上原ひろみの葛藤 困難な時代にミュージシャンとして追い求めた「希望の兆し」
Rolling Stone Japan / 2021年9月10日 18時0分
最新アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』をリリースした上原ひろみ。初の弦楽四重奏との共演作を掘り下げるべく、ジャズ評論家の柳樂光隆がインタビュー。
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「上原ひろみの音楽はジャズというより、プログレだ」と評されているのを時々見かける。言いたいことはわからなくもない。上原の壮大な曲の構成、速くてアグレッシブな即興演奏、複雑怪奇な変拍子などを聴いてプログレを感じるのは容易だろう。ただ、僕が彼女の音楽にプログレを感じる理由はそれよりも、むしろ楽曲の世界観にある。コンセプチュアルに作り込まれた楽曲が並ぶことで、大きな物語が浮かび上がるように作られたアルバム群は、壮大でときにファンタジックでもある。それが上原の強力な演奏と組み合わさると、ここではないどこかへ連れて行ってくれるような感覚さえ覚えてしまう。
そんな上原がコロナ禍に構想し、このたび発表した『シルヴァー・ライニング・スイート』は、僕がイメージしていた上原のプログレっぽさが希薄だったのが印象的だった。それは弦楽四重奏+ピアノという編成だから、ということではないと思う。昨今の状況にインスピレーションを得た表題曲は4部構成の組曲。そこから見えてくるのはスーパーヒーローのように弾きまくる光景ではなく、自分たちと同じように自粛生活を行い、この状況の中でもがき、悩んでいたひとりの市民としての上原の姿だった。ここでは先の見えない不安のなかで、戸惑ったり、時に弱気になったり、それでも前を向こうと気を張ったり、そんな情感が奏でられている。ジャズやプログレというよりは、シンガーソングライターの音楽を聴くような気持ちにさせられるし、多くの人々が置かれている状況と、そこで生じる感情を彼女なりの表現でリアルに描こうとしているようにも映る。このアルバムは自分にとって、上原ひろみの音楽に”共感”のようなものを覚えた初めての作品となった。
ここに収められているのは即興演奏を自在に繰り広げる上原ひろみと、丹念に書かれたアレンジ、それを豊かに膨らませながら演奏する弦楽四重奏の豊かで上質な音楽だ。同時に、上原がこれまでには聴かせてこなかったような演奏をする姿や、自らの弱さや不安を吐露するように奏でている姿を収めた、実にエモーショナルな作品でもある。様々な色彩や情景をピアノの音色や響き、コンポーズやテクスチャーのコントロールによって描いてきた上原だからこそ、奏でることができる繊細で深い感情がここにはある。言葉を介さないからこそ、直感的に届けることのできる感情が聴こえてくる。これこそが上原による切実な”うた”とも言えるかもしれない。
※このインタビューは7月22日に収録したもの。
Photo by Mitsuru Nishimura
―今回のプロジェクトをやろうと思ったきっかけは?
上原:コロナ禍でミュージシャンが来日できなくなって、ブルーノート東京も公演が軒並みキャンセルになってしまいました。そこで2020年8月〜9月に「SAVE LIVE MUSIC」という企画を開催しました(4種のプログラムで構成、16日間32公演)。その第1弾をやっているときに「恐らくこの状況はしばらく変わらないんじゃないか」という話をして、だったら第2弾の計画を早急に立てようと。第1弾は16日間すべてソロピアノだったので、第2弾は編成を変えてやりたかった。でも、これまで一緒にやってきたミュージシャン仲間はビザも下りなくて来日できないし、どうしようかなと思った時に、2015年に新日本フィルハーモニー交響楽団と共演した時のコンサートマスターだった西江辰郎さんのことが思い浮かびました。西江さんを中心とする弦カル(弦楽4重奏)とやるのは面白そうだなって。
そこで、第1弾の最終日にブルーノートのステージでピアノを少し左に動かし、無人の椅子を4つ置いて(弦カルとの共演を)イメージトレーニングしてみたら、音が聞こえるような感覚があったので「これはいけるな」と。それで西江さんに連絡をしてみたら、「ぜひやりましょう」と言ってくださいました。
その時点ではまだ曲もなかったので、これから書いて順次送ること、チェロの方にはジャズのイディオムでいうベースを弾いてもらいたいから、コード譜が読める人がいいとか、そういう話を西江さんにしました。その後、いろんな方を紹介してもらってメンバーが集まり、(「SAVE LIVE MUSIC」第2弾で)年末年始にピアノ・クインテット編成でライブをやったところ、とても手応えがあったので、これはアルバムとして残したいと思ってレコーディングすることにしました。
―「ピアノ+弦」という編成はこれまでにもやってましたか?
上原:バークリーに通っていた頃、ストリングスのための作曲やレコーディングは授業の延長でもやっていました。その時に弦を書くようになりましたが、この編成で演奏するのは初めてです。
―ピアノと弦楽のカルテットという編成で、上原さんが真っ先に思い浮かべるジャズというと?
上原:チック・コリアの『Lyric Suite For Sextet』(1983年)は衝撃でした。今でもチックの作品の中で上位に入るし、いつだったかNYで行われた彼のバースデイ・ライブで、あの曲を生で観れたときは感動しました。チックはマルチ・ディメンショナルな人で、いろんな方向性を持っているけど、(あのアルバムは)作曲家としてのカチッとしたキメや曲想とか、チックの好きなところが盛りだくさんなので。
コロナ禍に向き合った「音楽と雇用」
―アルバムの表題曲「シルヴァー・ライニング・スイート」は4部構成の組曲になっています。”希望の兆し”を意味するタイトルをつけた理由は?
上原:組曲は第1楽章の孤立(「アイソレーション」)から始まって、第2楽章では未知のもの(「ジ・アンノウン」)と闘い、第3楽章ではどっちつかずの状況で彷徨い(「ドリフターズ」)、最後の第4楽章で不屈の精神(「フォーティチュード」)に向かっていく構成になっています。
昨年3月、カリフォルニアで緊急事態宣言が出て、サンフランシスコでの公演がキャンセルになり、その先のアメリカやカナダのツアーも全部なくなって。それから仲間が廃業したり、クラブが潰れたり、従業員が解雇されたり……ずっと暗いニュースの連続で。自分もライブはできないので、何かできることといえば練習することと、曲を書くことでした。ライブを奪われると発散する場所を奪われてしまうので、曲を書くことで発散するというか。気持ちを回収するために曲をどんどん書いていきました。悶々としている中では曲を書くことが”希望”でしたから。
―僕も「SAVE LIVE MUSIC」の第1弾を観ましたが、あのときもMCで作曲への意欲について語ってましたよね。とにかく曲を書いていると。
上原:曲を書いて、それをライブを演奏するってことですね。私に何ができるんだろうっていうのはずっと考えていました。自分一人で音楽業界を救えるわけはないけど、各々がそういう気持ちで活動していれば何か変えられるかもしれないって。
私は音楽が好きで、ピアノが好きで、曲を書くのが好きで、それらをライブでシェアするのが好き。それでご飯が食べられるのはありがたいと思うし、(仕事として)お金をいただく以上は責任を持ちたいという意識はありましたけど、こういうことはコロナ禍になるまであまり考えたことがありませんでした。
ブルーノート東京はずっと出演してきたクラブだし、仲間も大勢働いている。(2020年は)あそこでずっとライブをやらせてもらいましたが、それはライブ業界を救うのが目的でもあるし、単純に雇用を生むことを考えていたんです。ブルーノートのみんなも仕事をしたいと昨年3月~5月くらいに話していて。自分がライブをしたらクラブも稼働できるし、音響さんや照明さんの仕事を作ることができる。
特に気がかりだったのは、ピアノの調律師のこと。ピアニストのライブがなかったら、調律師も仕事がなくなってしまうので。去年、東京JAZZがオンライン開催になって自宅で撮影するとになったとき、家のピアノの調律をお願いしたんです。だいたい自宅のピアノの調律って1、2時間くらいで終わるのですが、彼は6時間もかけてくれて。「久しぶりに仕事ができて嬉しかった」と言われたんですよね。その言葉を聞いたときに辛くなって。雇用を生まないといけないって思いました。「ライブができなくてかわいそう」「キャンセルになって辛い」とファンの方たちは言ってくれますが、その裏にはたくさんの人々がいる。そういう人たちのためにも、自分は音楽を作り続けていこうという気持ちが強かった。ただ好きとか楽しいとかじゃなくて、生きていくために、食べるためにどうするのか。そういうことをずっと考えてきた1年半でした。
―悩ましい話ですね。
上原:そもそもこの状況下でライブをやるのは正しいことなのかって議論もずっとありますよね。こんな時にライブをするなんて、そもそも音楽は必要なのか、不要不急問題みたいな話だったり。でも、生きるために音楽をやっていて、ライブがなくなると食べれなくなる人も大勢いる。だから生きるために必要なんだって。そう断言できるところまで(自分のなかで)模索しているような感じでした。
Photo by Mitsuru Nishimura
―上原さんはいつも楽しそうに演奏している印象ですが、第1弾のときはどこか不安そうで、MCもフワフワしてて、いつもと違うように感じられました。
上原:MCはいつも大したこと言わないですけど(笑)、肩に力が入っていたかもしれないですね。なんかずっと入りっぱなしな気もします。あのときはお客さんもすごく緊張していたし、自分を守れるかどうかもわからなかったので。当時は外に出たら息しちゃいけないのかなってくらい怖さがあって、私自身も人と会わないように気をつけていましたし。ブルーノートのレイアウトに関しても、いろいろ距離を測るところからはじめて、なるべく不安を感じさせないようなレイアウトを考えました。
―「SAVE LIVE MUSIC」の裏にはそんな不安や葛藤があったんですね。それでも上原さんはミュージシャンとして、いろんなものを背負ったうえで演奏することにした。
上原:私自身のなかでも「いや、音楽は必要です」と言えるようになるまで、気持ちの移り変わりはありました。実際にライブをやりながら、お客さんが喜んでいたり、仕事をしている人たちが報われているのを肌身で感じつつ、それが安全な形で行われていると思えるようになるまでは時間がかかりましたね。そういう意味で、自分にもそういう(不安な)気持ちが出ていたのかもしれないです。
アルバムに込められた「強さ」と「葛藤」
―アルバムの話に移ると、「シルヴァー・ライニング・スイート」組曲にもコロナ禍の状況が反映されていて、だからこそ最後は希望を見出そうという流れになっているのかなと思いました。最初の「アイソレーション」では、隔離の孤独感をどういう部分で表現しようとしたのでしょうか。
上原:最後のほうは弦楽器がずっとループしているなかで、自分のピアノだけオーバーダブしているようなイメージです。実際は(重ね録りせずに)一緒に演奏しているけどリモート感があるというか。最初、ヴァイオリンが入ってくるところもそれぞれが違うことをリピートしていて。それぞれがそれぞれのことをやっている感じを意識して書きました。
―隔離している感じを表現するとなったら、もっと暗くて重くなるのかなと思いきや、意外と平熱だなって思いましたが。
上原:ミュージシャンはけっこう早い段階からリモートを始めていて、オンラインでバトンを渡していくみたいなことをやっていたからかもしれません。音楽にしか希望を見いだせないのがミュージシャンなんだなって感じはしますよね(笑)。
―音楽にのめり込んでいるときは、辛いことを忘れられるっていうのもあるでしょうし。
上原:そうですね。
―次の「ジ・アンノウン」はどこに行くのかわからないような曲ですが、そもそも「アンノウン」というのはどんなものをイメージしたんですか?
上原:これは未知のものと闘っていて、見えないものに振り回されているので、曲想がどんどん変わるという感じ。気持ちの赴くままにバーッて勢いで書いたんですよ。近現代曲っぽい感じもあれば、ロマンティシズムの時代に行ったり。あまりロジカルに考えないように書きました。それくらい感情が追いつかない毎日で「大丈夫かな」「なんとか行けそう」「やっぱりダメかも」みたい起伏がずっとあったので、それを表現しています。
―「ドリフターズ」は曲名どおり放浪者っぽさが感じられる曲調ですね。
上原:(コロナ禍は)心の置きどころがわからなくなる瞬間がたくさんありました。なので、移ろい彷徨う感じで。精神的に不安定、不健康、みたいなイメージです。ヴァイオリンだと悲しく弾いても悲しさが綺麗になりすぎるので、ここはヴィオラだなと思って。ヴィオラのちょっと不穏でこもった音が合うなと思って、メロディを取ってもらいました。
―この組曲では、ピアノの弾き方や音色が楽章ごとにまったく違いますよね。「ジ・アンノウン」だったらノイジーに弾いてたりもしましたが、「ドリフターズ」に関してはどうですか?
上原:水の上にいる感覚っていうとわかりやすいかなと。安定していないリズムの移ろいですね。セクションごとにリズムが定まったり、定まらなかったりすることとか、そういうのを演奏で表現できていると思います。
―たしかにイントロのピアノも浮遊感がありますが、弦もピアノと同じように浮遊感を奏でている気がしました。
上原:レコーディング前にブルーノートでたくさん公演をやったのもあって、アンサンブルとして一緒に揺らぐところまで演奏できるようになったのもよかったです。
―「フォーティチュード」もタイトルそのままに、前進しようという意気込みを感じる曲です。
上原:「この状況に屈しない」「負けてたまるか」という気持ちで演奏しています。「行くぞ!」って感じ。
Photo by Mitsuru Nishimura
―ここまでの組曲に続く「アンサーテンティ」は不確実とか半信半疑みたいな意味で、”わからなさ”という点では「ジ・アンノウン」と近そうな気がします。この2曲の違いについてはどうでしょう?
上原:「ジ・アンノウン」は未知のものや状況、それが生み出す感情について書いています。「アンサーテンティ」は「SAVE LIVE MUSIC」の第2弾をやっていた頃に書いた曲で、1月に予定していた公演が緊急事態宣言で延期になっちゃって、「またか……」みたいな気持ちになっていたんですよね。いろいろ準備して会場側のモチベーションが高まっていても、途中で止まらざるを得なくて。一歩進んで一歩下がるみたいな状況でした。そんななかで1月にリスケが決まって、3月に延期公演をやることになったのですが、(延期になって)お客さんが時間の都合をつけてくれている間も、私はただそれを待っているだけみたいな感じで。だから、その期間に自分で曲を書いて延期公演のステージで発表することで、自分がこの状況に屈しなかった証明みたいなものをマーキングとして残しておきたかった。その間にあった気持ちの揺らぎや不確実さから「アンサーテンティ」と名づけることにしました。
―『シルヴァー・ライニング・スイート』は「負けないぞ!」というポジティブな気持ちだけでなく、そういう弱さも含まれていると。
上原:そうですね。こういう状況下で、自分のなかのネガティブな感情も曲に落とし込むことで浄化されて回収していくというか。結局、今の状況って怒る相手がいないじゃないですか。誰もがどうしようもない。そういう状況に対して「でも、曲は書いたもんね」って感じのささやかな抵抗ですね。
―「アンサーテンティ」は今までの上原さんのイメージにはなかった曲だと思うんです。解決しないままのらりくらりと進んでいく曲調も含めて、異例だと思うしすごく印象的でした。
上原:作曲しているときにブルーノートのエンジニアさんにも「今、曲を書いているけど、絶望的に暗くて大丈夫かな……」とか言ってたので、暗いと思います(笑)。
―暗いし、ずっと迷っているし。こういう異常な状況にもならない限り上原さんは書かない曲ですよね。しかも、曲が求めるようにちゃんと不安そうにピアノを弾いています。
上原:書いているときの気持ちを思い起こすと、自然とそういう弾き方になりました。でも、最後に一筋の光が見えてきたみたいな感じで、ほんのちょっとだけメジャーな感じになります。それもささやかな抵抗ですね。
困難な時代に音楽を作る意味
―次の「サムデイ」については?
上原:2020年の5月〜8月まで、Instagramで「One Minute Portrait」というシリーズをやちりました。8人のミュージシャンと1分間の曲を発表する企画で、「サムデイ」はアヴィシャイ・コーエン、「ジャンプスタート」はステファノ・ボラーニ、「リベラ・デル・ドゥエロ」はエドマール・カスタネーダと共演しました。8曲から今回の弦カルに合いそうな3曲を選んで作り直しました。この曲はリモートじゃなくて実際に会ったり、いつか元の生活に戻りたい、またあの時みたいになりたい。そういう意味での「サムデイ」ですね。
―最初の組曲と「アンサーテンティ」に関してはシビアな現実感があったと思うんですよ。でも、「サムデイ」はもう少しポジティブで、上原さんっぽい曲だと感じました。
上原:ここからは明るさを取り戻していくセクションですね(笑)。
―「11:49PM」は『MOVE』(2012年)収録曲の再録ですが、なぜこの曲を?
上原:この曲は作った当初から弦の音が合うだろうなと思っていました。『MOVE』は一日の流れ、朝起きてから寝るまでを表現していたアルバムでしたが、今回のアルバムは”希望の兆し”をコンセプトにしているので、”明けない夜はない”という意味合いで入れることにしました。ヴァイオリンのピチカートで秒針を表現してますが、(そういう弦を用いたアイデアも)トリオでやっていた時から考えていたので、実現できて嬉しいです。
―原曲はドラムのサイモン・フィリップスが前面に出たアレンジなので、なんでこの曲だろうと思ってました。ドラムソロもかなり長いですよね。
上原:ライブだといつまでも終わらないくらいのソロでしたよね。
―トリオのアレンジを弦カルに置き換えたのではなく、全く別のアレンジを書いてるってことですよね。チェロとピアノの役割が流動的に変わったり、セッションっぽさもあってスリリングですよね。
上原:この曲はカデンツァ(※)のような形でひとりで弾くところが沢山あるのですが、そこからまた弦が交わる曲のターニングポイントみたいなところがあって、そこが自分としては気に入っています。ピアノだけになったあと、だんだんヴァイオリンが交わっていくところです。
※オーケストラとの協奏曲で、ソリストが伴奏なしで即興演奏するパート
Photo by Mitsuru Nishimura
―上原さんのアルバムはいつもコンセプチュアルで、一枚を通じてストーリーや世界観があって、それぞれの曲に役割があるような作りになっていますよね。ただ、ここまで生々しくて、現実感があるものはなかった気がします。
上原:生々しいという意味では、いつも自分の感情が動いたときに曲を書くので、どの曲も自分のなかでエモーショナルなものではあります。でも、これまでは自分の物語を書いてきましたけど、全人類が同じことを体験するというのは初めての経験で。共感性というのでしょうか、その部分では違うかもしれません。すべての人にとって生々しかったり、辛さや絶望を投影しやすいのかなって。同じような気持ちを感じたことがあるとか、おそらくこうだったんだろうなというのが想像しやすいというか。
音楽って本来持っているメッセージ性や作曲家が意図したこと以上に、聴き手の環境やタイミング、人生のストーリーによって曲の捉え方が全然変わったりするものですよね。自分はそんなつもりで書いてなかったのに、「辛いときに聴いたから、この曲は自分にとって希望なんです」とか「高校時代に付き合っていた彼女と聴いてたから、この曲を聴くと胸がキューっと締め付けられる」とか言われたり。そこが音楽の面白さだと思いますが、(コロナ禍みたいに)ここまで誰もが同じようなことを思う体験はないですもんね。
―最後の質問です。少し前に、「ミュージシャンにできることは、ひたすら音楽を作り続けることしかない」という発言が議論になりましたよね。上原さんはこの状況下における音楽家の役割についてどう思いますか?
上原:私はそれぞれが雇用している人たちに向けて、それぞれができるベストなことをすることが第一段階だと思っています。人は働かないと食べれないので。音楽を作ることって、誰しも最初は趣味で始めるじゃないですか。好きだから始めたわけで、仕事で音楽をやっているのも楽しい。でも仕事になったら、それで稼ぐこと、生計を立てることに直結してくる。私は高価な趣味もないので、必要最低限の生活ができる収入があればいいと思って音楽をやってきたので、これまでお金のことをあまり意識して考えたことがありませんでした。自分が働けば働くほど、私の周りで縁の下の力持ちとなっている人たちの生活が助かることはわかってはいたけど、そこまで必要性を深く考えたことがなかった。でも、今回のことを通じて考えるようになりました。
だから、「音楽を作ることしかできない」という言葉から何を連想するかだと思います。そこは受け手の想像力も試されているし、それぞれの環境にもよると思う。精神状態とか、生活のことも含めて。当たり前ですけど、今の世の中は健康的ではないですから。怒りのぶつけどころがないような、不健康で理不尽な状況にみんなが置かれているわけで。
言葉って難しいですよね。私は言葉のプロじゃないから、言葉できちんと納得できるように伝えられないし、それがうまくできないから音楽で伝えてきたので。取材を受けておいてなんですけど、インタビューで本当に伝えたいことが伝わっているのかはわからない。受け取る人によってはまた違う方に受け取られることもあるし。
でも、音楽をやっている人が音楽を作るのは、それこそがその人が最大に活かされることです。そして、それが結果的に、周囲にいる人にとってもプラスになると思うので、どんどんやればいいと思います。
上原ひろみ
『シルヴァー・ライニング・スイート』
発売中
https://jazz.lnk.to/HiromiUehara_SLS
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