ギターソロ完コピをめぐる複雑グルーヴ、イーグルスの王道曲から鳥居真道が徹底考察
Rolling Stone Japan / 2022年2月9日 20時0分
ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第32回はイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」など王道曲のギターソロを細かくコピーすることで体感する、楽曲の複雑なグルーヴを考察する。
最近ギターを弾くことにはまっています。本当に楽しくて仕方がない。一度触り出すと止まらず、他のことが手につかなくなってしまいました。こんなことは中学生以来かもしれません。ギターを弾いていると秒で時間が過ぎていきます。日常生活にも支障をきたしており、このところは寝不足になっています。この原稿の提出も遅れてしまいました。
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ギターを持って何をしているのかといえば、もっぱら往年のギターソロをコピーしています。たとえば、クリームの「クロスロード」(エリック・クラプトン!)やレッド・ツェッペリンの「天国への階段」(ジミー・ペイジ!)、スティーリー・ダンの「滅びゆく英雄」(ラリー・カールトン!)、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」(ブライアン・メイ!)、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」(ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュ!)といった名ソロです。「オールタイム・ベスト・ギターソロ」のような企画で必ずトップテンに入るようなベタ中のベタなものを選んで弾いています。
10代後半から30歳を過ぎた頃まで、こうしたベタなものを意識して忌避するところがありました。というのも世界の広さを知りたいという気持ちがあったからです。ベタなものとは、いうなればフライドポテトのようなものです。あまりに美味しいものだから、そればかり食べたくなってしまいます。毎日でも食べたい。一生食べていたい。しかし、世界には桃のビシソワーズやヤギのミルクで作ったチーズ、キッシュなど様々な食べ物が無限に存在します。そういうものにも積極的にチャレンジしていきたい。こうした思いからベタなものに対して禁欲的になっていたところがありました。
先に挙げたようなソロは、やはり長年の風雪に耐えてきた名ソロなだけあって、どれも弾いていると非常に気持ちが良いです。難しくて弾けなかった箇所が練習を重ねるうちにだんだんと弾けるようになるのもかなり嬉しい。脳内が幸せホルモン的な何かで満たされるのが実感できます。
休息のためにリラックスしようと思ってぼんやり過ごしていると様々な想念、感情、記憶が去来して、却って頭が休まらないことが多いのですが、ギターを弾いていると身体的な感覚に集中できるためか頭が休まるような気もします。とはいえ、寝不足になっているので元の木阿弥なのですが……。
しかし、どうしてこんなに楽しいのだろうか。ギターソロのコピーには文字通り模写の快感があるように感じます。ユーチューバーやティックトッカーがK-POPのグループの振り付けをコピーして踊ってみせる動画をよく上げていますが、あれも模写の快感のひとつだといえるでしょう。ギターは振り付けのコピーと違って音源の上から自分の演奏を重ねられるところが良いですね。そういう意味では絵のトレースに近いのかもしれません。
最近コピーしたギターソロのなかでもとりわけ演奏していて楽しいのはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」です。ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュの掛け合いおよびハモリが楽しいギターソロです。色々なタイプのチョーキングが頻出するのも弾いていて気持ちが良いポイントのひとつです。
「ホテル・カリフォルニア」のギターソロをコピーした際、私は次のような手順を踏みました。まずYouTubeを開いてやさしく解説してくれていそうなチュートリアル動画を見つけます。それを参考にしながら一通り弾いてみます。当然、ぱっと弾ける箇所とまったく歯が立たない箇所があります。これらをふるいに分けたのち、弾けない部分は一音一音ゆっくり確認しながら指と耳に馴染ませます。音型と指の動きが把握できたらスムーズに弾けるようになるまで繰り返し練習します。ここは気合でなんとかするしかありません。
私はこうしたプロセスをオープンワールドのゲームでマップを広げていくようなイメージで捉えています。モヤがかかった土地をなくしていく感じですね。他方、すでに弾ける箇所はファストトラベルで移動できる地点という感じ。この箇所を基点にして弾ける箇所を拡大していくわけです。
実際の音源に合わせて弾いているうちにメロディラインと指の動きが体に染み込んでいきます。特に暗譜するつもりがなくとも覚えてしまうものです。その次に取り組むのは、いわゆる完コピに近い作業です。どこで音を出してどこで音を切っているか。どういうグルーヴで演奏しているか。チョーキングではどのようにピッチを変化させているか。ビブラートの揺れの具合はどうか。どういうアーティキュレーションが施されているか。どこをレガートで弾いてどこをスタッカートで弾いているか。どこで突っ込み、どこでためるのか。そのギタリストの癖はどういうものか。ピッキングの位置はネック側かブリッジ側か。ピックは浅く当てているか、深く当てているか。ピックの角度はどうか。もっとそれらしく聴こえるポジションはないか。こういったことを意識しながらコピーしていきます。意識するという表現はあまり正確ではないのかもしれません。身体的な勘で反応したものを、言語化して頭の中のメモとして残しておき、それを身体操作にフィードバックさせるといったほうがより適切なように思います。身体的な直感のほうが主体で、意識はあくまで直感をメモするサポート役という感じです。なるべく耳にバイアスがかからないよう気をつけて聴こえたままをコピーするようにしています。個人的な実感に過ぎませんが、思い込みが強くない人ほど楽器の上達が早いように感じます。私は言うまでもなく思い込みが強い人間です。
今述べたようなディティールにこだわりながら、お手本となる実際の音源に自分の演奏を被せる形で毎回録音していきます。これをする際に気をつけていることは自分が演奏するギターの音量を小さめにしておくことと、音源のギターソロを後ろから追っかけるようなタイミングで演奏することです。自分の演奏で音源のソロをマスキングしないようにしているわけです。なぜマスキングしないことが大事なのか。楽しさのあまり伸び伸びと弾きたい衝動を抑えるためです。飲み会などで酔っ払って喋っているうちに気持ち良くなってしまい、誰の話も聞かずに一人で延々喋っているというような状況を防ぎたいのです。ここでの主眼はギターの演奏よりも音源をよく聴いて模写することにあります。弾くことではなくあくまで聴くことがメインだといっても差し支えないのかもしれません。
ギターソロのディティールがある程度体に染み込んでくると今度はソロとバッキングとの関係に意識が向かうようになってきます。ソロを弾いているギタリストがバッキングのグルーヴに対してどのようなアプローチを見せているのか段々とわかってきます。もちろんこれは思い込みに過ぎないのでしょう。けれどもこういうものは主観的で良いのです。私は「ホテル・カリフォルニア」のギターソロはかなりレイドバックした感覚で演奏しているように感じました。バッキング自体はレゲエ調のリズムでリラックスしたムードも漂っていますが、リズム隊の演奏には隙間が多く、緊張の糸がピンと張り詰めたようなグルーヴで演奏されています。これを退廃と絶望を描いた歌詞にマッチしたものだと解釈できないこともない。
自分が演奏にはリズム隊の緊張感にあてられたのか演奏がハシる傾向が見られました。それは「ホテル・カリフォルニア」から必死に逃げ出そうとするかのようなグルーヴです。他方、ドン・フェルダーもジョー・ウォルシュも共に後ろ髪を引かれているかのようなタイム感で演奏しているように感じます。「うわ~ホテルから出られね~困った~」とでも言いたげな気の重いグルーヴです。もしくは世俗から隔絶された竜宮城的な空間で現実世界とは異なる時間の流れ方を感じているかのようなふわふわした無重力っぽいタイム感のようにも聴こえます。
さんざん「ホテル・カリフォルニア」をコピーしたあとで、既にコピーしていたスティーリー・ダンの「滅びゆく英雄」のギターソロを弾こうとしたらまったくうまく行きませんでした。バーナード・パーディとチャック・レイニーのコンビが繰り出し粘っこさと軽やかさが同居するシャープなグルーヴに体がまったく反応できなくなっていたのです。これはこれでおもしろい変化だと感じました。
こうしたグルーヴに関することも細かくコピーして、自分の癖と比較して初めて気がつくことです。そういう意味においてもギターソロのコピーは楽しいものなのです。ギター少年だった中学生の頃も熱心にコピーしていましたが、もっぱらギターをのみ聴いてバッキングとの関係に注意を払っていなかったので、まるでリズムが鍛えられていませんでした。その名残もあって今でもギターソロを弾くとリズムがグダグダになってしまいます。
ソロのディティールやバッキングとの関係がはっきりとすればするほど、精度も上がって行き、自分の演奏と音源の演奏が溶けて聴こえるようになってきます。シンクロ率が100%に近づいてきているような感覚を抱きます。このあたりが演奏していて一番楽しくて一番気持ちが良いときです。よし、これはなかなか良い感じに弾けているに違いないと思って録音したものを聴いてみると、たいていイメージしていたよりもショボくて心からがっかりします。才能ない。自分にギターは向いていなかったのだ。やっとわかった。家にあるギターはすべて買い取りに出してしまおう。そんな風に思うほどです。
どうして大したことのない演奏を良い感じだと錯覚してしまうのでしょう。これは単純な話で、実際の音源の演奏が自分の演奏を良い塩梅でマスキングしてくれているからです。家で大滝詠一の曲に合わせてシンガロングしていたら、なかなか自分の歌も悪くないじゃないかと思って、いざカラオケで歌ってみたら下手すぎて落胆するのとほとんど同じ現象です。
ここまで来たら自分の下手さと受け入れて向き合うしかありません。気を取り直して自分の演奏を聴いてみます。私は根がビビりなのでチョーキングを怖がる癖があります。弦が切れると毎回心臓が止まりそうになるので、それを想像して不安になるのです。そうなると当然ピッチが甘くなります。チョーキングするときに力む癖もあるので尚更ピッチが上がりきらない。ここを修正していきました。試行錯誤するうちに、指の腹に弦を引っ掛けてフレットと平行になるように刷り上げればチョーキングにそこまでの力は必要がないことに気が付きました。20年以上ギターを弾いていてもまだ伸び代があることに感動すると同時に、20年も自分は何をしていたんだろうという悔恨も湧き上がってきました。またビブラートもやりすぎてしまう癖がありました。冷静に聴いてみるとフェルダーもウォルシュもいわゆる「泣き」っぽいチョーキングをしているわけではなく、先入観抜きに聴いてみるとわりと淡白に弾いていることに気がつくはずです。
自分ひとりの演奏とお手本の演奏との差異を確認しつつ精度を上げていきます。むろん何度やっても似せられない箇所もありますが、段々と諦めがつくようになってきます。気が向いたらがんばろうという構えが取れるようになりました。
ここまでこだわって取り組んでみても結局納得のいくような演奏はできていません。録音した音源を聴くと「俺のポテンシャルはこんなものなのか」とついつい考えてしまいます。とはいえ、少なくとも耳は鍛えられたからよしとしましょう。それにギターを弾いていてとても楽しいのだから何も問題はないのです。
鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター」
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖」
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察
Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察
Vol.21 ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説
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Vol.23 大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察
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Vol.27 チャーリー・ワッツから感じるロックンロールのリズムの成り立ち、鳥居真道が徹底考察
Vol.28 手拍子のリズムパターン、クイーンやスライの名曲から鳥居真道が徹底考察
Vol.29 ビートルズ「Let It Be」の心地よいグルーヴ、鳥居真道が徹底考察
Vol.30 ポール・マッカトニーのベースプレイが生み出すグルーヴ、鳥居真道が徹底考察
Vol.31 音楽における無音の効果的テクニック、シルク・ソニックなどの名曲から鳥居真道が徹底考察
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