トム・ヨーク率いるザ・スマイル、UK最先端とも共振する「破格のライブ」を総括
Rolling Stone Japan / 2022年1月31日 17時45分
レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッド、サンズ・オブ・ケメットのトム・スキナーによる新バンド、ザ・スマイル(The Smile)が1月29日と30日にマガジン・ロンドンで3連続のライブを開催。「The Smile: Live Broadcasts」と銘打って全世界同時配信も行われたステージの一部始終を、気鋭のライターs.h.i.が総括。
【画像を見る】「The Smile: Live Broadcasts」ライブ写真(全11点・記事未掲載カットあり)
本当に素晴らしいライブだった。会場は収容人数7000人のMagazine London全着席制(席間なし)、センターステージを囲む360度観覧形式。3セットそれぞれの開始時刻(現地時間)は午後8時・午前1時・午前11時で、仄暗いステージに時々カラフルな照明が映える装いは深夜~朝方の気怠いテンションに実に良く合っていた。
Photo by Wunmi Onibudo
セットリストは以下の通り。
ウィリアム・ブレイクの詩「The Smile」の朗読音声とともに入場
1. Pana-vision
2. The Smoke
3. Speech Bubbles
4. Thin Thing
5. Open The Floodgates
6. Free in the Knowledge
7. A Hairdryer
8. Waving a White Flag
9. We Dont Know What Tomorrow Brings
10.Skirting on the Surface
11.The Same
12.The Opposite
13.You Will Never Work in Television Again
アンコール
14. Just Eyes and Mouth
15. Its Different for Girls(ジョー・ジャクソンのカバー、2nd・3rdセットのみ)
このうち8曲は昨年5月22日のグラストンベリーにおける事前録画ライブ(曲順は10・2・13・12・1・14・9・4)で演奏、6曲目は昨年末のLetters Live at Royal Albert Hallでトム・ヨークのソロパフォーマンスが披露済み。4曲(3・7・8・11)は最初の有観客ライブとなる今回が初出、5はヨークのソロライブ、10はレディオヘッドのライブでは以前から演奏されていた未発表曲である。自分は3rdセットを観たのだが、どちらかといえば勢い一発で押し切る印象のあったグラストンベリーに静かなパートを大幅に加え、全体の流れを良くした感じの構成が見事で、グループとして格段にこなれた印象があった。
本稿では、今回のパフォーマンスを踏まえつつ、昨今のシーンにおけるザ・スマイルというバンドの存在感について簡単に掘り下げてみたい。
ザ・スマイルの「機動力」を支える名ドラマー
まず、前提としてふれておきたいのが、レディオヘッドはかねてからリズムにこだわり続けてきたバンドだということである。「Everything in its Right Place」「15 Step」など、活動全期を通して5拍子が多用されているし、代表曲「Pyramid Song」の3+3+4+3+3(=16)をはじめ、ストレートな4拍子を変則的に捻っている曲も多い。そもそも、1stアルバム『Pablo Honey』の冒頭を飾る「You」からして12+11(3×4、3×3+2)拍子である。
一般的には「変拍子といえばプログレやマスロック」的なイメージが強いと思われるが、そうした枠で語られることが殆どないレディオヘッドは、それらの大半を上回る個性的かつ効果的なリズム構成を編み出し続け、その上で大きな人気を獲得してきた。こうした達成は、美しく印象的な歌メロを軸にした作編曲の凄さと演奏の魅力、ヨークの類稀なキャラクターによるところも大きいだろう。しかし、それとは逆に、これほど変則的なことをやっているのに”複雑系”的なイメージを持たれにくいのは何故なのか。その理由のひとつに、レディオヘッドのドラマーであるフィル・セルウェイのプレイがあると思われる。
セルウェイのドラムスはどちらかと言えばあまり闊達ではなく、変則リズム構成を演奏する多くのプレイヤーが醸し出す機敏で”テクニカル”な印象が殆どない。これはレディオヘッドにおいては非常に重要な味で、ノイ!やカンの系譜にあるクラウトロック~ファンク的なビート(英語圏では一般的にMotorikと呼ばれる)はセルウェイのもたつき粘るタッチと相性が良く、「Where I End And You Begin」や「Full Stop」を聴けばわかるように、このバンドの唯一無二の個性にさえなっている。ただ、セルウェイのグルーヴ処理では表現できないものも多く、ジャズロックやフュージョンなどの軽快かつ機敏なビートをストレートに扱うのには向いていない。そして、それこそがレディオヘッドとザ・スマイルの主たる違いなのではないかと思われる。
左からトム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナー(Photo by Wunmi Onibudo)
トム・スキナーは現在のUKジャズシーンを代表する名ドラマーの一人で、サンズ・オブ・ケメットが昨年発表した傑作『Black To The Future』をはじめとする数々の作品で素晴らしい演奏を繰り広げてきた。手数の多さと芯の深さを両立する卓越したリズム処理能力はビリー・コブハムやジャック・デジョネットのような伝説的ジャズ~ロックドラマーに勝るとも劣らないし、ソロプロジェクトであるハロー・スキニーにおける変則的なリズム構成のエレクトロニック・ミュージック(例えば「Watermelon Sun」は5拍子のハウス)は、レディオヘッドの作品群と並べても遜色のない魅力がある。
ハロー・スキニー名義でのライブ映像
テクニカルなジャズロックにもストイックなループにも対応可能なスキナーは、レディオヘッドの路線を網羅しつつ滑らかにはじけさせてしまえる人材として至適だったのだろう。ザ・スマイルのアンサンブルはヨークとグリーンウッドの過去作からは考えられない滑らかな機動力に満ちたものだし、その上で、この二人の豊かな引き出しが制限をかけられることなくのびのびと拡張されている。70年代冒頭の英国ハードロック〜プログレッシブロックと現代ジャズをレディオヘッド(特に『Hail to the Thief』『In Rainbows』あたり)を介して接続した感じの音楽性は、ブラック・ミディやブラック・カントリー・ニュー・ロード、ドライ・クリーニングのような、ポストパンクをキーワードに語られる(実際のところはそれより遥かに雑多で豊かな広がりのある)サウス・ロンドンのシーンに並走するものでもあるし、コロナ禍の巣ごもり状態とそこから外に向かおうとする勢いがないまぜになった気分を実によく表してもいる。
こうした音楽性が意識的にチューニングされたものなのか、それともたまたまこうなったものなのかはわからないが、結果的に、メンバーの既存ファンにも最近の音楽を好む若いリスナーにもアピールする体裁と文脈的お膳立てを持った音になっている。ベテラン達による新人バンドというお遊び的にも取られかねない成り立ちではあるが、現在のUKシーンを象徴する存在としての重要度がこれからどんどん増していくのではないかと思われる。
全レディオヘッド・ファン必見の名演
今回の配信ライブは、冒頭でもふれたように、このバンドの以上のような持ち味が非常に良い形で示された素晴らしいものだった。トリオという層の薄めな編成だからこそ各人の出音の良さやクセが雑味抜きで噛み合い、特殊なフレーズ構成が過干渉することなくわかりやすく映える。複雑さとシンプルさの両立具合が実に見事で、それらを捉える音響も撮影も極めて高品質。何度でも繰り返し楽しめる優れた作品になっていると思う。
Photo by Wunmi Onibudo
演奏された楽曲のリズム構成は以下の通りである。
1. 7拍子
2. 8×4拍と6+7+7+8+6+7+7(=48)拍が交互に登場
3. 4拍×5小節ループ
4. 6拍子
5. 4拍子
6. 4拍子
7. 4拍子
8. 11拍子
9. 4拍子
10.11拍子と10拍子が交互に登場(原曲は4拍子)
11.4拍子
12.4拍子
13.5拍×3小節ループ(一部で5×3+5)
14.4拍子
15.原曲と同じ(基本的には4拍子だが8+8+6など変則的なキメが多い)
※ヨークとグリーンウッドは頻繁にベースとギターを交換、ともに鍵盤(シンセまたは生ピアノ)も演奏
※スキナーは5・6・8(前半)・11曲目ではドラムスでなくモジュラーシンセを担当
こうしてみると4拍子も意外と多いが、アクセント移動の巧みさは奇数拍子の曲よりもむしろ上なのが面白い。2ndシングルとしてスタジオ音源が公開されたばかりの「The Smoke」も、4拍子のシンプルなドラムスの上で他パートが変則的な引っ掛かりを生む構成になっているし、複雑なようでいてあまり難しいことを考えずに楽しめてしまうのもレディオヘッド同様である。
その上で、興味深いのが各楽曲の構成だろう。ザ・スマイルとしては今回初めて披露された6曲(静的なものが多い)がいずれも起承転結の整った形に仕上がっている一方、グラストンベリー初出の8曲(動的なものが多い)はアイデアの断片を投げ出したような構成ばかりで、輪郭を綺麗にまとめようという意思があまり感じられない。それでいて(グラストンベリーではそうした歪さが確かに気になったのだが)、今回のライブではそうした歪さ込みで非常にスムーズな流れができているのである。
Photo by Wunmi Onibudo
自分が観た3rdセットでは、現地時間11時開演ということもあって「朝ごはんは食べたかい?」というMCから始まり、寝ぼけ眼をこすりながら少しずつギアを上げていくような展開ということもあってか、散見されるミスも悪目立ちせず、こうしたテンションでなければ生まれない素晴らしい表現力がどんどん増していく。特に、「Free in the Knowledge」のメロウなアンビエンスに十二分に浸ったところで「A Hairdryer」のMotorikビートがフェードインしてくる瞬間の絶妙さと言ったら! 現地で思わず歓声が上がるのも当然の格好良さで、全レディオヘッド・ファン必見の名演なのではないかと思う。
その後も、続く「Waving a White Flag」における11拍子のボレロ的ミニマル感覚や、フォンテインズD.C.とアイアン・メイデンを混ぜたような腰だめ疾走感がたまらない「We Dont Know What Tomorrow Brings」、『Kid A』期にも通じる冷たいエレクトロニクスが映える「The Same」(ヨークのボーカルはここが最も尖っていた)、グリーンウッドのギターがトニー・アイオミ(ブラック・サバス)とデレク・ベイリーを同時に想起させる「The Opposite」など見せ場が満載で、それらを爽快にまとめる本編最後「You Will Never Work in Television Again」、『Discipline』期のキング・クリムゾンとスライ&ザ・ファミリー・ストーンをオーペス経由で融合するようなアンコール「Just Eyes and Mouth」など、全ての流れが好ましい。3公演全てセットリストを変えなかったのも納得の、このまま映像作品としてもリリース可能なくらいよくできたライブだった。
エンドロールで流れた「The Same」スタジオ音源もモジュラーシンセの鳴りが蠱惑的な素晴らしい仕上がりだったし、来るべきアルバムも非常に良いものになっているのは間違いないだろう。未分化状態だからこそのラフさをあえて残し、それだからこそ得られる極上の妙味を損なわず提示できてしまえている。これからさらに凄いことになっていくだろうし、末永く活動し続けて生で体験する機会を与えてほしい。まずはそう願うばかりである。
【関連記事】トム・ヨークが盟友と振り返る、レディオヘッド『Kid A』『Amnesiac』で実践した創作論
The Smile: Live Broadcasts
BROADCAST #1:1月30日(日)午前5時スタート
BROADCAST #2:1月30日(日)午前10時スタート
BROADCAST #3:1月30日(日)午後20時スタート
※上記は日本時間
※チケット購入者はライブ配信終了後48時間視聴可能
配信チケット販売リンク:https://dreamstage.live/show/the-smile-series
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