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セレブが熱狂する「類人猿」をデザインした女性

Rolling Stone Japan / 2022年2月7日 8時10分

Photo by Maria Wurtz for Rolling Stone

世界で最も名高いNFTコレクション「Bored Ape Yacht Club (ボアード・エイプ・ヨット・クラブ)」。昨年5月にネット上に登場し、類人猿をモチーフにしたデジタルアートは多くの人に注目を集めた。Bored Ape Yacht Clubを運営するのは「Yuga Labs」という企業だが、類人猿のアート作品を手がけたのは27歳のアジア系アメリカ人、Senecaである。

【写真】エミネムやジャスティン・ビーバーらが購入した「Bored Ape Yacht Club」

ある日SenecaがTwitterにログインすると(アカウント名はAll Seeing Seneca)、自分が手がけたアバターがNBA選手ステフィン・カリーのプロフィール写真に使われているのを見て、目がとび出るほど驚いた。「事情をすっかり呑み込むまでしばらく時間がかかったわ」と、彼女はローリングストーン誌に語った。Zoom越しの彼女はマンハッタンのアパートのリビングで、グレーのソファの前に胡坐をかいて座っている――ソファの下にはパステル画の山が無造作に押し込まれている。「今もそうよ。まるで嘘みたいだわ」

ソファの後ろには、本人がスタジオと呼ぶ小さな(いつも散らかった)作業場がある。中国系の両親のもとアメリカで生まれ、上海で育った彼女は、アメリカに戻ってロードアイランド・デザイン学校に通った。2016年に卒業し、フリーランスのイラストレーターとしてニューヨークに拠点を移してからは、この狭い場所が彼女のオフィスとなった。彼女はキャンペーンや広告向けの2次元アニメーション用に、生き生きとした、ときにファンタジックなキャラクターのデザインに黙々と専念した(彼女の作品は今も昔も抽象画寄りだが、自分の好きなことをお金にする「現実的な」術を模索せざるを得なかった)。

彼女の大学時代のポートフォリオに目を止めたニコール・ミュニズというクリエイティブ系のエージェントが――ミュニズ氏いわく、「線や筆運びに至るまで」彼女の技法に魅了されたそうだ――ヘルスケア、保険、再生エネルギー、金融など、様々な業界の企業とSenecaを橋渡しするようになった。V Strangeの名で知られるミュニズ氏は昨年Senecaに電話をかけ、何やら革新的な申し出をした。幼馴染がBared Ape Yacht Clubというプロジェクトを始めるのだが、自分もアドバイザーとして加わることになった、上り調子のNTFブームが本格化する前に、イメージ作りを手伝ってくれるグラフィックデザイナーを探している、というのだ。

すぐさまミュニズ氏の頭には、変化自在なSenecaの能力が思い浮かんだ。「彼女はテーマやプロジェクトに応じていろんな絵を描ける数少ないアーティストの1人です」とローリングストーン誌に語るミュニズ氏は、最近Bored Ape Yacht Clubを運営するWeb3.0企業、Yuga Labs社の共同CEOに就任したばかりだ。「非常に、非常に、稀有な存在です」 Yuga Labs社の共同設立者Gargamel氏も、彼女のキャラクターの「表情豊かさ」に舌を巻いたそうだ。「全体的な雰囲気が漂ってくるんです」と、同紙はメールでローリングストーン誌に語った。「サルなのに、こちらが求めていた雰囲気がずばり伝わってきました。生きることへの倦怠です」。ミュニズ氏もこれに同意する。「彼女はとくに表情や、キャラクターに命を吹き込むことに長けています」

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「パンクなサルにしたいんだ」

当時SenecaはNFTを知らなかったが、Yuga Labs社はコラボレーションで彼女の好きなようにさせた。「会社からは、『パンクなサルにしたいんだ。どんな外見だと思う? どんなスタイルにしたい? どうすればカッコよくなると思う?』と言われました」。彼女は類人猿が一市民として闊歩する荒廃した街で、自分の家の隣にサルが住んでいる、と想像してみた。彼女は「人生に疲れ果てて飽き飽きしているが、金と時間をたっぷり持て余し、メタル系のバーにたむろしているサル」を思い描き、サルとの架空の交流を夢想した。「そこからアイデアが膨らんでいきました」

サルの外見は彼女の中から自然に湧き出た。自称メタルヘッドのSenecaはギブソンSGを演奏し、メガデスやベヒーモス、ブレット・フォー・マイヴァレンタインといったバンドを聴く。同時に、90年代のグロスアウト・アニメの大ファンで、今回もそこから着想を得た。

誤解のないように言っておくと、プロジェクトに関わったイラストレーターはSenecaだけではない。「私はオリジナルコレクションに携わったメインのアーティスト」と彼女は言い、サルの身体そのものは「文字通り、線の1本1本に至るまで」自分が描いた、と付け加えた。他の制作アーティスト――Gargamel氏によれば「トーマス・ダグレイ、Migwashere、それから匿名希望が2人」――も様々な特徴や背景に携わった。だが本人も指摘しているように、むっつりした口元や見開いた目、ベレー帽など、主な特徴のいくつかは彼女の手によるものだ。

「あのイラストを描いたのが私だってことを知ってる人はそう多くないわ。それってアーティストとしては最悪よね」と本人。もっとも噂は広がりつつあり、これをきっかけに次のコラボレーションにつながれば、と本人も期待している。それまでは、彼女はソロ活動に専念している。

12月、Senecaはマイアミのアート・バーゼルで、自分名義では初のNFT作品『Iconoclast』シリーズを披露した。今回出品した4点はイーサリウムで発行され、Internet Computerというブロックチェーンにホストされた(Internet Computerにホストされるということは、すなわちNFT作品が削除される心配やクラウド障害といった問題に脅かされることなく、公共のブロックチェーンに永遠に残ることが確約される)。

4作品は最終的に23.7イーサリウム、記事掲載時のレートで8万4000ドル相当の収入を生んだ。これで十分生活費を払い、2月に発表予定の次回作の制作に専念する余裕ができる、と本人は言う。さらに彼女は何年もかけて培った、今なお進化し続ける魅惑的なスタイルを開花させようとしている。「彼女のアートは成長する1人の女性を彷彿とさせます」と言うのは、Senecaが大好きなTVゲーム『アリス マッドネス リターンズ』のアートディレクター、ケン・ウォン氏だ(ウォン氏は上海勤務時代にSenecaと顔を合わせている。Senecaの通う高校にウォン氏が講演した際、彼女のほうから彼に声をかけた。「彼はまさに(私を)イラストレーションの世界に誘ってくれました」)。「Senecaの作品を一言で表現するなら、ポップ・シューレアリズムでしょうか。それでも言い足りないでしょうね……彼女は探究しています。既存の表現の中から、自分なりの表現を模索しています。様々なスタイルを試しながら、進化し続けているんです。とても共感できますね」


2021年のアート・バーゼルに出品されたSenecaの作品『Delirium』(Courtesy of Seneca)



「私は現実よりも、想像の世界にいることの方に興味があった」

技法的アプローチが変化したとはいえ、しばしば彼女の作風は子供のような柔らかな驚きを秘め、それが生死にかかわる荒々しい闇と対照をなしている。「非常に個人的であり、それと同時にとてもポップでもあります」とウォン氏も言う。「彼女が用いる形状――有機的で流れるような形は、非現実的な色使いを帯びてとても幻想的です――彼女が心の奥底で物事をどうとらえているかを如実に語っていると思います。ですが同時に、ポップカルチャーというレンズを通して描かれている。あたかも世界という文脈の中で、自分自身を合理的に解釈しようとしているかのようです」

そうした感情はまさに、2021年のアート・バーゼルに出品されたコレクションのひとつ『Delirium』に現れている。不自然に膨張した少女の頭部は、大きく開いた眼光から動植物や手足が飛び出している。「これは『世の中って全部クレイジーでしょ。それでいいのよ』って言っている作品なの」とSeneca。「人の心はそういう風に動くものでしょ」

もう一つの作品『Can I Be MOther』にも同じ少女が描かれている。ただしここでは、昆虫のような瞳はパステルカラーとプリズムで彩られ、ドロっと粘着質な涙を流している。瞳から流れ落ちているのは血管か、ワイヤーか、それとも糸か? 流れ落ちた筋は、壊れたおもちゃのサルと思しきものを抱えた両手のひらにまとわりついている。「商業アーティストとして、自分をある種の代理母だと考えたの」と彼女は説明する。「アートは感情を注ぎ込んだ自分の延長だから、ものすごく私的。作品を手放すためには、ある程度自分との間に距離を置かないといけないの。この作品では、『私の作品を返してもらえない? アーティストとしてのアイデンティティを返してもらえないかしら?』と言っているのよ」

そうしたアイデンティティの一部を導いたのは、物心ついた時から彼女を悩ませてきた明晰な悪夢だそうだ。一番古い記憶は3歳の時に見た夢だ。「私はベビーカーに乗っていたの」と彼女は振り返る。「自分が小さくて、か弱い存在だという感じがしたわ」 彼女はそれ以上詳しく語らなかったが、そうしたテーマがつねに作品に滲み出ていることは本人も自覚している。コズミックホラーからインスピレーションを得ていると彼女はいうが、そうしたジャンルでもっとも恐ろしい敵は、だだっ広い未知の世界の小さな点、という存在の重みに押しつぶされそうになることだ。

「私は現実よりも、想像の世界にいることの方に興味があった」と、幼少時代について彼女はこう語る。たいてい自分の世界に引きこもり、子供時代はほとんど口を利かず、ときには「白昼夢」も経験したそうだ。

就寝前にもっとも根深い恐怖に襲われた時のことを彼女は覚えている。恐怖に真っ向から立ち向かえば、夢には出てこないだろうと考えた――だがしばしばそれが裏目に出て、逆に一晩中眠れなくなった。「眠りたくなかったの。眠りに落ちたあとの世界が恐ろしくて」


Photo by Maria Wurtz for Rolling Stone



NFTの世界では「狂気」が歓迎される

ごく最近になって、Senecaはようやく「そうした狂気の部分」を受け入れるようになった――自分の中の「超常的で、訳の分からないダークなアート」を美しいものに昇華する作業に、彼女は癒しを見出している。「だからこの仕事をしているのよ」と彼女は言って、今までは「頭がおかしい」と思われるのが怖くて大勢には明かしていない、と打ち明けた。

彼女にとっては幸いなことに、Web3.0では狂気あるいは狂気のようなものは歓迎される。当たり前からの逸脱欲求がなければ、暗号資産は存在し得ない。この分野がこれから先もずっと繁栄してほしい、と彼女は期待を寄せる。Bored Ape Yacht Clubでの経験から「たくさんの人生教訓を学んだ」という彼女は、NFTや小口契約を理解し、ロイヤリティを要求し、可能性を知ってほしい、と若手クリエイターたちに訴える。「信念を強く持って、一生懸命努力すること」と本人。「それからじっと耐えること。自分に優しくすること。暗号資産やTwitterでは物事がとても早く進むの。ちゃんと目を開けて、でも余計なことは気にせず、自分の進む道に集中している限り、結果的には大丈夫よ」

もちろん「大丈夫」と言っても相対的なものだ。具体的な額面を口にすることはできないが、彼女のギャラは「決して理想的とは言えなかった」そうだ。それでも経験を積み、もはやなくては生きていけない領域に足を踏み出せたことには感謝していると言う。あれ以来、彼女はNFTという概念にすっかり夢中だ。アートの真正性を裏付け、それを維持し、クリエイターにはロイヤリティをもたらす。なおかつアート界はより包括化して、ギャラリー制度にとらわれることも少なくなるのだから。

彼女の考えでは、次回作のシリーズは――デジタル作品だが他の手法も織り交ぜるらしい――これまで築いたシューレアリズムの基盤をさらに押し広げつつ、より大胆なものになるようだ。本人は制作中の作品について固く口を閉ざすものの、メンタルヘルスや強い女性の力に焦点を置いてみた、と付け加えた。新作には「少々批判」も盛り込まれるかもしれない。

「この世界についてはとても楽観的よ」と本人。「この世界を原動力にしていくわ」

from Rolling Stone US

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