惨殺事件をミュージカルの題材に エスカレートする「実録犯罪物」コンテンツ
Rolling Stone Japan / 2021年10月7日 6時45分
ブレンダン・ダッシーは32歳の重罪犯。死体切断、第2級性的暴行、第1級殺人関与の罪で終身刑の判決を受け、米ウィスコンシン州オシュコシュ矯正施設で服役中だ。
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ダッシーの弁護士は、境界欠陥知能を持つダッシーが警察に圧力をかけられ、25歳(事件当時)の写真家テレサ・ハルバックさんを殺したと嘘の自供をした、と主張している。2016年のNetflixのドキュメンタリーシリーズ『殺人者への道』で、警察側が当時16歳のブレンダンに対し証言を強要している映像が公開された。そして今回制作中のミュージカル版『殺人者への道』の世界では、ダッシーは読書好きで気さくなポップフォークのテノール歌手だという。
現在ロンドンのソーホー劇場で制作中のこの作品は、BBCのシットコム作家フィル・ミレイが脚本を、ジェイソン・ロバート・ブラウンの『パレード』や『Jerry Springer Opera』といった作品を手掛けたジェイムズ・ベイカーが演出を担当する。ハルバックさん殺害関与で有罪判決を受けたダッシーと叔父スティーヴン・エイヴリーを扱ったNetflixのシリーズ番組のミュージカル版で、WEBサイトには「典型的なシェイクスピア風(原文ママ)の物語で、ひねりを加えたおとぎ話」とある(エイヴリーも有罪判決に対して複数の法的措置を講じたが、ダッシー同様、依然収監されたままだ)。
作品にはダッシーの他、キャスリーン・ゼルナー検事(キャストの募集要項には「厳粛かつ主演女優格の」「朗々と歌い上げるメゾソプラノ」とある)や、ダッシーに自供を強要したと非難されたウィスコンシン州カルメット郡の元警察官トーマス・ファスベンダー氏など、実在の人物をベースにした役柄が登場する(募集要項によれば、ファスベンダー役を演じる役者は必ず身長5フィート9インチ以下で、オーディションでは『ユーリンタウン』の「Cop Song」を歌うこと、とある)。
キャストの募集要項によれば、「これら実際の事件を風刺的な視点から再検証し、司法制度がこれほど支障をきたしているものの、いまだ権力をふるって弱者や脆弱な者たちを被害者にし続けているさまをあぶりだす」のが作品の狙いだ。実際に起きた犯罪をミュージカルにするアイデアは、今に始まったことではない。前述の『パレード』は、20世紀初頭に13歳の工場従業員をレイプして殺した罪に問われたユダヤ人男性レオ・フランクのリンチ事件を題材にしたものだし、スティーヴン・ソンドハイムの『アサシンズ』はジョン・ヒンクリーやジョン・ウィルクス・ブースなど実在の大統領暗殺者の視点から、風刺を交えてアメリカの愛国主義を描いている。
だが、表向きは風刺作品といえども――かつ、ハルバックさんの遺族を筆頭に『殺人者への道』の主要人物の多くが今も健在であるがゆえに――ソーシャルメディア上では大勢がミュージカルに反対の声をあげ、キャスティング会社のMaven Casting and Associates社は直ちに件の募集要項の削除を強いられた。もっとも、デジタルアーカイブWayback Machine上では今も閲覧することが可能だ。
「彼女の遺族は今も生きている」
Maven社は「ロンドンのソーホー劇場で予定されている本作品のワークショップで、いくつかの役柄のキャスティングを行う」ことを認めたが、「作品自体が製作段階に戻されたため」来年の春まで保留状態だと述べた。演出のベイカー氏も、ミュージカル版『殺人者への道』は依然として制作段階であることをTwitterで認めたが、それ以上は口をつぐんだ。記事掲載時点で、脚本家のミレイ氏からのコメントはまだ出ていない。
ミュージカル版『殺人者への道』のキャスト募集を最初に見つけたのは、TikTokのユーザー@bloodbathbeyondことジェシカ・ディーンさん(25歳)だ。ディーンさんは自らのYouTubeページやTikTokページで、実録犯罪コミュニティや悲劇の商品化を批判してきた。ローリングストーン誌に語ったところでは、Netflixの『タイガーキング2』に対する彼女の批判を活動家で作家のワガトウェ・ワンジュキ氏が投稿し、そのツイートの返信に募集要項のリンクが貼られていたのを見て、ミュージカルのことを知ったそうだ。
ディーンさんは動画の中で、ハルバックさんの思い出を搾取しているミュージカル制作陣を非難した。「自分の娘や愛する人や姉が惨殺され、誰もが知るところとなり、おぞましい詳細が表に出て人々の餌食になる……15年後にはミュージカルになるのを想像できる?」。動画の中で彼女はこういった後、ハルバックさんについて付け加えた。「彼女の遺族は今も生きている。本当にこれが私たちの一番望むやり方なの?」
ハルバックさんの殺害現場からさほど離れていない郡で生まれ育ったディーンさんは、原作の『殺人者の道』シリーズも好きではなかったとローリングストーン誌に語った。エイヴリーに都合のいいように「きわめて一方的に描かれている」と感じたそうだ。仮に刑事司法制度にメスを入れることがミュージカルの狙いだとしても、とても趣味がいいとは言えない、と彼女は言う。「おしなべて実録犯罪ものは、実際の悲劇の商品化や下世話な娯楽化で人々を満足させてきた」と本人。「もしこの男(エイヴリー)が無実なら、彼は罰を受けているんだから、なぜ彼の苦悩をミュージカルにするの? 本当に彼のために正義を果たしたいと思うなら、ミュージカルが最善の策なのかしら?」
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