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ホイットニー「カントリーロード」カバーに感じる匠のドラム、鳥居真道が徹底考察

Rolling Stone Japan / 2021年8月4日 20時0分

なんとなく近所の公園で撮影した『Candid』

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第26回はホイットニーの「Take Me Home, Country Roads」をドラムから考察する。

例年、お盆は実家に帰らないのですが、昨年の年末に帰れなかったこともあって、今年は帰るつもりでいました。しかし、このような状況ではそれも厳しそうです。一体いつになったら帰れるのでしょう。今年の年末こそは帰りたい……。

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過日、友人に勧められて、Amazon Musicで配信されている西寺郷太の「最高!ファンクラブ」に堀込泰行がゲスト出演した回を聞きました。ヤスの話し声がめちゃくちゃ心地良いことを再確認した次第です。2週に渡って出演しており、2週目のほうでレコメンドしていたホイットニーの「Take Me Home, Country Roads」を聴いてみたところ、これがとても良かった。





この曲は、ホイットニーが2020年にリリースしたカバー曲集の『Candid』に収められた音源です。きっとご存知でしょうが、原曲はアメリカ人シンガー・ソングライターのジョン・デンバーが1971年にリリースしたシングルです。邦題は「故郷へかえりたい」。



日本ではジブリ映画の『耳をすませば』で印象的な使い方をされていることでおなじみです。学校教育の中でもポピュラーな曲だといえます。私も中学生の頃に合唱コンクールや英語の授業でも歌ったような記憶があります。このような受容の歴史もあり、日本人からするとあまりにもベタであるがゆえに、ややこっ恥ずかしいような選曲にも思えます。しかし不思議なことに、聴いていてもまったく照れくさくならない。素直にいい曲だあ~と感じられます。

ホイットニーの音源を聴き、秒で感じたこと。それは、「ドラムうま……」ということでした。重心が低くビートが安定しているから安心して曲のリズムに体を預けられます。さらに、手数を抑えてひとつひとつの音を躍動させることに注力するスタイルにも好感を持ちました。音量や音色のコントロールにも気が行き届いていて、意外なところに匠がいた! と驚いたのでした。一音一音、気持ちの良い音で淡々と演奏しながら静かに躍動を生むといったスタイルはクルアンビンのドラマーDJに近いかもしれません。



2016年のアルバム『Light Upon the Lake』の評判が良かったので、ホイットニーの名前は知っていましたが、それ以外のことは何も知りませんでした。彼らが二人組みだということも。ホイットニーはジュリアン・アーリックとマックス・カケイセックの二人からなるグループで、ボーカルのアーリックがドラムも兼任していると知り、さらに驚きました。ドラムとボーカルを兼任し、ファルセットで歌うという点では、アーロン・フレイザーを連想しました。そういえばドラン・ジョーンズ&ジ・インディケーションズの新譜も出ましたね。私は「Sexy Thang」という曲が一番好きでした。



アーリックの口から音符を放るような朴訥でドライな歌唱法は、ドラムのスタイルとも共通しているような気がします。いかにも名曲然とした曲を演奏するときに、ドラマーが情感豊かな感じを演出しようと変にタメを作ったり細かくオカズを入れたりライドをふにゃふにゃ叩いたりすると一気に素人臭くなるというのが私の持論です。アーリックの演奏はむしろ機械っぽくてドスが利いています。ドスとは? という疑問も湧くことでしょう。ドスの利いたドラムを叩く人の筆頭といえば、CANのヤキ・リーベツァイトを挙げないわけにはいかない。ジョン・レノンの「Mother」でリンゴ・スターが披露しているシンプルなパターンの繰り返しもかなりドスが利いています。急に無口になったときのデ・ニーロ的な恐ろしさがあるといっても良いでしょう。ディス・ヒートのチャールズ・ヘイワードもドスが利いていますが、彼はドスのネクストステージに到達している感じがあります。

我々にとってあまりにも馴染みのある「カントリーロード」であっても、ホイットニー版に照れくささを感じないのは、彼のレイドバックとは真逆の演奏方法にこそ、その秘密があるのだと思います。丁寧にメロディを歌ったほうが、かえって感情の機微を伝えるのと同様に、ドラムも情感に流されることなく、シンプルかつ素朴な演奏を心がけたほうが曲の味わいをしっかり伝えられるように思うのです。



曲のセクションごとにバックビートの音を変えているのも憎い。1番のヴァースはハット、2番ではクローズドリム。Dメロはキックとスネアによる「ドン、タン、ドン、タン」というシンプル極まりないパターンで潔い。『Candid』を聴いていて思いましたが、ホイットニーはとにかくアレンジが巧い。わりかしフリーフォームなヘッドアレンジ的な部分とキメの部分のバランスが絶妙です。



「Take Me Home, Country Roads」の2番に登場するのは、ワクサハッチー名義で活動しているケイティ・クラッチフィールドです。2番のサビでは、アーリックがコーラスを担当しています。その後、Dメロをアーリックが歌って、ラストのサビではアーリックが主旋律を、クラッチフィールドがハモリを歌います。このようなパートのスイッチひとつ取っても気が利いているなあと思う次第であります。

ドラムのミックスもそれぞれの太鼓の質感が統一されていて一体感があってとても良いです。歪んでいて食べたら歯ごたえのありそうな音とでもいいましょうか。オーブンでこんがり焼いたような質感のサウンドがとても好きです。各楽器の音もそこまでセパレートされておらず、ひとつの塊のようになっている点にもグッときます。

1番のサビ以降に登場する1拍目のハイハットのオープンも見逃すわけにはいきません。「カントリーロード」を演奏するにあたり、これをもってくるセンスに脱帽です。どうしてもエアロ・スミスの「Walk This Way」を連想させてしまうので、ドラマーの多くにとってなかなか手を出せないパターンではないでしょうか。最近たまたま聴いていたリンプ・ビズキットの『Significant Other』収録の「Just Like This」も1拍目がハットのオープンです。こちらは「Walk This Way」を意識したものだと思われます。

YouTubeでライブ動画を観ると、オーリックは体全体をバネにして叩いているような印象を受けました。さながらげっ歯類の跳躍といったところでしょうか。重心が低く、わりと重めのグルーヴを演奏するオーリックですが、スティックのタッチは柔らかく、跳ね返りをうまく利用して音を繰り出しているような感じがあります。



まことにどうでも良い話で恐縮ですが、2ヶ月前からダイエットに取り組んでいます。主に食事制限をしており、たまにウォーキングやランニングもしています。ふと、BPMに合わせて歩いたり走ったりしたら楽しいのでは? と閃きました。歩くときは、BPM120前後の曲を主に聴いています。その手のプレイリストがSpotifyにあるのです。マイケル・ジャクソンやマドンナ、プリンス、シンディ・ローパー、ホイットニー・ヒューストンなどのヒット曲で構成されており、こうした曲に合わせて歩くのはとても楽しいです。歩行のふりをした小躍りといった趣があります。

他方、走る場合にはBPM160~170ぐらいの曲に合わせて走っています。こちらのプレイリストに入っているのは、エミネムの「Lose Yourself」やブロンディの「One Way Or Another」、アーハの「Take On Me」などです。リズムに合わせたランニングはただひたすらしんどいだけで、まったく楽しくありません。その曲のグルーヴにのっかっている感覚もありません。小躍りとは程遠い。

ビートに合わせて歩いているときはビートの点と点の間に遊びがあり、緊張と脱力に濃淡をつけることができるのでが、ランニングのほうは、ビートの点に体の全体重がずしりずしりとのしかかる感覚があって、音楽の軽やかさを殺してしまっているように感じられます。体ができてきたらまた違ったように感じられるのでしょうが、今はただただ苦しいだけです。テンポを無視してサバイバーの「Eye Of The Tiger」を聴きながら走ったほうがよっぽど爽快です。

アーリックがドラムを叩く姿を見ていると、四肢の動きが軽やかで感心します。打面の跳ねっ返しを利用して次の動作へと移行しているように見受けられます。ずしんずしんと地面に沈み込んでいくような私のランニングとは大違いです。こうした軽妙な身のこなしによって繰り出される重心の低いどっしり安定したビートが彼のドラムプレイの最大の魅力であり、彼のファルセット唱法の足場をしっかり支えていると言って差し支えないでしょう。

鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察
Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察
Vol.21 ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説
Vol.22 大滝詠一の楽曲に隠された変態的リズムとは? 鳥居真道が徹底考察
Vol.23 大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察
Vol.24 アレサ・フランクリンのアルバム『Lady Soul』をマリアージュ、鳥居真道が徹底考察
Vol.25 トーキング・ヘッズのティナ・ウェイマスが名人たる所以、鳥居真道が徹底考察

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