悲劇の死刑因、25年間にわたる「闘争と不条理」
Rolling Stone Japan / 2021年9月23日 6時45分
リチャード・グロシップ死刑因(Photo illustration based on photograph by Janelle Stecklein/Community Newspaper Holdings Inc./AP)
米オクラホマ州刑務所で25年間服役しているリチャード・グロシップ死刑因は、これまでに「death watch」を三度体験している。死刑執行は通常金曜日に行なわれる。死刑が決まった受刑囚はその週の火曜日になると、執行室隣の監房に移され、刑務官と一緒に生活をする。これが「death watch」だ。
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1997年、グロシップがオクラホマ・シティのモーテルのマネージャーとして勤務していた時、モーテルの保守管理人ジャスティン・スニードが、上司のバリー・ヴァン・トレーズをバットで殺害。スニードはグロシップが金銭と仕事を報酬に殺人を強制したと主張。98年、グロシップは第1級殺人罪で有罪判決を受け、死刑を言い渡された。かたやスニードは仮釈放なしの終身刑を言い渡された。グロシップの弁護人たちはスニードがグロシップを巻き込んだのは、死刑判決を逃れて終身刑の判決を得るためだったと主張している。
州によれば、スニードはヴァン・トレーズを殺し(その過程で窓を壊した)、血まみれの服を脱いで、グロシップに仕事の完了を報告しに行った。グロシップはスニードに、ヴァン・トレーズさんの車のフロントシートの下にある金を奪って、車を道向かいの消費者金融に持っていけと命じた。2人は金を山分けし(結局4000ドルしかなかった)、酔っ払い2人が102号室で喧嘩していたので客室掃除ができず、その間自分たちは窓を修復していた、という話をでっち上げた。2人は死体を処理するつもりだったが、ヴァン・テレーズの車が放置されていると消費者金融がホテルに電話したことで、警察沙汰になった。
警察はすぐにグロシップに狙いをつけた。最後に上司を見た時の供述が二転三転したためだ。だがグロシップは2回の尋問で無実を主張し、その日の朝早くスニードが自分のアパートに来てヴァン・トレーズ殺害を告白した、と語った。彼は最初冗談だと思ったという。明らかにこの青年は、奇妙なユーモアのセンスの持ち主だった。一方でスニードは1月14日に逮捕され、殺害を自供――黒幕はグロシップだと名指しした。
スーザン・サランドンからローマ教皇フランシスコまであらゆる人々からグロシップは支持されている。サランドンがローリングストーン誌に語った言葉を借りれば、「リチャード・グロシップの身に起きたことは、我が国の司法制度が不十分であることを如実に物語っています」
自信たっぷりの人柄でグロシップは多くの支持者を獲得したが、同時に敵も作った。例えば、彼を最初に尋問したボブ・ベモ刑事を無駄に怒らせた。「あいつは横柄で、とても生意気な奴です」。2015年の死刑執行日にいたるまで、グロシップの事件を追いかけたジョー・ベリンジャー監督の2017年のドキュメンタリー『Killing Richard Glossip』の中で、ベモ刑事はこう語っている。「あいつは口答えしたり減らず口を叩いては、相手を心底イライラさせるタイプでした。それで時々こっちも『お前いい加減にしろよ』となるんです」
「政界にいる人間からは無視される」
グロシップによれば、「death watch」の監房にはカメラ1台と看守1人が配置され、昼も夜も明かりはついたままだ。持ち込みが認められるのは聖書と家族の写真、ペン1本と紙だけ。そのまま何も起こらない日もあるが、別の囚人の旅立つ姿を見送る日もある。
人生最期となるはずだった食事も三度味わった。メニューは毎回同じ、フィッシュ&チップスにウェンディーズのベーコネーター、ストロベリーシェイクにピザ。そのうち1回はピザハットで、2回はドミノピザだった。そして彼は再び始終明かりのついた中に放り込まれて死を待つことになる――彼の弁護士が最後の望みの綱である再審を獲得できなければ。
グロシップが死刑囚房に入れられたのは2015年。彼の弁護士であるドン・ナイト氏が州を説得して、再審が行なわれない限り、またもや死刑囚房に入れられる可能性は高い。しかしグロシップは、2015年よりも望みはあると感じている。
ナイト弁護士は死刑支持派の共和党28人を含む34人のオクラホマ州議員が署名した嘆願書をケビン・スティット州知事に送り、独立機関によるグロシップ事件の再調査を要請した――それに加え、グロシップの無実を証明できるとナイト弁護士が言う複数の証人の証言も。「この手のことは政治的自殺行為ですから、政界にいる人間からは無視されるのがほとんどです」。オクラホマ州立刑務所からローリングストーン誌の電話インタビューに応じたグロシップはこう語った。
「だからこそ僕も、署名してくれたオクラホマ州の共和党議員には敬服しています……彼らにも言いましたが、彼らが立ち上がったのはこれが政治的立場とは関係なく、無実かどうかという問題だからです。そもそも政治を絡めるべきではありません。両党が歩み寄るべきです。誰だって無実の人を死なせたくはないでしょう」
ナイト弁護士やグロシップの支持者たちによれば、州の見解にはつじつまが合わない点がいくつかあり、判決に関して疑問が残るという。「有罪の人間が死刑にかけられることには私も賛成です」。グロシップを支持する書簡に署名した34人の議員の1人、オクラホマ州下院議会のケヴィン・マクデュール議員はこう語る。「ただ私は、オクラホマでは死刑にかけられる人間が必ず有罪であると自信を持って言えるメカニズムが存在することを確認したいだけなのです」
ナイト弁護士は2014年からグロシップを弁護している――1993年の書籍『デッドマン・ウォーキング』の著者で、死刑制度廃絶運動の主要人物であるシスター・ヘレン・プレイジェーンの依頼によるものだ。もともとグロシップは、死刑執行の際に同席してほしいとプレイジェーンに頼んだ。「ええもちろんです、執行されるときはそばにいますよ、と約束しました」とプレイジェーンはローリングストーン誌に語った。「その後就寝しましたが、夜中の2時に突然目が覚めました。彼を死なせてはいけない。無実の人間は死ぬべきじゃない、と」
オクラホマ州マカリスターにあるオクラホマ州立刑務所の前で、シスター・ヘレン・プレイジェーン氏、キャスリーン・ロード氏、ドン・ナイト弁護士(Photo by Sue Ogrocki/AP)
当初グロシップの死刑は2015年1月に行なわれる予定だった。だがグロシップが連邦最高裁判所に起こした訴訟、いわゆる「グロシップ対グロス」のため、刑の執行は延期された。2014年に行なわれたクレイトン・ロケット死刑囚の処刑が失敗に終わった後、彼と19名の受刑囚は移送命令と刑の延期を求める嘆願書を提出した。ロケット死刑囚は薬殺刑の途中で意識を取り戻し、おぞましい死を迎えた。
受刑囚たちはミダゾラム――ロケット死刑囚の処刑失敗の原因とみられる麻酔薬――の使用が残忍かつ尋常ならぬ刑罰だと主張した。2015年6月、最高裁はグロシップ他受刑囚の訴えを退けた。その時点で、彼の死刑執行は同年9月に予定された。2回目の延期が訪れたのは死刑執行の3時間前だった。この時は、ナイト弁護士による再審請求が検証された。最終的に判事は再審に十分な証拠がないと判断し、グロシップの刑の執行を9月30日に延期した。同じ日に州は誤った薬物を使用したことを認め、その後死刑執行は6年間見送られた。
弁護人に翻弄された運命の「第2審」
初めてグロシップの事件を扱った時、ナイト弁護士はいくつかの点に驚いた。ひとつは、マネージャーだったグロシップはいつでも4000ドル以上の金を懐に入れることができたのに、わざわざ金のためにヴァン・トレーズを殺したという点だ。2つ目は、グロシップがスニードの証言だけで収監されたという事実。肝心のスニードはグロシップを名指ししたことで、死刑の代わりに終身刑を言い渡された(ローリングストーン誌は服役中のスニードに手紙を書いたが、返信はなかった)。ナイト弁護士はグロシップの第1審にも衝撃を受けた。たとえば、最初の弁護士ウェイン・フォーンラット氏は死刑求刑裁判の経験がまったくなく、依頼人の無実をろくに調べもせず、司法取引に応じるようグロシップに迫りさえした。
フォーンラット氏自身も準備不足を認めている。以来、彼は弁護士資格を剥奪され、もはや弁護を行なうことはできない。「リチャード・グロシップ被告の代理人を務めたことで、こっぴどく叩かれました。私はヘマをやらかしたんです。さんざんでした」と、『Killing Richard Glossip』の中で本人もこう語っている。
1998年にオクラホマ上訴裁判所が有罪判決を無効としたため、2001年に再審を認められ、グロシップにまたとないチャンスが訪れた。まず公選弁護士のG・リン・バーチ氏が弁護を担当した。『Killing Richard Glossip』によれば、第1審で上訴裁判所を説き伏せて有罪判決を覆すことに成功した同氏は、第2審でも代理人を務める気満々だった。ローリングストーン誌はバーチ氏にコメント取材を要請したが、返答は得られなかった。
まずバーチ氏は、スニードの自供テープを裁判で流すつもりだった。このテープは、第一審では証拠として採用されなかった。だが、バーチ氏は結局グロシップを弁護することはなかった。同弁護士から刑務所で恐喝されたと、スニードが訴えたからだ(バーチ氏は全面的にこれを否定している)。恐喝の証人として、スニードの弁護士ジーナ・ウォーカー氏が証人リストに加えられると、バーチ氏は事件から身を引いた。ウォーカー弁護士は2020年に他界しているため、この話を問いただすことはできない。バーチ氏は、虚偽の非難は彼を事件から外すための策だったと考えている。
代わりにサイラス・リーマン氏とウェイン・ウッドヤード氏がグロシップの弁護を担当した。ナイト弁護士によれば、2人はフォーンラット同様ろくに準備をしなかった。2人は自供テープを証拠に採用してもらおうとすらしなかった。「第2審で唯一弁護と呼べるものがあるとすれば、弁護側がスニードの反対尋問を請求したことぐらいです。彼らはペリー・メイソンのような瞬間になると考えたようですね。彼を証言台に立たせ、追い込んで涙ながらに自供させることができると」とナイト弁護士。「映画では最高のシーンですが、実際にそんなことは起こりません」
新たな証言
ナイト弁護士は過去6年間、本人の言葉を借りれば、グロシップのこれまでの弁護士が本来やるべきだった仕事に取り掛かった。彼は、グロシップがヴァン・トレーズから横領したわけではなく、単にホテルの収入が本来の数字と合っていなかっただけだ、ということを証明できる法廷会計士を雇った。
またスニードの犯行――それも単独犯行であると証言する数人とも話をした。ナイト弁護士はこれら証人からとった4つの陳述録取をローリングストーン誌に提供してくれた。これらの陳述からは、法廷で州が提示したスニードとはまるで違う人物像が浮かび上がってくる。グロシップの再審が認められた場合、ナイト弁護士は彼らを証人として判事に要請するつもりだ。
そのうち1人の証人候補は、最初に収監された時のスニードをよく知る囚人仲間だ。彼の陳述によれば、はじめの頃スニードの話は二転三転したという――匿名のその男はスニードがメチルアルコールをやっていたせいだと考えていた――だが彼はグロシップが関与したとは一度も言わず、関与していたのはおそらく恋人だけだったようだ。「スニードは他とは違う人間でした」と陳述でその男はこう記し、ヴァン・トレーズは歯向かうべきじゃなかったんだ、というスニーズの言葉を付け加えている。
スニードと同じ刑務所にいた別の男も、ヴァン・トレーズはスニードの恋人の「パパ」で、2人は付き合っていたのだとスニード本人から聞いた、と陳述した。その恋人は、その日上司が2~3万ドルの大金を持っている、とスニードに話したらしい。女がヴァン・トレーズを102号室に誘い出し、そこでスニードが金を奪って逃亡するはずだった。上司を殺した後、スニードは金がたった4000ドルだったのでがっかりした。「時々スニードは、はした金のために男を殺したなんて信じられない、と言っていました」とその証人は記した後、当時スニードが一番気にしていたのは死刑にならないこと、それと恋人を刑務所送りにしないことだった、と付け加えた。
ホテルの隣のクラブで働いていたダンサーの陳述は、グロシップではなく恋人が関与していたという主張と一致する。「ファンシー」という名で知られていたその恋人は、スニードと金をくれるヴァン・トレーズの両方と付き合っていたそうだ。ダンサーによれば、スニードは薬に溺れるようになり、その時は「怖かった」そうだ。クラブの女性を使ってホテルの男性客を脅しては金を奪い、自分は絶対に見つからない遺体の隠し場所を知っていると豪語し、友人に「金とドラッグを調達」すると宣言した後で血まみれになって帰ってきたこともあった。その女性の記憶によれば、ヴァン・トレーズの事件後ファンシーは顧客の運転で湖へ向かい、そこでスニードの代わりに箱を処分したという。その後ファンシーは姿を消し、別のダンサーに「この事件で刑務所に入れられるもんですか」と言ったそうだ。
「これらはみな実在する人々で、いずれも本人たちの言葉です」と、ナイト弁護士は言う。「時がくれば証人と呼ばれるでしょう――時がくればの話ですが」
被害者の遺族が願うもの
ヴァン・トレーズの遺族はローリングストーン誌のコメント取材に応じなかったものの、彼は「愉快な父親」で誠実なビジネスマンだった、と過去に発言した。「バリーの死で、私たち家族は何年もあらゆる痛みに耐えてきました」と、妹のアラナ・マイレトさんはTulsa World紙に宛てた声明でこう述べた。「ヴァン・トレーズ家は、オクラホマ州がこの事件で正義を果たしてくれたと確信しています……家族として、またアメリカ市民として、私たちには正義が果たされることを望む権利があります」
被害者のバリー・ヴァン・トレーズさん(裁判所資料)
ナイト弁護士と仲間たちも同じことを望んでいる――ただし、結末は全く違う。ナイト弁護士いわく、オクラホマ郡のデヴィッド・プラター地方検事は証人候補はおろか、最初に捜査を担当した刑事のメモ、付近のガソリンスタンドのビデオ映像、グロシップの嘘発見器の結果など、捜査中に集められた証拠の再調査請求を無視した。「彼の釈放を求めているわけじゃない。ただ捜査を求めているだけなのに」とナイト弁護士。
地方検事局はローリングストーン誌のコメント取材に応じなかったが、最近地元オクラホマのニュース番組で、ナイト弁護士と議員らに関する声明を発表した。「この殺人犯は憲法や法律で認められるあらゆる権利を行使し、使い果たしました。その間裁判にかけられ、州と連邦の両方で上訴裁判も行われました。いずれの裁判所も彼の主張を検証し、いかなる救済措置も却下しています」
名目上、グロシップが法的選択肢を使い果たした点に関してはプラター地方検事は正しい。2014年には恩赦も却下されている。「司法制度は現時点で、我々をかやの外に置いています」とナイト弁護士。「嘆願書を再提出することもできますが、2015年の時と同様、判決の究極性という概念や嘆願書を提出できる回数は制限されています。最後に残されたチャンスは恩赦審問会です」。ナイト弁護士いわく、グロシップは恩赦審問会が認められたはずだったが、恩赦仮釈放理事会のトム・ベイツ理事が訴えを却下したと言われたそうだ。
「ふつう恩赦審問会は1度しか認められません。恩赦が認められるか、刑執行かのどちらかだからです」とナイト弁護士。「最後の恩赦審問会と刑の執行日が6年も離れているなんていう状況は今までありませんでした」。とはいえ、不可能ではない。ナイト弁護士は今も、法廷に立つ日が来ると期待を抱いている。
死刑制度の根深い問題、グロシップとその他の囚人が起こした新たな訴訟
だが、現在繰り広げられているこの戦いはグロシップだけの戦いではない――残忍かつ尋常ではない刑罰とみなされているオクラホマ州の死刑制度の問題でもある。州は2020年3月に新たな手順を発表したが、グロシップを含む囚人たちはオクラホマ州に異を唱え、グロシップの最初の訴訟を無効にするよう立ち上がった。「オクラホマ州矯正局は文字通り、2014年の制度に何ら変更を加えていません」と、これら囚人たちの弁護人を務めるデイル・バイヒ氏はローリングストーン誌に語った。「2017年、オクラホマ州の特別委員会が死刑を抜本的に見直し、オクラホマ州の刑執行手順に対して複数の変更を勧告しましたが、矯正局はこうした変更を無視しました……オクラホマではいつものことです。つまり、我々は時計を2014年か2015年まで戻そうとしているわけです」 もっともわかりやすいのは、問題となった薬物ミダゾラムがいまだ混合されている点だ。
オクラホマ州矯正局の代理人はローリングストーン誌に対し、「係争中の訴訟に関してはノーコメントの方針です」と語った。
だが最近になって、受刑囚が自由に意見できるようになることが発表された。8月11日、ステファン・フリオット連邦判事はグロシップとその他受刑囚が起こした訴訟の審議を決定し、審議日程の協議を8月31日に設定したのだ。おそらく来年頭には公判が行われる見込みだ。判事の裁定が下されるまでは、受刑囚は刑の執行で3種類の薬殺刑――そのうちひとつはミダゾラム――または銃殺刑の中から、希望する手順を選択しなければならなかった。グロシップが選択したのは問題の薬物を含まない2つの薬殺刑だった。「どうやって死刑にかけられたいかを選ばせるなんて、酷ですよ」とナイト弁護士は言う。「筆舌に耐えません」
その間、グロシップは禅の心で希望を捨てずにいる――この四半世紀、彼はずっとそうしてきた。曲を作り、友人に毎日手紙をしたため、支援者の1人だった女性を新たにフィアンセとして迎えた。「よくあることですが、死刑囚に関しては一方の話しか聞かないものです。だから動物同然に扱われる」と彼は言う。「でも希望はある。僕を見てください、3回も死刑を免れたんですから」
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