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音楽における無音の効果的テクニック、シルク・ソニックなどの名曲から鳥居真道が徹底考察

Rolling Stone Japan / 2022年1月26日 21時0分

「良さのあまり買いに走ったシルク・ソニックのCD」

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第31回はシルク・ソニックやダイアナ・ロスなどの音楽から無音を効果的に使ったテクニックを考察する。

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コンビニやスーパー、飲食店などでお会計をしたときに頑としてレシートを受け取る癖があります。別に家計簿をつけているわけでもないし、何かあったときのために保管しているわけでもありません。まったくもって必要ないのですが、毎回受け取ってそのまま鞄に放り込んでいます。ある程度溜まってくると鞄から財布を取り出すときにくしゃくしゃになったレシートが一緒についてきてレジで恥をかくことがあります。それがレシートをまとめてゴミ箱へ捨てるタイミングです。

自分にとって不要でしかないレシートを受け取ってしまうのはなぜか。その理由は、貰わないとなんだか気持ちが悪いからです。レシートを受け取ることは、自分にとって会計に関する一連のやり取りの終了を意味します。これで本当に終わったよね?という確認になっているのです。やり取りのターンをすべて終えて、取引が完了し、お互いの関係もそこでチャラになってノーサイド、という感じ。本当は単に「いりません」と声に出すのが面倒なだけかもしれません。



ライブを観ているとき、曲が終わるたびに拍手がしたくなります。その拍手は必ずしも称賛を意味しません。出来不出来を問わず曲が終わればひとまず拍手がしたい。儀礼として拍手しているというわけでもありません。どちらかといえば、しないと気持ちが悪いので拍手がしたいのです。レシートを貰わないと気持ちが悪いのと近い感覚かもしれません。もっと具体的にいうと、曲が終わった後の静寂を拍手で埋めたいという欲求がそこにはあるように思います。

私は人から寡黙とか無口とか大人しいと形容されがちです。実際そのとおりで、あまり喋りません。会話にも積極的に参加しないタイプの人間です。kemioがおしゃべりな自分のことを「口から文化祭」と形容していましたが、私の場合はさしずめ「口から図書室」といったところでしょうか。

誰かと二人きりになったときなども話題が思いつかない場合など平気で黙っています。沈黙に気まずさを感じないわけでもありませんが、気合と根性さえあれば黙っていても意外となんとかなります。他方、決してお喋りが好きなわけではないが、沈黙が嫌で喋らずにはいられないというタイプの人もいらっしゃると思います。

シチュエーションにもよるのでしょうが、沈黙や静寂、無音は人に緊張を強いる面があるように感じます。個人的にはあまり得意ではないわいわいがやがやした居酒屋がこれほど市民権を得ているのは、賑やかさが人に解放感をもたらすからでしょう。居酒屋の騒々しさは、無音の緊張感と対極にあるものと見ることもできると思われます。

ギタリストとしてバンド活動に従事していると、どうしてもギターソロを弾かなければならない局面が訪れます。以前、ライブでほとんど音を出さない思わせぶりなソロを披露したことがありました。丁度キメッキメのギラギラした熱っぽいソロを弾くのを恥ずかしく感じていた時期だったので、なるべく弾かないで穏便に済まそうと考えたのです。結果として自分としてはなかなかおもしろいアプローチで突飛なソロが弾けたと感じていました。しかし、ライブ後の楽屋で弊バンドのボーカリストから「何の時間なのかわからない。不安になるからちゃんと弾いて」とクレームが入りました。

土屋昌巳がイギリスのバンドJAPANに参加したときに披露した「弾かないソロ」は、その筋では語り草になっています。文字通り一切ギターを弾かないし、ギターに触れることなくポーズを取ったまま微動だにしません。これは無音の気まずさを反転させたとてもラディカルでフレッシュなギターソロだと思います。

音楽は音を使った芸術です。むろん無音も音のバリエーションとしてそこに組み込まれています。私たちが普段感じているような無音がもたらす緊張感もひとつの素材として使われているといって良いでしょう。無音の緊張とそれに相対する弛緩の押し引きが駆動させているともいえます。





そんなことをシルク・ソニックの「Leave The Door Open」を聴いていて考えたのでした。というのも、この曲では無音を効果的に使ったテクニックであるところの「ブレイク」やその親類関係にあるといえる「キメ」が多用されているからです。

ブレイクというのは演奏を一時的に中断することを指す音楽用語です。演奏者全体で一時停止することもありますが、特定のパートだけ残して他の楽器が演奏を止めるパターンも多く見られます。ヒップホップ用語のブレイク・ビーツは、ドラム以外の楽器が演奏を止めるドラム・ブレイクで叩かれるビートのことを指しています。

「Have A Break, Have A KitKat」というキットカットの有名なキャッチコピーがあります。作業を中断して休憩を入れることをブレイクと表現します。コーヒーブレイクなんてことを言ったりもします。このキャッチコピーはキットカットを2つに割ることと、小休止を取ることをかけた洒落になっているわけです。

ここで留意したいのは、音楽のブレイクは決してほっと一息つける休憩のようなものではないということです。むしろ緊張して落ち着かない気まずい時間だと考えたほうが、音楽の力学がどのように働いているかより体感できるように思います。

ブレイクは構成上の演出としてサビへの移行をよりドラマチックにしたいときによく使われるテクニックです。「Leave The Door Open」でいえば、0分50秒前後に登場する無音の箇所がそれに該当します。一瞬無音になったあとで、ブルーノ・マーズがアカペラで甘い歌声を披露したあとに、ドラムのささやかなフィルを合図に楽器隊の演奏が再び始まるという構成になっています。その後、1分10秒前後にさきほどと同様の無音が挿入されたのち、オチとして甘いコーラスが提示されて、そのまま2番へと移行していきます。このように「Leave The Door Open」には度々ブレイクが挿入され、ストップ・アンド・ゴーとでもいうべき歩み方で曲が進行していくわけです。

シルク・ソニックのビジュアルをひと目見れば70年代ソウルのパロディに取り組んでいることがわかります。もちろん音楽にもある種パロディ的に70年代ソウル的な意匠があしらわれています。先述のストップ・アンド・ゴー形式のアレンジも70年代ソウルに見られがちなパターンです。と言い切りたいところなのですが、寡聞にしてリファレンスを挙げることができません。意外と後追い世代が考えたバーチャルな70年代っぽさの象徴的なものなのかもしれません。



それらしきものを挙げるとしたら、ダイアナ・ロスの「Aint No Mountain High Enough」、マイケル・ジャクソンの「Got to Be There」、ジャクソン5の「All I Do Is Think Of You」などがあります。どれも曲の中盤にブレイクとキメの合わせ技的なパートが登場する曲です。こうしたパートには、それまでスムーズに続けてきたグルーヴを一旦中断し、0と100という極端なダイナミクスで来たるべき盛り上がりに向けて圧をかけて緊張を強いるといった機能があるように感じています。





このようなアレンジ上のテクニックは、比較的ソフトなグルーヴの曲にメリハリをつけるため採用されているのだと思われます。緊張と弛緩の駆け引きによって曲に凹凸をつけているわけです。ちなみにこの緊張と弛緩の駆け引きを曲単位から小節単位に圧縮した音楽がファンクだといえます。ジェイムス・ブラウン流のファンクはワンコードの曲が多いです。ワンコードの場合、ドミナント・モーションと呼ばれるコード進行による緊張と弛緩はないわけですが、音符と休符のダイナミクスからなるリズム上の緊張と弛緩でファンクは駆動しているといって差し支えないでしょう。





ブレイクは構成上のテクニックとして使われる以外にも、ある特定のパートを目立たせたいときにも使われることも多いです。その具体例としてはVulfpeckの「Cory Wong」が挙げられます。『Live at Madison Square Garden』に収録されたライブバージョンでは、ベースのジョー・ダートやギターのコリー・ウォンが1小節のブレイクでソロを弾くたびに客席から大きな歓声が上がります。そこで盛り上がらないわけにはいきません。すこし冷静になって分析めいたことをいえば、緊張からの開放感から気持ちがぐっと高まるがゆえに声を上げたくなるのだと思われます。曲が終わったときに拍手したくなるのと同様の心理です。心情としてはそんなことはどうでもよく、気持ちが盛り上がったときは声を上げるのが自然なことだと思います。

ここでブレイクによる心の変化を一度整理したいと思います。一連の流れは次のようなものです。①ブレイクの挿入で緊張感を覚える。②緊張から開放されたいという欲求が生じる。③演奏が再開されて緊張が緩和される。④開放感から気持ちが盛り上がる。いささか図式的すぎるとは思いますが、このように説明できると思います。





かねてから無音の緊張感をうまく使っていると感じているイントロがあります。それはステイプル・シンガーズの「Ill Take You There」です。この曲には元ネタがあり、イントロもそれを踏襲したものとなっています。元ネタはジャマイカのザ・ハリー・J・オールスターズというグループがリリースした「The Liquidator」という曲です。ベースとスネアの「バンッ!」という一撃のあとに訪れる静寂のなかを慎ましいトーンのギターがフレーズを弾き、アンサンブル全体でそれにレスポンスを送るという構成となっています。緊張と弛緩のダイナミクスによって出来た素晴らしいイントロです。



「Ill Take You There」のイントロの仲間と思っているのが、ビーチ・ボーイズの「Wouldnt It Be Nice」です。きらきらしたギターのアルペジオの後に登場するスネアの一打がその後に来る歌のアウフタクトをより劇的にしています。スネアがあることにより、ボーカルに対してきたきたきた!という感覚を抱きます。







ブレイクによるボーカルの「きたきたきた!」感を演出した曲としてはブリトニー・スピアーズの「Toxic」があります。歌が入る直前にブレイクが挿入されており、聴いているとハッとします。この曲ではサビの前にも字余り的なギターっぽい音色のブレイクが入っています。サビ前の字余り的なブレイクといえばやはりaikoの「カブトムシ」も忘れがたい一曲です。そしてビートルズの「Dont Let Me Down」のブレイクはあまりにも有名です。









ブレイクによるストップ・アンド・ゴー形式はロックンロール黎明期のヒット曲にも多くみられます。エルヴィス・プレスリーの「Hound Dog」はその筆頭格です。次のヴァースへと移行する際にブレイクが用いられています。「ハートブレイクホテル」もボーカルを残したブレイクが印象的です。この手法は、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツの「Rock Around the Clock」、カール・パーキンスの「Blue Suede Shoes」、リトル・リチャードの「Tutti Frutti」、エディ・コクランの「Summer Time」などでも使われています。





ブレイクは無音の緊張感を利用したテクニックだと述べてきました。緊張感に満ちた音楽のなかで用いられればその緊張感はさらに増します。その代表例はCANの「Mushroom」とThis Heatの「Horizontal Hold」です。前者はブレイクの後に演奏されるドラマー、ヤキ・リーベツァイトによるタムを使ったシンプルなフィルがとても印象的です。後者はブレイクが効果的に使われた曲のうち、最もクールなものの一つといって良いでしょう。まさに金字塔です。



きりがないのでそろそろやめますが最後にひとつ。かつてリチャード・ヘル&ヴォイドイズを聴いたことがないという友人に、代表曲の「Blank Generation」を聴かせたことがありました。彼が「歌詞に合わせて無音になってるね」と指摘したときには目から鱗が落ちました。歌詞とアレンジの関連性を意識することなく音楽を聴いてこなかったので、なかなか衝撃的な指摘でした。

鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
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