拘置所で自殺したエプスタイン、「イスラエルのスパイ」説が浮上
Rolling Stone Japan / 2021年7月19日 6時45分
左から、故ジェフリー・エプスタインとギレーヌ・マックスウェル。1995年6月14日、ニューヨークシティで行われたバットマンフォーエヴァー/Rマクドナルドのイベントにて。(Photo by Patrick McMullan/Getty Images)
未成年の少女らを性的人身取引したとして起訴された後、勾留中に自殺をはかって死亡した米富豪のジェフリー・エプスタイン。英ジャーナリストのヴィッキー・ワードが、ローリングストーン誌に新たな推論を寄せてくれた。
【画像を見る】所有する牧場で女性を妊娠させ、自分のDNAを拡散しようと計画していたエプスタイン
2002年、私がヴァニティ・フェア誌でジェフリー・エプスタインの資産について記事を書いたとき、彼の名前は世間一般に知られているわけではなかった。同じころ、私はマサチューセッツ州デベンズにあるデベンズ連邦医療センターを訪問し、受刑囚の1人スティーヴン・ホッフェンバーグと面会した。
私たちは娯楽エリア近くの小部屋に座っていた。ホッフェンバーグは支給のオレンジの囚人服。双子を身ごもって数カ月だった私は、刑務所の規則通り、できるだけ目立たない格好をしていた。
あれは実に興味深い面会だった。
ホッフェンバーグは4億5000万ドル相当のネズミ講詐欺で懲役18年の刑に服していた。80年代、彼は債権回収会社Towers Financial社を経営しており、エプスタインは会社の外部顧問として一緒に仕事をしていた。ホッフェンバーグの話では、エプスタインはTowers社を世界的大企業にする計画を抱いていたそうだ――ただし、違法な手段で。
だがホッフェンバーグはエプスタインと彼のアイデアにすっかり魅せられ、彼のオフィスの賃料まで肩代わりしていた(今では、あんなことをするなんて自分は「バカ」で強欲だった、と本人は言っている)。
ホッフェンバーグは悲しげな笑みを浮かべながら、自分はエプスタインのお荷物だった、と言った。一緒に仕事していた時、エプスタインは自分がいかに人々や組織をだましてのし上がってきたかを打ち明けた――しかも今度は、2人で詐欺を働く計画だったのだ。
ホッフェンバーグの話では、エプスタインは完全な詐欺行為に特別な呼び名をつけていた。彼はそれを「playing the box」と呼んでいた。つまり万が一犯罪がばれても、被害者が社会的屈辱を受けるか、あるいは巻き上げた金が絶対に手の届かない場所に隠してあったため、どうすることもできない仕組みになっていたのだ。
まさかエプスタインが自分をだますだろうとは思いもしなかった、Towersから1億万ドルを巻き上げて海外口座に移し、その一方で連邦検事に協力して自分を売るなんて、とホッフェンバーグは私に語った。ホッフェンバーグに打つ手はなかった。彼は有罪を認めたため、裁判は行われなかった――したがって真相は闇の中だ。
ホッフェンバーグの主張をすべて証明することはできない――だが、話の一部は正しい。
エプスタインの「秘密」
実際に私も、エプスタインが確かに検察に寝返ってホッフェンバーグを売ったことを突き止めた。彼は検察に少なくとも3度供述を行った。もし事件が裁判沙汰になっていたら、ホッフェンバーグよりもエプスタインにはるかに不利な結果になっていたかもしれなかった、とある情報筋は語っている。
ホッフェンバーグはエプスタインが隠しておきたがった秘密も知っていたそうだ。エプスタインが諜報活動員に転向したというのだ。
ホッフェンバーグとエプスタインの関係は、ヴァニティ・フェア誌のインタビュー当時、富裕層限定の資産管理のプロを自称していたエプスタインが私に語って聞かせた話とはまるで違っていた。
私が慎重にホッフェンバーグの話題を持ち出し、2人が関係していることを裏付ける証拠があると言うと、エプスタインは態度を変えた。
彼は、ホッフェンバーグのことはほとんど知らない、いくつかの案件で顧問を務めただけで、ホッフェンバーグの起訴には一切関わっていない、と言い張った。もし私が少しでも違う内容のことを書けば痛い目にあうぞ、とも言った。実際の発言はこうだ。
「もし少しでも不正をにおわせる記述があれば、個人的に君を訴えてやる。私は本気だ、肝に銘じたほうがいい。私はその気になれば、手荒い真似もできるんだ……雑誌社でなく、君に対してだ。私を怒らせたのは君だからだ。こうなったのも君のせいだ……キャリアを棒に振らないほうがいいぞ」
エプスタインがホッフェンバーグに関して「神経を尖らせた」のと同じくらい、彼は「女の子たち」にも神経を尖らせた。
私がいずれかの話題を持ち出すと、彼は逆上した。
今になって思えば、ホッフェンバーグは「女の子たち」と同じぐらい大きな問題だったのでは、と思わずにはいられない。ホッフェンバーグから聞いた話では、エプスタインは1980年代に不名誉な理由でBear Sternsを退職した後、オフショア取引で腕を磨いた。エプスタインの師匠はホッフェンバーグもよく知る人物、2011年に他界したイギリスの防衛請負業者ダグラス・リーズ氏だ。
ホッフェンバーグはリーズ氏が武器密輸商だったと主張している(リーズ氏の息子ジュリアン・リーズ氏はこれを否定している)。だがイギリス議会の記録には、1980年代初期のヤルアママ武器密輸取引に関連してリーズ氏の名前が挙がっている。
メディア王の娘、ギレーヌ・マクスウェル
最初の面会でホッフェンバーグが、エプスタインの手口を理解する上でリーズが重要人物だ、と言ったのをはっきり覚えている。リーズ氏はエプスタインにヨーロッパの名士のみならず(のちに彼の餌食となった)武器取引の関係者の面々を紹介し――その中にはトルコ生まれの実業家アドナン・カショギ氏もいた――今は亡きメディア王、ロバート・マクスウェル氏とも引き合わせていたらしい。
2002年当時、私はこの話にさほど気にも留めなかった。
というのも、エプスタインがさらりとかわしたからだ。
エプスタインはまず、マクスウェル氏とは面識がないと言った。私はそれまで聞いたこともなかったリーズ氏の名前を挙げ、彼のことを知っているかと2回尋ねた。エプスタインの答えはノーだった。2回目の時には、わざわざこうまで言った。
「ダグラス・リーズ……知り合いの父親かな……息子のほうはFerranti社と付き合いがあったと思う。あそこには、さっき聞かれたような連中が集まってくるからね。たしか名前はニコラスで……家は66番地あたりで、家族みんなで住んでいたんじゃないかな」
それでリーズ氏のことはすっかり忘れてしまった。エプスタインがマクスウェル氏を知っていたという件も、あえて深堀りしなかった。
だがあれから数年後、マクスウェル氏の娘に関するPodcastとドキュメンタリーシリーズの記事で、リーズ氏の名前が再び浮上した。マックスウェル氏の娘ギレーヌは、未成年者の売春取引疑惑でエプスタインをサポートしていたとして現在公判を控えている(本人はすべての容疑を否認している)。
最初は、私が見つけたリーズ氏の訴状だ。フロリダ州に提出された訴状の中で、彼は「自分がアメリカ企業も含め、極秘情報を扱う様々な民間企業と関与しており、中には政府関連プロジェクトや極秘民間プロジェクトが絡んだものもあった」と断言している。
ふたつめは情報源の話だ。その人物は(デリケートな話題なので本人の希望により匿名)1981年にエプスタインの誘いを受け、リーズ氏と3人でプライベートジェットに乗ってペンタゴンへ向かったという。
リーズ氏の息子ジュリアン氏でさえも、自分の父親が1980年代にエプスタインとはある種の師弟関係にあった、と語った。エプスタインが父親を知らないふりをしたことに、彼は完全にショックを受けていた。
だとしたら、エプスタインがリーズ氏について黙っていた理由は何か?
ロバート・マクスウェル氏を知らないという発言も、同じく意味がないのか?
スパイ説が本当だとしたら?
ホッフェンバーグの話では、エプスタインはロバート・マクスウェル氏の「負債」問題の解決など、同氏といくつかの案件でかかわったと話していたそうだ(マクスウェル氏は1991年、非常に不審な状況でこの世を去った。真夜中に自ら所有していたヨットLady Ghislaine号から転落したとみられるが、その後従業員の年金から数億ドルを横領していたことが判明した)。
プーチン露大統領に「助言」をしている
またホッフェンバーグはエプスタインから、マックスウェル氏とリーズ氏を介して、ホッフェンバーグが言うところの「国家安全保障問題」に関わっていた、と聞かされていた。ホッフェンバーグの話では、「非常に重大で危険なレベルの脅迫、不当干渉、情報取引」が絡んでいたという。
そしてここから話はややこしくなる。
4人の情報筋の話――オフレコではない――によれば、エプスタインは1980年代に武器取引に手を染め、それをきっかけにイスラエルを含む複数の政府の下で仕事をするようになったという。
これら情報筋の中には、かなり信頼できる人物もいる。だが肝心なのは、生前イスラエル政府と他国政府の仲介役だったマックスウェル氏がエプスタインをイスラエル幹部と引き合わせた、という点だ。おそらく彼らは旧ロシアの「工作員」のように、エプスタインを「情報操作作戦」で役立つコマとして利用していたとみられる。
元武器商人から元スパイに至るまで――それにホッフェンバーグも――さまざまな情報筋の考えによれば、倫理的指針を持たないエプスタインはさらに一歩踏み込み、影響力のある人々のきなくさい行動を記録して、彼らを裏切ることにしたようだ。
こうした話を証明することは全くもって不可能だ。ロバート・マクスウェル氏に親しい人々も、ばかげた話と言っている。
だが、腑に落ちない点がある。
ひとつに、エプスタインは2008年、永住を見据えて実際にイスラエルを訪問し、2009年には有罪を受けた州犯罪に対する懲役刑を免れた。彼は帰国の途で、気が変わって報いを受けることにした、とロシア人モデルのキーラ・ディクタイアに告げた(彼はこの時、はるかに重大な連邦捜査を不起訴取引でまんまと逃れたことについては触れていない)。
ひとたび刑務所から出所したエプスタインは生前最後の10年間、ジャーナリストなど様々な人々に、自分は様々な海外要人に助言しているのだ、と豪語した。ウラジーミル・プーチンやムハンマド・ビン・ザーイド、ムハンマド・ビン・サルマーン、アフリカ諸国の独裁者、イスラエル、イギリス政府――そしてもちろんアメリカ人にも。
さらにそのうちの数名には、武器やドラッグ、ダイヤモンドで財を成した、とも語った。
ジャーナリストのエドワード・J・エプスタイン氏には、自分は密売人の天国と呼ばれるアフリカ東部ジブチの遠洋港のオーナーと深い仲で、実質的には自分が仕切ってるようなものだ、と語った。
諜報コミュニティの情報筋によれば、この話はでたらめだ――だが、全くばかげた話とも言い切れない。アフリカと中東を結ぶ仲介者として、彼の名前は確かに挙がっていた。諜報コミュニティ内では、様々な文化圏やネットワークを行き来する「ハイパーフィクサー」として知られていた。
この手の人々はたいてい、自分たちの活動については口を固く閉ざすものだ。
だがエプスタインは黙っていなかった。壁にはMBSことサウジアラビア皇太子やビル・ゲイツや彼のサロンにたむろしたVIP連中の写真を飾っていた。
なので、「彼は諜報界の貴重な財産だった」と証言する情報筋が、「彼は諜報界の負債になってしまった」と言ってもなんら不思議はない――おそらくそれが理由で彼は一切の「保護」を失い、逮捕されてしまったのだ。
「自分の行動を隠しおおせる唯一の方法は人目につかないようにすること」
元モサドの工作員であるヴィクター・オストロフスキーを含め、私が取材した人々の一部は、ロバート・マクスウェル氏もまったく同じ状況だった、同じ理由でマクスウェル氏も殺された、と主張している。同氏の場合は金銭問題が弁慶の泣き所だった(同氏の正式な死因は心臓発作と言われている)。
これらをすべて、一体どう解釈すればよいのか?
スティーヴ・ホッフェンバーグと最初に面会した2002年、彼にこう尋ねたのを覚えている。普段は人目をはばかっているエプスタインが、わざわざ表に姿を現して、ビル・クリントン前大統領とアフリカへ飛んでメディアの注目を集めたのはなぜだと思いますか?
ホッフェンバーグは微笑んだ。
「奴も抗えなかったのさ。自分でルールを破っちまったんだ」とホッフェンバーグ。「奴はいつも言っていた、自分の行動を隠しおおせる唯一の方法は人目につかないようにすることだとね。だがついに彼も行き過ぎて、自爆したのさ」
ヴィッキー・ワード氏は、Audible OriginalのPodcast『Chasing Ghislaine』の司会者。Podcastは7月15日に配信スタート。
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