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ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」がすべてを変えた夜

Rolling Stone Japan / 2021年9月25日 9時30分

ニルヴァーナのカート・コバーン(Photo by Niels van Iperen/Getty Images)

ニルヴァーナの代表作『Nevermind』が今年9月24日にリリース30周年を迎えた。シアトルの小さなクラブで「Smells Like Teen Spirit」が初めて披露されたのは同年4月17日のこと。この時点でのニルヴァーナは中堅のインディーバンドに過ぎず、同曲が90年代を象徴するアンセムとなり、3人の人生を劇的に塗り替えてしまうなんて知る由もなかった。名門レーベル4ADのゼネラルマネージャーを務め、ライターとしても多くの有力メディアに寄稿している筆者のナビル・エアーズは、大学時代にこの歴史的瞬間に立ち合い、新しい時代が始まる兆しを肌身で感じ取っていた。

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幸運をもたらした思いつき

1991年の春、アリス・イン・チェインズはシアトルで最も人気のあるバンドだった。その1年半前にはサウンドガーデンが『Louder than Love』でメジャーデビューし、ニルヴァーナとマッドハニーは高く評価されたスラッジ寄りのアルバムをSub Popからリリースしパール・ジャムはまだMookie Blaylockと名乗っていた。他にも多くのシアトル産バンドがアルバムを出したりライブを行っていた当時は、誰がいつ大ブレイクしておかしくない状況だった。だがどのバンドも、トークボックスが印象的なアリス・イン・チェインズの 「Man in the Box」のような、MTVで持て囃されるヒット曲を出すことはできずにいた。

当時、大学生活2年目を終えようとしていた筆者は、シアトルで毎月無料配布されていた音楽雑誌『The Rocket』に掲載されていた、シアトルの音楽シーンを題材にした映画のワンシーンとなる、アリス・イン・チェインズのコンサート映像のエキストラ募集の広告を見て沸き立った。参加希望者は全員、1991年4月17日の水曜日の午後6時に、シアトル・センターの駐車場に集合とのことだった。タコマに住んでいた筆者と友人が45分のドライブを経て、スペースニードルと1962年に開催された万国博覧会で知られるシアトル・センターに到着した時、その駐車場は長髪にネルシャツ姿の若者数百人でごった返していた。非公開の会場に向かうチャーターバスの数を見れば、筆者たちが今夜アリス・イン・チェインズを観られないであろうことは明らかだった。

まだ早い時間だったため、その日に行われている他のイベントを探そうと、筆者たちは『The Rocket』に目を通した。RKCNDYやOff Rampなど、我々にとって馴染み深い各ベニューの項目には、聞いたことのないバンド名が小さな字でいくつも記されていた。唯一知っていたのは、フィッツ・オブ・ディプレッションとビキニ・キルを前座に迎え、OK Hotelという小さなアートハウス系ベニューで演奏することになっていたニルヴァーナだった。通っていた大学のラジオ局KUPSで、筆者は彼らの曲を耳にしていた。また当時のルームメイトがカバーした 「Love Buzz」の音源を繰り返し聞かされていたため、そのライブの告知を見て筆者が真っ先に思い浮かべたのは、オリエンタルな雰囲気が漂う同曲のベースラインだった。午後6時半頃に到着したOK Hotelはまだ開場前だったが、筆者たちは8ドルを支払い、オープン後の入場を保証する安っぽいスタンプを手首に押してもらった。

春の風が気持ちよかったその夜、すぐ近くの歴史あるパイオニア・スクエア周辺をうろついていた筆者たちは、自分たちが手にした幸運にまるで気づいていなかった(シアトルにはまだ数回しか来ていなかったビキニ・キルのライブを見逃すという失態を犯していたことにも)。2時間後にOK Hotelに戻ると、ショーは完売となっており、会場の外にはチケットを取り損ねた人々がたむろしていた。シアトル・センターにいた長髪のむさ苦しい男たちとは対照的に、OK Hotelに集まったオーディエンスの大半は、痩身で髪を自分で染めたオタク風のパンクスだった。垢抜けないごく普通の大学生だった我々はどちらのタイプでもなかったが、その対比はシアトル・シーンの多様さを物語っていた。

3人が放つ爆発的なエネルギー

強いコーヒーの香りが染み付いた会場内の暗いカフェを通り過ぎ、狭いライブスペースへと続く重厚な扉の振動を手に感じながら押し開くと、300人のオーディエンスがひとつの塊となって凄まじい熱気を放っていた。ちょうどフィッツ・オブ・ディプレッションがディーヴォ「Freedom of Choice」のギター版高速カバーでセットを終えようとするところで、会場には汗の匂いが充満していた。

転換中にオーディエンスが外に出た隙に、筆者たちは最前列に陣取った。目の前では、細身で驚くほど背が高く、黒いTシャツを着たボサボサのブラウンヘアの男がベースアンプを設置していた。彼がラインチェックの際に鳴らした重低音は、文字通り筆者の体を揺さぶった。その背後で長髪のストレートヘアの男がドラムキットを組み立てる中、ネルシャツ姿で見るからにおとなしそうなもう1人の男が、俯いたままギターと周辺機材をセッティングしていた。金属的でクリーンなトーンが響いた次の瞬間、筆者の真正面にあったギターアンプから鳴った暴力的なほどに歪んだサウンドが空間を切り裂き、筆者は息を呑んだ。クリーンなトーンに戻って4コードのパターンが繰り返され、筆者が落胆を覚えていると、彼は歌い始めた。”ポーリーはクラッカーが大好物 / 先にヤっちまった方がいいかな”

筆者はこう思った。「ニルヴァーナはステージに立つ前にローディーに曲を演らせるんだな。なかなか面白い演出だ」。オーディエンスは直立したまま、曲に耳を傾けていた。やがてベーシストが加わり、ドラマーがハモり始める。

曲が終わると、シンガーが観客に向かってこう言った。「やぁ、俺たちはメジャーレーベルに魂を売ったセルアウトバンドだ」。彼が「Big Cheese」の冒頭のコードを鳴らすと、ドラマーとベーシストが爆発的な音ともに加わり、これがニルヴァーナなのだと筆者が悟った瞬間、フロアはモッシュピットと化した。

Photo by Paul Bergen/Redferns

最初のコーラス(サビ)にさえ達していない段階で、筆者は自分が特別なものを目撃していると確信していた。次々と流れてくるダイバーたちをブロックすべく両手を上げたまま、筆者は演奏に集中しようと努めていた。それまでにも何百というギグを経験していたが、3人の男たちがステージ上で放つ凄まじいエネルギーは完全に桁違いだった。ドラムとベース、一本のギター、そしてヴォーカルだけでなぜこれほどの迫力を生み出せるのか? それ以上に、なぜこれほど激しく心を揺さぶられるのか?

デイヴ・グロールのドラムは振動し、シンバルはおもちゃかのように揺れていたが、彼はその圧倒的なパワーを見事にコントロールしていた。カート・コバーンのギターは暴力的でありながら魅惑的で、まるでアンプが火を吹いているみたいだった。悲鳴のようなフィードバックが響くと、筆者はたじろいでバランスを崩し、彼がパワーコードを鳴らすたびに、まるでジェット機のエンジンの真正面に立っているように感じた。腹の底から絞り出すような彼のシャウトは、それまで耳にしたどのシンガーの声よりも生々しく感情的だった。

頭から離れない「新曲」の衝撃

開演から45分ほどの時点で、ニルヴァーナは新曲をプレイした。カートのギターイントロは若干お決まりになっていたものだが、ジョン・ボーナムによるヒップホップビートのようなデイヴのドラムが響いた瞬間、その曲はまったく異なる様相を呈した。抑制されたベースとドラムが刻むビートに、サステインの効いたギターの2音が絡むヴァースには、当日のセット中最もメロディックなヴォーカルラインを生かすスペースがしっかりと残されていた。その曲は筆者のお気に入りのバンドであり、後にカートが影響を受けたと語っているピクシーズを彷彿させたが、メロディはシンプルな4コード進行に深みをもたらしていた。爆発的なパワーを放つコーラスに達すると、筆者は歌詞の内容を知る由もなかったが(カート自身も同様だったように思う)、はっきりと耳に残った”楽しませてくれ”(entertain us)というフレーズを夢中でシンガロングし続けた。

「Smells Like Teen Spirit」のコード進行は決して革新的ではなく、無数のロックソングに使われているありきたりなものだった。同曲にはブリッジさえなかった。しかし、そのパワフルな3人組が当日初めて披露したシンプルでキャッチーなパーツの組み合わせには、単なる足し算では到底生まれ得ないマジックがあった。ドラムパターンさえもフックの一部であり、コーラスでカートが声を張り上げるたびに、その高音は筆者の脳に刻み込まれていった。ショーが終わった後も、筆者の頭の中では「Smells Like Teen Spirit」が鳴り続けていた。

【動画を見る】「Smells Like Teen Spirit」初披露時のライブ映像

後になって、筆者と友人が立ち会えなかったアリス・イン・チェインズのライブが、偶然にもOK Hotelのほぼ向かいにあるウェアハウスで撮影されていたことを知った。それはキャメロン・クロウ監督による 映画『シングルス』のワンシーンであり、手首に押された黒インクのスタンプ、使い捨てカップのバランスを保ったまま曲に合わせて頭を振るオーディエンス、どこからともなく立ち上る熱気が醸し出すエッジーでインダストリアルなムードなど、90年代初頭のシアトル・シーンに対するハリウッドのイメージを物語っていた。

1992年9月に『シングルス』が公開された頃には、「シアトル・シーン」という言葉が持つ意味は大きく変わっていた。パール・ジャムのデビューアルバム『Ten』、サウンドガーデンの出世作『Badmotorfinger』、そして破格の成功を収めたニルヴァーナの『Nevermind』がそれぞれ世に出てから1年が経とうとしていた。シアトルはもはやアンダーグラウンドシーンの源泉ではなく、世界中を席巻するムーブメントの震源地となっており、J.C. Penneyのアパレルラインの広告で先の尖った髭を蓄えた体育会系の男とオタク風のパンクスが並ぶような状況となっていた。『シングルス』が製作されていた時点では中堅インディーバンドの域を出ず、同作には名前さえ出てこないニルヴァーナは、今や世界で最もビッグなバンドとされていた。あの日、OK Hotelでのセット中盤にプレイされた荒削りな「Smells Like Teen Spirit」はトップ10入りを果たし、『サタデー・ナイト・ライブ』で披露され、ウィアード・アル・ヤンコビックによるパロディ版が発表されていた。



1991年4月のあの日、OK Hotelでのライブ終わりに車に向かう途中で、筆者は心身ともに消耗しきっているのを感じていた。そこはウォーターフロントの近くで、筆者はピュージェット湾の新鮮な空気を大きく吸い込み、頭上の高速道路を走る車の音を打ち寄せる波の音に見立てようとしていた。それでも、胃のむかつきは抑えることができなかった。顔の筋肉がこわばっていて、笑顔を作ることさえ困難だった。両腕は感覚を失っており、歩くことを拒否していた体は、その場で横になることを要求していた。

すぐ近くに停めてあった車に向かう途中で、筆者はその酷い気分の原因が何なのかを悟った。19年間の人生で、筆者は数多くの音楽に触れていた。アリーナでの照明やレーザー等の派手な演出に心を奪われたこともあれば、パンクのショーでメガネを握りしめたままフロアに這いつくばったこともあった。筆者は自分が、音楽が想起させるありとあらゆる感情を知っていると信じていた。だがその思いは、ニルヴァーナによって完全にかき消されてしまった。

自宅へと車を走らせながら、頭の中で鳴り続けている曲がまだ音源化されていないという事実に、筆者は言いようのない焦燥感を覚えていた。頭の中で曲を再現し、譜面なしにギターでのコピーを試み、その魅力を口頭で友人に伝えようと努め、もう一度聴きたくて居ても立っても居られなくなる。それらはインターネットが存在しなかった時代における、ライブミュージックならではの体験だった。「Smells Like Teen Spirit」を脳内で再生しようとすればするほど、思いつきで足を運んだごく普通の3人組によるライブによって、自分のそれまでの音楽体験がすべて書き換えられてしまったように思えてならなかった。あの夜、筆者が目にしたものは、それまでに経験したあらゆるものよりも大きな意味を持っていた。決して後戻りはできないことを、筆者はすでに悟っていた。

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From Rolling Stone US.

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