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遅咲きのカントリー・シンガー、スタージル・シンプソンが「変身」できる理由

Rolling Stone Japan / 2021年9月29日 18時45分

2017年のフジロック・フェスティバルにも出演したスタージル・シンプソン(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)

高校卒業後、米海軍に入隊し、横須賀基地で勤務。ミュージシャンに転身後は東京でミュージックビデオを撮影するなど、日本とゆかりのあるカントリー・シンガー、スタージル・シンプソン。グラミー賞受賞歴を持つ彼が語った最新アルバム『The Ballad of Dood and Juanita』、マーティン・スコセッシ監督のウエスタン映画への出演、俳優としての次なる展開とは?

スタージル・シンプソンはキッチンカウンターに寄りかかり、動物の形をしたクラッカーを頬張っている。横では妻のサラが、夫が落馬して危うく死にかけたエピソードを披露する。シンプソンは、マーティン・スコセッシ監督の新作映画『Killers of the Flower Moon』のオクラホマで行われる撮影を前に、乗馬を再開することにした。全速力で走らせている時、彼は馬がバランスを崩すのを感じた。そのまま落ちて馬の下敷きになるか、結果はどうあれ、アーチ型の馬の首にしがみついて着地を試みるかを、一瞬のうちに判断しなければなかった。シンプソンは咄嗟に、後者を選択した。

「まるでダービー馬のように全速力で駆けている時に、馬がひっくり返ったんだ」と言いながら、デニムのシャツとジーンズに身を包んだシンプソンは、長椅子の上の靴やバックパックを押しのけて座る場所を確保した。「馬の尻が北極星を向いた時に思った。”ここで飛び降りなければ、500kgもあるこのウサちゃんに押し潰されちまう”ってね。だから俺は鞍から飛び降りて、石ころのように地面に転がったのさ」と言う。サラは当時を思い出して顔をしかめた。彼女はシンプソンが馬に乗ると聞いただけで、ナーバスになる。「あなたの両手は商売道具ですからね。反射神経がよくて助かったわ」と彼女は言う。彼女曰く、7歳を筆頭に3人いる夫婦の息子たちは皆、父親の奇跡的な直感力を受け継いでいるという。おかげで子どもたちは骨折してもおかしくないような状況でも、青あざ程度で済んでいる。

シンプソンの両手は無事だったが、落馬によって頭と肩を打ち、救急病院で治療を受けた。それでも彼は乗馬を止めなかった。彼はタルサ郊外の撮影現場で、乗馬シーンをサポートする地元牧場主たちと出会った。「ちょうど牛の出荷の繁忙期で、毎週数回は放牧作業があった。牧場主も、俺が牧場仕事が好きだとわかると、一緒に手伝わせてくれた」とシンプソンは言う。3日前に撮影から帰宅したばかりで、今もカウボーイブーツを履いたままのシンプソンは、まるで今すぐにでも馬に飛び乗りそうな勢いだ。

インタビューは、8月のある暑い日のテネシーで行われた。彼の5枚目となるコンセプトアルバム『The Ballad of Dood & Juanita』のリリースが、1週間後の8月20日に迫っていた。子どもたちの学校も始まり、山間の高地にあるシンプソンの家は珍しく静かだった。聞こえるのは外で行われている工事の音と、バーンが時々おもちゃを噛んでキーキー言わせている音ぐらいだ。バーンは黒と褐色のクーンハウンドで、その他にロスコーという名の灰色をした大型のスコティッシュ・ディアハウンドが、のんびりと長椅子のそばに寝そべっている。ロスコーにとって、一番くつろげる場所のようだ。

シンプソンの家は森に囲まれた場所にあり、道路や交差点には名前もないため、記憶力がよくなければたどり着くのが難しい。シンプソンからの指示は、ハイウェイを降りたら地元のワッフルハウスで自分の車を乗り捨てろ、というものだった。彼は黒塗りのジープで迎えに来たが、夏仕様でドアは取り外されていた。彼の家は20分ほど行った山の中にある。バーンが後部座席から身を乗り出して、長い耳を風になびかせていた。シンプソンは数年前から、100エーカーを超える広大な敷地に住んでいる。子どもたちは自由に走り回れるが、ガラガラヘビ(シンプソンはこの2日間で3匹を前庭で発見して駆除している)、コヨーテ、サソリ、ボブキャットには常に注意しなければならない。彼にとっては、生まれ育ったケンタッキーを思い起こさせる場所だ。


スタージル・シンプソン(オクラホマ州、2021年8月)(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)



カントリー・ミュージック界のアウトロー

自宅の中は、グラミー賞を受賞したミュージシャンというよりも、子ども中心の生活感が漂っている。部屋を見回しても楽器といえば、古いアップライトピアノが1台置かれているだけだった。シンプソン曰く「不気味な」音しか出ないピアノだという。壁には子どもたちの何かを記録したカラフルなグラフが描かれた紙が貼られ、フックには子どもたちのガラクタがぶら下がっている。ガレージに置かれた冷蔵庫はステッカーだらけで、スナック菓子も山盛りだ。キッチンアイランドの上には、サラが街で仕入れてきたさまざまな物が散乱している。シンプソンは緑色のキャンドルホルダーを見て、まるでイカのようだと表現した。甲羅に島を背負った巨大なカメを描いた水彩画を見ると、ファンの誰もが2014年のヒットアルバム『Metamodern Sounds in Country Music』に収められた「Turtles All the Way Down」を想像するだろう。



シンプソンは、家のキッチンでのんびり過ごすのが気に入っている。「子どもたちは、今の俺の姿しか知らない」と彼は言う。それでもこの2年間で彼は、影響力の大きな現役カントリーミュージシャンというだけでなく、オールラウンドでクリエイティブなアーティストとしての一面を窺わせる一連の作品を世に出してきた。これまでの「アウトロー」的なイメージとは異なり、エクスペリメンタルなデヴィッド・ボウイといった印象も受ける。2019年9月に彼は、グラミー賞にもノミネートされたロックアルバム『Sound & Fury』をリリースすると、マーゴ・プライスのアルバム『Thats How Rumors Get Started』を共同プロデュースし、アルバム『The Ballad of Dood and Juanita』ではトラディショナルな音楽を聴かせている。またシンプソンは、俳優としてスコセッシの映画にも出演する。さらにパンデミック中にも、彼自身が「ヒルビリー・アベンジャーズ」と呼ぶブルーグラスの最高のミュージシャンを集めて自分の作品をリメイクした、『Cuttin Grass』の2つのプロジェクトもこなしている。プロジェクトにはシエラ・ハル、ステュアート・ダンカン、マイク・バブ、スコット・ベスタル、ティム・オブライエン、マーク・ハワード、そして長年組んでいるドラマーのマイルズ・ミラーらが参加した。『Cuttin Grass』でシンプソンは、ブルーグラスを通じてあらゆるジャンルを超越できることを証明した。コロナ禍で家に閉じこもっているファンにとって、わくわくするプレゼントになった。



「シンプソンは、間違いなく強烈なアイデンティティを持ったアーティストよ」と、マンドリンの名手でシンガーソングライターのシエラ・ハルは言う。「どんなジャンルをプレイしても、彼のサウンドになる。音を聴いたらすぐにシンプソンだとわかる。ソングライティングが中心になっているからだと思う。彼はロックアルバムも作れるし、ブルーグラスのバンドとも共演できる。しかも、楽曲はそれぞれのジャンルに沿った本格的なやり方で表現されている。素晴らしい才能よ」

アルバム『Metamodern Sounds in Country Music』をリリースした2014年はブロ・カントリーの全盛期で、シンプソンにとって望ましい状況だった。当時のスターの一人、ルーク・ブライアン(カウボーイハットを被らず、ロックテイストの濃い音楽を鳴らしていた次世代スターの一人だった)を批判したくても、カントリー・ファンは誰も言い出せなかっただろう。そんな時は本物のカントリーを知っているシンプソンに頼めばいい(2014年のローリングストーン誌のインタビューでシンプソンは、「俺をカントリーの象徴に祭り上げ、モダンカントリーを批判させようというジャーナリストも多い。でも、俺にそんなことを期待されても困る」と語っている)。

しかしシンプソンこそが、次世代の価値観を掲げ、新しい扉を開いたアーティストだった。カントリー・ファンには保守層が多いが、シンプソンは銃規制に賛同の意を示し、同性愛差別、人種差別にも反対している。カントリー・ミュージック協会をはじめ、カントリー界とは折り合いが良くない。「きつい肉体労働を経験したミュージシャンにとって、人前に出るのは苦ではない」とシンプソンは言う。


新型コロナの影響でツアーが中止、自身も感染者に

シンプソンを単純な方法で評価すべきではない。彼の音楽には、ヴァイオリンとスティールギターをフィーチャーした伝統的なカントリー・ミュージックのリフを、独自のやり方でメインストリームへと回帰させた功績があるのは明らかだ。彼自身の楽曲が流されることはないだろうが、彼のおかげでクラシックなカントリーが再びラジオに戻ってきた。『Metamodern Sounds』と、続く2016年のアルバム『A Sailors Guide to Earth』は、決して大ヒット作とは言えない。しかし、当時のカントリー・アルバムの中では評価が高く、広く影響を与えた作品だった。アルバム『Sound & Fury』のリリース後は「シンプソンがカントリーのルーツを捨てて転向してしまった」と酷評する声もあったが、その後、正統派のカントリーアルバム『The Ballad of Dood & Juanita』が非難の声をかき消した。『Dood』アルバムは、将来的にもいかなる批判をも黙らせる力を持つだろう。







ナッシュビルでの出来事は妻のサラを激怒させたが、シンプソンは気に留めていないようだった。「俺は自分を、とことん甘い奴だと思っている」とシンプソンは言う。彼の言うことは、ほとんど真実だ。

「2種類のスタージルがいるのよ」とサラは言う。「双子みたいなものね」

「だから俺と結婚したんだろう?」と彼は笑う。


スタージル・シンプソン(オクラホマ州、2021年8月)(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)

シンプソンは冷蔵庫からコーラを出してきてグラスに注ぐと、サラにひと言告げて筆者を「道場」へと連れ出した。自宅からでこぼこ道を少し歩いた場所にある道場へ向かうと、飼い犬のバーンも我々の後を付いてきた。こぢんまりとしているが中は広々としたワンルームの建物で、引き戸を開けて中に入ると、ウェイトトレーニングの器具やレイア姫(キャリー・フィッシャー)の等身大パネルがあり、枕をたくさん備えたロフトベッドも1台置いてある。もしも深夜に帰宅して妻を起こしたくない時は、ここで寝られそうだ。彼は家での父親としての時間を大切にするため、自宅にスタジオを作る気はないようだ。「ここが地球上で一番落ち着ける場所なんだ」とおどけた口調で言うと、部屋の真ん中にあるウッドテーブルへ歩きながらバーンを呼び寄せる。ここは彼にとって本当に快適な場所のようだ。以前家族が暮らしていたナッシュビルのマンションでは、住所情報が流出したために27人のファンが押しかけるという事件も起きたから、なおさらだ。

『Sound & Fury』をリリース後に、シンプソンはタイラー・チルダーズと共にアリーナツアーをスタートして、12回のコンサートを行った。ツアーは50公演以上予定されていたが、コロナですべてが止まってしまった。しかし彼はそう気にしていないようだ。「俺はアリーナのステージへ戻れなくても構わない。最前列まで50mも離れているステージになんか立ちたくないのさ」と言う彼だが、2021年3月には新型コロナウイルスに感染して入院する羽目になった。道場は落ち着いた雰囲気で、彼も今ではすっかり回復している。2019年の『Sound & Fury』はタイトル通り個人的なフラストレーションを発散するエクササイズで、ライブで演奏するのは、彼自身が想像していたよりもメンタル的に厳しいものだった。

「たくさんの感情を吐き出した」とシンプソンは腰掛けながら言う。テーブルの上に置かれたビニール袋の中には、彼自身が最近切り落としたガラガラヘビの尻尾が入っていた。彼は時々尻尾を取り上げて、いじっている。「大人しいカントリーのアルバムで自分の感情を表現するのは難しいと感じていた。当時の俺が感じていた辛辣さと歪んだ見方が必要だった」

『Sound & Fury』は、ツアーメンバーとデトロイトのモーテルに滞在していた2週間で書き上げた。アンプのボリュームを目一杯上げて演奏していたため、外でパトカーのサイレンが聞こえた時は、てっきり騒音の苦情が出たのだと思った。しかし実は、駐車場で人が刺されたために警察が駆けつけたのだった。楽曲のアニメMV制作のため、シンプソンは日本へ6、7回渡航した。海軍時代に彼は日本で従軍していたため、今でも多くの友人がいる。アルバムを聴いた彼のカントリー・ミュージックのファンは、テレキャスターというよりバンドのテレヴィジョンのようだとして、控えめに言ってもかなり激怒した。「ファンの多くが失望したり、受け入れなかったのもよく理解できる」と彼は言う。「予想通りだったし、むしろそう仕向けたのさ。俺のアイデンティティと俺の音楽を、自分の手に取り戻したかったからね」


影響を与えた祖父の存在

2020年に友人のジョン・プラインが逝去するなど悲しい出来事もあったが、ツアーの中断、スコセッシ映画への出演、レコード会社との決別など、シンプソンはあらゆる経験を通じて自分のアイデンティティを取り戻した。おかげで次作の『The Ballad of Dood & Juanita』は曲作りからミキシングまで彼の自由にコントロールでき、1週間で仕上がった。『Dood』は彼の音楽的なルーツへ回帰した作品であると同時に、アルバム全体のテーマも、かつて踏み入れたことのない領域に達した。

オクラホマでの映画撮影の合間にシンプソンは、撮影に参加していた地元の牧場主らと馬に乗ったり放牧の手伝いをするなど、カウボーイの真似事をして過ごした。米中部の広大な草原で、彼はとてもくつろげた。生まれ育った東部ケンタッキーの丘陵とは似ていないが、懐かしさと自由さを感じたという。シンプソンはよく、祖父のローレンス・グレイ・フレイリーを思い出す。「ドゥード(Dood)」と呼ばれた祖父は空軍を退役した後に炭鉱で働き、西部劇を愛した人だった。シンプソンが「ポーポー」と呼ぶ祖父は、彼にカントリー・ミュージックの魅力を伝え、演奏方法も教えた。「俺はとても祖父のようにはなれないが、どうにか近づけるように努力している」とシンプソンは言う。

2017年にこの世を去ったドゥードは、シンプソンの人生や音楽に常に影響を与え続けた。例えば、アルバム『Metamodern Sounds in Country Music』のオープニングMC(ドゥード本人の声)、『High Top Mountain』に収録の「Hero」に描かれた世界、「Welcome to Earth (Pollywog)」の”祖父はよく言っていた/神は漁師だと/今ではその理由が理解できる”という歌詞などに、祖父の影響が見られる。



妻のサラが自分の父親から受け継いだロングライフルの写真を夫に見せると、あるアイデアがシンプソンの心に浮かんできた。思いついたストーリーは西部劇になりそうだ、といつも考えていたが「それは俺のルーツではない。西部劇でなく東部劇を書こう」と思ったという。オクラホマの撮影現場から自宅までの長い道すがら、ジープを運転しながら時間が刻々と過ぎていく。バックミラーにぶら下がるドリームキャッチャーが揺れ、車内にはウィリー・ネルソンの「Red Headed Stranger」が流れる。シンプソンは、祖父母であるドゥードとファニータの生まれた100年前をテーマにしたコンセプトアルバムにしよう、と心に決めた。アパラチア人のリベンジだ。


スタージル・シンプソン(オクラホマ州、2021年8月)(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)



マーティン・スコセッシから学んだこと

「この8カ月間はずっと、カウボーイの親玉として生活してきた」とシンプソンは言う。「同時に、それに伴う闇も見えてきた。」

ある日曜日、彼は曲作りのために、100年前のディッソン製アコースティック・ギターを抱えて引きこもっていた。2日後に、アルバム用の楽曲が出来上がった。彼が「ヒョウのように」家の周りをウロウロしているのを見たサラは、バンド仲間と楽器を持ってカウボーイ・アームズ・ホテル・アンド・レコーディング・スパへ集合したらどうか、とシンプソンに提案した。妻は、シンプソンの中でアイデアが沸き立っているのを感じ取ったのだ。10年以上前の話になるが、夫婦が西部で暮らしていた頃、ナッシュビルに引っ越すべきだと主張したのは妻のサラだった。シンプソンのアルバムのほとんどは、ある意味でコンセプトアルバムだと言えるが、叙情詩的で最初から最後まで一貫したストーリー仕立てになっているアルバムは初めての試みだった。祖父ドゥードと祖母ファニータの人生に基づく架空の物語だが、シンプソンは祖父が聴いたらきっと笑い飛ばされるだろう、と思っている。自分の家族と人生にまつわる伝説や物語、それから自分の中のノスタルジアに思いを巡らすひとつの方法だと言える。言い伝えがどこまで本当かなど問題ではない。要するに、『The Ballad of Dood & Juanita』はひとつのラブストーリーなのだ。

「マーティン(・スコセッシ)と仕事をして学んだのは、彼はストーリーを組み立てる際に、自分の意に反するものは排除して無駄を削っていくやり方だ」とシンプソンは言う。「目指すべき本当の目標は、できる限り少ない曲数でストーリーを語らせるということさ」

コロナ禍が幸いして、ヒルビリー・アベンジャーズのメンバーは即座に集まることができた。しかも「Juanita」のギターソロは、ウィリー・ネルソンが直接送ってくれた。シンプソンはアルバム全体を、キャンプファイヤーの「匂い」がする作品にしたかったという。肩の怪我の痛みをこらえてラバに乗り、相棒の犬と一緒に、かつては自分が持っていたものを一生懸命に取り戻す旅に出る。架空の物語だとわかっていても、どうしてもシンプソンの姿を重ね合わせてしまう。



祖母のファニータにアルバムを聴かせた時、彼女は何も言わなかったという。「ただ俺を抱き寄せて、涙を流した」とシンプソンも神妙な口調になった。彼は、アルバム全曲を演奏する機会があるとは期待していなかったが、音楽番組『オースティン・シティ・リミッツ』に出演することが決まっている。

アルバム『Dood』は、シンプソンが常々口にしていたように、5枚組の最後の作品にあたる。彼と妻のサラは、2013年のデビューアルバム『High Top Mountain』(アルバムのタイトルは、彼の親類の多くが埋葬されているケンタッキー州の墓地の名前に由来する)から始まる、5枚のアルバムによる一連のシリーズを想定していた。5枚のアルバムを通じて、「前世から受胎、出産、経験と苦痛、そしてまた光の下へ回帰するか生まれ変わるという、人間の魂の変遷」を完全に表現したという。

そして彼は今、「スタージル・シンプソン」ではなくなろうとしている。

「スタージル名義のアルバムはこれが最後だ」と、シンプソンは道場の外にあるデッキへ向かい、タバコを指で巻きながら言う。工事の騒音がうるさくない時は、彼はデッキに座って森を眺めながら長い時間を過ごす。「5枚で終わりだ、とずっと言ってきた。ただ、口にしたことを守るべきかどうかも迷った。しかし1枚出すごとに、重荷を支えていくのが辛くなってきた。いずれは音楽的に信頼のおける仲間たちと正式なバンドを組んで、クリエイティヴな部分を皆で話し合いながら作り上げていく組織の一部になりたい。俺の名前を前面に出さずに済むのであれば、ある意味で俺はもっと弱い存在でもいいだろう」とシンプソンは語る。彼の頭の中には、既に何人かのメンバーが浮かんでいる。そしてバンド名もあれこれ考えている最中だという。


「音楽のキャリアが終わっても、迷わずに別の道を行ける」

何年もかけて自身の「ブランド」を築き上げてきたアーティストが、現在の地位を捨て去るのは、どんなに怖いことだろう。しかしシンプソンは、変化を恐れない人間だった。おそらく、彼のキャリアが30半ばまで低迷していたからかもしれない。彼は海軍に従軍し、鉄道で働き、傷つき疲弊しながら働き続けてきた。天性に恵まれて音楽の世界に飛び込んだ彼だが、音楽(つまり名声)がなくても生まれ変われるだろう。だからこそ彼は迷わずに、これまでのキャリアを否定したり恩知らずだと捉えられかねない行動に出られるのだ。彼にはアーティストの「スタージル・シンプソン」になる以前に、自分が何者かを知る機会があったのだ。

「スタージルは、クリエイティヴに変身できる人だ」と、映画『Queen & Slim』を監督し、ビヨンセやリアーナのMVを監督した経験を持つメリーナ・マツーカスは言う。シンプソンは、同映画に警官役で出演している。「彼と最初に出会った時は、正直に言って彼の音楽をよく知らなかった。彼は自分の子どもが誕生した数日後に、空港から直接オーディション会場へ駆けつけた。ろくに睡眠も取れなかった彼だが、フラストレーションと極度の疲労と興奮をすべてぶつけて演じた。あんな演技はそれまでに見たことがない。オーディションが終わるとすぐに彼は、ハリウッド・ボウルでのコンサートのリハーサルへ向かった。父親から役者になり、さらにミュージシャンへと、エレガントに変身できる人がこの世にいるなんて、信じられなかった。変身ではないかもしれない。彼自身が生まれ持った素質だ」とマツーカスは証言する。マツーカスは、音楽をキャリアのひとつとする以前に「シンプソンが生きた多くの人生」の一部に貢献した人物のひとりだと言える。


スタージル・シンプソン(オクラホマ州、2021年8月)(Photo by Rogelio Esparza for Rolling Stone)

「俺が音楽の道に入ったのは、普通は引退を考え始める年齢だった。だから音楽のキャリアが終わっても、迷わずに別の道を行ける」とシンプソンは言う。「真剣に取り組むまでもない仕事を判断するのは、とても簡単だった。俺は肉体労働の生活で既に疲れ切って、世の中を斜めから見ていた。他人にとっては、自分が逝った時に残るものだけが重要だ、ということがわかったよ。死んでから40年経った時に、どこかの誰かが自分の曲をフォルクスワーゲンのCMに使ったりする。そんな先のことまで自分で管理できない。だから、死後のことを心配しても仕方がないのさ」

「とにかく俺はラッキーだった。2014年にカメやドラッグの曲を書いている奴なんていなかったからね。さもなければ、砂利の駐車場で簡易トイレを探すような生活をしていただろう」と彼は肩をすくめる。

筆者の車が停めてあるワッフルハウスまでジープで送ってもらうため、我々は道場を出た。シンプソンに「今、自由だと感じるか?」と尋ねてみた。彼は足を少し引きずりながら歩く。正にカウボーイの歩き方だ。飼い犬のバーンが我々の後を付いてきて、時折気持ちよさそうな草地に寝そべっている。シンプソンは、ガラガラヘビに気を配りながら進む。

「真剣に、きゅう舎を建ててラバを何頭か飼って、糞の処理なんかをして暮らしたいと考えている。たぶん今後はシングル曲しか出さないだろうね」


シンプソンの日常

レコードレーベルからの縛りもなく、ツアーのプレッシャーもない。何かしなければならないとか、次に何をするかという期待も受けない。「彼は今、最高に自由な立場にいる」と、ルーク・ルイスは言う。ルイスはロスト・ハイウェイ・レコーズの創業者で、シンプソンの釣り仲間でもある。ケイシー・マスグレイヴスやクリス・ステイプルトンらと契約しているルイスは、「素晴らしい楽曲を作るが、ラジオ受けする気はない」シンプソンのようなアーティストに関心を寄せてきた。

当面のシンプソンの生活は、今と変わりないようだ。ナッシュビルのライマン公会堂やニューヨークのウェブスター・ホールなど、いくつかのコンサートが決まっている(註:その後、喉の不調のためキャンセルとなった)。しかしシンプソンは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを憂慮している。音楽のように、直感に従って誰からも強制されないやり方で取り組めるのであれば、シンプソンはもっと役者の仕事をするかもしれない。しかし彼自身は、自分を役者だとは考えていない。どこでも表現できる場所を求める、単なるクリエイターだと思っている。「俺が聴いたことのない音楽がこの世にまだあるかどうかは、わからない」とシンプソンは言う。「でも世の中には、これまでにない映像を作ろうと努力している制作者がいるのは間違いない」

ナッシュビルのシンガーソングライターであるブリット・テイラーの最新アルバムなど、シンプソンは、友人でもあるデビッド・ファーガソンやエンジニアやプロデューサーとのプロジェクトをいくつか抱えている。そのほかにも、サッカーゲームや野球ゲームの相手に加えて、学校へのお迎えの仕事もある。彼は最近、アーチェリーや自動車レースにも凝っている。そしてもちろん、鞍にまたがる時間も長い。

シンプソンがジープに乗り込むと、バーンも彼に従って後部座席に飛び乗った。ガラガラヘビの姿を見ることはなかったが、道場を出る前にシンプソンは、切り取ったヘビの尻尾をひとつテーブルの上に滑らせてよこした。筆者へのお土産だった。

「将来は進化して、ガラガラと音を立てなくなるだろう」とシンプソンは言う。「音を出すせいで多くが殺されてしまうと知れば、奴らはもう音を奏でるのを止めるだろう」

from Rolling Stone US

<INFORMATION>


『The Ballad of Dood and Juanita』
スタージル・シンプソン

配信リンク:
https://orcd.co/doodandjuanita

収録曲
1. Prologue
2. Ol Dood (part I)
3. One In the Saddle, One On the Ground
4. Shamrock
5. Played Out
6. Sam
7. Juanita (featuring Willie Nelson)
8. Go In Peace
9. Epilogue
10. Ol Dood (part II)


Sturgill Simpson/スタージル・シンプソン
1978年、米ケンタッキー州ジャクソン生まれ。父親の影響で幼い頃にブルーグラスやカントリー・ミュージックに触れた彼は、成長するにつれロック、祖母からの影響でサム・アンド・デイブ、オーティス・レディングなどのソウルを聴き漁っていたという。高校卒業後、アメリカ海軍に入隊。横須賀基地で勤務し3年ほど日本で過ごす。除隊後はアメリカに戻り、鉄道会社で勤務。音楽の夢を諦められずナッシュビルに移住し、2013年自主制作した1stアルバム『High Top Mountain』が全米で31位を記録。2014年にアルバム『Metamodern Sounds In Country Music』を発表、アメリカン・ミュージック・アワードでは「2014年に最も飛躍したアーティスト」に選出され、第57回グラミー賞では「ベスト・アメリカーナ・アルバム賞」にノミネートされるなど全米で大ブレイク。2015年には大型フェスティバルBonnaroo、Lollapallozaに出演し、数々の人気番組にも登場するなど、凄まじい勢いで全米での知名度を高めた。2016年に3枚目となるアルバム『A Sailors Guide to Earth』をリリース。米iTunes初登場総合1位、米ビルボード・チャートで3位を記録。第59回グラミー賞において「最優秀アルバム賞」にノミネートされ、「カントリー・アルバム賞」を受賞。2017年のフジロック・フェスティバルにも出演している。2019年発表の4作目『Sound & Fury』ではアニメーションスタジオ「神風動画」とタッグを組み、アメリカン・ロックとジャパニメーションを革新的なアプローチで融合させたハイブリッド・アニメーション作品を発表。映像作品は、Netflixにてアルバムのリリースと同時に公開され話題に。2020年、コロナ禍でチャリティーの一環として発表した2枚のセルフカバーアルバム『Cuttin Grass Vol.1, Vol.2』をリリース。現在、マーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオがタッグを組んだ映画、『Killers of The Flower Moon』 に出演が決定、

Official Website:
https://www.sturgillsimpson.com/

YouTube:
https://www.youtube.com/channel/UCMY-GtVQQFrk2JuPrkjC95w

Instagram:
https://www.instagram.com/sturgillsimpson/

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