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ジョン・コルトレーンが今こそ重要な理由とは? 拡散していく「スピリチュアルな共感」

Rolling Stone Japan / 2021年11月29日 18時30分

ジョン・コルトレーン(Photo by Francis Wolf ©Mosaic Images)

ジョン・コルトレーンの生涯に迫ったドキュメンタリー映画『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』が12月3日より公開。今秋には「奇跡の発掘」と謳われた未発表ライブ音源『至上の愛 ~ライヴ・イン・シアトル』もリリースされており、生誕95周年を迎えたカリスマに再び注目が集まっている。この偉大なるサックス奏者と今こそ向き合うべき理由とは。音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明に解説してもらった。


「承認(Acknowledgement)」、「決意(Resolution)」、「追求(Pursuance)」、「賛美(Psalm)」の4部構成の組曲からなるジョン・コルトレーンの『至上の愛』は、1965年1月にABCパラマウント・レコード傘下のジャズ・レーベル、インパルスからリリースされた。当時、既にジャズ界では大きな注目を集めていたコルトレーンだったが、ジャズのアルバムとしては異例なほどの売上を記録した。ポップスを扱うメジャーのプロモーションと流通システムに乗ったことも大いに後押しとなったが、それだけではない、口コミレヴェルの拡がりと支持を幅広く得た結果だった。



しかし、商業的な成功をもたらした『至上の愛』を、コルトレーンはライヴではほとんど演奏しなかった。映画『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』に登場する音楽史家/ジャーナリストのアシュリー・カーンは、著書『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実』で、コルトレーンはライヴでは『至上の愛』の演奏を意図的に避けていたのではないか、と指摘する。『至上の愛』という新しい音楽のために新しい演奏場所を求めていた。「音楽が何か別のものになっていると感じる。だから、そんな音楽にふさわしい場所を見つけなればならない」というコルトレーンの言葉にもよく表れている。

そのふさわしい場所の一つが、1965年7月に開催されたフランス南部のリゾート地、アンティーブのジャズ・フェスティヴァルだった。その時の録音は、2015年にリリースされた『至上の愛 ~コンプリート・マスターズ』のボーナス・ディスクとして日の目を見た。これが唯一のライヴ録音として知られていたが、1965年10月にシアトルのジャズクラブで前座を務めたサックス奏者のジョー・ブラジルによって録音された『至上の愛』が発見され、『至上の愛 ~ライヴ・イン・シアトル』として先頃リリースとなった。



この二つのライヴ録音での演奏は、スタジオ録音の『至上の愛』よりテンポが速く、エネルギッシュで自由度も高かった。特に、シアトルでの録音は、組曲の間に4つのインタールード(というタイトルの長いソロ)をはさみ、トータルの演奏時間はスタジオ録音の2倍以上となった。スタジオ録音に参加したマッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズとのクラシック・カルテットに、3人のミュージシャン(ファラオ・サンダース、ドナルド・ギャレット、カルロス・ワード)が加わった。コルトレーンとサンダースはパーカッションも担当し、ポリリズミックで反復性のある演奏を強化した。また、サックスのフリーキーで荒々しいトーンの持続はドローンの役割も果たした。スタジオ録音より生々しく、躍動感があり、この音楽が、ゴスペルともインドの古典音楽とも繋がっていることを、よりはっきりと示してもいた。

拡散していったコルトレーンの影響

『至上の愛』のリリース当時、口コミレヴェルの拡がりと支持の背景には、具体的にどのような受け止められ方があったのだろうか。そのことに関しては、同時代にジャズとは異なる領域で活動を始めた音楽家の話が本質を伝えているように思われる。

「どうやってその音楽が出来上がっているのか、彼がやっていることを何て表現したらいいのか分からなかったが、何か心に触れるものがあった——それは音楽的な感動でもあったし、スピリチュアルな共感でもあったと思う。周りで一緒に聴いている人たちには、ある種の精神的なつながりが感じられた。でも俺たちは音楽的な面から聴いていた。それを聴くとトランス状態に入ることができた」(ブーツィ・コリンズ ※1)



『至上の愛』のライナーノーツに「このアルバムは、神への謙虚な供物です」とコルトレーン自らが書き記したように、このアルバムは神への賛美に満ちていた。映画『チェイシング・トレーン』では、マッコイ・タイナーが「自分たちの音楽は神の贈り物だと思っていた。自己主張じゃなくて、上手いだろ、なんてエゴはない」と語るシーンもある。ただ、作家/評論家のナット・ヘントフがコルトレーンへのインタビューを元に書いた『Meditations』(1966年8月リリース)のライナーノーツには、「私はすべての宗教を信じる」というコルトレーンの発言がある。また、『Meditations』は『至上の愛』の延長線上にあり、音楽を通して瞑想に至る目的は変わらないことも述べられていた。特定の宗教ではない、普遍主義的な宗教観に基づくスピリチュアルな側面が、『至上の愛』に対するリスナーの共感を得たのは確かだろう。それは、スピリチュアルを安易に口にすることを憚れる無神論者にすら受け入れられる余地があった。もう一つ、重要な指摘がある。

「1965年頃、トロントで俺が付き合っていた白人の仲間たちはみなコルトレーンが好きだった。ブラッド・スウェット&ティアーズのリード・シンガーになったデヴィッド・クレイトン・トーマス、ジョニ・ミッチェル、ゴードン・ライトフット、ニール・ヤングなんかのことだ。そこで積んだ音楽的経験は素晴らしかった。みんなフォーク系のミュージシャンだ。フォークとジャズが手に手をとっていたんだ」(リック・ジェームス ※1)

リック・ジェームスは当時、ニール・ヤング、ブルース・パーマーと、マイナ・バーズというバンドで活動し、モータウンと契約を交わした。モータウン・サウンドとガレージ・ロックのユニークな融合は、バンドのマネージャーのトラブルでリリースに至らなかったが、その後、ヤングとパーマーはバッファロー・スプリングフィールドを結成し、ジェームスは70年代にモータウンと再契約を交わし、ファンクの時代に成功を収めた。こうしたフォークとジャズの結び付きは、ニューヨークやサンフランシスコでも見られたが、それは更にミニマル・ミュージックにも繋がる可能性を示唆していた。

「西海岸に出てきてから、昼間はルチアーノ・ベリオに学び、夜はジョン・コルトレーンが街に来るたびに聴きに行っていました。ジョン・コルトレーンからは一つのハーモニーで30分演奏できると、私は学んだのです」(スティーブ・ライヒ ※2)

ライヒの学びは、同じく西海岸で足繁くコルトレーンのライヴに通い、そのインプロヴィゼーションにトーン・クラスターを聴いたテリー・ライリーと繋がっている。ライリーは、後にニューヨークにいた頃、最晩年のコルトレーンのコンサートを聴いた。ダブル・ドラム、ダブル・ベースに、サンダースやドン・チェリーも参加した即興のオーケストラだったという。そして、こう述べている。

「この頃、彼は大きな音の壁からメロディーを生み出すというコンセプトを確立していました。(中略)彼のやっていることをとても評価していましたが、実際の音楽的なアイディアに関しては、やはり彼がクインテットでやっていたことにとても魅了されていました」(テリー・ライリー ※3)



ここに一つの分岐点が見られるように思う。スピリチュアルな共感を生み出した『至上の愛』に対して、新生クインテットの『Meditations』にも高揚感やインスピレーションを与える瞬間はあるが、次第にフリーキーでラウドな響きに向き合い始めた。そして、コルトレーン亡き後、クインテットから生まれた音楽が、ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンのスピリチュアル・ジャズと、ラシッド・アリのフリージャズに別れていく中で、スピリチュアルな共感の拡がりは散霧していったように思われる。それは、他のジャンルの、他の表現へと拡散していったとも言える。

2021年に拡がり続ける「共感」

2021年、スピリチュアルな共感の在処を思い出させるリリースがあった。その一つは、アリス・コルトレーンの『Kirtan: Turiya Sings』。70年代にソロ・アーティストとしてインパルスからリリースを重ねていた彼女は、次第に商業的なリリースから距離を置き、ジョン・コルトレーンも影響を受けたヴェーダ聖典を学ぶヴェーダンティック・センターを設立して、アシュラム(僧院)を建てた。そこでのヒンドゥー教の信仰歌を演奏する彼女の活動は、殆ど表に出てくることはなかった。しかし、叔母を訪ねて毎週アシュラムに通ったフライング・ロータスが、その体験を『Cosmogramma』の世界観に反映させた頃から次第に外の世界との繋がりが見えてきた。エスペランサの癒しにフォーカスした最新作『Songwrights Apothecary Lab』がアシュラムでのアリスの音楽からインスパイアされていたように、徐々にスピリチュアルな共感の再発見は拡がっているのかもしれない。



そして、もう一つは、ファラオ・サンダースとフローティング・ポインツことサム・シェパードの『Promises』だ。ロンドン交響楽団もフィーチャーされたこのアルバムは、ジャズ、エレクトロニック・ミュージック、クラシックのよくあるコラボレーションとはまったく異なる世界を浮かび上がらせた。『Promises』リリースの前年、79歳の誕生日を迎えたサンダースは、ニューヨーカー誌の長いインタビューを受けた。最近聴いているものを訊ねられ、何も聴いてはおらず、ただ、水の波や下ってくる電車、離陸する飛行機に耳を傾けているという答えが印象的だった。

「多くの場合、私は自分が何を演奏したいのかわかりません。だから、ただ演奏を始めて、それを正しいものにしようとし、音楽の中の他の種類の感覚に結びつけようとします。例えば、ある音を弾くと、そのある音は愛を意味するかもしれません。そして、別の音は何か別の意味を持つかもしれない。そうやって、もしかしたら何か美しいものに発展するまで続けていくのです」(ファラオ・サンダース ※4)

『Promises』はまるでこのサンダースの境地をシェパードが作品化したかのようだ。コルトレーンとサンダースは二人ともあまり話はせず、何かを深く掘り下げ、詳しく話すこともなかったという。それは二人の間に会話がなかったという、クールな関係性を意味するのではなく、お互いが充分に良好な雰囲気を感じ取っていたからだ。そして、『Promises』はこの二人の間のスピリチュアルな共感を捉え直した作品として聴くことができる。それは、サンダーズがいう「正しさ」が導いたものだろう。



※1 『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実』より

※2 https://gothamist.com/arts-entertainment/an-interview-with-steve-reich-who-rewrote-radiohead

※3 https://www.redbullmusicacademy.com/lectures/terry-riley

※4 https://www.newyorker.com/culture/the-new-yorker-interview/if-youre-in-the-song-keep-on-playing-pharoah-sanders-interview



『ジョン・コルトレーン チェイシング・トレーン』
12月3日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開
出演:ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、マッコイ・タイナー、ウェイン・ショーター、ベニー・ゴルソン、ジミー・ヒース、レジー・ワークマン、ウィントン・マルサリス、カマシ・ワシントン、カルロス・サンタナ、コモン、ジョン・デンスモア(ザ・ドアーズ)、ビル・クリントン、藤岡靖洋、デンゼル・ワシントン(コルトレーンの声)ほか
監督:ジョン・シャインフェルド
配給:Eastworld Entertainment/カルチャヴィル
2016年/アメリカ/99分/原題:THE JOHN COLTRANE documentary/CHASING TRANE/日本語字幕:落合寿和
(c)MMXVII Morling Manor Music Corp. and Jowcol Music, LLC.
公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/john-coltrane-chasing-trane/


ジョン・コルトレーン
『チェイシング・トレーン オリジナル・サウンドトラック
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レーベルの枠を超え、コルトレーンの重要11トラックを収録
視聴・購入:https://John-Coltrane.lnk.to/Chasing_Trane_OST


ジョン・コルトレーン
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視聴・購入:https://JohnColtrane.lnk.to/ALS_LivePR

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