ポール・マッカトニーのベースプレイが生み出すグルーヴ、鳥居真道が徹底考察
Rolling Stone Japan / 2021年12月13日 21時0分
ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第30回はポール・マッカトニー特有のベースプレイをビートルの楽曲から考察する。
先だって配信が始まったビートルズのドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ:Get Back』を少しずつ観ています。『Let It Be SPECIAL EDITION』のリリースをきっかけに再燃したビートルズ熱がまだまだ続く格好となりました。
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ビートルズのような偉大なバンドに親近感を抱くなんておこがましい話ですが、たとえば眠いといってあくびをしながら演奏するメンバーたちを見ると、ファブ4も自分と同じ人間なのかと思わざるを得ず、身近に感じられたのでした。
印象的だったのは、演奏の合間に、ポール・マッカートニーがかつてのようにうまくいっていないバンドの現状を嘆く場面です。ブライアン・エプスタインの不在で僕らはバラバラになってしまった、とポールは言います。ほかにも、ジョージ・ハリソンの脱退宣言を受けて、ポールとジョン・レノンが二人きりで話し合っているのを花瓶に隠したマイクでこっそり録音した会話も衝撃的でした。ジョンはアレンジに関するポールのコントロールフリークぶりに苦言を呈しています。ここでのやり取りは非常に生々しく、リアリティ・ショーさながらです。
バンドを長続きさせる秘訣は核心に触れないことだとかねてより考えていました。もちろんこれは冗談です。そのようにして長らえたとして何か良いことがあるのだろうかと思わざるを得ません。『Get Back』では観ていて胃が痛くなるようなやり取りがなされているとはいえ、ビートルズをなんとかしたい一心で核心に触れつつぶつかり合うビートルズの姿にある種の感動を覚えたのでした。
緊張感が漂うなかにあって、ビリー・プレストンの登場は忘れがたいシーンのひとつです。暗雲立ち込めるなか、笑顔のプレストンがアンサンブルに加わったときの、「これこれこれ!」という顔をするメンバーたちに、観ているこちらまで嬉しくなってくるではないですか。
先日、『Get Back』を観終えようとする友人から電話がかかってきて雑談していたのですが、そのなかで「改めてビートルズで一番好きな曲は何?」と聞かれました。この質問にはいつも『A Hard Days Night』収録の「You Cant Do That」と答えています。けれどもなぜだか信じてもらえません。
「You Cant Do That」は叩き上げのロックンロールバンドとしてのビートルズが辿り着いた極北だと考えています。ワイルドさと洗練が不思議なバランスで同居するとても魅力的な曲です。ジョージが演奏する新兵器、12弦ギターのファンキーなイントロが印象的です。ジョンの嗄れたボーカルはクールとしか言いようがありません。『恋のからさわぎ』でヒース・レジャーが演じていたセクシーな不良とでもいうべきチャームがつまっています。ジョンの弾く荒々しいギター・ソロもまたハイライトのひとつといえるでしょう。ポールとジョージの兄弟のようなコーラスも迫力があります。
特筆すべきはポールのベースです。フレーズの前半部分では、ベースの音域のうち4番目に低い音である4弦3フレットのGを短い音価で刻んでいます。ホフナー製ヴァイオリンベースのかわいらしいトーンでぼやけていますが、フレーズのボトムは低く設定されています。地味ながら凄まじいのは、その後に来るフィルです。歌の合いの手的に挿入される細かいハンマリングを交えたトリッキーな譜割りのフィルは、同時代のソウルやR&Bとはまた違ったファンキーさを醸しています。1964年にあってかなり革新的だといえるでしょう。聴くたびにハッとするフレーズです。そして、ボトムの低いタイトなルート弾きを前フリとして、素早いパッセージでオチをつけるという一連の動きは、姿勢を低くして足踏みをした後にバク宙を華麗に決めるかのようなダイナミックな流れとなっています。
ベーシスト、ポール・マッカートニーの第一の開花は「You Cant Do That」にあるように思います。ポールのベースは一貫してこうしたひらめきに満ちています。
ポールのベースにうっとりしながら曲を聴き込んでいたせいか、2分10秒あたりで若干タイミングを外している箇所を見つけるというあまり嬉しいとはいえない誤算もありました。ミュージシャンはミスを恐れるあまり体がこわばってむしろミスを連発するという事態に見舞われがちです。天下のポール・マッカートニーですらミスを残していると思えば、多少の慰めにもなるでしょう。無理矢理教訓めいたことを引き出す必要もないのですが。
「You Cant Do That」に似たアプローチは、同時期に録音された「I Call Your Name」にも見られます。具体的にはヴァース部分のC#7からF#7へと移る箇所です。この曲はジョンがデビュー前に書いた自作曲のひとつだそうですが、すでにキャロル・キングとジェリー・ゴフィンの作風を我がものにしているように感じられます。
「I Call Your Name」といえば間奏のギター・ソロ部分でスカのリズムをいち早く取り入れたことでおなじみです。ジョンが弾く裏打ちのコードカッティングはシャッフルのリズムです。イントロからアウトロまでこの箇所以外はハネないストレートのリズムで演奏されていますが、このセクションのみリズムがハネています。ポールは音価により、そしてジョージは譜割りによってリズムチェンジに応じるのですが、なぜかリンゴだけハネずにストレートのまま押し通します。これはこれでおもしろいと言いたいところですが、どうしてもちぐはぐに感じてしまいます。初めて聴いたときから取ってつけたような印象がどうしても拭えませんでしたが、その原因はここにあったのだと最近になって気が付いた次第です。
「You Cant Do That」や「I Call Your Name」で披露された例のベース・フレーズはポールの癖と化していたようで、『Rubber Soul』収録の「The Word」でも聴くことができます。この曲はビートルズの楽曲のなかでも群を抜いてグルーヴコンシャスな曲で、ダンスフロア仕様のアレンジといって差し支えないないでしょう。ジェームス・ブラウンの「Papas Got A Brand New Bag」の影響を感じさせます。そして、ポールが弾くピアノのイントロがこれまたファンキー。モータウンやスタックスのサウンドに呼応するヤワなソウル(ラバーソウル)バンド、ビートルズの面目躍如といったところです。
ポールは『Rubber Soul』のレコーディングに取り組むタイミングで、ヘフナーのヴァイオリンベースからリッケンバッカー4001Sに持ち替えたそうです。低音成分の増加によって、ますますベースを弾くのが楽しくなっているポールの様子が窺えます。新たな玩具をゲットした子供状態といっても良いでしょう。『Rubber Soul』は全編を通してベースが冴え渡っています。
「The Word」は「ダラダッダ・ダラダッダ」というリズムの上昇フレーズと下降フレーズが繰り返されるベースリフが印象的です。これを基調としつつ、随所に遊びのフレーズが挿入されます。ここに例のフレーズが登場するというわけです。遊びのフレーズはバリエーションに富んでおり、シンコペーションもお手の物で、ポールの名人っぷりが遺憾なく発揮されています。
他の名人に漏れず、ポールもやはり音価コントロールがきめ細やかです。たとえば「イッツソーファーイン」と歌われるブリッジ的な箇所のフレーズはレガートで演奏して流さずに、一音ずつ減衰で谷を作ってリズムを強調しています。
ポールの音価コントロールへの意識はデビューアルバムの『Please Please Me』にも見受けられます。たとえばシュレルズのカバーである「Boys」のプレイではそれが現れています。シュレルズの原曲のほうは、レイ・チャールズの「Whatd I Say」タイプのラテン風のリズムで味付けしたR&Bですが、ビートルズはマージービートのマナーでカバーしています。ここでリンゴが披露しているのは、ほんの僅かにハネた感覚を残したリズムです。弱めの「おっちゃんのリズム」といったところでしょうか。一方、ポールは甘いスタッカートとブリッジミュートでシャープなリズムを刻んでいます。この2つの異なるリズムの対比が緊張関係を生み、リズムを味わい深いものにしているといって良いでしょう。ベースはシンプルなルート弾きですが、ニュアンスに富んでいます。ルート弾きはルート弾きが奥が深いのです。
ベーシストポール・マッカートニーを代表するプレイといえば? と聞かれたら、多くの人が『Revolver』の「Taxman」を挙げると思われます。忘れがたいベースリフは楽曲の顔だといって過言ではありません。そして、再生時間1分前後で披露される例の素早いパッセージに度肝を抜かれた人も多いことでしょう。このフレーズはまさにひらめきに満ちており、奇跡的というしかありません。この箇所に差し掛かるたびに脳からハッピージュースが分泌されるような感覚を抱きます。このフレーズは月面着陸に比肩する人類の到達のひとつであると断言したいほどです。人類の到達点かどうかはさておき、「You Cant Do That」で見せたリズムの遊びが研ぎ澄まされたものが「Taxman」の例のフレーズであると見做すことができるでしょう。ポールはこの後も『Abbey Road』に収録された「I Want You (Shes So Heavy)」のブレイク部分で「You Cant Do That」タイプのトリッキーなフレーズを披露しています。
今回はグルーヴ寄りのプレイを取り上げることになりましたが、ポールはメロディアスのプレイも得意としています。トゥーマッチとの声も上がりがちな「Something」のベースは名人ティナ・ウェイマスをして「ベース界のモーツァルト」と言わしめました「Nowhere Man」や「With A Little Help From My Friends」のベースを礼賛したいところではありますが、ひとまず『ザ・ビートルズ:Get Back』の続きを観ようと思います。
鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター」
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖」
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
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Vol.29 ビートルズ「Let It Be」の心地よいグルーヴ、鳥居真道が徹底考察
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