「ロックは死なない」と叫んだ2021年の最重要バンド、マネスキンを徹底解剖
Rolling Stone Japan / 2021年8月6日 18時5分
マネスキンの勢いが止まらない。「2021年の最重要ロックバンド」を掘り下げるために、米ローリングストーン誌のインタビューに続いて、彼らに入れ込む音楽ライター・天野龍太郎のコラムをお届けする。
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2021年5月23日、Twitterのタイムラインを見ていたら、ユーロビジョン・ソング・コンテストの話題をちらほらと見かけた。ユーロビジョン――古くはフランス・ギャルやアバ、セリーヌ・ディオンなど、のちの国際的なスターが優勝してきた、歴史あるコンテストではある。けれども、正直に言って、最近の音楽ジャーナリズムの世界では、そこまで大きく取り上げられることがない催しでもあったはずだ。だから、「ユーロビジョン? なんで?」というのが最初の感想だった。
どうやら、グランドファイナルでのパフォーマンスが話題になっているようだった。ロックバンドが優勝した、というのも理由らしい。これだけ話題になっているのだから、きっと何かしらの理由があるのだろう。とりあえずそのパフォーマンス動画を見てみることにした。
暗闇の中をずいずいと前に進むカメラが扉をくぐり抜けた先で捉えたのは、一人の男。上半身裸で、身に着けているのは、赤くて光沢のある、タイツのようにタイトなレザースーツ。足元はブーツ(エトロの特製スーツとクリスチャン・ルブタンのブーツだったということは、あとで知った)。後ろに撫でつけた髪と、アイラインを黒く縁取った化粧が目を引く。クイーンのフレディ・マーキュリーか、ザ・ダークネスのジャスティン・ホーキンズか、あるいはシザー・シスターズのジェイク・シアーズか……。
男は歌いながらステージの裏手から前方に歩いていき、バンドの前に立ち、粘っこい声で”Buonasera, signore e signori(こんばんは、紳士淑女の皆さん)”と歌いながらお辞儀をした。デザインの異なるレザースーツを着たベーシストとギタリストが前に出て男と並び、足を蹴り上げたり踏み鳴らしたりしながら、ヘヴィなリフをユニゾンで奏でる。
その時が訪れたのは、曲が唐突にコーラス(サビ)に入った瞬間だった。男は両足を広げて腰を低く落として艶めかしく揺れながら、上手側を向き、重いリフを弾くギタリストの間近に立って、彼と向き合いながら激しく歌い上げた。”Sono fuori di testa, ma diverso da loro(俺もイカれちゃいるが、あいつらとは違う)”。……たしかにイカれている。それに加えて、その様は、なんともセクシーで、グラマラスで、エレガントで、美しかった。
その瞬間から、私は彼らのファンになった。ああ、なんてかっこいいんだろう。一目惚れだった。そして私だけでなく、その演奏を見た世界中の人々が彼らに一目惚れしていた。
ユーロビジョンにおいて「Zitti E Buoni」で優勝したマネスキンは、そこから瞬く間に現象化した。コンテストの翌日までに、「Zitti E Buoni」はSpotifyで約400万回ストリーミングされ、イタリアの曲として史上最多の再生回数を記録した。「Zitti E Buoni」は、そのすぐあとの5月28日~6月3日のUKシングルチャートで17位になり、その後は米ビルボードチャートの複数のランキングに食い込んだ。さらにフィンランド、ギリシャ、リトアニア、オランダ、スウェーデンの5カ国で1位になった。
マネスキン現象が本当にすごいのは、ユーロビジョンでのパフォーマンスのバズと、「Zitti E Buoni」のヒットのみに留まらなかったことだ(それこそが、未だに現象が沈静化しない理由になっている)。すぐに英語詞の「I Wanna Be Your Slave」が注目を集めて、「Zitti E Buoni」に勝るとも劣らないヒットになった。同曲はUKで7月2~8日の週に最高位の5位へ駆け上がった。
それだけじゃない。現在ヒットしているのは、2017年にリリースされた「Beggin」だ。このフォー・シーズンズのカバーは、TikTokでのバイラルヒットもあいまって、オーストリア、チェコ、ドイツ、ギリシャ、リトアニア、オランダ、スロバキア、スウェーデンと、なんと8カ国で1位になっている。ビルボードホット100に初めてチャートインしたのもこの曲で、つい先日、7月25~31日の週に35位へ上昇した。また、UKでは、トップ10に「Beggin」と「I Wanna Be Your Slave」の2曲が入ったことで、イタリアのアーティストとして史上初の快挙を達成した。記録づくめだ。
複数の独自チャートを持つSpotifyでは、マネスキン旋風が可視化されている。6月には欧米各国やグローバルチャートで複数の曲が上位を占め、マネスキンの独壇場になった。その波は当然ここ日本にも届き、一時はバイラルトップ50のトップ3を独占するなど、彼らの勢いは止むことがない。
けれども、数字のことなんて、本当はどうでもいいのかもしれない。もっと重要なのは、その背景にある何かだ。つまり、ローマから現れたロックバンドが今、多くの人々の心をぎゅっと掴んでいるということ。では、なぜ世界の人々はマネスキンの虜になっているのだろうか。ようやく、ではあるけれど、ここからが本題だ。
快進撃をもたらした「カリスマ」の存在
イタリアの人気グループがバイラルでブーストされ、グローバルなバンドへと一気に成長した理由はなんなのだろうか。まず触れておくべきは、メンバーのキャラクターだろう。10代の頃からの絆で結ばれた個性的な4人の佇まい(ステージ上ではいつもコンセプチュアルなファッションでキメている)を見ていると、メンバーの交代なんて考えられないバンドのように感じられる。
ベーシストのヴィクトリア・デ・アンジェリスとギタリストのトーマス・ラッジは、中学校の同級生だったという。そのあと、2人と同じローマの高校に通っていたヴォーカリストのダミアーノ・デイヴィッドが加わり、Facebookを通じて知り合ったドラマーのイーサン・トルキオが参加したことでマネスキンは結成された。それが2015〜2016年頃なので、1999~2000年生まれの彼らは、当時15歳か16歳。ミッドティーンの3人の少年たちと1人の少女は、ローマでストリートライブを繰り広げて、バンドの演奏を磨き上げていった。
転機になったのは2017年、人気オーディション番組「Xファクター」イタリア版への出場。マネスキンは惜しくも2番手になったが、これをきっかけに、同年にリリースしたEP『Chosen』は国内で3位を記録するヒット作となる。
2018年には1stアルバム『Il Ballo Della Vita』を発表し、国内で1位となった。その後、2020年末〜2021年の春にかけてロンドンに長期滞在した彼らは、同地で音楽的なスキルを磨くとともに新作のための作業をおこない、ローマへ戻って『Teatro DIra Vol. I』を吹き込み、3月にリリース。イタリアでは当然のように初登場1位に。彗星のごとく音楽シーンに現れた彼らだが、本格的なデビューから4年で100万枚以上を売り上げるなど、母国では既に成功を収めていたバンドだったのだ。
この驚くべき快進撃をもたらしたのは、やはりダミアーノのカリスマ性が大きい。
ポールダンスをやったり、ユーロビジョンの記者会見で奔放な振る舞いをしたりと、ダミアーノは強力なチャームを備えた生粋のフロントパーソンだ。しかも、ロックスター然とした、ジェンダーのステレオタイプを覆すアンドロジナスなビジュアル表現とパフォーマンスは、パロディではなくガチ。そのうえで、彼のアティテュードは明確で、LGBTQ+コミュニティへのサポートを積極的に発信している(ちなみに、彼自身のセクシュアリティはヘテロだが疑問符付きのヘテロキュリアス、イーサンは「セクシュアルフリー」、トーマスはヘテロ、ヴィクトリアはバイセクシュアルだと語っている)。つまり、70年代型ロックスターのイメージを纏った現代的なアイコン、というのがダミアーノの個性だ(旧来の破滅型ではないところもポイントだろう)。
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そして、ダミアーノは唯一無二の声を持っている。その太く低く(もちろんいい意味で)濁った響きをもつボーカルの癖の強さは、彼が尊敬するフランツ・フェルディナンドのアレックス・カプラノスやR.E.M.のマイケル・スタイプばりで、どんな曲を歌ってもダミアーノの歌に染め上げてしまう。
ダミアーノの歌で特筆したいのは、イタリア語の発声と、それを強調した巻き舌だ。彼の巻き舌はいかにも強烈で、聴感上の引っかかりを残す(英語詞の「I Wanna Be Your Slave」も、あえて歌に訛りを残しているように感じる)。K-POPやレゲトンがグローバルに受容される状況が当たり前になった今、リスナーにとって歌われる言語はそこまで障壁ではなくなっている。ダミアーノのイタリア語の歌が日本を含めて英語圏や他言語の国で親しまれていることの背景には、リスナーの耳の変化も関係していそうだ。
また、ダミアーノは、デビューシングル「Chosen」から「Zitti E Buoni」に至るまで、ラップ風のフロウを自身の歌に積極的に持ち込んでいる。しかも、それは、現代のラップのフロウを器用に取り入れたものではなく、どちらかといえば、レッチリのアンソニー・キーディスだったり、ラップメタル的だったりする詰め込み型のフロウで、特徴的な声質とイタリア語の語感があいまって、独自のスタイルになっている。
このように、ダミアーノの歌唱スタイルは、ただ「カリスマティックな歌い手」と形容するだけでは収まりきらない、代えがたい引力のようなものを複数持ちあわせている。
「折衷」と「洗練」を経た新感覚のロック
多くのロックバンドを差し置いて、マネスキンが近年稀に見るサクセスを収めたのはなぜか。その理由はもちろん、音楽的な魅力に尽きる。彼らの音楽は国境やジャンルを超えて、あらゆるリスナーに開かれたものだ。
まずはルーツを掘り下げてみよう。ローリングストーン誌のインタビューで、ダミアーノはエアロスミス、R.E.M.、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなど、トーマスはレッド・ツェッペリン、ヴィクトリアはデヴィッド・ボウイとデペッシュ・モードと、わかりやすいロックレジェンドを挙げていた。
「Xファクター」でカバーした曲には、彼らの志向性がよりはっきりと表れている。フランツ・フェルディナンドの「Take Me Out」、ザ・キラーズの「Somebody Told Me」、ザ・ストラッツの「Kiss This」、ブラック・アイド・ピーズの「Lets Get Started」、イタリアのラッパー/シンガーソングライターであるゲモン(Ghemon)の「Un Temporale」、シカゴ出身のブルース/フォーク系のシンガーソングライターであるショーン・ジェイムズの「Flow」など、かなり幅広い。
Setlist.fmを調べてみると、他にも色々なアーティストの曲をカバーしてきたことがわかる。アルト・J、キングズ・オブ・レオン、ストロマエ、マイケル・ジャクソン、ローリング・ストーンズ、デイヴィッド・ゲッタ、ハリー・スタイルズ、スティーヴィー・ワンダー、ザ・ナック、カニエ・ウェスト、ザ・ホワイト・ストライプス(もちろん「Seven Nation Army」)など。EP『Chosen』のラストではエド・シーランの「You Need Me, I Dont Need You」を取り上げているし、YouTubeではエイミー・ワインハウスの「Back To Black」の見事なカバーを聴くことができる。なんでもありのようだけれど、バンドの正直な好みが選曲に表れているようにも映る。
何が言いたいかというと、マネスキンは、70年代のロックをひたすらシミュレーションしているグレタ・ヴァン・フリートのようなバンドとは決定的に異なる存在であるということ。さらに、グラムロックやハードロックのパロディを演じていた節があるザ・ダークネスやシザー・シスターズとも、ルーツ志向のブラック・キーズみたいなバンドともちがう。一聴してシンプルでオーセンティックなそのスタイルは、実はこれほどまでに折衷的で、その背景には70年代のロックの様式美も、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのグルーヴも、ポストパンクリバイバルの鋭利さもあるし、R&Bやヒップホップやダンスミュージックからの影響も滲んでいる(さらに当然、イタリアの音楽の要素だってある)。
けれども、一方で、マネスキンはどこまでいっても、清々しいくらいにロックバンドだ。コールドプレイやThe 1975やブリング・ミー・ザ・ホライズンのように、折衷主義化やポップ化、エレクトロニック化をとことん推し進めているわけではない。特に『Teatro DIra Vol. I』では、あくまでも4人のメンバーからなるバンドがロックを演奏することを突き詰めている(そういった姿勢は、ザ・キラーズやキングズ・オブ・レオンのような、アリーナロック的な美学にも近いと思う)。
思えば、彼らが思春期を過ごした2010年代には、あらゆる過去のスタイルがリバイバルした末に、消費しつくされていた。古びた未来派志向にも過去への素直な従順さにも違和感を感じるからこそ、折衷主義と洗練を経た、絶妙なバランス感覚のソリッドなロックを彼らは生み出せたのかもしれない。
マネスキンが描く新しい未来
マネスキンの音楽は、現在のところの最新作である『Teatro DIra Vol. I』でひとつの到達点に達している。ここでの洗練と成熟があってこそ、ユーロビジョンでの優勝とその後の成功があるのはまちがいない。
前作の『Il Ballo Della Vita』は意欲作ではあるけれど、過剰に折衷主義的で、とっ散らかっていて、オーバープロデュース気味だ。中途半端にシンセサイザーが入っていたり、トラップビートやダンスホールを取り入れた曲があったり、クリーンな音像やミキシングはメインストリームを意識しすぎていたりと、バンドの魅力を減じてしまっている点が目立つ。もっと前の『Chosen』は粗削りで、「Xファクター」でのパフォーマンスをそのままスタジオで録り直した、という性格が強い。
どちらもドキュメントとしては興味深い。けれども、アルバムとして、作品として、マネスキンというバンドの魅力をじゅうぶんに伝えているとは言いがたい。その点においても、『Teatro DIra Vol. I』は、これまでの作品とはまったくちがう。きっと、ロンドンでの経験も活きているのだろう。ライブレコーディングによって4人の演奏を捉え、コンサートにおけるバンドの勢いを反映させた同作は、とてもヘヴィでグルーヴィでネイキッドだ。
クリーントーンがメインで軽かったギターの音色は、随分とメタリックでヘヴィになっているし、以前にも増して太さを増したベースとの絡み合いで音像のボトムを支配している。ドラムの質感は生々しく、いきいきとした熱気を伝えている。全体的な音像は未整理で荒々しいけれど、厚みのある低域によって、サブベースに慣れたリスナーにも受け入れられる現代的な響きを獲得している(クラシックロックの遺産を利用しながら、モダンなヘヴィネスとグルーヴを追求したアークティック・モンキーズの『AM』とも共通点を感じる音だ)。
『Teatro DIra Vol. I』で特に研ぎ澄まされているのは、バンドのリズム&グルーヴだ。タメの効いたビートと、ギターとベースがユニゾンしたシンプルなリフの反復が生むグルーヴは、ひたすらに力強い。このリズム&グルーヴは、上述のとおりポストパンクやファンク、R&Bもルーツにあるからこそ生まれているはず。聴いていて気持ちよくて、踊れる、ノれる。単純なようでとても重要な要素が、『Teatro DIra Vol. I』を魅力的なロックレコードにしている。
つまるところ、マネスキンには、人々を強く引きつける理由がこれだけある。ワンヒットワンダーなどではまったくないことは明白で、次作の『Teatro DIra Vol. II』を年内にリリースする予定もあるというから、2021年を代表するバンドになることはまちがいない。あとは、彼らの音楽に取りつかれたファンが、世界中で指数関数的に増殖していくだけだ。
マネスキンの活躍にロックの復権を見ようとする人は少なくない。実際、ダミアーノは、ユーロビジョンで「全ヨーロッパと全世界に言いたい、ロックンロールはけっして死なない!」と、ニール・ヤングの有名なフレーズを思わせる発言をしている。
とはいえ、ジャンルやスタイル間の戦争(「ロック vs. ヒップホップ」のような)、ヘゲモニー争いは、音楽そのものにとって、どれだけの意味があるのだろうか。もちろん、反骨精神がクリエイティビティをもたらすことはあるだろうし、マネスキンのアルバムタイトルだって「憤怒の劇場」だ。だからといって、下火だと言われつづけているロックが再びシーンで大きな存在感を持つようになるかどうかを予想しあったところで、何かポジティブなものが生まれるようには思えない。
ただ、今のところ、ひとつだけわかっていることがある。それは、マネスキンの音楽を聴いた人々の内の何人かが「彼らのようになりたい、彼らのような音楽をやりたい」と思って、ギターやベースを手にどこかのスタジオに入って、ドカドカうるさいロックンロールを奏ではじめるにちがいない、ということ。そして、そこから新しい音楽が生まれるであろう、ということだ。
【関連記事】マネスキンが世界を席巻する理由とは? ロックンロールの救世主が語る野望と信念
マネスキン
『Teatro Dira: Vol. 1』
再生・購入リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/ManeskinTeatrodIraVol1
日本盤CD10月13日リリース決定!
※ボーナス・トラック1曲収録予定
マネスキン&イギー・ポップ
「I Wanna Be Your Slave」
配信中!
https://lnk.to/ManeskinIggyPopRS
マネスキン 日本オフィシャルページ:
https://www.sonymusic.co.jp/artist/maneskin/
マネスキン ストリーミングまとめ:
https://SonyMusicJapan.lnk.to/maneskinRS
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