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伝説の音楽フェス、ウッドストック創設者のマイケル・ラングが77歳で死去

Rolling Stone Japan / 2022年1月10日 1時35分

マイケル・ラング、1969年撮影(Photo by Don Paulsen/Michael Ochs Archives/Getty Images)

1969年の伝説的音楽フェスティバル「ウッドストック」の共同創設者であるコンサート興行師のマイケル・ラングが、現地時間1月8日の夜、ニューヨークのスローン・ケタリング病院で亡くなった。享年77。ラングの代理人にして、長年の友人でもあるマイケル・パニョッタは、ローリングストーン誌にプロモーターの死を認めており、死因は非ホジキンリンパ腫であると付け加えた。

【画像を見る】貴重写真で振り返る1969年のウッドストック

実業家のジョン・P・ロバーツとジョエル・ローゼンマン、音楽業界のプロモーターであるアーティ・コーンフェルドとともに、1968年のマイアミ・ポップ・フェスティバルをプロモートしたラングは、翌年ウッドストック・フェスティバルを共同企画した。「平和と音楽の3日間」と銘打たれたこのフェスティバルは、ニューヨーク州サリバン郡ベセルにあるマックス・ヤスガー氏所有の農場に40万人もの観客を集め、サンタナ、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、ザ・フー、ジミ・ヘンドリックス、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングなど、ロック界の大物たちが多数登場した。

翌1970年に公開されたドキュメンタリー映画『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』も後押しとなり、同フェスはヒッピー文化など60年代カウンターカルチャーを象徴する歴史的イベントとして語り継がれている。日本のフジロックを含めて、後年の大規模野外フェスのあり方にも決定的な影響を与えた。ウッドストックに出演したカルロス・サンタナは、「異世界へと誘うマインドトリップのような音楽体験だった。会場を後にする頃、人々は自分が生まれ変わったと感じていた。コンサートは現実逃避の手段ではなく、自分の中に眠る何かを呼び覚ますものだった」と回想している。

ラングはその後、1994年と1999年に開催されたウッドストック・フェスティバルの運営に携わり、彼の名前はウッドストック・ブランドの代名詞となる。しかし、2019年に50周年記念として行われる予定だった「ウッドストック50」は、論争と法的問題に巻き込まれ、開催前に中止となった。

From Rolling Stone US.


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