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アデルが語る、アルバム『30』にまつわる「私」の物語

Rolling Stone Japan / 2021年12月7日 18時30分

アデル(Photo by Theo Wenner for Rolling Stone)

「完全に打ちのめされた」と語るアデル。そんな彼女がいかにして離婚の痛手をキャリア史上もっとも誠実なアルバムへと昇華させたか。

【写真】離婚、恋人、父親の死について語るアデル

夫との離婚のニュースは、ひょっとしたら世間からそこまで大騒ぎされずに済むかもしれない——アデルはこう思った。時は2019年4月19日の聖金曜日(訳注:イースターの前の金曜日)。夫婦関係は、かなり前から破綻していた。祝日と週末が重なっていることもあり、世間の注目を集めるという最悪の事態を避けられると思ったのだ。

「どこまでバカだったのかしら」とアデルは振り返る。

アデルと元夫サイモン・コネッキーは、2011年から交際していた。当時急上昇していたアデルの知名度を踏まえると、ふたりの交際は驚くほどメディアの監視網をくぐり抜けてきた。理由のひとつは、レコード業界の記録を塗りかえたアルバム『25』(2015年)のリリース当時、アデルが結婚して第1子アンジェロの母親になったこと以外はプライベートについて語ってこなかった点にある。アデルとコネッキーの結婚式は極秘で行われ、インターネットにも写真は一切あがっていない。

聖金曜日の夜にプレスリリースが発表されると、アデルの不安は募るばかりだった。当時30歳だったアデルがひとりでこの状況に対処しなくていいようにと、親しい友人が英国からロサンゼルスまで飛行機で飛んできてくれた。数々のツイートやミームでソーシャルメディアはあふれかえった。ファンはショックを受ける一方、失恋の痛手が新しい音楽のインスピレーション源になるかもしれないと心を躍らせたのだ。
 
アデルのファンがどんな人たちであるかを想像すれば、無理のないことだ。”あなたみたいな人を見つけるから”と歌う「Someone Like You」や、数年後に元恋人に語りかける「Hello」に代表される、失恋とその後の胸の痛みを歌った作品からもわかるように、アデルは失恋ソングによって一大帝国を築き上げたのだから。アデルとコネッキーが離婚を発表した2019年、アルバム『25』のリリースから4年近い歳月が経っていた。ファンは新作に飢えていたのだ。それに何といっても、大物カップルの離婚はアルバムのプロモーションにうってつけだ。

アデルはこうしたファンの反応に当惑した。「(離婚のような)重大な出来事を経験すると、『どうして私のことを嫌うの? 10年間ファンでいてくれたのに、どうしてこんなことを書き込むの?』というふうに考えてしまうの。でも実際には、それは彼らの責任じゃない。私が良いアルバムを出すことを期待する——現実には、それがファンとしての責任なの。(ファンたちの発言は)鵜呑みにしなかった。だから大丈夫だった」

(友人でラッパーのケンドリック・ラマーの新作を心待ちにしながら「もういい加減にして!」と言ったように、お気に入りのアーティストの新作を今か今かと待ち望む気持ちをアデルはよくわかっている。実際、当時のアデルはラマーのファンと違っていくつかの新曲を聴かせてもらうという特権にあやかっていたのだが)


アルバムは息子アンジェロ宛の手紙

ツイートや新作を望む声のほかに、アデルには数えきれないほどの不安の種があった。噂や憶測が山火事のように広がったが、実のところ、彼女の離婚にはヒーローもヴィランもいなかったのだ。コネッキーは良い夫であるだけでなく、いまも息子アンジェロにとっては素晴らしい父親だ。現在もアデルの親友のひとりであることに変わりはないし、筆者(ローリングストーン誌のブリタニー・スパノス)とアデルが一緒にいるときもミームをショートメールで送ってきたりする。終幕は、ドラマチックとは言わないまでも悲痛な感情——思い描いた姿から自分が遠ざかっているのではないだろうか?という感情とともに訪れたのだ。

「自分のことをわかっていなかった」とアデルは言う。「わかったつもりでいたの。サターンリターン(訳注:西洋占星術の土星回帰。土星が自分の生まれた時の位置に戻ることで人生に迷いが生じたり、壁に突き当たったりすると言われている)が原因なのか、それとも30代に突入したからなのかはわからないけど、自分という人間がただただ好きになれなかった」

アデルは、愛情と美しいカオスに満たされた幸福な家庭に身を落ち着けたいと思っていた。だが彼女は、本当の意味でこうした安らぎを感じたこともなければ、そこにいるというリアルな感覚を抱いたこともなかった。「すごく悲しい気持ちになった」と彼女は振り返る。「私がしくじったことを世間に知られることで……完全に打ちのめされた。恥ずかしいと思った。特定の誰かに侮辱されたわけじゃないけど、失望させてしまったような気がしたの」

アデルは、誰もが待ち望むニューアルバム『30』の制作にすでに取り掛かっていた。新型コロナのパンデミックが今年の11月19日というリリース日程に何らかの影響を与えたことは言うまでもないが、2019年前半には『30』に取り組みはじており、2020年前半にはすべての楽曲を書き終えていたのだ。もちろん、先日行われた初のInstagramライブで彼女が明かしたように、ニューアルバムのテーマは「離婚」だ。だからといって『30』は、誰もが期待するような、失恋の痛みを歌ったパワーバラードのコレクションではない。

むしろアデルは、ニューアルバムを息子アンジェロ宛の手紙ととらえ、包み隠さず胸の内を明かした。いつか彼がアルバムを聴き、母親がどんな人間で、当時の出来事によって人生がどんなふうに変わったかを心から理解してくれることを期待しながら。アルバムのなかでダイレクトに結婚に言及しているのは、アデルらしい珠玉の1stシングル「イージー・オン・ミー」だけだ。『30』全体を通じて、アデルは人生におけるもっとも重要な人間関係である、自分自身との関係について語っているのだ。たしかに、30代を迎えた人にとってサターンリターンは波瀾万丈の時期かもしれない。アデル本人もよくわかっているはずだ。こうした混乱を経て、本当の自分と自分が心の底から求めているものと向き合えるようになったのだ。たとえそれが自らの人生を大きく変えてしまったとしても。




プロデューサー:ブリタニー・ブルックス&ワラー・エルシディング。ファッションディレクション:アレックス・バディア。マーケットエディター:エミリー・マーサー、ルイ・キャンプザーノ、トーマス・ウァラー。シッティングエディター:ルイ・キャンプザーノ。ロケーション:ウォルドーフ・アストリア・ホテルズ、(米国カリフォルニア州・ビバリーヒルズ)。ヘア:サミ・ナイト(A-Fame Agency )。メイク:アンソニー・グェン(The Wall Group)。ネイル:キミー・キーズ(The Wall Group)。スタイリング:ジェイミー・ミズラヒ(Forward Artists)。テーラーリング:ファラ・バシズ。Tシャツ:ヘインズ。
Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone



6時間のセラピーセッション

アデルはスピリチュアルな旅に出た。いうなれば、彼女なりの『食べて、祈って、恋をして』(訳注:エリザベス・ギルバートによるベストセラー小説、ジュリア・ロバーツ主演で映画化もされている)を経験したのだ。かつての毒舌家のアデルなら、呆れたといわんばかりの顔をしたかもしれないが、彼女にはそれが必要だった。

聖金曜日の離婚発表によってアデルは、数週間ベッドに寝たきりになるほどの強い不安感に苛まれた。アンジェロの共同親権が認められたため、ひとりで夜を過ごすことが多くなっていた。これほど長い間、息子と離れ離れで過ごしたのは初めてだった。

だが、2019年に手作りのディナーとともに映画を観ながら友人たちと31歳の誕生日を祝っていたとき、頭の中で何かがひらめいた。「上の階に行ってメイクを落として、寝る準備をしていたのを覚えている」と彼女は言う。誕生日は、悪夢のイースターの週末の数週間後だった(訳注:アデルの誕生日は5月5日)。「なんとなく、希望が持てた」とアデルは言う。「久しぶりにすごく素敵な夜を過ごして、ひとりで家にいるのも、ひとりでベッドに入るのも平気だった。明日が待ち遠しいというわけではないけど、明日を楽しみにしている自分がいた」

翌朝、アデルはカーテンの隙間から差し込むカリフォルニアの太陽の下で目を覚まし、「感情が津波のように押し寄せてくるのを感じた」。また忙しい毎日に戻ろうかとも思った。その代わり、ベッドから出ずにドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』を観はじめた。
 
「『浮き沈みが激しくなるだろう』と思っていた」とアデルは言う。実際そうだった。だが、最高の誕生日と現実を直視させられた翌朝のあと、2019年は新しいことに挑戦しようと決意した。長年一緒に仕事をしてきたロンドンのクルー、同業の仲間、アンジェロの同級生の母親たち、通っているまつ毛サロンの若い女性など、誰彼構わず助言を求めた。アデルは不思議な音とともにリラックス状態を体験する”音浴(サウンド・バス)”の時期に突入し、定期的に山にも登った。2019年7月には友人と一緒にアイダホ州の山を登り、抱負を紙に書いて土のなかに埋めた。半年間ほど断酒もした。頻繁に襲ってくる”ハングザイエティ(訳注:二日酔いと不安を掛け合わせた造語)”にうんざりしていたのだ。


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone
セーター:トーテム

「不安を和らげてくれるものは、とにかく何でも試した」とアデルは説明する。「それがどこであれ、明るいエネルギーがある場所」へと赴いた。ジャマイカ、ギリシャ、さらにはアリゾナ州の砂漠にまで足を延ばしては、アイダホ州の登山のような”儀式”を行ったのだ。食生活と体型も変わりはじめていた。3年前にロサンゼルスに移住したときは、ほぼすべてのグルテン(訳注:穀物から生成されるたんぱく質)にアレルギー反応を示してしまうことを知り、その後は不安感がグルテン過敏症の症状のひとつであることを学んだ。「『なーんだ。みんな、ありがとう。もっと早く知っていれば、最高の20代が送れたのに』と思ったわ」

ジム通いにも熱中した。ジムにいると、不安を感じずにいられたのだ。思っていたよりも体力があることに気づき、長年抱えてきた背中などのトラブルが楽になった気がした。それだけでなく、驚くほど運動神経が高いことにも気づいたのだ。「こんなふうに体力と身体を変えられるなら、自分の感情や頭の中、内面の幸福も変えられると確信した」と言う。「それが私の原動力だった。私が身体を使ってやっていたことが当時の感情的な作業と基本的には一致していたの」

その間、彼女はずっと曲を書きつづけていた。新曲の大半は、その夏のロンドン旅行中に作曲されたものだ。プロデューサーおよびソングライターのグレッグ・カースティン、トバイアス・ジェッソJr、マックス・マーティン、シェルバックといった『25』のメンバーが再集結した。そこにノースロンドンを拠点とするインフローが新たに加わった。インフローのサポートのおかげで、アデルは作曲というルーツにいくらか立ち返ることができた。

「リラックスすることの意味を教えてもらった」とアデルは説明する。アンジェロが生まれて以来、彼女は『25』を制作していた頃のコントロールフリーク(仕切り屋)になっていたのだ。アデル曰く「あらゆるものをただただ壁にぶつけていた」デビューアルバム『19』や2ndアルバム『21』と比べると、『25』はより洗練された仕上がりだ。インフローは、ダニー・ハサウェイ、カーペンターズ、アル・グリーン、マーヴィン・ゲイなど、彼女のお気に入りのアルバムを聴き込むようにと言った。彼らのアルバムのサウンドが完璧なのは、技術的な完璧さを欠いているからなのだ。「『よくよく聴いてみると、ぐちゃぐちゃだ。じっくり耳を傾けると、みんな音が合っていない。入りのタイミングもバラバラだ。大切なのは、こうした音楽から生まれるエネルギーと雰囲気なんだ。完璧なテイクが取れたというのに、もうワンテイクやりたがる人なんていないだろう?』と言っていた」
 
スタジオでふたりは、アデルが「6時間のセラピーセッション」と命名した作業から手をつけた。取り組んでいる素材を紐解きながら、2〜3日かけて彼女の感情の津波をとらえた楽曲を引っ張りだしていくのだ。


アイデンティティーを取り戻すまで

ニューアルバムの収録曲は、ほぼ時系列順になっている。1曲目は、”taking flowers to the cemetery of my heart/to nurture what Ive done(心の墓地に花を捧げに行く/いつかは過去の行いから学べるのだろうかと思いながら)”と始まるジュディ・ガーランドへのオマージュ「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」だ。アデルと共同で同作を手がけたのは、チャイルディッシュ・ガンビーノとともに映画『ブラックパンサー』の音楽を手がけたスウェーデン出身の作曲家、ルドウィグ・ゴランソンだ(ちなみにアデルは、チャイルディッシュ・ガンビーノの長年のファン)。



「ゴランソンとはパーティで出会ったの。『あの人、ぜったいヨーロッパ人』って思った」とアデルは振り返る。ロサンゼルス在住の英国人として、自分とよく似たドライなユーモアの感覚を求めて同郷人を探してしまうそうだ。

ゴランソンと「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」に取り掛かる前、アデルはレネー・ゼルウィガー主演の伝記映画『ジュディ 虹の彼方に』(2019年)を観て、どうしてこういう曲を書く人がいなくなってしまったのだろう?と不思議に思った。この曲は自分にとって、メリル・ストリープとゴールディ・ホーンが主演する、若さに取り憑かれた女同士のライバル関係を描いた名画『永遠に美しく…』(1992年)のようなものだと語る。「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」を通じて、アデルは「魅力的な散らかり状態」にあると認めている。

一風変わった短いこの楽曲は、誰かに提供しようか、それともサンプリングしようかと考えたほど、アデルのこれまでの作品としては異色だ。「昔の映画で、登場人物がフラッシュバックのように記憶が戻ってくるのを経験することがあるじゃない? その瞬間、カメラが川や湖をとらえて、さざ波が立つような感じ」と彼女は言う。「それを思い出すの」

3曲目の「マイ・リトル・ラヴ」は、アンジェロに宛てられたR&B風の子守唄だ。”Mamas got a lot to learn(ママには、まだ学ばないといけないことたくさんがある)”と認めながらも「ギリギリのところでがんばっている」とアデルは歌う。意外なことに、この曲にはアンジェロのボイスメモの音声が使用されているのだ。そこには、アンジェロの難しい質問に精一杯答えようとするアデルがいる。強い不安感を抱いていた時期、アデルは寝る前にアンジェロに「パパのことを愛してる。だってあなたを与えてくれたから」と語りかけた。その会話を録音したのだ。「耐えられなかったの」と彼女は振り返る。「私が言ったかどうかもわからないことで不安になる前に、これを聞き返したらOK、もう大丈夫ってなれると思った」
 


アデルは、世間が母親に対して抱く期待を疑問視するようになった。父親にはそれ以外の肩書きがいくつもあるのに、どうして母親は常に母親でしかいられないのだろう、と。その多くは、コネッキーとの破局後にアンジェロをがっかりさせたかもしれないという気持ちを募らせた。「感情の面ではいつもそこにいなかったかもしれないけど、アンジェロのことを考えなかったことは一度もない」と涙をこらえながら言った。「マイ・リトル・ラヴ」をはじめ、『30』に収められているすべての楽曲は、母親の本当の姿をアンジェロに見せるためにあるのだ。母と子という関係以外のアイデンティティーとさまざまな顔を持つ複雑な女性、悩み、涙を流し、傷ついた女性の姿を見せるために。

「アンジェロには、誰もがこうしたことを経験するって知ってほしい」と彼女は続ける。ボイスメモの音声を聞く限り、アンジェロは9歳児にしてはかなり物分かりが良い子のようだ。「あの子は天秤座なの。だから『落ち着いて。大丈夫だよ、ママ。リラックスして』と言ってくれる」


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone

2020年2月、アデルは親友のローラから結婚式に招待された。「ずっと悲しい気持ちで引きこもっていたから」とアデルは言う。「『私のために来てちょうだい。あなたにパーティを仕切ってもらわないといけないのよ』と言われたわ」

有名になってからというもの、しばしばアデルは友人の結婚式や誕生日パーティといったイベントをパスしなければいけないと感じていた。自分がいることによってゲストがパパラッチに迷惑をかけられたり、自分自身のプライバシーが侵害されたりするかもしれないと心配だったのだ。誰かの大切な日だというのに、「携帯の電源はオフにしてください」なんてとても言えない。「かなりの孤独に耐えていた」と彼女は言う。

婚姻関係以外のアイデンティティーを取り戻すプロセスとして、アデルはローラのような友人の集まりに顔を出すようになった。その結果、自らニューアルバム情報を漏らしてしまった。ローラの結婚式でグラス2杯ほどワインを飲んだあと、アデルは壇上に立ち、4枚目となるニューアルバムアルバムが2020年9月にリリースされる予定だと口を滑らせたのだ——実際、パンデミックによってこのスケジュールは延期されたのだが。「(ローラに)こう言われた。『そういう感じで仕切ってほしかったわけじゃないんだけど』って」


アルバムのリリーススケジュールが決まるまで

それから時は流れ、当初のリリース日から丸一年が経った。アデルは、カリフォルニア州バーバンクのリハーサルスタジオでハワイ名物のポケボウルを美味しそうに頬張りながら、離婚発表後とは一味違うツイートの嵐を楽しんでいる。アデルのニューアルバムがまもなくリリースされるという噂をラジオ番組の司会者が広めてからというもの、彼女の名前はTwitterでずっとトレンド入りしている。ビヨンセやアリアナ・グランデとの架空のデュエット曲を含む偽物のトラックリストが拡散された。アルバムのプロモーション活動中やツアー中のアデルはあまり積極的にソーシャルメディアを使わないが、彼女は何といっても筋金入りのミレニアル世代だ。ネットを使った情報収集の腕前は、NSA(米国家安全保障局)の諜報員にも引けを取らない。

「私のチームの誰よりも、オンラインで情報を猛スピードで探し出すコツをわかっているの。元ネタをたどったり、誰が漏らしたかを特定したりするコツをね」とアデルは明言する。Instagramのフィンスタ(サブアカウント)——ネコや内装デザインをチェックするのに使用——とエゴサーチ用のTwitterの偽アカウントも持っているのだ。『30』の完全生産限定盤に収録されるクリス・ステイプルトンとのデュエット版「イージー・オン・ミー」を除いて、あらゆるデュエットに関する憶測とは無関係な『30』のリアルなリーク情報に関するタグもフォローしている。

アデルはスマホを取り出し、ニューアルバム発表の混乱の最中に投稿されたお気に入りのツイートを見せてくれた。ユーザー名は”@keyon”、表示名は「HOOD VOGUE is tired of poverty」だ。彼は早々に情報が偽物であると明言し、アデルはほかのアーティストをフィーチャーしないことで有名だと指摘した。「この人、本当に面白いの。『これが本物のファンってやつね』って思ったわ」とスマホ画面をスクロールしながら言う。「何かがTwitterで炎上しているときは、いつも真っ先に彼のアカウントをチェックするの。だって『うーん、これは本当かも』あるいは『これはフェイク』って必ず判定してくれるから」

インタビューを終えた2時間後、アデルから別のツイートが転送されてきた。Twitterの検索画面には、ボールドで彼女の名前が表示されている。そこには「誰か、アデルを起こして約束の金曜日だって教えてあげて。忘れているといけないから」というツイートが。こうして彼女は、『30』のリリース日を勘違いしたファンのツイートを楽しんでいるようだ。

ラジオ番組の司会者は、ニューアルバムのリリースについて適当なことを言ったわけではない。その日、世界中の広告版に「30」という数字だけが表示された。数日後にニューアルバムのリリースが確実となると、そこからニューアルバムのプロモーションは雪だるま式に膨れ上がった。そして11月19日というリリース日が発表されたのだ。

リリースを延期するのもこれが限界だった。「いま出さなければ、もう一生出さない気がした」とアデルは認める。人生の極めて限定された時期について歌っていることを踏まえると、アルバムにはアーティストにとってだけでなく、オーディエンスにとっても”賞味期限”があるとアデルは考える。「心変わりをして『次に進もう。次のアルバムを作ろう』ってなったかもしれない。でも、このアルバムはそうじゃなかった。世に出るのにふさわしいと思った」


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone
シャツ:ザ・ロウ、ジーンズ:リーバイス・ヴィンテージ、シューズ:マノロ・ブラニク、セーター:ヴィンテージ

業界全体が”ノーマル”の定義を模索するなか、アルバム、ツアー、映画などが延期された。だが、アデルやドレイクをはじめとする多くのアーティストは、普通の状態に戻るにはまだまだ時間がかかると判断した。「誰もこの時期のことを覚えていたくないと思う」と彼女は言う。「もちろん、去年よりはマシだけど。でも、私のアルバムが出る日に誰かの大切な人がコロナで亡くなるかもしれない。その人は、ラジオで”イージー・オン・ミー”が流れるたびに必ず思い出してしまう」


「私の言葉は、多くの人の急所を突いてしまうことがある」

『30』のリリースが発表されると、アデルはバンドメンバーをバーバンクに集めて、新旧織り交ぜた楽曲のリハーサルを始めた。久しぶりに集まったので、その週はローズボウル・スタジアムで米ハンバーガーチェン・In-N-Outのケータリング付きのラウンダーズ(子ども向けの英国版野球のようなゲーム)の試合で再会を祝した。バンドメンバーは揃いのTシャツを着て、アデルの愛犬のフレディーとボブはスタジアム中を駆け回った。アメリカ人チーム対英国人(&オーストラリア人)チームの白熱のバトルを制したのは、アメリカ人チームだった(運動音痴のジャーナリストの助っ人の活躍のおかげ)。ゲームのルールはさっぱりわからなかったが、アメリカ人が僅差で勝利をつかんだ。

10月、アデルのクルーは特番を2本収録した。ひとつは米CBS、もうひとつは英国のITV用だ。ロンドンのハイド・パークで予定されている2公演を含む来年の大きなイベントに向けての準備も再開する。だが、現時点では『25』のときのようなマラソンふうのツアーを期待しないでほしい。「規則とか色んなことだらけで、あまりにも予測不能だから」とアデルは言う。「(新型コロナに感染するかもしれないという)不安な気持ちで私のライブに来てほしくないの。私だって、コロナにはかかりたくないわ」。ラスベガスの常設公演についても否定した。彼女曰く「どの会場も全然空きがない」ことを理由に、まだ契約書にサインしていないのだ。

スタジオでアデルとバンドメンバーは、『30』に収録されている新曲「アイ・ドリンク・ワイン」のリハーサルをしている。「アイ・ドリンク・ワイン」というタイトルだけでTwitterははやくも大騒ぎだ。エゴを一枚一枚剥がしていくことを歌った同作は、70年代のエルトン・ジョンとバーニー・トーピンを彷彿とさせる作品に仕上がっている。「あのときの私は、とにかく被害者意識が強かった」とアデルは説明する。「だから”I hope I can learn to get over myself(自分らしくありたい)”という歌詞には、『それができてはじめて、あなたに愛されることができる』という想いが込められているの」
 


会話のような「アイ・ドリンク・ワイン」でアデルは、すべてのサビを変えて歌う「バリー・マニロウのような芸当」をこなしている。バックコーラスをレコーディングする際も別のキャラクターを演じ(このアプローチは4曲目の「クライ・ユア・ハート・アウト」と12曲目の「ラヴ・イズ・ア・ゲーム」でも健在)、60年代の雰囲気を出そうとした。「怖い感じを抑えた」と彼女は続ける。「私の言葉は、多くの人の急所を突いてしまうことがあるから」





アデルのような有名人にとってデートすることはかなり大変だ。離婚後、彼女は独身女性として約十年振りに恋愛市場に復帰した。歴代屈指のセールスを誇る人気アーティストへと成長するうちに十年の歳月が経っていたのだ。アデルは、出会い系アプリを使っている友人たちを羨ましいと感じている。だが、ロサンゼルスは彼女のような限定的な方法で相手を見つけるのに最適な場所とは言い難い。「誰もが何者かに、あるいは誰もが他人になりたがっている」と彼女は言う。「すごくラッキーなことに私は、一緒にいた誰からも何かを押しつけられたことはないの。これだけでも十分可能性はあると思う」

6曲目の「キャン・アイ・ゲット・イット」では、ロサンゼルスの恋愛市場が唯一得意とする気軽な肉体関係ではなく、本物の人間関係を育みたいという想いが歌われている。「(ロサンゼルスでのデートは)5秒しかもたなかった」と、アデルは冗談を飛ばす。5曲目の「オー・マイ・ゴッド」では、自分自身をさらけ出したいのにそうできないスーパースターの感情が語られている。





友人たちはアデルに知人を紹介しようとしたが、彼女はそれを嫌がった。「ブラインドデート(訳注:友人や知り合いの紹介を通じて知らない相手とデートすること)なんて冗談じゃないわ! 絶対失敗する! 外にはパパラッチがいて、誰かがDeuxmoi(ゴシップサイト)だかなんだかに書き込むに決まってるじゃない! あり得ない」

アデルは、密かに相手を見つけることができた。『30』には、離婚以来初となる恋愛関係について語っている楽曲がいくつかある。ジャズピアニスト、エロル・ガーナーのサンプリングを使用した8曲目「オール・ナイト・パーキング(with エロル・ガーナー)インタールード」では、新しい恋人に惹かれていく陶酔感が描かれている。”When Im out at a party/Im just excited to get home/And dream about you/All night long(パーティに出かけても/家に帰るのが待ち遠しい/あなたを想いながら/夜を過ごせるから)”と歌っているのだ。残念ながら、このときは遠距離恋愛で、失敗に終わる運命だった。「大切なことを学んだし、また誰かに愛されているって感じるのも素敵だった。でも、うまくいくはずなかった」とアデルは認める。



9曲目「ウーマン・ライク・ミー」で、ふたりの関係は終幕へと向かう。同作は完全な”ディス曲”で、元恋人を無関心で、怠け者で、ふたりの関係の可能性を無駄にした不安定な男となじっているのだ。彼女の言葉は明快かつ冷静で、状況を克服したいまとなっては、苛立ちも収まっているかのように聞こえる。「私が誰かに宛てた歌詞は全部私が監修しているものだけど、これらはすべて、私が人生を通じて学んできたことでもある」と彼女は説明する。「昔の私には、こうしたストーリーの歌詞は書けなかった。これらは、私自身が経験してきたことだから」(ファンのなかには、『30』の収録曲のいくつかは英国人ラッパー、スケプタのことを歌っているのでは?と予想した人もいるかもしれないが、ふたりの噂が浮上する前からアルバムは完成していた)。



アデルほどの大物歌手ともなると、デートは不毛なものになりがちだ——レストランの至るところに諜報員がいるかもしれないのだから。それでもアデルは、新恋人のリッチ・ポールとの間に安らぎ、安定、安心感を見つけることができた。ポールは、レブロン・ジェームズのような有名スポーツ選手の代理人を務めるスポーツ・エージェントだ。ふたりは、数年前に共通の友人の誕生日パーティのダンスフロアで出会った。踊った曲は覚えていないが、親しい友人であるドレイクの曲だったとアデルは踏んでいる。というのも、その夜、DJはやたらとドレイクの曲ばかりをかけていたのだ。「『別のアーティストの曲もかけなさいよ。ドレイクは大好きだけど。でも、やっぱりほかの曲もかけたほうがいい』と思ったの」

ふたりの交際を暴露したのは、例のゴシップサイト・Deuxmoiだった。親しい人たちに報告する前に、世界中が知る結果となってしまった。「最初は友人にも話していなかった。自分だけの秘密にしたかったから」とアデルは認める。最初に公開されたのは、アウトレットモールでの写真だった。「友人は、誰ひとりとして信じなかったわ!」。正確を期するために言っておくが、その日彼女は散々買い物をした。暴露された写真を見ながら「私ったら、すごい荷物!」と言ってあの豪快な声で笑った。


父親の死を乗り越えて

デートの仕方を学んだのと同じ頃、アデルは第二の故郷で自分の道を見つけた。アンジェロを出産する前の彼女は、ロサンゼルスが好きだと一度も思わなかった。「仕事のためだけにいるような気がした。地元の知り合いはひとりもいないと思っていた」と彼女は言う。彼女にとってロサンゼルスはゴーストタウンだったのだ。だが、2013年にアカデミー賞授賞式——『007/スカイフォール』の主題歌「Skyfall」でオスカーを獲得——のために幼いアンジェロを連れて同地に家を借りたアデル・コネッキーは、ロサンゼルスと恋に落ちた。「あの朝の日差しときたら」とアデルは言う。「高層ビルがないから、いつでも空が見えるの」


Photograph by Theo Wenner for Rolling Stone

ワールドツアーのアメリカレグ中には、家を買った。セレブであふれかえるビバリーヒルズにある、ゲート付きの土地に身を落ち着けたのだ。居心地の良い家で、贅沢な赤いソファーとセージグリーン色のキャビネットがある。アンジェロの玩具や楽器専用の広い部屋があるものの、当の本人はこのところビデオゲームとTikTokに夢中だ。その後、同じエリアに家を2軒購入した。そのひとつには、通りを挟んでコネッキーが住んでいる。「週末はごくごく普通のことをする」と、アデルは家族との生活について語る。「ホームパーティにも連れていくし、学校の送り向かいもする」

アンジェロが入学したのを機に、アデルはママ友を作りはじめた。いままでは用心深く避けてきたものの、女優やデザイナーとして活躍するニコール・リッチーや女優のジェニファー・ローレンスといった近所に住む有名人たちともようやく友達になれた。「私を人間にしてくれた。知名度はさておき、名の知れた人は徹底して避けてきたから。『別に、私は有名人じゃないし』って思っていたから。こういうところはすごく(ネガティブな)英国人的なの」と彼女は説明する。「仕事について一切話さないのが最高。だって久し振りに誰かに会うと、仕事についてあれこれ聞かれるじゃない? 『その話はしたくないわ。ほかのことについて話さない? クタクタなんですけど』って思うの」

アデルはロサンゼルスでリラックスすることができた。親密で充実した人生探しを助けてくれた大切な友人たちとともに。実際、アデルは腕にタトゥーを入れるほどこの街を愛するようになった。環を持つ惑星の真ん中にロサンゼルスの摩天楼がそびえる——この場所で経験した土星回帰の象徴だ。

アデルの償いの旅は、これで終わりではなかった。故郷では、父親が8年にわたるがんとの闘いに敗れようとしていたのだ。

アデルの両親は、彼女が3歳だったときに離婚している。離婚やさまざまな別離の結果、アデルの父であるマーク・エヴァンズ氏は徐々にアルコールに依存するようになり、ついには幼い娘と疎遠になってしまったのだ。アデルが有名になっても、親娘の関係は張り詰めていた。

2021年の前半にエヴァンズ氏のがんが再発すると、アデルは会いにいくべきかどうか迷った。背中を押してくれたのはインドにいる友人だったと彼女は言う。父親は、親娘の関係と彼女がずっと感じてきた痛みについて誠実に語ることを受け入れてくれた。それだけでなく、アデルはいくつかの新曲まで披露した。エヴァンズ氏は、アデルの新曲を最初に聴いた人物なのだ。
 
父との最後の会話によってアデルは、ずっと感じてきた痛み、見捨てられたという感覚、愛されなかったこと——すべては父親の努力不足が原因だと思っていた——から解放された。「話したことで、父に対してどれだけ深い想いを抱いていたかがわかった気がする」と彼女は言う。

父親のすべてを理解できたわけではないものの、アデルには父を許す心構えができていた。アンジェロに対しても同じように胸の内を明かしたいと彼女は考える。コネッキー以外の人を除いて「本当の意味で誰かと人間関係を築いてこなかったと思う」とアデルは振り返った。「小さい頃から、ずっと怖かったの。どうせあなたは私を見捨てるから、私から先にいなくなろう。誰にも自分を捧げないって思っていた」

5月にエヴァンズ氏が世を去ると、アデルは「身体的な反応」を経験した。彼女はそれを人々から病が吸い取られ、身体の外に吐き出される映画『グリーンマイル』(1999年)になぞらえた。「一度声を出して泣いたら、何かが残った」と彼女は言う。「それ以来、とても穏やかな気持ちになった。本当に、幼い私を解放してくれたの」

一週間後、アデルは恋人のポールとふたたび連絡を取り、いままででもっとも「素晴らしくて、率直で、簡単な」関係を育みはじめた。世間に報告できるだけでなく、息子にも堂々と紹介できる男性とようやく居心地の良い関係を築くことができたのだ。

アルバム4枚という旅を経て、アデルは新しい愛を見つけた。結果的にそれは他人だけでなく、自分との関係性でもあったのだ。「もう孤独は怖くない」と彼女は言う。



<INFORMATION>


『30』
アデル
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売中

https://adele.lnk.to/30ALJPAW

■完全生産限定盤/CD(SICP-6425)価格:2860円(税込)
紙ジャケット仕様+ボーナストラック3曲

■通常盤/CD(SICP-6426)価格:2640円(税込)

■日本製造海外流通盤(国内仕様)/アナログ盤(SIJP-113〜114)価格:5940円(税込)
ブラックヴァイナル仕様

■輸入盤国内仕様/アナログ盤(SIJP-115〜116)
発売日:2021年12月8日(水)価格:5940円(税込)
クリアヴァイナル仕様

収録曲【通常盤】

1. STRANGERS BY NATURE | ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー
2. EASY ON ME | イージー・オン・ミー
3. MY LITTLE LOVE | マイ・リトル・ラヴ
4. CRY YOUR HEART OUT | クライ・ユア・ハート・アウト
5. OH MY GOD | オー・マイ・ゴッド
6. CAN I GET IT | キャン・アイ・ゲット・イット
7. I DRINK WINE | アイ・ドリンク・ワイン
8. ALL NIGHT PARKING(WITH ERROLL GARNER)INTERLUDE | オール・ナイト・パーキング(with エロル・ガーナー)インタールード
9. WOMAN LIKE ME | ウーマン・ライク・ミー
10. HOLD ON | ホールド・オン
11. TO BE LOVED | トゥ・ビー・ラヴド
12. LOVE IS A GAME | ラヴ・イズ・ア・ゲーム

収録曲【完全生産限定盤】

1. STRANGERS BY NATURE | ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー
2. EASY ON ME | イージー・オン・ミー
3. MY LITTLE LOVE | マイ・リトル・ラヴ
4. CRY YOUR HEART OUT | クライ・ユア・ハート・アウト
5. OH MY GOD | オー・マイ・ゴッド
6. CAN I GET IT | キャン・アイ・ゲット・イット
7. I DRINK WINE | アイ・ドリンク・ワイン
8. ALL NIGHT PARKING(WITH ERROLL GARNER)INTERLUDE | オール・ナイト・パーキング(with エロル・ガーナー)インタールード
9. WOMAN LIKE ME | ウーマン・ライク・ミー
10. HOLD ON | ホールド・オン
11. TO BE LOVED | トゥ・ビー・ラヴド
12. LOVE IS A GAME | ラヴ・イズ・ア・ゲーム
13. Wild Wild West | ワイルド・ワイルド・ウェスト
14. Cant Be Together | キャント・ビー・トゥゲザー
15. Easy On Me(with Chris Stapleton) | イージー・オン・ミー(with クリス・ステイプルトン)

https://www.sonymusic.co.jp/artist/adele/
from Rolling Stone US

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