ザ・ジャムやスタカンの名曲も再解釈、ポール・ウェラーが交響楽団と挑んだ「新たな挑戦」
Rolling Stone Japan / 2021年12月10日 18時0分
今年5月にリリースされた『Fat Pop』で、キャリア通算8枚目の全英1位を獲得したポール・ウェラー。そこから約7カ月の短いスパンで、最新ライヴ・アルバム『An Orchestrated Songbook』が届けられた。ここでは英BBC交響楽団と共演し、ソロ時代のみならずザ・ジャムやザ・スタイル・カウンシルの名曲も披露。ウェラーの新たな挑戦を、荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)に解説してもらった。
ポール・ウェラーはこれまでも『Heavy Soul』(1997年)でロージー・ウェッターズ、『Heliocentric』(2000年)でロバート・カービー(ニック・ドレイクやエルヴィス・コステロとの仕事がよく知られるところ)などのアレンジャーを起用して、ストリングスをフィーチャーしたスタジオ・アルバムを幾度も制作。カバー曲集『Studio 150』(2004年)でもホーンセクションやストリングスを効果的に使っていたし、大作『22 Dreams』(2008年)でも管弦の力を借りて、幻想的な音風景を描いてみせた。
2010年の野心的なアルバム『Wake Up The Nation』辺りから、ストリングスやホーンを扱う際に現代音楽的なテクスチャーが加わり始める。そうした変化は、ウェラー自身の好みの移り変わりをダイレクトに反映していたようだ。『Sonik Kicks』(2012年)では、意外にもハイ・ラマズのショーン・オヘイガンにストリングス・アレンジを依頼、絶妙な人選に唸らされた。
ここ数作、『Fat Pop (Volume 1)』(2021年)までのストリングス・アレンジを続けて手掛けてきたハンナ・ピールは、ロンドン・メトロポリタン・オーケストラとの共演盤『Other Aspects, Live At The Royal Festival Hall』(2019年)でも編曲を担当。同作はウェラーのバンドや、シタール、タンブーラ奏者も参加、精緻なアレンジで過去の名曲群に異なる角度から光を当てていた。
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今回リリースされた最新ライヴ・アルバム『An Orchestrated Songbook』は、『Other Aspects』と違って、BBC交響楽団以外の演奏メンバーはウェラーとギタリストのスティーヴ・クラドック(オーシャン・カラー・シーン)、バック・ヴォーカル陣のみに絞られている。編曲と指揮を担当したジュールズ・バックリーは、ホセ・ジェイムスの『No Beginning No End』(2012年)や、グラミー賞を受賞したスナーキー・パピー&メトロポール・オーケストラの『Sylva』(2015年)、ジェイコブ・コリアーの『Djesse Vol. 1』(2018年)などに参加。ロック勢との共演も多く、アークティック・モンキーズやレイザーライトのアルバムに力を貸してきた経験豊富な人物だ。全18曲のうち、6曲をジュールズが、残りの12曲を計8人のアレンジャーたちが手分けして編曲した。
この日のライヴはポール・ウェラーにとって実に2年ぶりのステージ。2021年5月15日にロンドンのバービカン・センターで開催されたショウの記録だ。『Other Aspects』がロック・バンド+オーケストラのコラボ的な作品であったのに対し、『An Orchestrated Songbook』はタイトルが示す通り、”ソングライターとしてのポール・ウェラー”にフォーカス。彼の音楽の重要なエレメントであるビートをすっかり取り除き、メロディをシンフォニックなサウンドの中央に据えることで、新たな息吹を与えようと試みている。
本作での大胆なアレンジメントについてジュールズ・バックリーは、たとえばソウル寄りの楽曲では「オリジナル・ヴァージョンのホーンには、スタックス・レコードのようなサウンドが見受けられる。それらの曲ではベースとドラムに頼っていて、気分を盛り上げる原動力になってるんだ。だから、いくつかの曲ではリスクを冒して、本当に違うことを試している」と説明する。「オーケストラのパーカッション奏者がドラムキットを演奏するというありきたりな演出」は特に避けたかったそうで、異化による刺激をウェラーと彼のファンにもたらそうという狙いが明確。その成果は、絢爛豪華なシンフォニック・ポップに生まれ変わったスタイル・カウンシルの代表曲「My Ever Changing Moods」を聴けば明らかだ。
世代を超えた豪華ゲストとの共演も
ちなみに、このライヴが行なわれたのは『Fat Pop (Volume 1)』がリリースされた翌日。同作に収められていた「Glad Times」「Still Glides The Stream」が披露された。ウェラーがステージで演りたくても演れずに悶々としていた『On Sunset』(2020年)からの3曲がここに収められたことも、”コロナ禍の時代”の記録として意義深い。
その『On Sunset』から披露された「Equanimity」を聴いて、ビートルズの「When Im Sixty-Four」を思い浮かべる人も多いのでは。演者たちもこの日は『Sgt. Peppers Lonely Hearts Club Band』に象徴される、ビートルズのシンフォニック・サイドが頭のどこかにあったのでは、と感じさせる(ウェラーが筋金入りのビートルズ・マニアであることは今さら言うまでもない)。そういう意味では、今回選ばれたザ・ジャム時代のメロディックな名曲「English Rose」や「Carnation」は、本来ウェラーの頭の中で鳴っていたサウンドってこんな風だったのでは?と妄想させてくれて面白い。
もうひとつ見逃せないのは、いまだに過小評価されている感が否めない後期スタイル・カウンシルの力作『Confessions Of A Pop Group』(1988年)から、「Its A Very Deep Sea」が選ばれていること。オリジナルはピアノを中心とした小編成のジャジーな演奏でまとめられていたが、遥かにスケールアップしたドラマティックなアレンジに生まれ変わっており、スタイル・カウンシルの熱心なファンはここで思わず膝を打つはずだ。
同じくスタイル・カウンシル時代の名曲「You´re The Best Thing」では、以前『A Kind Revolution』(2017年)の「One Tear」で共演したボーイ・ジョージが再び参加。80年代から2者の活躍を見守ってきた音楽ファンにはたまらないプレゼントだ。ポップアイドルのように軽く見られることもあったカルチャー・クラブだが、ポール・ウェラーは彼らの才能に早くから注目。ソウル・ミュージックやハウスへの接近など、音楽的に通じる部分も少なからずあった”戦友”との共演は何とも感慨深い。
ジェイムス・モリソンを迎えた「Broken Stones」は、この顔合わせから想像していた成果を遥かに上回る出来、と断言できる。これぞ新旧ブルーアイド・ソウル共演!という感じで、じんわり熱く燃え上がっていく2者の名唱が印象的だ。
華麗なストリングスのイントロから始まる「Wild Wood」には、今年待望のデビュー・アルバム『Not Your Muse』をリリースして全英No.1を獲得した若手シンガー、セレステが参加。いかにも新しもの好きのウェラーらしい人選だ。2人は2019年にも「You Do Something To Me」の共演ビデオを公開したことがあり、息もピッタリ。オリジナルからそれほど遠くない印象のアレンジだが、激渋なメロディに華やかなセレステの歌声が一際映えて新鮮に聞こえる。
過去にオーケストラと共演した経験について、ウェラーは「異なる種類の規律に触れて、良い挑戦になった」と述懐している。即興で演奏することもあるロック・バンドと違い、譜面に忠実でなければならないことが、ウェラーにとっては良い訓練になったそうだ。それを踏まえたのだろう、本作では全体的にクセを抑えて丁寧に歌っているが、終盤にいくほど体が温まってきて、「Rockets」辺りからラストの「White Horses」まではウェラーの独壇場。大編成のサウンドに負けない、情感豊かなヴォーカルで場内を包み込んでんでいく。コロナ禍の長く鬱屈した巣籠り期間を乗り越え、他のミュージシャンたちとのライヴ演奏で歌う喜びが素直に表現された、感動的な実況録音盤が生まれた。
ポール・ウェラー
『An Orchestrated Songbook』
発売中
視聴・購入:https://umj.lnk.to/PaulWeller_osPN
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