し、2018年に主演を務めたドラマ『宮本から君へ』が2019年に映画化されると、その圧倒的な演技力で主要な映画賞の主演男優賞を受賞した。
若手の実力派俳優としてトップランナーを走り続ける彼は、一体どんなオーラを放っているのか。そう身構えて撮影現場で待っていると、普段着のままカメラの前に立ちリラックスした表情でカメラマンのリクエストに応じている。大スター然とした威圧感は微塵もなく、こちらの質問にも言葉を選びながら丁寧に答える池松。やはり、子役時代から大人たちに囲まれ仕事をしてきたことも影響しているのだろう。一瞬にして周りの人たちの心を魅了してしまう不思議な力がある。しかも視点や発想がユニークで、「タバコの魅力」について尋ねた時もこんな答えが返ってきた。
「みんな薄々気づいているはずなんです、タバコもお酒も『ただの嗜好品』だって。ただ好きで嗜んでいるのに、その後ろめたさをごまかすために後付けで綺麗事を足しているだけです(笑)。ある意味、男社会の悪しきロマンティシズムと言っても過言じゃないとさえ思います。別に嗜好品でいいんじゃないんでしょうか。その方が本来あるはずの価値を、改めて見つめ直すことが出来るはずです。少なくとも僕にとっての喫煙時間は、1日のサイクルの中で欠かせないひとときというか。思考をクリアにするためのいい時間になっています」
そんなタバコを、「こちらの気分に関係なく傍にいてくれる、一番の友達」と言って笑う池松。1日に大体1箱のベースで取材や現場の合間、自宅での作業の合間などに吸っている。
Photo = Mitsuru Nishimura
「こだわりがあるとすれば、紙巻きタバコが圧倒的に好きです。火をつけることに僕は価値を見出しているんですよ。これはただのロマンティシズムで、さっきの話とは思い切り矛盾してしまうんですけど(笑)、タバコって、これだけ規制が多い都会の中で唯一許される『焚き火』なんじゃないかと」
思わず唸ってしまった。タバコの魅力について、このような表現をした人に会ったのは初めてだ。池松の、こうした豊かな感性や想像力は一体どのようにして身についたのだろうか。
「本は好きですね。多くは仕事と繋がっていますけど、ジャンル関係なく常に読んでいます。小説もノンフィクションも、新刊から古典までなんでも読みますよ。ペースはその時の仕事量にもよりますが、常に読みかけの本を持って出かけています」
ちなみに池松が今読んでいる本は、写真家・映画監督の大西暢夫が書いた『ホハレ峠: ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡』。日本最大のダムに沈んだ岐阜県徳山村最奥の集落に、最後の一人になっても暮らし続けた女性の人生を追ったノンフィクションだという。
「まだ読み始めたばかりなので違ったら申し訳ないんですが、きっと小さなコミュニティの中でどうやって人が繋がり、助け合いながら日々幸せに生きるか みたいなことが書かれているのではないかと思っています。つまり本来の幸せとはなにかということです。たまたま知り合いに勧められて読み始めたんですが、やはり世界の行き詰まりを感じているからこそ惹かれたんだと思います。グローバル資本主義の行き着いた先にあまりにも大きな格差が広がり、個人の存在価値がお金に置き換えられ、いじめが横行し、いつまでも自分たちは優生思想から脱却できないでいる。そしてあらゆる物事が自己責任で片づけられる。そんな不寛容なこの世界で、未来に対してどういう生き方を目指し、提示していくべきなのかを考えている中で、コミュニティの大切さを見直すべきなのではないかと。やはり人と人とがフィジカルに繋がり、互いを思いあって、共存して生きていかなければいけないのではないかと。そして映画も同じく、そこからしか何もクリエイティブなものは生まれない。それは、撮影で韓国へ行った時にも強く感じたことです」
Photo = Mitsuru Nishimura
池松が主演を務める映画『アジアの天使』(7月公開予定)は、石井裕也監督が初めて韓国のクリエイターと、オール韓国ロケで挑んだ作品である。妻を亡くし、兄を頼って幼い息子と共に韓国へ移住を決める主人公を池松が、ソウルで売れないタレントをしながら家族を支えるヒロインをチェ・ヒソが、そして韓国でその日暮らしをしている主人公の兄をオダギリジョーが演じ、貧困に喘ぐ日韓の家族が「新しい家族」のカタチを模索していくストーリー。池松と石井監督がタッグを組むのは、『ぼくたちの家族』『バンクーバーの朝日』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『町田くんの世界』に続いて長編だけで5度目となる。
「脚本を読んで、深く共感し、とにかく素晴らしいと思いました。作品のテーマや語り口が新しくユニークで、何か新しいことに挑戦できる映画だなと。韓国での撮影は初めてでしたし、文化やものの考え方が違う人たちと同じ作品を作り上げるのは、非常にチャレンジングでした。言葉が分からない人たちと手を取り合い、緩やかに団結しながら『新しい共同体』を探っていく経験は、映画の中のストーリーともシンクロするものでした。もちろん、お互い理解し合うまでに普段より何倍もの時間がかかります。忖度していてはゴールに辿り着かないので、お互いに言いたいことを言い合って、その上で理解し合い、互いの合致点を見つけていくのは大変な作業です。それでもこうして何とか一つの作品が出来上がったことは、コロナになった今どれだけ貴重な体験であったかを思い知らされています」
©2021 The Asian Angel Film Partners
そう、本作は新型コロナウイルスの感染が世界中に広がっていく中、スタッフたちの努力により奇跡的に無事クランクアップさせることが出来た作品だという。
「ちょうど撮影に入って3日目くらいに、韓国にもコロナが入ってきたというニュースが流れてきました。ソウルでの撮影が終わり、江原道(カンウォンド)へと移動する頃には街の至るところでドローンを飛ばして殺菌をしていました。韓国の方が、危機感は強かったです。SARS、MERSの記憶も新しいですし。『これはヤバい事になるかもしれない』と、みんながざわついていたのを覚えています」
>>【すべての写真を見る】池松壮亮|本誌撮り下ろし写真、舞台挨拶、オフショット写真など
言葉も分からない異国の場所で、コロナの脅威に晒されながらの撮影は想像を絶する辛さだったに違いない。そんな苦境を乗り越えるために、池松が指標にしていたのは一体どんなことだったのだろうか。
「とにかく『諦めない』ことでした。何を諦めないのか?と問われれば、それは映画でもあるし『人』でもあります。もしくは違いを認めた上で『隔たり』を超えていくことかもしれません。映画作りは1人の作業ではないので、共演者ともスタッフとも密に関わり合いながら、ただひたすら邁進した先に見える景色を信じ続けるしかない。それは今回の作品に限らず、映画を作っているときには毎回考えていることです。そうして完成した作品を通してカメラの向こう側にいるお客さんや、映画館で働く人たち、こうやって取材をしていただける関係者の方たちの心に触れることが出来たなら、それが何よりも映画の力を感じ、幸せなこと。強いて挙げれば、それが僕の指標なのかも知れないですね」
さて、前述したように映画『アジアの天使』では新しい家族のあり方が提示される。池松は現在、どのような家族観を持っているのだろうか。
「自分の家庭を持つ経験はまだないですが、憧れはあります。人間は『社会』を諦めたら生きていけないはずです。社会にはいろんな形態があり、その最小単位が『家族』だと思うんです。ただしそれが今、多様化する価値観の中で従来の意味が崩れつつある。個人的には『家族』という言葉や制度やルールに囚われなくても、どんな形であれ人はコミュニティ、社会を形成しながら進化し続けていくと思いますね。この映画の中でも少し触れていますが、これまでの『家族』のカタチに囚われなくてもいい時代が来るはずだし、そうあるべきだとも思っています。ひょっとしたら『家族』という言葉もいずれ消滅するかもしれないけど、たとえ言葉やルールが変わったとしても、大切な人を思う気持ちは変わらないはずだと思っています」
『アジアの天使』
2021年7月2日(金)より、テアトル新宿ほか全国公開
配給・宣伝:クロックワークス
出演:池松壮亮 チェ・ヒソ オダギリジョー
キム・ミンジェ キム・イェウン 佐藤凌
脚本・監督:石井裕也
7月18日(日)、19日(月)と、テアトル新宿にてトークイベントが開催される。
詳しくは、HPをチェック。
池松壮亮
1990年7月9日生まれ。映画『ラスト サムライ』で映画デビューし第30回サターン賞では若手俳優賞にノミネート。2017年『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』、2018年、映画『斬、』、2019年、映画『宮本から君へ』で3年連続で主要な映画賞の主演男優賞を受賞した。待機作に中国映画『1921』、『柳川』、9月17日~放送NHKドラマ「オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ」などがある。
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