Spotifyが描くエンタメの未来、音楽と音声コンテンツの可能性 日本法人新代表が語る
Rolling Stone Japan / 2021年11月28日 10時0分
日本でサービスを開始してから5周年を迎えたSpotify。その日本法人であるスポティファイジャパン株式会社の新たな代表取締役に、トニー・エリソン氏が就任した。MTVや任天堂、YouTubeを経て、前職のディズニーでは「Disney+」の日本ローンチなどにも携わった経験を持つトニー氏へのインタビューが実現。Spotifyで目指すヴィジョンについて、音楽や音声コンテンツの持つ可能性について、語ってもらった。
―まずはSpotifyにジョインしての抱負について聞かせてください。
トニー:おかげさまで日本でローンチして5年経ち、ゼロからここまで来ることができましたが、まだまだ日本国内においても、世界でも伸びる余地があると思っています。Spotifyを事業として大きくしていくということだけでなく、Spotifyのミッションである「クリエイターとファンの接点を増やしていく」というのがポイントだと思います。
―Spotifyが日本でのサービスを開始してからの5年間をどう捉えてらっしゃいますか?
トニー:僕自身は8カ月前に入社したばかりですが、サービス開始当初から必ずしも順風満帆であったわけではないと聞いています。特に邦楽のカタログがなかなか揃わない中、あるもので最良のサービスを提供していくしかない。また、日本のアーティストや業界関係者にSpotifyやストリーミングが提供できる価値について理解してもらわないといけない。そして成功例を作り、勢いをつけないといけない。そういう課題に向き合う日々だったと思います。そんな中で、弊社が始めた「RADAR:Early Noise」(*1)の企画など、一つ一つを手応えのある成果を積み重ね、少しずつ業界の理解や信頼を得ながら歩んできた。そうして国内アーティストのカタログも充実してきたことでお客さんもついてくる。そんな5年だったと思います。
(*1)2017年に日本でスタートした「Early Noise」は、Spotifyが注目する次世代アーティストを毎年年初に発表し、1年を通じて継続的に紹介する新人サポートプログラム。過去にはあいみょん、Official髭男dismをいち早く選出してブレイクに繋げるなど業界内外で注目を集めている。5年目となる2021年には、4億人に迫る世界のSpotifyユーザーに対しても積極的に紹介する目的で2020年にスタートしたグローバルプログラム「RADAR」との連携を強化し、名称を「RADAR:Early Noise 2021」と改めた。
Tony Elison(トニー・エリソン)
スポティファイジャパン代表取締役として、メディア、コンテンツ、テクノロジー業界のグローバルブランドにおける日本、米国、アジア太平洋地域での25年以上にわたる経験を生かし、日本における同社の戦略策定や事業運営などビジネス全般を統括。MTV、米国・任天堂、Google/YouTubeを経て、前職となるウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社では、メディア担当副社長兼ゼネラルマネージャーとして、定額制ビデオ・オン・デマンドサービス「Disney+」の立ち上げなど、モバイル、テレビ、メディア配信、家庭向けなどの各カテゴリーで事業を推進をした。米国生まれ。京都とインディアナ州で育ち、マサチューセッツ州ウィリアムズカレッジにて政治学とアジア研究の学士号を取得。日本語と英語に堪能で、オランダ語とドイツ語にも精通。
―トニーさんはこれまでYouTubeやディズニーなど様々なエンタテインメントやプラットフォームのビジネスを手掛けてきましたが、このタイミングでSpotifyにジョインしようと思ったのはなぜでしょうか。
トニー:面白そうな会社だというのが大きいですね。僕はSpotifyに入る直前にはディズニーで「Disney+」の日本ローンチに携わりました。パッケージソフトの販売からストリーミングに転換する時だったので、ビジネスモデルとしての変化はありましたが、ディズニーは世界的にも、日本でも、既に確立されたブランドです。一方で、Spotifyは全世界で3億8千万人のリスナーコミュニティがあるメジャーなブランドではありますが、まだまだ進化の過程であり、実験するスピリットも旺盛だと感じられました。
あとは先ほど申し上げた「クリエイターとファンをつなぐ」という企業としてのミッションがはっきりしていることも大きかったです。創業者兼CEOのダニエル・エクは「世界の5000万人のクリエイターと10億人のユーザーをつなぐ」ということを発言しているんですが、そこにはすごく賛同します。社内の誰に会っても本気でそのミッションに賛同しているし、これを実現しようという使命感が強い。僕もそのミッションと、ビジネスの今後の将来性に惹かれました。あとは、会社は結局のところ、人間なんです。この人たちと一緒に仕事ができたらいいなと感じた。こう言うと幼稚に聞こえるかもしれないけれど、大事なことだと思います。
―これまで映像など様々なタイプのエンターテインメントに携わってらっしゃいましたが、音楽および音声コンテンツには、どういう特徴があると思いますか?
トニー:僕は、今までのキャリアを通して「エンターテインメントの次のあり方は何だろうか」ということを常に自分なりに探ってきました。幸いなことに、そういった探求ができる環境で仕事をさせてもらってきたと思います。YouTubeにいた頃には「プロが作るコンテンツから誰もが作るコンテンツへ」という変化の真っ只中にいましたし、ディズニーにいた時は、一つ一つお金をかけて作ったコンテンツをサブスクリプションで届けることに取り組んできた。こうしたエンターテインメントの進化にずっと関わってきたつもりです。
そんな中で、音楽や音声などのオーディオは、人間のコミュニケーションの原点だと思います。パーソナルだけど人の心を動かす力を持ち、いろんなことをやりながら楽しめ、生活の様々なシチュエーションにフィットして人生に彩りを加える。今はそうしたオーディオの価値や役割を改めて再定義し、提案するチャンスだと思っています。オーディオの今後の将来性は大きいし、まだまだどんどん進化すると思っています。
日本独自の戦略、音声コンテンツの可能性
―ビジネス面だけでなく、音楽カルチャーやシーンについての話もお伺いできればと思います。Spotifyは日本よりも欧米諸国での普及率の方が先行しているわけですが、そのことによって、アーティストとリスナーとの関係はどう変わってきましたか。
トニー:ストリーミングが普及すれば普及するほど、ユーザーの「発見」が増えてくるということが言えます。聴くことのできる音楽が物理的な流通によって限られる世界に比べて、あらゆる音楽がジャンルや時代や国境を越えてすべて一つのプラットフォーム上でワンタップで聴ける世界では、ユーザーと新たなお気に入りのアーティストや音楽との出会いのチャンスが無限に増える。そのことによって、ストリーミングが普及している国では、音楽に対する一人ひとりの趣味が多彩になったと思います。
僕はアメリカと日本を数年ごとに引っ越す生活をしてきたんですが、僕がアメリカで育った思春期には、周囲の高校生の間ではヘアメタル以外の音楽を聴くなんて信じられなかった。それが今では、ヒップホップもK-POPもラテン・ポップも自然に日々の生活の中で聴かれている。いまや世界中でメインストリームなヒップホップにしても、一時はニューヨークやロスなどの大都市以外ではあまり聴かれていない、サブカルチャー的な時代もありましたからね。日本でも気に入ったものをカテゴライズせずに自由に色々と楽しむ、そういうリスナーが増えているように思います。ストリーミングが普及するとクリエイターとユーザーがつながるチャンスが増える。そのことによって幅広い趣味を持つ人が増えるんだと思います。
―グローバルに見た上で、日本の音楽カルチャーにはどんな特徴があると思いますか。
トニー:日本はファンダムがすごいですね。好きなアーティストに対する情熱が高い人が多い。もちろん各国に情熱的なファンは沢山いると思いますが、フィジカル市場がいまだに大きく、しかもCDの価格が高い日本の状況というのは、多くのアメリカ人には理解できないことだと思います。でも、日本には好きなアーティストにもっと関わりたい、貢献したい、愛情を表現したいという情熱を持ったファンが多い。日本の音楽市場の構成を理解するにあたっては、その理解が不可欠だと思います。
先週、横浜アリーナでOfficial髭男dismのライブに行ってきたんです。個人的にはコロナ禍以降の初めてのライブだったんですが、横浜アリーナに数千人が集まって、拍手と身振りだけで、誰一人発声をしていない。アーティストが「こういうルールがあるから我慢しよう」というのを、みんなが守っている。この行儀の良さは、欧米ではあり得ないです。これもアーティストに対しての愛情の証の一つだし、その情熱は半端ないものだと思います。
―Spotifyはグローバルなサービスでありつつ、それぞれの国がローカライズを行っていると思います。その理由と、日本に向けた施策としてはどういうものがありますか。
トニー:単にグローバルで人気のサービスを日本に持ってきても、その真価を発揮できるとは全く思いません。日本のユーザーやアーティストの真のニーズを汲み、これにプロダクトやサービスを適合させる必要がある。これはすごく大事だと思います。たとえば音楽を聴いている時に歌詞が表示される機能は、日本でサービスが始まる時に、日本でまず導入され、各国に広げて行きました。また2019年には「シンガロング」(*2)という機能を日本だけで導入しています。こうした日本ならではのニーズに応える機能の開発やサービス向上も、これからも提案して実現させていきたいと思います。
(*2)シンガロングは、Spotifyで音楽再生中に表示されるマイク型のアイコンをタップすると有効となり、ヴォーカル部分の音量を小さくできる機能。カラオケさながら、実際の曲に合わせて一緒に歌うなどの楽しみ方ができる。
―今年には、アーティストのインタビューと楽曲を組み合わせた「Liner Voice+」(*3)というオリジナルプレイリストも開始しました。これに関してはどんな意図がありますか?
トニー:これこそ音声エンターテイメントの進化だと思います。ストリーミングサービスの真価は、そもそも「どの曲でもいつでも聴けますよ」という聴き放題だけではない。プレイリストや、アルゴリズムによるレコメンデーションによって、ユーザーの好みやニーズ、生活シーンやシチュエーションにあわせた出会いを提供できるということにあります。さらにその先には、出会った曲やアーティストについて、「この曲の背景をもっと深く知りたい」とか「アーティストがどういう気持ちで作曲や演奏をしたのかという話を聞きたい」というニーズがある。これに応えるのが、アルバムの楽曲の合間でアーティストが制作背景などを語る「Liner Voice+」。ファンであればたまらなく面白いし、その話を友達と共有したくなる。アーティスト側からすると、自分の作品を深く理解してもらう、より好きになってもらう、広げてもらうきっかけになる。アーティストやクリエイターとリスナーをつなぎ、ファンづくりに寄与し、ファンの満足度を高めるサポートをするのがミッションですから、その一環になっていると思います。
(*3)「Liner Voice+」は、アルバムの制作背景についてアーティストらが語る音声を収録曲と組み合わせたプレイリスト。自身のトークの合間に音楽を挟んだ音声番組を誰でも簡単に制作できる「Music + Talk」という機能も公開されている。
―クリエイターが選曲した楽曲とトークを一つのコンテンツとして発信する「Music + Talk」機能もスタートしました。こちらはいかがでしょうか。
トニー:「Music + Talk」は、音声コンテンツを簡単に録音・編集・配信できるAnchorというSpotifyのツールを使えば、誰でもトークの合間にSpotify上で利用できる曲を挟み、ラジオ番組のようなものを作れる新しい機能です。今年の夏に提供開始となりましたが、日本での反響はすごくいいです。たとえば、僕も子供のときにミックステープを作っていました。曲と曲の間に、自分がこの曲のどういうことが好きだということを語って録音したこともあります。そういうことの現代バージョンですね。もちろんアーティスト自らがメッセージを入れることもできるし、リスナー個人のコミュニケーションメディアとしても利用できる。
「Music + Talk」の番組から、人気エピソードをまとめた「Best of Music + Talk Episodes」
―Spotifyは音声コンテンツの制作・配信アプリAnchorを提供していますし、ポッドキャストにも力を入れている印象があります。こちらに関してはどういった考えをお持ちでしょうか?
トニー:まず、Spotifyはオーディオの可能性を確信し、この分野の未来を切り拓こうと世界中で取り組んでいますが、オーディオというものは、音楽だけを指しているわけではありません。聴覚で楽しむオーディオには、いろんなエンターテインメントがあって、音声情報というものもある。トークもあるし、毎日音楽を聴く習慣のない人でも、ニュースを聞いたり、天気や交通情報を聞いたりできる。Spotifyとして、オーディオ文化の裾野を広げ、さらに発展させていきたいという気持ちのもとでやってきています。音声クリエイターも、個人で楽しんでいる人たちからプロまで幅広く存在します。こうした多様なクリエイターたちがそれぞれの目的に応じて情報発信できるようなプラットフォームとしてSpotifyを進化させていきたい。同時に、有機的で、回遊性のあるプラットフォームに進化して行きたいという考えもあります。たとえば、音声番組を聴いているリスナーが、「Music + Talk」をきっかけに音楽を聴くようになる。逆に、Spotifyで音楽だけを聴いていた人がなにかのきっかけでポッドキャストを聴くようになったら、それもやはりクリエイターとユーザーの出会いのきっかけと言えでしょう。
>>関連記事:Spotifyは日本に何をもたらした? TaiTan×玉置周啓×柴那典が語る5年間の地殻変動
―Spotifyオリジナル番組も制作していますが、こちらはどんな位置づけでしょうか。
トニー:国内の様々なパートナーと一緒に、力を入れて作っていますので、多くの皆さんに聴いていただきたいですが、オリジナル番組はSpotifyがただ新たなリスナーを獲得するためだけに展開しているわけではない。音声で表現してみたいと考えるクリエイターの皆さんに、参考となるモデルやインスピレーションを提供するという狙いもあります。Spotifyはクリエイターのためのプラットフォームでもあるので、クリエイターが刺激を得て、より活発に、より容易にコンテンツを作って発信できる環境を届けるのが大事なんです。ハード面としてはスタジオ設備の「Spotify Studio Tokyo」も開設しました。「Sound Up」という、若手クリエイターを育てるプログラムもやっていますし、包括的にクリエイター支援に力を入れています。
Spotifyが描く未来へのヴィジョン
―Spotifyとしては、5年先、10年先を見据えた先に、どんな世界を実現していたいと思いますか。
トニー:10年先はさすがにわからないですね。僕たちが全く予測できないテクノロジーが登場しているかもしれない。ただ、僕が個人的にも強く思っているのは、日本のコンテンツがもっともっと海外に出ていってほしいということです。その後押しをしなきゃいけないと思っています。Spotifyとして日本のコンテンツを世界のネットワークで発信していきたいし、それを援護していきたい。また、日本国内においては、「Spotifyは一歩先を進んでいる」というイメージでありたいですね。とは言っても、競争の中で頭ひとつ抜きん出ているということではなく、「Spotifyはなにか面白いことをやる」とか「こういうところにまで気がついてくれる」と思われるような存在でありたい。そうすれば、きっとファンにもアーティストにも愛されるプラットフォームに自然になっていると思います。
―これは個人的な印象ですが、Spotifyはサービス側の顔が見えるところもポイントとして大きいと思います。プラットフォームはメッセージ性やメディア性を打ち出さない中立的なものも多いと思うんですが、こうしたインタビューも含めて、Spotifyはメディア的な存在感が強い。「Spotifyは面白いことをやる」というのは、そういったことにも関連することでしょうか。
トニー:ストリーミングサービスの分野では、音楽の他にもいろんな事業をやっている大企業が多いですよね。それに対して、Spotifyはオーディオという一つのことしかやっていない。そこには確固たるミッションが根底にありますし、独立性もあるので、自分たちの存在意義という輪郭をハッキリさせられる。Spotifyならではの特別な位置づけだと思いますし、そこを活かしていきたいです。勤めている社員一同が同じミッションに共鳴して、同じ方向を向いているというのも、その輪郭に反映されることだと思います。
その上で、僕が個人がリーダーとして大事にするのは、楽しさであり、面白さですね。クリエイターとファンの笑顔につながることを増やしたいと思っています。アーティストやクリエイターにとっては、自分の作品が一人でも多くの人に発見される、ユーザーとの出会いがある。ユーザーから見れば、毎日の生活を彩ってくれるような、気分をちょっとあげてくれるような存在でありたい。そうして多くの個人がハッピーになることで、世の中が少しでもいい方向に向かっていく。そういう願いがあります。
―わかりました。最初にお話しいただいた「5000万人のクリエイターを10億人のユーザーとつなぐ」というミッションについても、もう少し噛み砕いていただければと思っています。これが実現された社会はどういう社会になるというビジョンがありますか?
トニー:クリエイターから見れば、持続的な創作活動を行える健全な経済圏が生まれるということですね。健全な経済圏と言うのは、巨大な格差のある経済ではなく、沢山のクリエイターがきちんと生活できるぐらいの報酬をプラットフォームから得られるということを意味します。我々は「ミドルクラスクリエイター」という表現をよく使うんですが、世界的なトップスターだけじゃなくても、クリエイターとして生活できることが夢じゃなく現実になるような。そうするとモチベーションを持つ人やチャレンジする人も増え、その結果多様なコンテンツが生まれ、人間のクリエイティビティがさらに進化する。一方でファンやユーザーから見ると、現状でも、すでにコンテンツがありすぎるんじゃないかと思っている人は多いと思うんです。だからこそ、数よりも、自分好みのコンテンツに出会えるというのがすごく大事なことだと思います。一つの出会いから、ファンになり、継続的な情熱を持つようになって、自分の生活がより豊かになる。もちろん、Spotifyだけで全てできることではないですが、クリエイターとリスナーそれぞれの生活の充実に寄与できればと思います。
―ネットワークというものは本来的にスケールフリー性を持つので、ごく少数のトップが注目や人気を得ていく構造を持っていると思うんですね。その一方で、ミドルクラスクリエイターの存在が、カルチャーやシーンと呼ばれるものの充実に繋がると思っています。
トニー:本当にそこは大事ですね。Spotifyとしては、いわゆるミドルクラスクリエイターたちをどう後押しするのかは、非常に重視しています。
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