挾間美帆、世界的ビッグバンドを指揮するジャズ作曲家のリーダーシップ論
Rolling Stone Japan / 2021年10月5日 18時30分
挾間美帆というジャズ作曲家は、2010年代後半から現在までに大きな飛躍を見せてきた。2016年には世界で最も権威あるジャズ専門誌ダウンビートが選ぶ「ジャズの未来を担う25人」にカマシ・ワシントン、ジュリアン・ラージ、マーク・ジュリアナらと共に選出。2018年にはオランダの名門メトロポール・オーケストラとのコラボ作『The Monk: Live At Bimhuis』を発表し、翌年のリーダー作『Dancer in Nowhere』はグラミー賞にノミネート。いまや名実ともにジャズ界におけるトップランナーのひとりだ。
【画像を見る】最新作『Imaginary Visions』レコーディング風景(全23点)
その挾間は2019年、デンマークの国営ラジオ局専属のビッグバンド「デンマーク・ラジオ・ビッグバンド」(以下、DRBB)の首席指揮者に就任。先ごろリリースされた5作目のリーダー作『Imaginary Visions』は、彼女がDRBBと組んだ初のアルバムとなる。
日本でNHKが「N響」ことNHK交響楽団(通称)を運営しているように、ヨーロッパでは多くの公共放送がオーケストラだけでなく、ビッグバンドを運営(もしくは援助)している。なかでも有名なのが、上述のメトロポール・オーケストラ、ドイツ・ケルンのWDRビッグバンド、同フランクフルトのHRビッグバンドといったあたり。彼らはジャンルを問わず世界中のミュージシャンとコラボを重ね、傑作を生みだしてきた。DRBBもそんな公共放送系のビッグバンドのひとつだ。
老舗ジャズクラブのカフェ・モンマルトルや、Steeple Chase、StoryVille、Stuntといった伝統あるレーベルをもつデンマークは、ヨーロッパ屈指のジャズ大国として知られている。デクスター・ゴードンやジャッキー・マクリーン、サヒブ・シハブを始め、アメリカのレジェンドがデンマークで録音した傑作も数知れない。
そんなデンマークで1964年に設立されたDRBBは名門中の名門で、過去にサド・ジョーンズ、ボブ・ブルックマイヤー、ジム・マクニーリーという、ジャズ・ビッグバンドの歴史に名を刻む作編曲家たちが首席指揮者を務めてきた。そんな錚々たる顔ぶれから挾間がバトンを受け継いだのは、世界的快挙としか言いようがない。
New music: Grammy-nominated composer and conductor @MihoHazama / @HazamaMihoJapan releases her new album Imaginary Visions.
Listen: https://t.co/KwvAENXQzm
Featuring the Danish Radio Big Band. pic.twitter.com/wCk1kcAgIV — Edition Records (@EditionRecords) September 24, 2021
しかも、『Imaginary Visions』のリリース元であるEdition Recordsは、現代ジャズの最先端を突き進むUKの新進レーベルである。グレッチェン・パーラトやネイト・スミス、ベン・ウェンデルなどが刺激的なアルバムを発表し、2021年にはカート・エリングの作品でグラミーも獲得したばかり。そのEditionが目を付けたのが挾間だった、というのも大きなポイントだろう。
名門ビッグバンドの首席指揮者という立場に就いたからには、ただ自分の音楽を追求するだけでなく、バンドの歴史と否が応でも向き合わざるをえなくなるし、リーダーとしての指導力や責任感、振る舞い方も求められてくる。これまで彼女とは取材やそれ以外の場所で何度も話をしてきたが、今回のインタビューでは野心をのぞかせつつ、これまでとは違う雰囲気の挾間がいた。「何をしたいか」と「何をすべきか」を両立させようとしている彼女の話は、ある種のマネージメント論としても興味深い内容となった。
DRBBへの共感とリスペクト
―挾間さんにとって、DRBBはどんな存在ですか?
挾間:愛情とか愛着ってあるじゃないですか。そういう言葉がぴったりですね。
―というと?
挾間:冷たい表現で言えば、DRBBにいるのは自分が選んだミュージシャンではないんです。そこが(自身が率いるラージ・アンサンブル)m_unitとの大きな違いです。DRBBには歴史も実績もすでに存在するし、それらは私の人生よりも遥かに長い。そこに自分がポコッと入る以上、こちらが向こうに合わせないといけないし、その中でベストな状況を作り出すことが私の指揮やディレクターとしての仕事になるんですけど、DRBBの場合はお互いに対する思いやりがあるんです。
―思いやりですか。
挾間:そう。空港で私を出迎えるときにフラッシュモブをしてくれたり、すごく思いやりのある人たちで。この人たちのためにこういうことがしたいとか、こういう音楽をしたいとか、そういうことを心から思えるんですよね。そういう愛着というのは、これまで自分のm_unitにしかなかった。でも今は、仕事として呼ばれているにもかかわらず、そういう愛情を心から抱いているし、胸を張ってこのバンドのことを愛していますって言える。そんな存在ですね。
コペンハーゲン空港にて、挾間をフラッシュモブで出迎えるDRBB
―彼らと一緒に仕事し始めてから……。
挾間:4年目ですね、2017年の東京JAZZから数えると(※)。
※挾間が編曲・演出を担当した「ジャズ100年プロジェクト」でDRBBと初共演。そこで信頼を得たことが、首席指揮者に就任するきっかけになったと挾間は語っている。
―そこから今では、自分の音楽をやるためのバンドと同じくらいの愛情を抱いていると。
挾間:DRBBは過去の音楽監督にサド・ジョーンズ(※1)がいて、ボブ・ブルックマイヤー(※2)がいて、ジム・マクニーリー(※3)がいて、パレ・ミッケルボルグ(※4)がいて、その延長線上に自分が呼ばれたんだってことを光栄に思う気持ちもありますし、自分がDRBBを(音楽的に)どこに連れていくことができるんだろうってことも考えています。私にとってはそれが自分の中の重要なテーマになっているくらい、彼らの幸せを考えていますね。
※1:60年代に結成したサド・ジョーンズ=メル・ルイス・ジャズ・オーケストラ(通称サドメル)で知られるジャズ作編曲の巨匠。サドメルは形を変えながらヴァンガード・ジャズ・オーケストラ(ニューヨークのジャズクラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードを本拠地とするビッグバンド)として受け継がれている。
※2:サドメルの音楽監督を出発点に、ラージ・アンサンブルの作編曲家として活躍。マリア・シュナイダーの師でもある。
※3:挾間の先生。ヴァンガード・ジャズ・オーケストラの専属作曲家、DRBBの首席指揮者を経て、現在はHRビッグバンドの首席指揮者。
※4:ヨーロッパを代表するトランペット奏者。ECMに録音多数。マイルス・デイヴィス『Aura』の作曲/プロデュースが有名。
DRBBの録音を時系列順にまとめたプレイリスト(筆者の柳樂光隆が選曲)。パレ・ミッケルボルグ(1975〜1977)、サド・ジョーンズ(1977〜78)、ボブ・ブルックマイヤー(1996〜1998)、ジム・マクニーリー(1998〜2002)のあと17年の空白期間を経て、2019年から挾間が首席指揮者を務めている。
―ヨーロッパには他にも国営ラジオ局が運営しているビッグバンドやラージ・アンサンブルがいくつもあります。DRBBはそれらと比べてどうですか? 挾間さんの場合、音楽性だけでいえばメトロポール・オーケストラの方が近いと思いますが(※)。
※ジャズのビッグバンドと交響楽団を組み合わせた大編成で、ポップスとジャズの両方を演奏。近年ではジェイコブ・コリアーやスナーキー・パピーとの録音で知られる。挾間は2020年8月より常任客演指揮者に就任。
挾間:楽器編成的には自分のブレイン・サウンド(頭の中で鳴っている音)とメトロポールが近いのは事実ですね。m_unitだと演奏しているときに、ソリストのソロを聴いて感動することがあるんですよ。「この人すごいな」って完全な手前味噌モードで思うことがあるんですけど、他の場でそう感じることってあまりなかったんです。m_unit以外とやるときは、限られた時間内にそのバンドをどうやってベストな状態に持っていくかで精いっぱいなので、頼まれて他のビッグバンドを指揮するときはそういう仕事のモードになっていたと思います。でも、DRBBの時には純粋に「この人すごいな」って思える瞬間が増えてきている。それは自分が彼らの特性を知って、一緒にリハやコンサートを重ねてきたことで、そういう曲が書けるようになってきたというのも関係していると思います。
それにもともと、彼らがそういう才能を持っていなければ、そんなふうにはならないと思うんです。私自身もニューヨークで切磋琢磨してきたわけですけど、DRBBもサックス奏者は全員NYでの留学経験があるし、トロンボーンのピーター・ダルグレンは今でもジョン・エリス(ケンドリック・スコットのグループなどで知られるNYのサックス奏者)とかに呼ばれてわざわざNYに演奏に行く人です。DRBBには自分のジャズ・コンポーザーとしてのバックグラウンドに近い価値観やセンスを持っている人が多いんですよ。だから、NY独特の感覚をそのまま使えるんです。しかも、(前任のジム・マクニーリーとやってきた)これまでの経験から難しい譜面にも対応できる。彼らはしっかり練習してくるし、理解しようと努力もしてくるんですよね。そんなDRBBがあまり知られていないことに私は不満を持っているので、もっと知名度や音楽的評価を上げていきたいというのを、今の自分のタスクとして持っています。
サド・ジョーンズ時代のDRBB(1978年)
―DRBBがヨーロッパの名門であるというのは知ってましたけど、僕自身もそこまで注目していなかったのは正直なところです。
挾間:私が就任するまで、17年間も首席指揮者が空席だったのは大きいですよね。そうするとオーケストラに対するヴィジョンがなくなるので、首席指揮者がどんな曲を書こうとか、どんなアルバムを作ろうとか、そういう意志のある活動をオーケストラとしてできていなかった。その期間はメンバーだけで流されるままやってきたけど、そこにバンドとしてのヴィジョンは見えなかったわけですよね。その一方で、メトロポールやWDRには音楽監督がいて、彼らのヴィジョンに合うゲストを呼び、アルバムが出せるような状態になっていた。そこは大きな違いです。
―そもそもなぜ、17年間も首席指揮者が不在だったのでしょうか。
挾間:予算の問題もあると思うんですが、今、私がボスだと思っている楽団長が5年くらい前に就任したんです。変わり始めたのはそこからですね。その人が今のレベルまで引き上げた。彼は、現在は自分で演奏はしない人なんですけど。
―ミュージシャンというよりは、運営のプロが入ったと。
挾間:彼がコンサートを企画したりして、レベルを高めていったところで、音楽監督がいた方が明確なステイトメントが示せるってことになったみたいです。その5年間でバンドのレベルが格段に上がったという話は聞いています。
―実際、その時期の作品はヴィジョンが見えづらいんですよね。デューク・エリントンやサッチモ、サドメルといったありきたりのプログラムを取り上げる、オールドスタイルなビッグバンドという印象で。
挾間:サド・ジョーンズがいたのが70年代後半、ボブ・ブルックマイヤーがいたのが90年代後半、ジム・マクニーリーが1998年から2002年まで。そこから音楽監督がいなかった17年間は、そこまでのヘリテイジ(遺産)でここまでやってきたんだと思います。新しいものを生み出そうにもメンバーの音楽性に頼るとか、有名ミュージシャンをゲストに迎えたときにライブ録音するとか、それくらいしかやれる力がなかった。その時期は革新的な音楽をやるというより、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラの系譜を受け継ぐビッグバンドとして、きちんとやっていた印象があります。だからすごく上手いんですけどね。
―地道で堅実だったことはプラスでもあると。でも、近年DRBBがやってるピーター・イェンセンとのコラボなどではチャレンジングなこともやってるんですよね。
挾間:デンマークの音楽シーンはかなり開放的で、独特の暗さみたいなものはNYと通じる部分もあるけれど、やはり北欧独特の空間的なサウンドもありますよね。そこはパレ・ミッケルボルグに通じる部分だと思います。パレもDRBBと関係が深くて、音楽監督だった時期もあるので、彼らにとってパレは神様みたいな存在なんです。パレが持っているデンマークのお国柄ともいえる音楽と、NYの暗い感じのジャズは合致しやすい気がしますね。
伝統と刷新を両立させるために
―では、ここで改めてDRBBのキャラクターを言葉にするとどういう感じですか?
挾間:WDRがヨーロッパで聴けるアメリカ西海岸っぽいビッグバンドだとしたら、東海岸のヴィレッジ・ヴァンガードでやってるようなことに匹敵するものをヨーロッパで聴けるのがDRBBだと思います。もちろんライバルとして、私の学生時代の教授だったジム・マクニーリーが現在率いるHRビッグバンドがいるわけですが、私はダントツでDRBBだと言いたいですね。
挾間とDRBBの面々(Photo by Nicolas Koch Futtrup)
―例えばどんなメンバーがいるのでしょう?
挾間:故人ですけどデンマークで尊敬されているレイ・ピッツというサックス奏者がいて、彼はDRBBでも演奏していたんですが、現在ファースト・テナーを務めるハンス・ウルリクは、そのレイ・ピッツのサックスを受け継いでいます。
デンマークには人種差別がひどかった時代に、アメリカのジャズ・ミュージシャンをより自然に受け入れてきた歴史が、デンマークにはあります。サド・ジョーンズもそこを気に入って住み着いたそうで、DRBBの指揮をすることでデンマークに還元しようとしたんです。そして今では、彼の名前がついた通りもあるくらいで。私もサド・ジョーンズ通りに住みたいんですよね。
―そんなデンマークのジャズ史を継承しつつ、独自の活動をしている人が在籍していると。
挾間:そうそう。ハンス・ウルリクが受け継いだテナーとソプラノもその一つ。しかも、彼はリコーダーやパンフルートまで操ることができて、マリリン・マズールとユニットを組んだりするほどの名手なんです。
マリリン・マズール(デンマークを代表するパーカッション奏者)を迎えたDRBBのライブ映像。3:15〜でサックスを演奏しているのがハンス・ウルリク。
―DRBBはパーマネントなメンバーでずっと一緒にやっているわけですが、その強みはどんなところにあると思いますか?
挾間:(ハンス・ウルリク以外にも)サックスの5人に関しては、それぞれ非常に強いダブリング(複数楽器の持ち替え)の楽器があって。ファーストのペーター・フグルサングはクラリネットの名手だし、セカンドのニコライ・シュルツは本業の人よりもフルートが上手くて、クラシックのオケでも吹けそうなくらい。彼らに対してはそのダブリングの特性が活きるように曲を書いています。そうするとサックス・セクションで練習してくれるんですよ。5人とも情熱があるし賢いので、アンサンブルする意義をしっかり理解してくれるんです。
サックス・セクションの5人、『Imaginary Visions』レコーディング中の光景(Photo by Nicolas Koch Futtrup)
―逆に、自分がほしい人を適材適所に配置できるわけではないことに、やりにくさを感じたことはないですか?
挾間:他の場所ではあります。だけど、なぜかDRBBに関してはないですね。彼らの許容範囲を超えたことをやらせてしまったことはあります。でも、すごく興味深かったのは、そのライブを終えて「やり過ぎちゃった、今後は気をつけよう」と反省していたら、あとで4人くらいから同じようなメッセージをもらったんです。「物凄くチャレンジングだと思った。こういうことをもっとやってほしい」って。ドMかよっていう(笑)。
国営ラジオのビッグバンドとして雇われていると、お尻を叩かれながら新しいことに挑める機会ってなかなかないらしくて。だからといって、フルタイムで働いているオーケストラの人が「自分たちも高いレベルのことができると思えたし、おかげですごく練習したし、すごく実りのある時間だった」なんて普通は言わないですよね。難しいことをやらせるなんて嫌がる人もいるだろうし。だから、まさかそんなメッセージをもらうなんて思ってなくて、すごく感激しました。
―いい話。
挾間:彼らは音楽に対して真摯なんですよ。DRBBの活動シーズンは9月末から3月末までの半年だけ。それ以外の時期は自分でがんばって稼がないといけない。そういう意味でも切磋琢磨している人たちなんですよね。音楽家として生きることの厳しさも知っているので、だからこそチャレンジ精神も備わっているんだと思います。
―以前のインタビューで、「難しい曲は毎日、放課後に一緒に練習できる吹奏楽部の高校生の方がうまくできる」といったことを話してましたよね。DRBBもパーマネントなビッグバンドなので、一緒に練習を重ねることの強みはあるのかなと思ったんですけど。
挾間:残念ながら、そこはそうも言ってられないかな。吹奏楽だったらベーシストとドラマーの比重はそこまで大きくないけど、ビッグバンドの場合はリズムセクションの能力に大きく左右されるので。いくら練習量が多くても、あんまり必死になっちゃうとよくないし、彼らが苦しいと思うような譜面は書けなくなりますね。
さっき話した「やり過ぎちゃった」ライブでは、ベーシストの目がどっかに行っちゃってて。指揮をしながら「疲労困憊させちゃってるな」って思ったんです。普段あんなにニコニコしているのに笑顔の欠片もない感じ。そこは気をつけないといけないところですね。
―このバンドに合わせて書くわけだから、自分がやりたいことをそのままやらせるのとは違ってきますよね。
挾間:DRBBの場合、ヘリテイジ(遺産)は大前提としてあって、その延長線上で雇われたのはわかっているので、それを壊すつもりは全くないんです。だから、m_unitで作るものとは一線を画しているし、前任者の3人をしっかり勉強したうえで制作をするのが第一です。その上で、DRBBの奏者たちのコンフォータブル・ゾーンで楽しく演奏してもらえるように……もちろんそこから離れてチャレンジすることもあるんですけど、それだけだとみんな疲れちゃうので、きちんとバランスをとることは常に考えています。自分で選んでいるわけではないメンバー1人1人の特徴をきちんと把握して、その人たちに当て書きしていくのは、私としてはすごく新しい書き方でした。
―『Imaginary Visions』は現在の立場に就いて初のアルバムということで、自分のアーティストとしてのエゴを控えめにした部分もあるんでしょうか。
挾間:m_unitよりはよりバンドの歴史に寄り添った内容だとは思いますけど、それを踏まえたうえで、彼らをもう一歩前に進めてあげることを考えた作品ですね。その意味では、いい名刺代わりになったと思います。これまでの歴史が見える部分もあるけど、自分のオリジナル曲しか入っていない。自分たちが今やっている活動を描写した作品になっていると思います。
―「もう一歩前に進めてあげる」ために、具体的にどういうことをしたのでしょうか?
挾間:難しい曲が時々あるんですよ、リズムが途中で変わったり。そういうことも含めて、自分の美学の中でよいと思える音楽的効果を取り入れてはいます。そこが彼らにとってはチャレンジだったかもしれない。私にとっては彼らにもできる新しい表現方法かなと思ったし、前任の3人にはあまりない要素だった気がしますね。
Editionとの契約、レコーディングの背景
―今回はEdition Recordsからのリリースです。今、世界で最も勢いがあるジャズ・レーベルですよね。どういう感じで話が来たんですか?
挾間:実に今っぽいんですけど、Instagramでレーベル・オーナーのデイヴ・ステープルトンからDMが来ました。ちょうどアルバムを録音する直前で、レコーディングはするけど、その後どうしようって感じだったんです。
Editionの過去作をまとめたプレイリスト。デイヴ・ステープルトンは鍵盤奏者としても知られる。
―もともと今回のアルバムは、自分で企画を立てて録ったんですか?
挾間:いえ、もともとDRBBのシーズン中に(ラジオ用の)コンサートとして1週間予定が組んであって。その後デンマークはずっとロックダウンしてたんですけど、今年3月からレコーディングができるようになって、その週に制作を進めました。ただ録音したはいいけど、レーベルは決まってなかったんですよね。そこにデイヴから連絡が来て「マジか!?」となり、(これまでリーダー作をリリースしてきた)Sunnysideに断って、Editionと契約したっていう流れです。
『Imaginary Visions』レコーディング中のブラス・セクション(Photo by Nicolas Koch Futtrup)
―デイヴはどういう言葉で口説いてきたんですか?
挾間:今のEditionにはUKとUSのアーティストが多くて、USだと東海岸の人が多いのが特徴。そして、ダイバーシティを考えることが必要な今、NYに住んでいながら日本人で女性で、ヨーロッパのビッグバンドと活動している私を知った、と。どうやらマリウス・ネセット(ヨーロッパを代表する若手サックス奏者)とDRBBの作品『Tributes』で私のことを知ってくれたみたいで。こういうフィギュアは他にないので、自分たちの多様性を広げるためにもあなたの作品を扱いたいと。
レコードを出すことが必ずしもビジネスと結びつかない時代になってきているなか、私の将来まで考えてくれて、「知名度を広げていきたい」と言ってもらえたのは嬉しかったですね。アーティストのためにそういうことを言ってくれる人がいるんだと思って。Editionとしては私自身を売り出したいので、「挾間美帆 with DRBB」ではなく「挾間美帆」として出したいと強くリクエストされました。だから、(ジャケットも)表は私の名前だけで、裏のクレジットを見ると「feat. DRBB」になっています。
マリウス・ネセット/DRBB『Tributes』のティーザー映像
―先に録ってあったということは、レーベル側が録音の費用を出してないということですよね。レコーディングの予算はどうなってるんですか?
挾間:レコーディング自体はDRBBのプロジェクトとしてやっているので、DRBBがすべて負担しています。私もDRBBに雇われているので、ギャラをいただきながら自分の作品をレコーディングしています。その後のミックスとマスタリングの費用は自分で負担しました。
レコーディングにお金をかけずに済んだことで、ポストプロダクションに予算をかけられるのは今回しかないと思い、ミックスもマスタリングも今までとは違う嗜好で人選しています。前作と似たサウンドにはしたくないと考えていたときに、Editionが推薦してきたのがクリス・アレンでした。彼はNYベースだし、デイヴ・ホランドがEditionから出した『Good Hope』はいい音だなと思っていたので、それで彼に頼んでみようと。ジェイムス・ファーバー(※)のアシスタントをやっていて、そこから独立したというのもきっかけとして大きかったですね。マスタリングは大御所のグレッグ・カルビにお願いしています。
※ジョシュア・レッドマンやブラッド・メルドーなど、NonesuchからECMまで手掛ける巨匠エンジニア
―ゲストでソロイストを入れようとか、そういう案がDRBBから出たりはしなかったんですか?
挾間:ないですね。彼らは売ろうっていう気がないから。その1週間を私とのレコーディングのために空けて、一緒に録音したというだけで。その音源をどうするのかは私の自由なんです。ただ録っただけでお蔵入りする可能性もありました。
―その余裕がある感じは豊かですね。
挾間:Editionがもっと前から関わっていたら、ゲストくらいは何か言ってきたかもしれない。でも、すでに録っちゃってたから。最初の連絡が来た日に「明日録るんですよ」みたいな感じだったので、有無を言わせずこうなりました(笑)。
―「作品を売るためにキャッチーなゲストを入れたり、フックのあることをやらないといけない」みたいな発想から解き放たれている。それってすごく贅沢ですよね。
挾間:そうですね、それがポジションを与えられたってことなんですよね。
挾間美帆
『Imaginary Visions』
発売中
国内盤:UHQCD・日本語帯・解説付
詳細:https://www.kinginternational.co.jp/genre/kkj-163/
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