Tirzahが語る、謎多きサウンドの秘密「音楽とはテクスチャーと色彩で表現するもの」
Rolling Stone Japan / 2021年10月15日 18時15分
ティルザ(Tirzah)が2ndアルバム『Colourgrade』を発表。インディー~R&B~エレクトロニック~エクスペリメンタルを横断するロンドンの鬼才が、ミステリアスな音楽性の秘密、家族や友人との絆について語った。
ロンドン郊外の静かな町シドカップに暮らすティルザ・マスティンは、子供たちを寝かしつけたばかりだった午後10時に、筆者との初めてのビデオ通話に応じてくれた。すぐそばにある子供部屋のモニターから聞こえる音は、レコードに針を落とした時の緊張感に満ちたスクラッチノイズを想起させる。幼い頃からホワイトノイズが好きだったという現在33歳のシンガーソングライターにとって、子供たちの静かな寝息はそれに近いものなのだろう。
比較的短期間のうちに、ティルザの人生は劇的に変化した。2018年発表のデビュー作にしてカルトクラシックとなった『Devotion』から現在に至る3年間で、彼女のアーティストとしてのキャリアは思いがけず本格的なものになった。同作のリリースからしばらくして、彼女はKwake Bassの名で活動するミュージシャン仲間のGiles Kwakeulati King-Ashongと家庭を築き、2人の子供の出産を経験した。そして先日、彼女はR&Bや実験的なエレクトロニックミュージック、そしてアートポップの狭間を行き来する幽玄なラブソングに満ちた2ndアルバム『Colourgrade』を発表した。「私にとって音楽とはテクスチャーと色彩で表現するもの」。アルバムのタイトルについて、ティルザはそう説明する。
成功を収めた現在でも、ティルザはよりメインストリームを意識したサウンドを追求しようとはしない。そもそも彼女は、自分にそういう才能があるとは思っていない。「ずっとクレヨンで絵を描いていた人が、ペイントブラシが苦手だと感じるようなもの」。彼女はそう話す。ティルザにとって、音楽は仲間たちとの交流の中からしか生まれ得ないものだという。名義こそ彼女の名前になっているが、すべての曲は幼馴染で親友のミカ・レヴィとのコラボレーションによるものだ。「多くの人が携わるプロジェクトに私の名前を冠しただけ、そういう感じ」。彼女はそう話す。「私は駒の1つでしかない」
13歳の時、ティルザはイギリス最古の子供を対象とした音楽学校Purcell School for Young Musiciansでハープを習い始めた。そこで出会った彼女とレヴィはすぐに打ち解けたが、両者とも以降20年間にわたってコラボレーションを続けることになるとは夢にも思わなかった。レヴィがコンピューターで作ったグリッチーなビートに、ティルザは即興で歌詞とメロディを乗せていたという。「長い間、特に目的もなく曲を作ってた。それがいつの間にか習慣になってた」。彼女はそう話す。
もし何らかの理由でレヴィが曲を作ることをやめたとして、それでも音楽を続けるかという筆者の問いに対し、彼女はしばらくのあいだ黙って考えていた。単なる仮定の話だが、彼女にとっては想像もしたくないことだったようだ。レヴィとのコラボレーションがない状況など考えられないという彼女は、「ノーコメント」とした上でこう続けた。「ミークスが曲を書くのをやめるなんて、絶対にあり得ないもの」
キーワードは「フレキシビリティ」
2013年と2014年に、ティルザは『Im Not Dancing』と『No Romance』というEP2作をそれぞれ発表している。両作に収録された異形のダンストラックは、ロンドンのオルタナティブなクラブシーンで支持を集めた。だが最新作は、デビューアルバムにも部分的に見られたダンサブルな作風がさらに鳴りを潜め、より緻密でメロディックな楽曲の数々で構成されている。
『Devotion』のリリース後、ティルザはレヴィとコビー・セイ(Coby Say:同作のタイトル曲を含む複数のトラックにゲスト参加しているコラボレーターで友人)と共にツアーに出た。ステージ上での共演を重ねるうちに、ティルザはセイを次回作に参加させることをごく当然だと感じるようになったという。『Colourgade』でより重要な役割を果たしたセイは、アルバムの共同プロデューサーとしてレヴィと共にクレジットされている。
「ライブが曲作りを兼ねてるっていうのがすごくいいの」。ティルザはそう話す。「彼と一緒に音を出していると、自分の可能性を解放できてる感じがする。いつも冗談を言い合っててすごく楽しいんだけど、真剣になる時ももちろんあって、そのバランスがちょうどいい」
『Colourgrade』で最もキャッチーな曲の1つである「Hive Mind」で、ティルザはプロジェクトのパートナーたちに賛辞を送っている。ティルザとセイによる共作であり、両者がデュエットする同曲で、2人はクリエイティブなヴィジョンの違いを乗り越えてパートナーとシンクロすることについて歌う。ティルザが「集合精神のように繋がり合う」とつぶやき、セイが直後に同じフレーズを繰り返す。タフなドラムと幽玄なシンセによるビートに合わせて、互いに囁き合うような2人の掛け合いは曲の冒頭から最後まで続く。
ティルザの曲の多くに共通する魅力は、その漠然としたソングライティングだ。言葉が持つ本来の意味やストーリーテリングに頼らないアブストラクトな歌詞には、聴き手に自由に解釈させるための余白が残されている。「歌詞ってそうあるべきものだと思う」。彼女はそう話す。「誰かに何かをはっきりと伝えたいのなら話は別かもしれないけど、それって私にはしっくりこない」
フレキシビリティ(柔軟性)というキーワードは、『Colourgrade』全編で一貫している。「Recipe」における”あなたを傷つけはしない”という言葉が、ティルザの友人か恋人か、あるいは子供たちに向けたものかを判別することはできない。確かなのは、ディーン・ブラントや彼女のパートナーであるKwake Bassによるエコーのかかったヴォーカルや、ざらついたサウンドが彩る同曲がラブソングであるということだ。ティルザのリリシズムは明快な表現主義というよりも、ストレートな意思疎通を意図的に回避しているように思えることもある。内向的なティルザがインタビューに応じることは稀であり、彼女がソーシャルメディアに投稿するのは作品のプロモーションの必要がある場合だけだ。
彼女は曲の歌詞を「日記のようなもの」と語っているが、時にそれは他人には解読できない暗号のようにさえ感じられる。そのアプローチが特に功を奏しているのは、彼女の脆い部分がよりはっきりと見えるアルバムの後半だ。「Beating」はその最たる例だろう。冒頭で”あなたを見つけた/私を見つけた”と歌った後、彼女は胸の内を明かす覚悟を決めようとするかのように咳払いをする。わずかな沈黙を挟み、彼女は再び同じフレーズを口ずさむ。”私たちは命を作った/それは確かに息づいてる”という言葉は、間違いなく彼女の夫に向けられたものだ。
無数の見知らぬ人々が自分の曲を聴くことになるという事実から目を背けない限り、彼女は自分のことを積極的に語ることはできないという。「一旦世に出てしまえば『もう後戻りはできない』って割り切れるから」。彼女はそう話す。「誰かがヘッドフォンで曲を聴いている時に、私がそこにいるわけじゃないもの。知らぬが仏ってことね」
From Rolling Stone US.
ティルザ
『Colourgrade』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11949
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