ディアンジェロ『Voodoo』を支えた鬼才エンジニアが語る、アナログの魔法とBBNGへの共感
Rolling Stone Japan / 2021年11月9日 18時0分
ディアンジェロ『Voodoo』、エリカ・バドゥ『MamasGun』、コモン『Like Water for Chocolate』、ザ・ルーツ『Things Fall Apart』、RHファクター『Hard Groove』。ソウルクエリアンズと呼ばれた集団が2000年前後に生み出したこれらの作品は、後の音楽シーンに大きな影響を与えた。ここでの作編曲や演奏などにおけるアイデアは、今でも多くのアーティストたちを刺激し続けている。
一連の作品に携わっていた影のキーマンが、エンジニア兼プロデューサーのラッセル・エレヴァード(Russell Elevado)。ヴィンテージ機材マニアで偏執的なこだわりを持つ彼は、Pro Toolsによるポスト・プロダクションが音楽メディアでも取り沙汰され、デジタル・レコーディングによる革新的なサウンドが話題になっていた時代に、1970年にジミ・ヘンドリックスが設立したエレクトリック・レディ・スタジオを拠点とし、アナログ機材とテープ・レコーディングを駆使して独自のサウンドを生み出していた。上記の名作群、とりわけ『Voodoo』はラッセルの存在なくしては生まれなかったに違いない。まさしく歴史的偉業である。
そんなラッセルはディアンジェロの復活作『Black Messiah』を経て、近年、カマシ・ワシントン『Heaven And Earth』、トム・ミッシュ&ユセフ・デイズ 『What Kinda Music』、ジョン・バティステ『WE ARE』といったジャズ周辺の傑作で、ミックス・エンジニアとして素晴らしい手腕を披露している。バッドバッドノットグッド(以下、BBNG)もまた、最新作『Talk Memory』でミキサーとしてラッセルを指名。いずれの作品もアナログ機材を駆使したレコーディングを行っており。DAWでの音作りが全盛のなか、ラッセルが再び求められているのはなぜか。その理由を確かめるべく、ここに独占インタビューが実現。BBNGとのエピソードに加えて、ディアンジェロと過ごした記憶やエンジニアとしての哲学、アナログへの愛情について語ってもらった。
この投稿をInstagramで見る Russell Elevado(@russelevado)がシェアした投稿 『Voodoo』のレコーディング風景、ラッセル・エレヴァードが撮影
―BBNGから『Talk Memory』の音源が送られてきたときの第一印象は?
ラッセル:最初に聴いた曲は、アトモスフェリックに始まる「Signal from the Noise」。映画のサウンドトラックを聴いているような感じだった。実は、この仕事の依頼が来るまでBBNGのことは知らなくてね。でも、彼らのカタログを聴いてみたら素晴らしい音楽だったし、なぜ自分のところに依頼が来たのかがわかったよ。私ならこの音源を、さらに強烈ですごいものにできると確信したんだ。
―ミックスに関して、BBNGからはどんな要望があったのでしょうか?
ラッセル:最初は音楽から聴き取って、私なりにどんなことができるのか考えてほしいと言われた。そして、バンドが参考にしていた音楽のリストを送ってくれた。そのリストには、マイルス・デイヴィスからジョン・コルトレーン、ディアンジェロなどが含まれていたから、彼らとは上手く仕事ができるだろうと思ったよ。
そういうわけで、具体的な要望は特になかったんだ。実際に何曲かミックスしてみて、私なりの方向性はだいたい見えてきていた。でも、最初のうちにミックスした何曲かについては、私がクリエイティブになりすぎたみたいで(笑)、元々の音源に近い感じに直す必要があった。おそらくBBNGは、レコーディングしていた時の状態になるべく近い音にしたかったんだと思う。つまり私のミックスからは、バンドがスタジオで演奏しているときの感覚が損なわれてしまっていたんだ。だから自分のアプローチを少し修正して、彼らの要望に合うようにした。こういうのはよくあることでね。私の方向性やアプローチを聴いて、少し戻してほしいという人もいれば、もっと推し進めてほしいという人もいる。最初に方向性やアプローチを強めに出して、アーティストに確認してもらってから、元の状態に戻していく方が自分にとっては簡単なんだ。
―『Talk Memory』はジャズの要素が強いアルバムです。ジャズのようなセッションを、あなたらしくミックスする際に心がけていることは?
ラッセル:特に決まったやり方があるというわけではないかな。アーティストと初めて仕事をするときはルールを設けず、なるべく自由な形で仕事をするようにしている。ただ毎回、アーティストの頭の中を理解しようというのは意識しているね。だから、制作中にパーソナルな質問をすることもある。必ず聞くのは、どんなアーティストに影響を受けてきたかということ。「18歳の頃は誰を聴いていた?」とか「あなたにとってのトップ3アーティストは?」という質問はいつもしているね。そういうことを聞いて、アーティストの好みを探るんだ。あとは今までの作品を聴いてみたり、事前にリサーチして、アーティストの嗜好や姿勢、そして求めていることなどを必ず理解しようと心がけているよ。
ディアンジェロ楽曲を例に、ラッセルがスタジオワークを解説している動画
ラッセル・エレヴァードが携わった楽曲のプレイリスト、筆者・柳樂光隆が選曲
―『Talk Memory』に近い質感のサウンドをもつ作品を挙げるとしたら?
ラッセル:ミックスしている時に感じたのは、ウェザー・リポートの影響。ベース奏者にはジャコ(・パストリアス)、サックス奏者からはウェイン・ショーターの影響が感じられたからね。ドラムに関しては、現代的なドラミングと、エルヴィン・ジョーンズみたいにオールドスクールの要素が融合したような感じ。現代のドラマーはとても早い演奏をするから、エルヴィン・ジョーンズよりも少しコントロールが効いているかもしれない。でも、音に関してはエルヴィン・ジョーンズのようなエネルギーとインパクトもあると思う。BBNGの音楽からは、1969年~1973年くらいまでのジャズ・フュージョンの時代からの影響が感じられる。私もその時代の音楽が大好きだから嬉しかったよ。
それと、ECMからリリースされていた音楽と似たような質感もあると思う。ECMのアルバムには特殊なサウンドや雰囲気があったからね。
―あなたからECMの名前が挙がるのは意外です。
ラッセル:デイヴ・ホランドがECMから出している作品や、ジョン・アバークロンビーの作品にも大きな影響を受けている。デイヴ・ホランドとジョン・アバークロンビーは一緒に『Gateway』(ジャック・ディジョネットも交えた1976年のトリオ作)を制作してるよね。
アナログの魅力は再現できない
―先ほどおっしゃっていた、BBNGの音源をミックスする際に最初に考えた「方向性」について教えてください。
ラッセル:BBNGの処理前の音源を聴いて、とても自然なサウンドを目指しているのがわかった。イコライザーやコンプレッションが何度もかけられて完全に処理された音ではなく、スタジオという空間の中で、ドラマーがスネアを叩いている音がそのまま聴こえるようなサウンドを目指しているのだと。
そこで、今回のドラムの音に対するアプローチとしては、コンプレッションを多用するのではなく、より音楽的にしようと考えた。大きく響くようなサウンドにしたかったから、昔のチューブ・コンプレッサー(50年代から使われている真空管のコンプレッサー。アナログな雰囲気のサウンドにするためにエフェクターとしても使われる)を多く使用している。また、ドラムやギターの特定のトーンを引き出すために、ディストーションを微妙に使っている。ストリングスにも、様々なハーモニクスを生み出すためにディストーションを使っているよ。昔のサウンドというか、ザラザラした感じのサウンドにするためにね。
これは5曲目(「Love Proceeding」)のミックス中に気づいたんだけど、彼らは演奏中のエネルギーを大事にしつつ、非常に落ち着いた雰囲気が一貫して漂っている。ベースにディストーションがかかっていても、ワイルドな演奏をしていても、ある種の落ち着きがあり、規則正しい流れが存在していた。だから、ドラムのムードには継続した一貫性が出るようにしている。ドラムが音楽におけるスペースをかなり占めていたから、他の楽器が存在できるためのスペースを作ることも意識したね。
全体的なコンセプトは、自然のままでスタジオの部屋の音を聴き取れるようにして、エフェクトをできるだけ使わないようにすること。エフェクトは仕掛けではなく、リアルな効果として使うことにした。そもそも、私はエフェクトを使うとき、曲に最初からあるべきもののように使うことを信条としている。「ラッセルは曲の最後に、すごいリバーブをかけようと思い付いたんだな!」なんて思われなくていいんだ(笑)。
―BBNGの新作はヴァレンタイン・レコーディング・スタジオ(詳しくはこちら)で録音されています。
ラッセル:とても特徴的なサウンドだと思うね。音響設備の質の高さが感じられたし、エンジニアもその部屋の音響をとても上手く捉えている。バンドメンバーは一つの部屋で同時に演奏しているんだけど、複数の人たちが一つの空間に集まって録音するプロセスを的確に捉えている。私もそういう音響が大好きだし、自分でもこういう録音をしそうだなと思わされるサウンドだった。
―ヴァレンタインはヴィンテージ機材が揃い、テープ録音を行なっているスタジオです。あなたはそれらのスペシャリストですよね。そういった環境でアナログ録音を行うことには、どんな良さがあるのでしょうか?
ラッセル:基本的に、プラグインなどのデジタル処理方法は私が持っている(アナログ)機材の模倣にすぎない。私はキャリアの初期から、多岐に渡る機材を収集してきた。それらはプラグインで代用できないものばかりだ。音自体もまるで比べものにならない。フェラーリとトヨタを比べるようなものさ。アナログの音が本物なんだ。それ以外のものは、アナログから出る音を模倣しているに過ぎない。
私は、当時の人たちが使っていた機材を全て所有している。フランク・ザッパが使用していたフェイザーと同じものを持っているし、ジョン・コルトレーン『Blue Train』のジャケットに使われた写真に写っているマイクと同じもの(ドイツ・Neumann社のU47)も持っている。私が扱っているのはそういう機材だ。多くのアーティストが当時の音を模倣しようとしているよね。でも、あれより優れたマイクは、今でも世界中どこを探しても存在しないんだ。1949年に作られたあのマイクには独特な特徴があって、現代の技術を駆使して素晴らしいマイクを作ったとしても、あのマイクの方が良い音が録れるんだ。アナログにはそんな特徴がある。
それは楽器についても言えることで、最近は昔のギターを集めたり、ローズピアノを好む人が増えている。アナログのシンセサイザーだって、あのサウンドをデジタルで再現することはできないんだ。デジタルがオリジナルになることはできない。あくまでコピーなんだよ。
―ヴァレンタインの環境の特性がよく出ていると思う曲は?
ラッセル:ほぼ全ての曲で聴き取れると思うよ。ドラムの録音方法は非常に特徴的だし、サウンドにも同じことが言える。あまりにも特徴的だったから、もしそのサウンドを変えたいとしたら、スタジオのサウンドそのものを取り除かなければならない。そうなると、かなり難しいと思うよ。そもそもマイクの設置方法が、部屋の音を拾うようになっていたしね。例えば、ドラムなどの楽器の近くに設置するマイクの使用本数を少なくして、他のマイクを通常よりも離れたところに設置していたりね。そうすることによって、部屋全体の音や雰囲気を捉えようとしていたんだと思う。
それに、私がBBNGの音源を自分のチューブ系の機材に取り込んでからは、テープのヒス音がさらに良く聴こえるようになっている。静かな場面や、ボーカルだけで比較的音が少ない場面、ブレイクが入る場面では、テープのヒスが背景に聴こえるはずだ。最近は昔のレコードがよくサンプリングされているから、みんな(ヒスが含まれた)この音に慣れているんだよね。当時のアナログ機材から出ていたスタティック・ノイズは、昔のスネアやキックのサンプル、ループなどにも入っている。だから、そういう音を聴くと無意識的に、当時の雰囲気を感じたり、馴染みがあると感じたりするんだ。それは過去のレコーディング技術が何世代にも渡って継承されてきたからだし、ヒップホップが誕生してからはサンプリングという技術が使われ始め、ある意味での原点回帰が行われたからに他ならない。サンプリングという技術そのものは新しくても、サンプリングするのは昔のジェームズ・ブラウンのレコードだったり、古いブレイクビーツだったりしたわけだからね。
ほかにも新しい技術は開発されているのに、我々は今でも70年代のようなサウンドや、当時と同じくらい素晴らしい音質のループを作ろうと努力している。それってなんというか、矛盾しているような感じだよね。最新のマイクやデジタル機器を駆使しただけでは、「当時の最高の音」は生み出せないってことだから。
―なるほど。
ラッセル:だから今日では、デジタルに幻滅している人もいるだろうし、かたやマーケティングに翻弄されて、デジタルが最高だと信じ込まされた人も多いと思う。私自身、昔はデジタルが大嫌いだった。「デジタルなんて最悪だ!」と批判ばかりしていた頃もあったよ(笑)。今ではそうは思わなくて、デジタルにはデジタルの居場所があることを理解している。でも、結局は金儲けのビジネスだとも思ってる。プラグインの市場規模は巨大だからね。「あの音楽ホールの(響き方の)アルゴリズムを1年かけて分析しました!」などと言ってプラグインを売ろうとしているけれど、結局は再現しようとしているだけだから。再現などしなくても、実際のホールに足を運んで音を聴いてみれば、どんな音が本当に響いているのか一瞬でわかる。少し話が逸れてしまったかもしれないけど、僕はそんなことを考えてるんだ。
ディアンジェロを支えたクリエイティブの秘密
―あなたが数々の名盤を録音したエレクトリック・レディ・スタジオも、ヴァレンタインと同様、タイムカプセルのようなスタジオだったと思います。そもそも、ディアンジェロにエレクトリック・レディを勧めたのはあなただったという話を聞いたことがあります。
ラッセル:うん、勧めたのはたしかに私だ。エレクトリック・レディは建物に入った瞬間、みんな同じ体験をするんだ。スタジオAというメインの部屋で、そこはもともとジミ(・ヘンドリックス)が建てた部屋だ。コントロール・ルームは設備が更新されているけれど、ライブ・ルームの音響設備は当時と変わっていない。床は経年劣化で修繕しなければいけなかったけれど、壁や天井のデザインはそのままだ。つまり、主要部分はジミが亡くなる前と変わっていない。
それに、ジミの霊がまだスタジオにいる感じがするんだ。エレクトリック・レディに行った人は全員、ジミの霊が感じられると言うからね。あれは亡霊などではなく、彼の「音楽こそが全て」という信念が根付いているんだと思うよ。彼は亡くなる前に全財産をこのスタジオのためにつぎ込んでいるし、最後の録音もエレクトリック・レディで行なっているからね。ディアンジェロが初めて訪れた時も、ライブ・ルームに足を踏み入れて5秒も経たないうちに「ここでアルバムを録音しよう!」と言いだした。あのスタジオには瞬時に感じられる不思議な雰囲気があるんだ。
この投稿をInstagramで見る Russell Elevado(@russelevado)がシェアした投稿 左からラッセル、エディ・クレイマー(ジミ・ヘンドリックス作品で知られるプロデューサー/エンジニア)、ディアンジェロ
―あなたはディアンジェロやエリカ・バドゥ、コモンらの作品で、エレクトリック・レディという特殊なスタジオを拠点に、古いテクノロジーやスタジオを使いながら新しい音楽を生み出したわけですよね。その際に、エンジニアにできるクリエイティブについてどう考えていますか?
ラッセル:エンジニアの中には、自分の仕事がアートとみなされるほど良い仕事をする人たちがいると思う。私の場合は、エリカやロイ・ハーグローヴ、コモン、ディアンジェロなどと、エレクトリック・レディで彼らの作品に関わっていた時代がそうだった。あのときは私自身もアーティストだったんだよ、ビートルズの5人目のメンバーのようにね。私の存在を知っているのはファンだけで、一般的にはあまり知られていない。でも、特に『Voodoo』を手掛けていたときは、自分の傑作を作っているという認識があった。その時、私たちはとんでもないものを作っているという実感があったんだ。それに私なら、まだ他の人がやっていなかった方法で人々を感動させられると思っていたしね。
当時(2000年前後)はジェイ・Zが大人気で、私も好きだったし聴いていた。でも、当時リリースされていたR&Bはシーケンスされたものばかりで、オーガニックなものが一切なくてね。生のドラム演奏をやっている人間は誰もいないのかって思っていた。だから、『Voodoo』の制作に関わることになった時は、自分のコンセプトを実現する機会が来たと思ったよ。つまり、(サンプリング・ソースが録音された)過去に使用されていた機材を、今の時代の音楽に適応しようというアイデアだ。特にヒップホップの影響で、みんながサンプリングによってダーティーな音を生み出していたけど、私ならオーガニックな方法で同じことをやれると思っていた。彼らはズルをしていたんだよ(笑)。だって、自分でオーガニックなサウンドを生み出す代わりに、昔の音を(サンプリングして)使っていたんだからね。
質問の答えに戻ると、私がやっていたのは、テープをひっくり返して逆回転で録音したり、テープの速度を利用することで様々な音色(トーン)を生み出したりしたことだね。例えば、2倍速で録音して、普通の速度でそれを再生すると、とてもディープなトーンが出せる。反対に、遅い速度で録音してそれを再生するとハイピッチな音が出る。ディアンジェロはプリンスに強い影響を受けていたから、一緒に作業している時に、いつも私に質問していたよ。「プリンスはどうやってあの音を出しているんだ? まるで女性の声みたいだ」ってね。それはテープマシーンのピッチを変えて録音していたからなんだ。それを普通の速度で再生してみると、女性の声のように高い音になったり、逆に深いディープな音が聴こえてくる。私たちもその手法はよく使ったよ。ドラムにもその手法を使っている。それをやったのはロイ・ハーグローヴの「Ill Stay」と言う曲なんだが、ドラムを2倍速で録音して、その音を通常の速度で聴いてみたら、非常にディープな音ができたんだよ。スネアドラムの音が「パン、パン」と言うのではなく、「バーン、バーン」と言う感じに響いていた。
それらの音を耳にして、アーティストたちはみんな感銘を受けていた。憧れのヒーローたちが生み出していた音を再現しながら、「ジミ・ヘンドリックスがやっていた音だよ!」って感激していたよ。でも、それは私たち自身が実験的なことを色々とやっていて、その中で昔のアーティストたちの手法を発見することができたからなんだ。そういう発見や興奮が、スタジオ内でとても良い刺激となっていたのを覚えているよ。
この投稿をInstagramで見る Pino Palladino(@pino_palladino_official_)がシェアした投稿 ソウルクエリアンズ(1999年撮影)、右から二人目がラッセル
―『Talk Memory』ではヴィンテージな質感と生々しさを活かしつつ、その一方で現代のサウンドと並んでも違和感のないものに仕上がっています。あなたは『Voodoo』の時代から、ずっとそういう仕事を続けているわけですよね。ヴィンテージでありながら、同時に新しさも感じられるサウンドメイクの秘訣とはなんでしょう?
ラッセル:私は若い頃から、多様な音楽を聴きながら影響を受けてきた。小学校5年生の頃からレコードを集め始めて、10代の頃はアルバムを聴くことにほとんどの時間を費やしていた。アルバムをかけ、ソファに座りながらジャケットを見つめ、レコードが終わるまで待って、ひっくり返して最後までかける。そうすることで、自分の中にサウンドの青写真となる巨大なパレットが出来上がっていった。そこにジャンルに対するバイアスはない。色々な音楽を聴いて、その中から自分の好きなものだけを選び、さらに深く聴き込んできた。そういうオープンな姿勢は、現在の仕事にも役立っていると思う。
聴いてきた時代も様々で、初期のジャズから典型的なビバップ、そしてフュージョンへ。クラシック・ロックにもハマっていて、ジミやピンク・フロイド、ビートルズも聴いていた。ヒップホップが誕生したのも私がティーンの頃だ。1980年当時、私は13歳だった。私はヒップホップと、同じ頃に誕生したパンクの二つに強い影響を受けて育ってきた。そういう背景のおかげで、音楽に対する聴き方がとても多彩になったと思う。今までに膨大な量のカタログを聴いてきたおかげで、サウンドを生み出すための材料を揃えることができたんだと思う。音楽をたくさん聴き込み、経験を積んだ人であれば、一つのサウンドを20通りにも変換することができるからね。
ラッセルの青写真となったレコード
―カマシ・ワシントンのケースについても聞かせて下さい。『Heaven And Earth』はLAで最も歴史あるスタジオでもあるElectro-Vox RecordingとHenson Recording Studioで録音されています。両方ともアナログ機材でのテープレコーディングが可能なスタジオです。こういった録音環境もあなたがミックスを手掛けることになった要因だったのでしょうか?
ラッセル:そう思うよ。それに彼はディアンジェロやRHファクターの大ファンでもあるからね。ロイ・ハーグローヴの作品が、私に仕事を依頼してきた大きな理由だったと思う。カマシについては面白い話があるんだ。彼の名前は私もよく耳にしていて、ポスターを見かけたり、周りの人がカマシの話をしていたりしていたから気になっていたんだ。それで、しばらくして彼の音楽を聴いたら、心から感動してしまって「彼と一緒に仕事ができたらいいだろうな」と思うようになった。すると、その1週間後にカマシから「一緒にやりたい」と連絡がきたんだ。すごいよね!(笑)
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―『Heaven And Earth』では、どんなところにこだわってミックスを行ったのでしょうか。
ラッセル:彼の曲にはトラックがたくさん入っていた。ドラマーが二人いたり、ベース奏者もマイルス・モーズリーに加えて、サンダーキャットがたまにセッションに参加していていたりした。ホーン奏者も三人いて、曲によってはホーン・セクションの人数を3倍にした曲さえあった。それにクワイアもいたよね。とても濃密に作られていたんだ。それをミックスするのはかなり大変な作業だったよ。そもそもトラックがたくさんあったから、Conway Studioでカマシと一緒にミックス作業する前に、自分のスタジオで事前のミックスを行うことにした。例えばストリングス・セクションのコンピレーションを作ったり、クワイアのトラックをまとめたりして、トラック数をミックスが可能な量にする事前の準備を行ったんだ。セッションによっては200トラックも入っているものもあったからね!(笑)。トラックが多すぎてパソコンがクラッシュしてしまうほどだったよ。だから、実際のミキシング作業に入る前に、トラックをまとめるということをしなければいけなかったんだ。
あの作品で目指したのは、オールドスクールとニュースクールが交差しているカマシ独自のサウンド。でも、私たちは最終的にオールドスクールの方に寄って行ったと思う。普通のジャズのレコードよりもドラムの音を大きくする部分などはあったけど、カマシはサウンドを生々しいものにしたいと考えていたから、仕上がりとしてはナチュラルなサウンドになったと思う。
Zoom取材中のラッセル
―あなたの背後の棚にレコード・コレクションが並んでいるのが見えます。BBNGのメンバーに話を聞いたら、レコードで聴かれることもかなり重視しているみたいでした。そこもあなたにオファーした理由だと思いますが、レコードに適したサウンドにするために意識していることはありますか?
ラッセル:レコードのために行う準備というのは特にないけど、個人的な思いとして、最終的にみんなに聴いてもらいたいフォーマットがレコードだと考えているところはある。自分のミックスの仕方がレコード向きだと自分でもわかっているよ。私は音楽を聴き始めた時から、レコードの音を主に聴いてきたから、レコードというフォーマットのために自然とミキシングしているし、そのやり方を変えたことはない。私は今でも、80年代後半や90年代前半の、レコードが広く売買されていた時代にいるような感覚でミキシングしているんだよ(笑)。
最近は、レコードがクールだと思う人たちがニッチなマーケットを形成している。それは素晴らしいことだと思うね。BBNGもきっと、この世界にストリーミングなんて存在しなくて、みんながレコードを買わなければいけないような状況を望んでいるんじゃないかな(笑)。
―最後に、あなたがエンジニアとして指針にしてきたレコードをいくつか紹介してもらえますか?
ラッセル:もちろん。長年聴き込んできたレコードが、自分にとっての青写真になってきたからね。私が大いに参考にしている作品の一つが、ピンク・フロイドの『Dark Side of the Moon』。サウンドという点において、これより優れた作品は今も昔も存在しないと思っている。フランク・ザッパの『Apostrophe ()』も傑作だ。レッド・ツェッペリンの『I』『II』『Houses of the Holy』も大事な青写真。ビートルズなら『Sgt. Peppers〜』も大事だけど、私は『Abbey Road』が一番好きだ。曲も素晴らしいし、音響の面でも傑作だと思う。私はスティーリー・ダンのファンでもあって、自分のサウンドは『Aja』や『Royal Scam』にもにも強く影響を受けている。とてもクリーンな音だけど、同時に生々しさもある。ジャジーだけどファンクの要素もある。あとはやっぱり、ジミ・ヘンドリックスのアルバム全て。
それから、これは自分からは滅多に挙げなないけど、キング・クリムゾンのギタリストであるロバート・フリップ。彼は天才だ。クリムゾンはダークでプログレッシヴな音楽だけど、彼はソロ・アルバムでアトモスフェリックな音楽やアンビエントな音楽も作っている。ブライアン・イーノもそうだね。自分が受けた影響についてなら延々と語っていられるよ!(笑)。
【関連記事】バッドバッドノットグッドが極意を明かす 懐かしくも新しいサウンドメイクの秘密
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