死の恐怖を乗り越えて学んだこと ハイエイタス・カイヨーテのネイ・パームが激白
Rolling Stone Japan / 2021年7月21日 18時45分
ハイエイタス・カイヨーテの最新アルバム『Mood Valiant』は、ネイ・パームが乳がんを克服して生み出した作品である。ぺリン・モスは先のインタビューで、「彼女も辛い経験をして、人生観が変わったんだと思う」と語っていた。6年間に及んだアルバム制作は、彼女に何をもたらしたのか? 音楽の申し子を最大のピンチから救ったのは音楽だった。
ハイエイタス・カイヨーテは2013年、突如シーンに現れた。歌もギターもファッションもすべてが強烈で、カリスマ性にあふれるフロントマンのナオミ ”ネイ・パーム” ザールフェルトを中心に結成されたこのグループは、その並外れた演奏能力や奇想天外な作編曲であっという間に注目を集める存在になり、2013年のデビュー作『Tawk Tomahawk』はいきなりグラミー賞にノミネートされた。2015年の2作目『Choose Your Weapon』でのレベルアップしたサウンドは日本でも大いに評判となり、アンダーソン・パーク、ビヨンセ&ジェイ・Z、チャンス・ザ・ラッパー、ドレイクといった名だたる大物たちが楽曲をサンプリングしたことで、4人の知名度は飛躍的に高まった。
しかし、2018年にネイ・パームが乳がんを患っており治療に専念すると発表。バンドは数年間の活動休止を余儀なくされたが、彼女の手術が成功したことで、回復を待って曲作りを再開。かくして6年ぶりのニューアルバム『Mood Valiant』をここに完成させた。
コロナ禍の長い自粛期間を利用し、バンド的な要素が強かったこれまでの作風に加え、個々のプロデューサーとしての能力を全力で発揮させたサウンドは、まさしくハイエイタスの新境地だ。そしてここではネイ・パームの強い希望で行われた、ブラジル録音の成果が重要な役割を果たしている。その目玉は同国の伝説的な作曲家兼アレンジャー、アルトゥール・ヴェロカイとのコラボレーションだろう。彼が1972年に発表した『Arthur Verocai』はカルトクラシックとして知られ、サンダーキャットやフライング・ロータスなど数多くのミュージシャンが影響源に挙げている。そんなヴェロカイが手掛けたホーン&ストリングスのアレンジを「Get Sun」など3曲で取り入れ、『Mood Valiant』をさらに強力なものにした。さらに、ブラジルでは原住民のヴァリナワ族の文化にも触れ、その影響もアルバムに盛り込まれている。本作はハイエイタスの最高到達点を再び更新したと断言しよう。しかも、新たな所属先はフライング・ロータス主宰のブレインフィーダーだ。
ネイ・パームが取材中、「このアルバムを作り終えた時、『私はやったんだ、生き残ったんだ』っていう感慨があった」と話していたときの表情が忘れられない。「勇敢(variant) なムード」というタイトル通り、がんを克服してみせた彼女のタフな人生観は、私たちにも大きなヒントを与えてくれるはずだ。
ヒップホップカルチャーと
偉大なる先人へのリスペクト
ー2016年の来日公演で、すでに「Chivalry Is Not Dead」など新曲を披露していましたよね。『Mood Valiant』に収められた曲はいつ頃に作られたんでしょうか?
ネイ:いくつかは結構前からあった曲だね。たとえば「Get Sun」はバンドの男性陣と会う前(結成は2011年)に書いたかなり古いもの。それをみんなに聴かせたら「ぜひこの曲を完成させよう」ということになった。どの曲にも特有の世界観があるけど、「Get Sun」はかなり重要な曲だと思う。アレンジにアルトゥール・ヴェロカイを迎えて作ったことも含めてね。収録曲の大半は(地元である)オーストラリアのスタジオで録ったけど、アルトゥールのアレンジはブラジルまで行って録音したもの。その時にリオで録ったのが「Red Room」と「Stone Or Lavender」。もともとはアルバムに入れるつもりじゃなかったんだけど、ブラジルに向かう機内とスタジオで書いてみたら……まあ、それはスタジオの時間が余分に取ってあったからで、とにかく当初の予定にない2曲を作ることができた。
もう一つ、「Get Sun」がアルバムを形作るうえで重要なのは、リオに滞在したあとにアマゾンに行って、ヴァリナワ族と一緒に過ごすきっかけになったから。そこで女性の歌声だったり、カエルや鳥の鳴き声だったり、とても美しい声のメモを録って、そういったたくさんのフレイバーや色彩が、アルバムをひとつにまとめる役割を果たしている。さらに、アルバムのオープニング(「Flight Of The Tiger Lily」)にも「Get Sun」の一節を使っているし、アルトゥールは「Stone Or Lavender」のアレンジもやっていて、それがアルバムを締め括るものとして機能している。そういう意味では、「Get Sun」はただの1曲ではなく、この曲(を作ろうと思ったことで実現した様々な体験)の影響がアルバム全般に及んでいるわけ。
この投稿をInstagramで見る Nai Palm(@artykarateparty)がシェアした投稿 アルトゥール・ヴェロカイ(写真左上)とハイエイタス・カイヨーテの面々
ーなぜ、アルトゥールにオファーしたのでしょうか?
ネイ:私たち全員が大ファンだから。彼は本当に素晴らしい作曲家で、いつか一緒に共演してみたい夢リストにずっと入ってたし、自分たちのヒーローと一緒に作れたら、美しい形でアルバムを締め括れるんじゃないかと思った。今回の制作における「壮大な旅の終わり」って感じでね。実際に彼が引き受けてくれたのは超ラッキーだった。
彼が素晴らしい作曲家であるということ以外に、一緒に仕事をするうえで重要だったポイントがある。アルトゥールは(1972年に)セルフタイトルのアルバムを出した時、商業的にはあまり成功することができず、インタビューでも長年そのことを恥じていたと語っていた。それからCMのジングルを作る仕事を10年くらいやったあと、ヒップホップのアーティストたちが彼の音楽をサンプリングしたことで、埋もれていた彼の音楽が初めて再浮上した。そんなふうに遅れてカルトな人気を得てきた経緯がある。
アルトゥール・ヴェロカイ「Na Boca Do Sol」をサンプリングした、MFドゥーム「Orris Root Powder」。ヴェロカイはバッドバッドノットグッドが10月8日にリリースする最新アルバム『Talk Memory』にも参加。
ハイエイタス・カイヨーテ「Building a Ladder」をサンプリングした、ドレイク「Free Smoke」
ーそうですよね。
ネイ:それってすごく美しいストーリーだと思う。ヒップホップカルチャーが彼に自己愛と自尊心を取り戻させたんだから。そういう意味では、私たちも(リスペクトを示すために)彼の音楽をサンプリングするやり方もあったと思う。その一方で、私たちハイエイタスにも、多くのアーティストにサンプリングされてきた美しいストーリーがある。そこで今回はサンプリングするのではなく、実際にアレンジをお願いすることで、彼の音楽を祝福するのがいいんじゃないかと考えた。そうすることで、多くのアーティストを繋げてきたサンプリングカルチャーのグローバルな会話に、私たちも加わることができると思ったから。ヒップホップを単なるジャンルだと思ってる人も多いけど、実際はヒップホップの中にかなりいろんなものが集められている。それは私たちがアーティストとして表現したいことでもある。サンプリングカルチャーの恩恵を受けると同時に、偉大な先人を称えて、自分たちよりも若い世代のファンたちにアルトゥールを紹介したいという思いもあった。
「パーティー」と「涙」
両極端の振れ幅が表す感情
ーアルトゥールの音楽のどんなところに惹かれますか?
ネイ:個人的にはハーモニー。私はそれほど音楽理論に詳しいわけじゃないけど、自分がヴォーカルのハーモニーを重ねようとする時に選びがちなのは、緊張感を生むような音。彼はそういうハーモニーが本当にうまい。聴いていて安らぐのと同時に緊張感があって、その音と音の近さが本当に大好き。私たちの曲を彼がどんなふうにアレンジしてくれるのか、事前にまったく想像できなかったけど、うまくいくという確信はあった。アーティストとしての在り方は全然違うけど、私たちは複雑なハーモニーを大切にするという意味で同志だと思うから。
ー先ほど重要な曲だと話していた「Get Sun」は、どういったプロセスで完成したのでしょう?
ネイ:もともと「Get Sun」は何年も前に私がギターで書いたもので、その時点で基本的に完成していて、それを男性陣に聴かせてアレンジに取り掛かった。そこからバイロンベイっていう、オーストラリアの美しい熱帯雨林にあるスタジオで楽器をトラックごとに録った。そこには5日間くらい滞在したんだけど、都会の雑音から離れて、ただ音楽だけがあるキャンプみたいな感じですごく楽しかったのを覚えてる。そのあとヴォーカルを録る直前に、私が乳がんだと診断されて休まざるを得なくなった。でも、それがすごく深い経験になったような気がする。ようやくヴォーカルを録音しようという段階に、とてつもなく深い感情を抱く出来事が起きて、結果的にそれをパフォーマンスに込めることができたわけだから。
というわけで、自分の人生を変えるメチャクチャ大きい出来事があったあと、場所を変えてレコーディングすることになった。そんな感じだから、今回のアルバムを完成させるまでに何年もかかったし、その間にはいろんな出来事があった。そんな紆余曲折を経て、(最後に)アルトゥールを迎えて「Get Sun」を完成させることができたのは、私にとってご褒美のようなもの。デザートの上に乗ったサクランボみたいな。喜びに満ち溢れた唯一無二のアレンジが加わることで、私たちも改めてこの曲と恋に落ちることができたというわけ。
アルトゥール・ヴェロカイ、2019年のライブ映像
ーアルトゥールと行った共同制作のプロセスについても伺いたいです。
ネイ:リオのかなり綺麗なスタジオで、初めて彼と会った。それまではメールのやり取りだけだったから。私たちがスタジオに到着すると、まずは管楽器の奏者たちがやってきて、それからしばらくして弦楽器のミュージシャンが来たんだけど、その2つのセクションがあまりにも対照的だったのが面白かった。
ホーンの人たちはエネルギッシュで「イエーイ!」っていう、パーティーみたいなノリ(笑)。私たちはどんなアレンジになるのか知らなかったから、ランチ休憩の時にこれ(管楽器が入るだけ)でもう終わりなのかと思ってた。そしたらアルトゥールが「まだあるから待ってなさい」と言って、後からストリングスの人たちが現れた。彼らはさっきの管楽隊とは打って変わって、とてもエモーショナルで真剣で、コントロールルームで演奏を聴きながら泣いちゃうくらい美しかった。管楽隊は「パーティー」で弦楽隊は「涙」、その振り幅が「Get Sun」がもつ感情を表していると思う。
そして、アマゾンに行ったあと帰国してからパンデミックになって、私たちはみんな閉じ込められた。それはつまり、じっくり細部にまでこだわって完璧に仕上げるための時間ができたということでもある。通常だったらツアーをやっていたはずだから、そういう時間が持てたのはある意味ラッキーだったと思う。アーティストにとってスタジオ時間は貴重なものだから。そして、私たちは満足いくものに仕上げることができた。
ヴァリナワ族との交流、
変幻自在なハーモニーの秘密
ーアマゾンでの体験は「Hush Rattle」に関係があると思います。ここにクレジットされているヴァリナワ族と出会うまでの経緯を教えてください。
ネイ:アナっていう友達がいて、彼女の声が「Flight Of The Tiger Lily」に入っているんだけど、そこでは鳥の名前をヴァリナワ語で何て言うのか教えている。彼女はリオ在住で部族のPajé、つまりメディシン・マン(部族の祭式を取り仕切るシャーマン)と親しくて、私がブラジルにいる間にアナが彼の家族と会うことになり、そこへ私も誘ってくれた。
それから10日間くらい一緒に過ごしたんだけど、最後の日にそのコミュニティの人たちがみんなで集まり、ビーズの飾りがついた伝統衣装を着て、私とアナのためにメディシン・ソングを歌ってくれた。それを私たちは録音させてもらった。だから「Hash Rattle」には女性が歌っている声が入っているし、あの曲はアルバムのなかでも、ほとんど神聖と言っていいくらい特別なもの。あの曲では私も、彼らに教わったヴァリナワの言葉で歌っている。「エヤエウェッイ、エヤエロナッイ」と歌ってるんだけど、「エウェッイ」が「全身全霊であなたを愛しています」、「エヤエロナッイ」は「いつもあなたを恋しく思っています」という意味。私はこの言葉をヴァリナワの人々へのラブレターとしても使っている。
この投稿をInstagramで見る Nai Palm(@artykarateparty)がシェアした投稿 ヴァリナワ族とネイ・パーム
ネイ:で、私の歌のバックに(現地で録音した)女性たちの歌声のサンプルを入れてるんだけど、みんな節の終わりをメチャクチャ長く伸ばせるし、ひとりずつが違う長さで終わって、パッと音を切る時の声がまた美しくて。その部分も曲に入ってる。あと、最後にヤクって名前の男の子が、自分が描いた戦士の絵を見せてくれた時の「オヘマワタ」、「僕が描いたかっこいい絵を見てよ」っていう意味の声も入ってる(笑)。だからこの曲には歌声だけじゃなくて、私があそこで過ごした時間も入ってるわけ。
ちなみに笛の音も入ってるけど、それは次の曲「Rose Water」からのもので、これはガイタっていうコロンビアの笛。メルボルンにいる私の友達がこの楽器をやっていて、ハイエイタスの前に、彼と一緒にクンビアのバンドをやっていたことがあった。実はブラジルに行く前から「Rose Water」用にこの笛を録音してあったんだけど、その一部分をテープマシンでスロー再生して使っているから、「Rose Water」のものとはピッチが違う。そこにヴァリナワの女性たちの声を重ねて2つの曲を繋げたんだけど、この部分は私にとって特別なものになった。
ー「Get Sun」ではあなたの声が楽器のようにたくさん入っています。1曲の中でもどんどん重ね方も変わるし、エフェクトで質感や響きを変えた様々な声が組み合わさっている箇所もあります。この曲における声のパートはどうやって作ったんですか?
ネイ:私がアーティストとして一番好きなのはヴォーカルのハーモニー。でも、スタジオに入る前に自分が何をやるかはいつも全く考えていない。理論はわからないから、事前に譜面を書くこともしないしね。頭の中で鳴っている音をよく聴いて、スタジオに入った時にそれを具現化するって感じ。あと面白いことに、実際はヴォーカルにほとんどエフェクトはかけてない。一箇所くらいコーラスで使ってるけど……バイロンの熱帯雨林にいた時に空の貯水槽があって。そこにアンプを入れてみたら、貯水槽が生のリバーブをかける役目を果たしてくれたんだ(笑)。音をそこに送ると、すごく綺麗でオーガニックなエコーがかかってくれた。自分はスタジオで歌っていて、貯水槽からは離れたところにいるんだけど、マイクの横にスピーカーがあって、貯水槽に送られていく音を同時に聴いていた。その音が少し「Get Sun」のミックスに入っている。それと「Sparkle Tape Break Up」では、貯水槽でかなり遊んだからあれだけ突拍子もない感じになった。
ネイ:でもとにかく「Get Sun」のヴォーカルのレイヤーは、エフェクトっぽく聴こえるような混ぜ方をしてるけど、実は自分自身への挑戦という感じで、人間の声は変幻自在なんだってことを実践している。ヴォーカルを重ねる時は、息継ぎや音の切り方次第でいろんなニュアンスや質感を出すことができる。それは普段から物凄く意識してやっていること。さらにこの曲では、本当は(エフェクトを使っているのではなく)生の声で、聴いている人の耳を引っ掛けるようなことをやろうと思った。というわけで、(普段から)プロダクションではそれほど弄らず、ほとんど歌い方だけで表現して、今回のトリックは空の貯水槽だったっていうこと。
「死」と向き合いながら
ネイ・パームが見つけたもの
ー『Mood Valiant』はかなりの時間をかけて作られただけに、制作しながら曲がどんどん変わっていったのではないかと想像します。楽曲やサウンドの変化に触発されて、後から歌詞を書き換えた曲はありますか?
ネイ:曲ごとに成り立ちは違っていて、たとえば「Chivalry Is Not Dead」はみんなで書いてツアーでもやってきて、いい感じになってたからほとんど変えてなくて、古い曲に新たな命を吹き込んだのはヴォーカル・ハーモニーの部分だった。その一方で、「Sparkle Tape Break Up」はレコーディングとミックスを終えたあとに歌詞を書いた。「And We Go Gentle」もそう。この曲はスタジオでのジャム演奏からできた曲で、私がアイルランドにいた時に思いついたフックを基にしていて……だから、本当にいろんなものを繋ぎ合わせたタペストリーみたいなアルバムになったと思う(笑)。
ネイ:「And We Go Gentle」はアイルランドにいた時に、ペリンにライターを借りたくて「火を貸して」って言ったんだけど無視されて、彼がライターを貸してくれるまで嫌がらせしようと”♪Can I get a light〜”みたいに口ずさんでたのが最初のきっかけ(笑)。そのフックを基にセッションしてみたら「いい感じだからちゃんとした曲にしよう」となって、そこから蛾の曲にしようと思いついた。「火がほしい」というコンセプトをどう広げようかと考えて、誰が一番火を求めているかといったら蛾だなって。明かりに引き寄せられすぎて、火に飛び込んで死んじゃうこともあるくらいだし。
あと、この前日本に行った時が、私の母が亡くなってちょうど10年目だったんだけど(ネイは自分と同じ病で母親を亡くしている)、その時に巨大な黄緑色のルナモス(蛾の一種)を見つけて、2日間くらいずっと私から離れなかったんだよね。それでこのタトゥーを入れたんだけど(手の甲にある蛾のタトゥーを見せる)本当にきれいだった。それで蛾についての曲を書こうと思って……あとはモスラも少し引用している。唯一ゴジラを倒せるのがモスラで、天使みたいな蛾っていう発想がすごい好き。ヴァースの歌詞に”Moonlight, I see why some go.”っていうくだりがあるんだけど、それは映画のモスラに出てくるムーンライトSY-3号っていう宇宙艇の名前をもじったもの。そういうオタクっぽいネタも入ってる。歌詞をあとから作る時に楽しいのはそういうところ。最初はただ、ペリンがライターを貸してくれなかったっていうところから始まって、そこから進化してここまで行けるわけだから(笑)。
Photo by Tré Koch
ー今回のアルバムを作ったこと、前作から今作を完成させるまでの過程は、あなたの人生にとってどんな意味を持ちそうですか?
ネイ:前作をリリースしたのは6年前で、そのあと私たちはツアー漬けだった。バンドを始めたらまずはとにかく、自分たちの音楽を世に出すためにがむしゃらに頑張らなきゃいけない。そこには当然ツアーも含まれる。でもそうなると、スタジオになかなか入れなくなる。そういう感じでやってきて、前作のツアー後に1年間の休みができると、私はソロアルバム『Needle Paw』を作った。結構ワーカホリックなところがあるから「なんか作んなきゃ!」みたいになってて。
それからまたバンドで集まって、再び音楽を作り始めて、いい感じの流れができてきたところで私が病気になった。それは人生を激変させる出来事だった。私はある意味、自分の死にゆく運命のことで頭がいっぱいになっていた。だから、この『Mood Valiant』がリリースされるという事実にはすごく癒される。だって本当に完成させられるかどうか確信が持てなかったから。
大きな病気に罹ったことで、人生がどれだけ大切なものかに気づかされた。実際はいつ死ぬかなんて誰にもわからないわけで、もしかしたらバンドの誰かが交通事故に遭うかもしれないし、残りどれだけ生きられるかなんて誰にもわからない。大きな病気をしたことで、そのことに気づかされた。私はつい最近32歳になったけど、寿命とかなんて30代ではあまり考えないものでしょう。もっと歳をとってから考えることだよね。でも、今回のことでお尻に火がついた。限られた時間をどうやって過ごすかについてね。
自分は何者で、何が生きがいなのか。それは私のなかですごくハッキリしている。もし明日この世を去るとしても、私の望みは常に音楽を作り続けて、それを人々とシェアすること。それが私で、私の人生。だからこのアルバムを作り終えた時には、「はい完成、じゃあ出しましょう」みたいな感じではなく、「私はやったんだ、生き残ったんだ」っていう感慨があった。おかげで今は少しリラックスしてる。
そうやって考えてみると、本当に多くの偉大なアーティストが27歳で亡くなっているよね。それにジェフ・バックリィなんて1枚、ライブ盤を入れても数枚しかアルバムを発表していない。ニック・ドレイクもそうだし。私はこの6年間で壮大な旅をしてきたわけだけど、今はもう次のアルバムを作りたい。まあ、一種の依存症かもね。音楽を作ってそれを分かち合うこと、それこそが私の人生の目的だから。というわけで、このアルバムが完成したことで一周回った感じがあるし、リリースされるのが本当に楽しみ。本当に手応えのある作品になったからね!
【関連記事】ハイエイタス・カイヨーテの魔法に迫る 音作りのキーパーソンが明かす「進化」の裏側
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