パット・メセニーに「創造性」を学ぶ 次世代とも共鳴する伝説的ギタリストの思想
Rolling Stone Japan / 2021年9月14日 17時30分
ジャズ・ギターの巨匠パット・メセニーは相変わらず精力的だ。ちょうど半年前、メセニーがギターを弾かずに作曲だけをした異色作『Road To the Sun』についての記事を寄稿したばかりだが、彼はまたもや新たなプロジェクトを録音し、ニューアルバム『Side-Eye NYC』として発表された。
僕は幸運なことに、「Side Eye」というプロジェクトが動き出す瞬間を目撃している。2019年1月のブルーノート東京で、鍵盤奏者のジェイムズ・フランシーズ、ドラムのネイト・スミスを交えたステージが5日間にわたって披露された。ベースレスの変則トリオで、共にメセニーがあまり共演してこなかった、2010年代に頭角を現した世代のミュージシャンである。
このとき、特に凄まじかったのがジェイムズ・フランシーズ。彼の周りに並べられたピアノ、複数のシンセ、ハモンドオルガンを自在に弾きこなすのだが、左右の手が完全に別人格のように動く。右手はピアノで、コンテンポラリーなソロをビシッとしたタイム感で弾きながら、左手ではシンセで、レイドバックしたベースラインを弾いたりと、常時2台の鍵盤を操りながら様々な役割を演じた。その超絶的な演奏はメセニーを明らかに刺激していて、その場で彼がワクワクしている様子が客席にも伝わっていた。
ジェイムズはその後、サックス奏者クリス・ポッターの『Circuits』(2019年)に起用されている(こちらもベース不在のトリオ編成)。自身のリーダー作『Flight』(2018年)、『Purest Form』(2021年)も高い評価を得た。
この投稿をInstagramで見る James Francies(@jamesfrancies88)がシェアした投稿 左からマーカス・ギルモア、パット・メセニー、ジェイムズ・フランシーズ
そんなジェイムズの存在を前提に作られたのが、今回のアルバム『Side Eye』だ。ドラムにヴィジェイ・アイヤーからチック・コリア、テイラー・マクファーリンなどに起用されるマーカス・ギルモアが参加し、やはりベースレス・トリオで録音されている。前作『Road To the Sun』では譜面を書いて他のギタリストに演奏させ、2020年の『From This Place』では交響楽団やミシェル・ンデゲオチェロのヴォーカルなどを加えることで、それぞれ緻密に書きあげた楽曲で壮大な物語を描いたメセニーだが、ここでは新曲だけでなく、デビュー作『Bright Size Life』(1976年)からの2曲や、『Letter From Home』(1989年)から「Better Days Ahead」、マイケル・ブレッカー『Time is of the Essence』(1999年)に提供した「TimeLine」、『80/81』(1980年)でも演奏していたオーネット・コールマンのカバー「Turn Around」という変わった選曲も印象的だ。曲によっては、メセニー作品にしてはかなりラフでセッション的だったりもして、この「Side Eye」がこれまでのプロジェクトとは毛色の異なるものだということもわかる。
45年以上のキャリアを築いてきたメセニーは、どうして今も音楽的挑戦を続けるのだろうか。そして、次の世代からどんなインスピレーションを得ているのか。「Side Eye」とジェイムズ・フランシーズ、さらに彼が近年入れ込んでいる新鋭ギタリスト、パスクァーレ・グラッソを切り口にたっぷり語ってもらった。
―「Side Eye」のコンセプトについて教えてください。
メセニー:これまで活動してきて、おかげさまでバンドの中で最年少という立場も経験したし、中堅も経験してきて、最近では最年長になることも少なくない。いつもそうとは限らないけどね。今でもプレイするロイ・ヘインズは94歳なわけで。つまり、ジャズという音楽ジャンルにおいて、年齢差はあまり関係ないんだ。というのも、誰かが「1、2、1、2、3、4」とカウントを取った瞬間、みんな平等だ。過去に何を演奏してきたかとか、将来何を演奏するかは関係ない。その瞬間が重要なんだ。そうは言いつつも、私が長年活動してきたことは事実で、若い頃にたくさん聴き、尊敬していた多くのミュージシャンたちと共演できて非常に幸運だった。だから今度は私自身がそういう機会を与える側になるという意味で、NYで活動する若手ミュージシャンで注目している人たちに声をかけ、私のアパートに来てもらってジャムセッションを行なってきた。どれも尊敬している若手ばかりで、彼らに向けた曲を書きたいとも思った。そういうことができる受け皿を作って、変幻自在でメンバーが入れ替わりつつ、一つの大きな傘の下に収まっている、そんなプロジェクトにしたいと思ったんだ。
ジェイムズ・フランシーズとマーカス・ギルモアについて
―そのプロジェクトのために声をかけた二人について、まずは個性的な鍵盤奏者であり、作曲家でもあるジェイムズ・フランシーズと演奏を重ねてみての印象を教えてください。
メセニー:ジェイムズの素晴らしいところは従来のピアノ/鍵盤/オルガン奏者という括りで語るのがとても難しく、その枠には収まらない、特異な存在だという部分だ。彼のような奏者はこれまでいなかったかもしれない。そういう人にはいつだってワクワクさせられる。幸いにも私はこれまで、独自のやり方を生み出す「特異」なミュージシャンたちと多く共演してきた。若い頃に憧れたゲイリー・バートンしかりだ。ゲイリーはヴィブラフォンに革命を起こした。彼のようなヴィブラフォン奏者はそれまでいなかった。スティーヴ・スワロウも同じだ。彼らは楽器奏者としての新しいあり方を作った。ジェイムズは発展途上ではあるけど、既にその兆しを感じる。彼でなければこのバンドは成立しなかっただろう。他に誰も思いつかない。それくらい彼にしかないものがある。
今回のバンド編成というのは、従来のオルガン・トリオと重なる部分も多い。私自身、カンサス・シティで活動していた若い頃に、何度も経験した編成だ。ジェイムズがそういう側面を持ち合わせているのは確かだけど、それだけじゃない。どんなメロディを奏でるか独自のアイデアを持っているし、一つのフレーズに5オクターブのレンジを持たせることもできる。彼がやろうとすることはどれも普通と違う。しかも、今のポップ・ミュージックへの造詣も深い。かと思うと、オスカー・ピーターソンを参照している面もある。彼にしかない、独特な組み合わせがあって、どれも私としては気に入っている。何より、感性がとにかくいい。いろいろ言葉で語ることはできるけど、私からすると、感性がなければあまり意味がない。彼の場合は感性がいい。何をするにも、私にとってはそこが一番重要だ。
ジェイムズ・フランシーズ『Purest Form』収録曲「713」
―もう一人は個性的なドラマーであるだけでなく、ビートメイカーとしても活動しているマーカス・ギルモアです。彼と演奏を重ねてみてどんなことを感じましたか?
メセニー:NYは今、ドラマーの黄金時代が到来していると感じる。ずっと長い間、いいドラマーを探すのに本当に苦労してきた。ドラマーを雇っても、口頭でいちいち細かく説明しなければならなかった。「ここは、even 8th note(8分音符をイーブンに)のワルツなんだけど、3拍子じゃないからボサノヴァじゃなくて……」という感じで延々と説明しないといけなかった。当時名を馳せた数少ない常連メンバー、ジャック・ディジョネットやボブ・モーゼス以外に声を掛けた場合は特にそう。自分が思い描くスタイルで叩ける人を見つけるのが本当に難しかった。それが今や、NYには「明日ライヴで叩いてくれ」とお願いできるドラマーが少なくとも12人はいる。グルーヴを説明する必要がないだけでなく、彼らはみんな私の作品を聴いて育ってきている。そういう意味で、ドラマーに関しては、これまでにない面白い状況になっている。
―たしかにそうですね。
メセニー:このプロジェクトのドラマーの椅子に誰を座らせるかという部分では、これもなかなか楽しい道のりだったよ。マーカス・ギルモアは4代目で、今は5代目としてジョー・ダイソン(クリスチャン・スコットやドクター・ロニー・スミスが起用)がいる。彼も信じられないくらい優秀なドラマーだ。このプロジェクトで起用したいと思った候補が6人いて、一人に絞り込むのは難しかった。
マーカスのことは、彼が子供の頃から知っている。ロイ・ヘインズの孫だからね。彼にしばらくやってもらって、今はジョーがやってくれている。今回のアルバムを録音した後に、ジョーを想定して書いた新曲が12曲ほど既にある。ジョーはニューオーリンズ出身のドラマーだから、また違った味があるんだ。私にとっては、このプロジェクトにかかわらず、どんなバンドにも言えることだけど、独自の何かを持っている奏者を見つけたら「その人に向けてどんな曲が書けるか」と考えるきっかけになる。彼らを刺激するものであると同時に、私から見た彼らの光るものをしっかり見せることを念頭に書くわけだ。あまり得意じゃない部分があれば、それを避けるとかね(笑)。こうしたことは全て、バンドリーダーとしての役目だ。私はギタリストとして語られることが多いけど、自分にとって一番メインの仕事はバンドリーダーであり、自分が尊敬するミューシャンたちが演奏できる受け皿を用意しながら、私自身が伝えたい物語を伝える音楽を表現する場を作ることだと考えている。そしてたくさんライブを行ないながら、数多くリサーチを続けること。最終目的はいつだって人前で演奏することだ。
パット・メセニー「Side Eye」での演奏、ドラムはジョー・ダイソン
―今のお話にもあったように、『Side-Eye』は「若い世代のミュージシャン陣を代わる代わる迎えたい」というのが念頭にありますよね。そのコンセプトは今回のアルバムの選曲や、新曲のコンポーズにどう作用していますか?
メセニー:私は活動を始めた頃から、新しいミュージシャンを発掘してきた。おかしいと思うかもしれないけど、『Bright Size Life』を作った時は、まだ誰もジャコ・パストリアスのことを知らなかったんだ(笑)。彼に参加してもらうのに、周りを説得しなければならなかったくらいだ。レコード会社(ECM)としてはデイヴ・ホランドやジャック・ディジョネットあたりを期待していたのだろう。そのすぐ後にも、また別の無名のミュージシャンを起用した。ライル・メイズだ。そうやって、その人に沿った曲を書くだけでなく、その人のサウンドを確立させてあげられると感じる人を探すのは、活動していく上で欠かさずやってきた。特にサウンドは重要だと思っている。作曲する上で、その人のサウンドを思い描くことが曲を書くきっかけになるし、そう思わせてくれるミュージシャンが好きだ。
このプロジェクトに関していうと、『Side Eye』は新曲と古い曲が半々という構成だ。私は、誰かと初めて音を鳴らす際、私の古い曲を彼らがどういう風に演奏するのかをまず聴いてみたいと思っている。そこから彼らの傾向がわかるし、ああいう表現をどれだけ得意としているかもわかる。今回のジェイムズの場合、彼は私の作品となかなか面白い繋がりを持っている。彼の父親が私の作品の熱狂的なファンらしく、生まれた時からずっと聴いてきたわけだ。それと並行して、彼はヒューストン出身で、あそこには素晴らしい音楽教育があって、NYを拠点にしているミュージシャンの半数がそこの高校出身だ。ビヨンセも通っていた(※)。そんな彼の経歴を含めたフィルターに通すことで、私の音楽がまた違って出てくる。
※High School for the Performing and Visual Arts、通称HSPVA。ロバート・グラスパーやジェイソン・モランも同校の出身。
それだけじゃない。彼は非常に優秀なミュージシャンだ。私の楽曲は、人が思っているよりも演奏するのが難しい。簡単に演奏しているように聴こえるかもしれないけど、即興を得意とする凄腕のミュージシャンたちが、例えば「James」(1982年作『Offramp』収録の名曲)のブリッジでボロボロになるのを何度も見てきた。でも今回一緒にやってみて、ジェイムズには十分弾きこなす技量がある。なぜなら、子供の頃から聴いてきて、曲をよく理解しているから。また、彼の持ち前の傾向として、そこからさらに新しい形に持っていく。それら全ての点を合わせれば、私にとって申し分ない。今では、彼のことをより知ったのもあって、彼に沿った曲作りも刺激に満ちている。彼に何ができるのかわかったのと同時に、何がまだできないかもわかったから。彼はまだ若い。私も何人かの鍵となる年上のミュージシャンに育ててもらった自負がある。彼らは私がまだできないことをみつけ、あえてそれを私にやらせた。同じことを私もジェイムズにしているんだ。彼が普段頼まれないことをあえてやらせる、という。そんなことも意識してやっている。彼ならできるとわかっているからね。彼に限ったことじゃない。ドラマーにしてもそうだ。それが誰だろうとね。
パット・メセニーが音楽を作る意義
―左右の手を別人格のように操るジェイムズ・フランシーズがいることで、通常ならカルテットで演奏することをトリオでやる、「1人少ない条件で演奏する」ような音楽になる部分もあると思います。その通常とは異なる条件は、あなたの演奏にどんなインスピレーションを与えたのでしょうか?
メセニー:我々がオルガン・トリオの伝統を参考にしているのは明白で、私が最初の数年間カンザス・シティでやったライブの半分はオルガン、ギター、ドラムという編成だったのも事実だ。鍵盤の左手がベースの役割を担って、ギターは、オルガンが左手でベース、右手で単音を弾いている時に隙間を埋める役割を担う。今回も、そういう側面を含んでいるのは確かだ。ジェイムズの弾き方もそこに通じるものがある。
と言いつつ、この編成なら違うこともいろいろできる。テクノロジーの発展もあり、私がギターを使ってベースパートを弾くことだってできる。以前からいろいろやり方はあったけど、最近の技術の進化は目覚ましいものがあるからね。実際にベース・ギターを私が弾いている場面もある。ベースを弾くのは昔から好きだ。さらに、オーケストリオン(メセニーが2010年から使い始めた自動演奏装置)といった機械装置も使用している。私はこのプロジェクトを「どちらか」(に選択肢を絞ってしまうの)ではなく、「どっちもやる」と捉えている。
私はもともとトリオ編成というものに惹かれているんだ。なぜなら、全員が常時何かをしてないといけないからだ。カルテットだと、誰か一人がボーッと立っているだけという場面もある。トリオのそういう部分が気に入っている。それに今回は、普通と違うトリオでもある。このトリオが成立するのもジェイムズがいるからこそだ。彼のようなミュージシャンとはこれまで出会ったことがなかった。優れたオルガン奏者はこれまでも出会ったことがある。何年も前にラリー・ゴールディングスとマイケル・ブレッカーでプロジェクトをやったこともある(1999年リリースのアルバム『Time is of the Essence』)。そのために書いた「Timeline」という曲を今作でも取り上げている。ジェイムズは渋々オルガン・トリオ風の演奏をするんだけど、彼がそうするのは、あれだけ上手くできるとみんなわかったら、その仕事しかこないんじゃないかと恐れているからだと思う。そういう技術も持ち合わせているけど、単なるオルガン奏者だと思われたくない、という思いがジェイムズは強いんだ。
―先ほども名前が出ましたが、あなたのデビュー作『Bright Size Life』はジャコ・パストリアスとボブ・モーゼスとのトリオで録音した唯一のアルバムです。ここから2曲取り上げているのはなぜですか?
メセニー:さっき話した通り、初めて誰かとプレイする時は、私の古い曲を演奏させる。その中でも『Bright Size Life』からの曲を取り上げることが多い。私の代表的な作品をどこまで弾きこなせるか、その技量を測る意味でね。私がやることのほぼ全てが『Bright Size Life』に詰まっている。それが今でも私の音楽の核となっている。不思議だけど、どの曲も、45年ものあいだ叩きのめされても生き残ってきた。だからどうにだってできる。今回彼らがあの2曲を弾いてるのを聴いて、あまりに違うアプローチだったから、アルバムに入れる価値があると思ったんだ。
―『Bright Size Life』はあなたとジャコのベースが時にその役割を入れ替えたりしながら、自由に即興演奏をしているアルバムだと思います。『Bright Size Life』に収録された曲には自由に即興演奏をできるスペースがかなり用意されているから、『Side Eye』のようなプロジェクトにふさわしかったのかと想像したのですが、どうですか?
メセニー:それを言ったら、全曲を譜面に書き起こした前作『Road To The Sun』を唯一の例外として、私がこの45年間やってきた全ての作品に言えるのは、私にとってそもそも音楽を作る意義というのは、私が即興奏者として生きるための環境を開拓するためだということ。今回のアルバムも、これまでの作品と目指すものは何ら変わらない。即興演奏を行なう受け皿を作ること。中には入り組んだものもあるし、シンプルな構成のものもある。私の場合、譜面にしたら20ページや30ページ分の書き下ろした音楽の後にようやく即興演奏が出てくることも珍しくない。セロニアス・モンクの曲を演奏するのとは対照的だ。そうやって譜面に書かれた音楽と即興音楽を両立させる方法を見つける、というのが音楽を作る上で私が目指していることでもあるんだ。
―ジェイムズもマーカス・ギルモアもヒップホップ育ちのミュージシャンで、彼らの音楽の中にはヒップホップが自然に、かなり深く入っていると思います。この20年、ヒップホップをインストールしているジャズ・ミュージシャンが数多くシーンに出ています。そういった状況をどう見ていますか?
メセニー:ジャンルに関する話になるとどうしても退屈に思えてしまう。音楽よりも、政治や文化的比重が多くなってしまうからだ。音楽の可能性を全て見渡してから過去60年ほどの間に人気を博した音楽を見ると、そのほとんどは、音楽の持つ可能性のごくわずかな割合を占めるに過ぎない。つまりどういうことかというと、そのほとんどが4分の4拍子で、ほとんどは1拍目で誰かが音を出して、2拍目に裏拍子(バックビート)があって、別の何かがあった後、4拍目で何かあって、長調と短調でできている(笑)。音楽的な部分は以上だ。あとは服装やどういう種類の人たちを代弁しているのか、ということばかり語られる。私が興味があるのは音楽だ。クラシックやジャズといった大きなジャンルの話でさえも、何を話しているのかわからないんだ。君の質問にも「いいんじゃないの」くらいしか言えないよね。
パスクァーレ・グラッソと「器楽奏者にとっての創造性」
―最後の質問です。あなたがパスクァーレ・グラッソについて語っていたのを読みました。パスクァーレは自分が頭の中で創造した音楽を形にするために様々な技術を身に付け、組み合わせ、試行錯誤しながら、その頭の中で創造した音に近づけようとしているようなギタリストです。それは自分が出したい音を鳴らすために新しい方法を発明しようとしていると言ってもいいかもしれません。しかも、パスクァーレが参照しているのは最新のテクノロジーではなく、ビバップやスウィング・ジャズなどの誰もが知っている過去の遺産です。にもかかわらず圧倒的に新鮮に聴こえます。あなたもパスクァーレ同様、発明と言ってもいいやり方で音楽を作ってきたミュージシャンです。だからこそ彼に強く共感するのかなと思います。パスクァーレの話を前提にあなたに伺いたいのですが、「器楽奏者にとっての創造性」とはどんなものだと思いますか?
メセニー:まず、君がパスクァーレ・グラッソを取り上げてくれたことが嬉しい。彼は私からすると今の音楽を語る上で欠かせない存在だ。彼が出てきて10年くらいになるけど、誰も彼のことを語らないのが不思議でしょうがないよ(笑)。なぜなら、私から見て、彼は本当に特別なミュージシャンだからだ。いわゆるポストモダンと呼ばれる時代において「創造性」というのは興味深いもので、中には「パスクァーレ・グラッソは好きだけど、彼はバド・パウエルを参照しているよね」と言う人がいる。まるでそれが悪いことかのようにね。もしくは「古臭い」と言う人さえいる。最近、何かの大会の審査員をやったんだけど、ギタリストが10人ほど出場していて、10人中9人は、私やジョン・スコフィールドとビル・フリゼールを少しずつ違う形で組み合わせているように聴こえてしまった。そのうち5人はきっと、私のこともフリゼールもスコフィールドも聴いたことがないと言うだろう。彼らはむしろカート・ローゼンウィンケル辺りをイメージしているんだと思う。さっきも話したように、私は45年以上活動しているし、バド・パウエルにしても亡くなってからほんの55年しか経っていない(1966年没)。どこを境に「モダン」と言うようになったんだ。私がリヴァーブを使ったからなのか。わからないよね。私が考える「創造性」というのは、こういう話題を超越するものだ。
パスクァーレの音楽から聴こえてくるのは、非常に入り組んだ表現の中で即興で音を紡いでいる、ということだ。同じものをロバート・クレイにも感じる。彼はブルース・ギタリストだけど、その場で創造もしている。ただ奏でているだけじゃなくて、即興で弾いている。パスクァーレがやっていることは、どんな楽器でも難しいけど、特にギターでは難しいことだ。かれこれ70年もの間、多くのギタリストがやろうとしてきたんだ。彼はそこを見事にやってのけた。彼は入り組んだ表現の中で自由に演奏できる、という境地に達している。これは滅多にできることじゃない。しかも、そうやって奏でる作品が非常に創造性に溢れている。それが私の作品とどう関連しているかは、わからない。でも、他人がやっているのを見抜くことならできる。そして、様々な形になってそれは(自分の作品の中に)表れる。音楽性は全く違うかもしれないけど、過去には同じことをデレク・ベイリーにも感じた。自分が思い描いたものを無限に思える形で表現できてる人を見ると、そう感じるんだ。
例えば私が「Are You Going With Me?」(『Offramp』収録)を毎日24時間一生弾き続けたとしても、同じ演奏を繰り返すことは絶対にないだろう。発展し続けるだけだ。パスクァーレもまた、同じことを「Tea For Two」でやるだろうし、デレク・ベイリーも彼の曲でそうするだろう。「創造性」というのは、「これ」や「あれ」に限定されることはない。私を始め、パスクァーレや多くの仲間が所属するコミュニティではよく派閥争いみたいなものがあって、同じコミュニティの中でさらに細分化して「◯◯◯派のほうが×××派よりも本質的に創造性がある」と言う人たちがいるけど、私はそういう意見に賛同したことはない。
純粋に「創造性」の話をしたければ、ビートルズを超えられる人はなかなかいないことは、彼らがあの9年間でやったことを見れば明らかだ。アルバム毎にサウンドがまるで違うという話をよく聞くけど、彼らの場合は曲単位で全く違う作品だ。楽曲も、感性も、全てが最高だ。曲作りにおける創造性という点では、現代における格好の例なんじゃないかな。一方で、60年代のマイルス・デイヴィス・クインテット(ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムス)は、おそらく人類が到達し得る頂点を極めていたと思う。素晴らしい手本はすぐそこにあるんだ。少なくとも私はそこを目指したいと思ってやっているよ。
パット・メセニー
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