スネイル・メイルの真実 USインディーの若き主役が語る「挫折と再起」
Rolling Stone Japan / 2021年12月1日 18時0分
19歳にしてインディーロックのスターとなった、スネイル・メイルのリンジー・ジョーダン。そこから3年後、リハビリを経て感情的に安定した土台を築き、彼女は新たな傑作『Valentine』と共に帰ってきた。
「あらたいへん、ごめんなさい」とリンジー・ジョーダン(22歳)は、マンハッタンにあるフォート・トライオン・パークの落ち葉を踏みしめながら、30分遅れで待ち合わせ場所のクロイスター美術館の前に現れた。「セラピーから戻ったばかりで、『家から出る前におしっこへ行っておこうかな、そうしないと途中でパンツが……』なんて考えていたの」
スネイル・メイルとして活動するリンジーは、こぎれいなディープインディゴのジーンズを履いていたが、膝のあたりにコーヒーをこぼしてしまい、立ち止まって水をかけた。ラベンダーカラーのセーターを着た彼女は、黒のバックパックを手に提げて、白と茶のセリーヌのローファーを履いている。校外学習に出た中学生にしてはファッショナブル過ぎるといった感じの格好だった。母親がメリーランドで経営する下着ショップから入手したレースのマスクも、美術館の警備員から注目を浴びた。「自分でも理由がわからないけれど、素敵な服を選ぶのが楽しくて病みつきになる」と彼女は言う。「究極の万能薬ね」
最近のリンジーは、写真撮影やミュージックビデオ制作の際にスタイリストと協力し、彼女の想いが正確に伝わるような雰囲気作りを心がけている。ニューアルバム『Valentine』のタイトル曲のミュージックビデオが、典型的な例だ。失恋と裏切りに怒り狂ったロックシンガーが、すさまじいパワーを歌にぶつけている。ビデオの中の彼女はリージェンシースタイルのスーツを着て、元恋人の新しい相手を斧で惨殺した後で、ケーキを口いっぱいに頬張る。「歌の激しさにマッチした映像にしたかった」とリンジーは説明する。「あんな格好で歩き回れて、本当に楽しかったな」
『Valentine』に収録された全10曲は、最初から最後まで激しさが持続している。アルバムは2021年11月にマタドールからリリースされた。同レーベルとは、彼女が18歳の誕生日を迎えた頃に契約している。リンジーの楽曲は、20代前半の感受性の鋭い人間のみが持つ、世の中に対する悲観や傷心のオンパレードだ。「Headlock」では”いつからあの娘と会い始めたの?/ついに誰かに飼い慣らされてしまったのね”と静かな闘志を燃やし、「Forever (Sailing)」では”あなたは彼女を家まで送っている/こんな妄想は迷惑かしら?”とシルキーに歌っている。
『Valentine』は失恋をテーマにしたアルバムというよりも、特に2018年のヒットアルバム『Lush』以降、自分を見失いそうになったリンジー自身を描いた作品と言える。心に突き刺さるほどリアルな心情を描いた「Heat Wave」や「Pristine」が収録された『Lush』は、同性愛者のアイコンとして急成長中の天才インディーロッカーの名を、全米中に広げた。そこから3年に及ぶツアーの後で、リンジーは新しい曲が書けずに行き詰まりを感じていた。「自分がとても孤立している気がした」と、中世の中庭を再現した公園のベンチに腰掛けたリンジーが語る。「周りの誰もがどんどん作品を出していくのを見ながら、不安になっていった。話し合うべき問題は山ほどあったけれど、誰にも助けを求められなかった」という。
リバビリのあとに見つけたもの
2020年11月、リンジーはアリゾナにあるリハビリ施設で45日間を過ごしたが、自発的に入った訳ではなかった。「次のステップに必要だったのは、リハビリではなかったかもしれない」と彼女は振り返る。しかし、周囲の人間が彼女にはリハビリが必要だと判断し、リンジーも勧めに従った。
アリゾナでのリバビリ期間は、「つらい」と感じると同時に「発散」もできたという。彼女は毎日読書や乗馬をしたり、施設の「味気ない食事」を食べて過ごした。リハビリ中に感じた動揺は、ニューアルバムのハイライトのひとつと言える「Ben Franklin」に描かれている。”リハビリの後で自分がすごくちっぽけに感じてきた/あなたの優しさが恋しい/電話できたらいいのに”とリンジーは綴った。
リハビリ施設では、電話の使用が禁止されていた。そして退所後は、ソーシャルメディアに戻ることもなかった(彼女のアカウントは代理人が運営している)。「とても解放された気分」と彼女は言う。「自分がインターネット世界の人間になってしまったことで、わたしを取り巻く現実世界の人たちを苦しめていたことに、ある時点で気づいたの。わたしは、現実世界の人たちとだけ付き合って行きたかった。(インターネットの世界が)自分のメンタルヘルスに必ずしもいいとは限らない、と実感したわ。音楽を作って、世の中に出して、コンサートをする、という自分の仕事に集中すべきなのよ」
Photo by Josefina Santos for Rolling Stone, Hair and makeup by Kento Utsubo
リンジーの考え方は、ロードやラナ・デル・レイら最近の若きアーティストらにも共通する。特にワクサハッチーのケイティ・クラッチフィールドは2020年のアルバム『Saint Cloud』を出す前に、リンジーと同じく目を覚まして、ソーシャルメディアの使用を止めた。「彼女はわたしの親友」とリンジーは明かす。「週に3回は電話で話している。彼女はとても賢くて、精神的にとても頼りになる。わたしの理想とする人ね。アーティストとしての真髄を極めていて、一緒にいてエネルギーをもらえる。それ以外のことは、そんなに興味はない」
友人のケイティを通じて、『Saint Cloud』のプロデューサーを務めたブラッド・クックとも知り合いになった。リンジーはアリゾナの施設を出た後に、ノースカロライナ州ダーラムのスタジオでブラッドと会った。リンジーがスタジオへ持ち込んだデモ曲の大部分は、コロナのパンデミック前に、ニューヨークを離れて一時的にボルティモアの両親のもとに滞在していた時に書いた。少女時代を過ごした家で、ようやく彼女は『Valentine』に収録するための楽曲を形にできたのだ。「『Lush』を書いたベッドルームに帰って来て、リラックスできた」と彼女は言う。「一人で静かな時間を持てた瞬間に、曲が湧いて来た」
ニューアルバムを共同プロデュースすることになったブラッドからは、学ぶことも多かった。「多くのことに関われたおかげで、自分でも意識していなかったやり方で物ごとに対処できるようになった」と彼女は言う。
リンジー・ジョーダンの素顔
クロイスター美術館を初めて訪れたリンジーは、ユニコーンの寓話をもとに1495年頃に作られた精巧なタペストリーを、「本当に惹き込まれる感じがした」と特に絶賛した。罪のない神話上の生き物が、残虐で乱暴な人間たちに捕らえられ、殺害される運命を描いた作品だった。
美術館を出てリバーサイド・ドライブを歩きながら、リンジーは「マクドナルドは好き?」とか「どのコーヒーメーカーが好み?」と、ファストフードやコーヒーについて立て続けに質問してきた。私たちはスターバックスに立ち寄り、彼女はミディアムブリューに、アーモンドミルクとパンプキンスパイスシロップ1ポンプで注文した。「一日中いつでもコーヒーを飲むのが楽しみ」と言いながら、彼女は自分のコーヒーにパンプキンが入っていないことに気づく。恥ずかしがって言い出せないリンジーに代わって、筆者がバリスタに追加を頼んだ。「デュード、ありがとう!」という彼女の言い方が、SFコメディシリーズ『ビル&テッド』を思い起こさせた。
A列車に乗ってロウアー・イースト・サイドにある彼女のアパートメントへ向かう途中、リンジーは早く眠りたいと言った。最近の彼女は、付き合って4カ月になるガールフレンドとおしゃべりしながら居眠りしてしまうほど、疲れ切っていた。「会話の途中でもグーグー寝てしまいそう」と笑う。「『ねぇ、わたしが喋っているのよ!』という感じ。自分がナルコレプシー(過眠症)にかかっているのではないか、と思うほどだった。ベッドで横になった途端に、ぐっすり眠れるの」
リンジーは、自分たちを認めてくれるアーティストとして尊敬の眼差しで見てくれている、同性愛者のファンの存在を喜んでいる。「自分の私生活をオープンにする理由があるとすれば、それは誰かに『わたしも』と共感の声を上げてもらいたいからよ」と彼女は言う。「わたしはまだ若いし、経験も少ない。将来のロッカーたちがいろいろな経験をできるようになったのは、本当に幸せなことだと思う」
当初は持ち得なかった新たな知識や経験を、今の彼女は備えている。「『Lush』は、『これらがわたしの恋のやり方だ』という、すごく切ない作品だと思う」とリンジーは言う。「愛することを夢見ていたのね。一方の『Valentine』では、リアルに経験した喪失感や、大人の心の痛みが多く歌われている。わたしの今の心境にぴったりはまる感じ」と言いながら少し考えて、「ドラマチックな感じね!」とリンジーは声を上げた。
From Rolling Stone US.
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