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スピルバーグ節全開、『ウエスト・サイド・ストーリー』が問答無用の傑作となった理由

Rolling Stone Japan / 2022年2月10日 17時30分

アリアナ・デボーズ、『ウエスト・サイド・ストーリー』より(Photo by Niko Tavernise (C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.)

映画『ウエスト・サイド・ストーリー』が2月11日(祝・金)に公開される。第79回ゴールデングローブ賞では作品賞・主演女優賞・助演女優賞の最多3冠を獲得、第94回アカデミー賞では作品賞と監督賞を含む主要7部門でノミネート。 巨匠スティーブン・スピルバーグによる伝説のミュージカルのリメイクは、オールドスクールなハリウッド作品に敬意を払いつつ、『ロミオとジュリエット』におけるストリートギャングの対立という構図を持ち込むことで、原作とは異なる緊張感を生み出すことに成功した。米ローリングストーン誌による映画評をお届けする。

【動画を見る】『ウエスト・サイド・ストーリー』予告編

ミュージカル映画の復権、そんな言葉は聞き飽きているかもしれない。ブロードウェイの話題作『ディア・エヴァン・ハンセン』、カルト的人気を誇る『The Prom』、トニー賞に輝いた『イン・ザ・ハイツ』、名作を生んだ作曲家の自伝ミュージカルを映画化した『tick tick...boom チック、チック…ブーン』など、近年では歌とダンスを軸にした作品が脚光を浴びている。独創的で奇妙なものが好みなら、レオス・カラックスとスパークスがコラボレートした『アネット』(世間の人々の見る目が確かなら、そう遠くないうちにミッドナイトムービーの定番となるであろう)をチェックしてみるといい。よりストレートなものを楽しみたいなら、ミュージカル版のキャストをそのまま起用してコンサート映画風に仕上げるという至難の業に成功した『ハミルトン』がお勧めだ。またキャッチーで始終合唱したくなるようなコーラスに満ちた、優れたアニメーション作品も数多く登場した。かつて鉄板ジャンルだったミュージカル映画が新たな黄金期を迎えつつある、そんな記事を目にすることも多くなった。

秀作が数多く発表されていることは確かだが、ミュージカル映画のカムバックというのは大げさだという意見もあるに違いない。しかし、新世代のジェッツが一斉に人種指を鳴らすシーンを観た瞬間、その考えは変わるはずだ。


(C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

1961年にオスカーを受賞したブロードウェイミュージカルの歴史的名作『ウエスト・サイド・ストーリー』のスティーヴン・スピルバーグによるリメイクは、エキサイティングであると同時にため息が出るほど美しくあろうとする。その試みは見事に成功しており、誰もが馴染みのあるセットの数々と、目の覚めるような色彩が観客を魅了する。通りを練り歩くやさぐれた若者が突如披露するバレエのムーヴメント、ダイナミックなジャンプ、エレガントにさえ感じられるオールドスクールな風貌のならず者たち、街角を舞台に繰り広げられる見事にシンクロしたダンスまで、どこを取ってもロバート・ワイズが演じたオリジナル版に見劣りしない。単なるトレンドの踏襲とは格が違う今作こそ、ミュージカル映画の復権を宣言するに相応しい。

オリジナル版から存在し続ける「差別」と「分断」

本作はそういったシーンで幕を開けるわけではない。ジェッツとシャークスの対峙、トニー(アンセル・エルゴート)とマリア(レイチェル・ゼグラー)の馴れ初め、クラプキ巡査による不良たちの指導、一体いくつ弾が入っているのかとツッコミたくなる銃……これらを差し置いて我々がまず目にするもの、それはニューヨーク・シティだ。正確に言うならば、歴史から姿を消しつつあるニューヨークの街並みだ。倒壊寸前のビル群を捉えながら目まぐるしく動くカメラには、建設工事中の看板を掲げたリンカーンセンターが映し出される。白人でありながら成功とは縁遠い唯一の民族とされていたプエルトリコ系移民たちがかつて暮らした家々は、オペラ鑑賞を趣味とする富裕層の意向により次々と取り壊されていく。2つのギャングが縄張り争いを繰り広げる芝地を勝ち取るのは、飛び出しナイフを振りかざした若者ではなく、権力とブルドーザーを所有する第三者だ。最初の曲のエンディングの場面で、警察官たちが喧嘩を止めた後、ジェッツのメンバーたちは瓦礫の山の頂上に立って勝利の歌を歌う。

プライド(ライバルたちや権力に対する「ファック・ユー」のアティテュードを、シャークスはスペイン語の歌で表現する)と分断の源であり、時に武器として利用される人種というトピックは、今作においても不可欠なファクターとなっている(コリー・ストール演じるシュランク警部補の口から発せられる腹立たしいセリフが、一部の芸能人や政治家を思い起こさせるのは、決して偶然ではない)。また階級という概念も重要な要素であり、スピルバーグと脚本家のトニー・クシュナー(アーサー・ローレントの原作をかなり積極的にアレンジしている)は、本作で描かれる争いがいかに無益であるかを強調している。彼らは偏見から目を逸らしているのではなく、オリジナル版に見られる時代錯誤な固定観念に同調しているわけでもない。それでも、建物の屋上ではなく騒がしい路上で歌われる「America」はやはりハイライトであり、”アメリカでの暮らしは悪くない / 君が白人ならね”というビターな一節もそのまま採用されている。



だが本作の制作陣は、1950年代に見られた有害な価値観と現代における問題を明確に差別化しており、後者によりフォーカスする一方で、その問題が当時から変わらず存在し続けていることを強調している。「国民」であることを証明するために倍の努力を強いられている人々を見下す風潮は、この国に依然として残っている。シャークスのリーダーが敵をポーランド系の人々に対する差別表現で呼ぶ時、彼のガールフレンドはこう言い放つ。「やっとアメリカ人っぽくなってきたじゃん」。カメラが安全地帯へと避難する中、登場人物たちは取っ組み合いの喧嘩を始める。当時から変わったもの、それは彼らを取り囲む環境だけだ。

いやもう1つある、それはキャスティングだ。肌を濃く見せるためのメイクを施した白人の俳優たち(1961年時点ではリタ・モレノでさえもそれを必要とした)が演じていたラテン系のキャラクター役には、ラテン系の俳優たちが起用されている。これぞ21世紀の『ウエスト・サイド・ストーリー』のあるべき形だろう。またリード役からバックダンサーまで、スピルバーグの審美眼にかなった若者たちのアンサンブルは、今作を金に物を言わせただけの作品とは一線を画す大きな要因となっている。



ゼグラーが演じるマリアは目を大きく見開いて思ったことをはっきりと口にし、「Tonight」のようなスタンダードで披露しているその声は、小さな劇場からブロードウェイの大舞台にまで対応できる器量を感じさせる。アニータを演じたアリアナ・デボーズは今作におけるMVP候補の1人であり、歌とダンスで見せる圧倒的なエネルギーから、空気を読んだり不信感を露わにする時のユニークな表情まで、抜群の存在感を放っている。彼女こそ今作の屋台骨と言っていいだろう(レディ・マクベス、ジャニス・ジョプリン、『人形の家 』のノラ、そしてジョージ・キューカーの『女たち』のリメイクのあらゆる役には彼女こそが相応しい)。喧嘩っ早い荒くれ者のリフとベルナルドをそれぞれ演じるマイク・ファイストとデヴィッド・アルヴァレスは、キャラクターに魂と鋭いエッジを吹き込んでみせる。アンセル・エルゴートの演技がやや硬く感じられるとすれば、それは他の出演者たちがあまりにエネルギッシュであるがゆえに、相対的に彼が大人しく見えてしまうということだ。歌と演技の両面で、彼のトニーとしてのパフォーマンスは申し分ない。一方でロマンティックなシーンでは、彼の実生活におけるスキャンダルが頭をよぎってしまい、やや居心地の悪さを感じてしまうのは致し方ないだろう。

スピルバーグならではの再構築

オリジナル版と同じスティーヴン・ソンドハイムによる歌詞とレオナルド・バーンスタインが手がけた楽曲の組み合わせは、まるで天国(あるいはブロードウェイの46番街というべきか)で生まれたかのように完璧であり、ロミオ&ジュリエットを思わせるプロットとも見事にマッチしている。振付師のジャスティン・ペックは、ジェローム・ロビンスが生み出したあの有名なダンスに新たな解釈を加えつつ、親切な店員のドックをリタ・モレノが演じるプエルトリコの女番長ヴァレンティに置き換えることで、彼女の見せ場をしっかりと作っている(第三幕で彼女がアニータをジェッツの連中から救い出すシーンでは、モレノが過去の自分に救いの手を差し伸べているかのような既視感を覚える)

サウンドとヴィジョンによって物語を紡いでいくさまは、まさにスピルバーグの才能と手腕の真骨頂だ。彼と撮影監督のヤヌス・カミンスキーが考案した、大乱闘の勃発前に挿入されるドイツ印象派を想起させる革ジャンを着たタフガイたちのちょっとした仕草など、シンプルだが徹底したこだわりも随所に見られる。それは単なるエンターテインメント性や教訓よりも、彼がどこまでも純粋なムービーメイキングに心酔している証拠だ。


スティーブン・スピルバーグ監督 (C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『ウエスト・サイド・ストーリー』は、ソックホップの時代へのオマージュであると同時に、現代の観客にアピールする大衆性をしっかりと備えている。この2つの目標は時に相反するが、もし成立させることができれば、緊迫感が生み出す興奮を別次元にまで高めることができる。オリジナル版は演劇を志す者にとってのバイブル、ひいては一般教養として数十年に渡って愛され続ける中で、そのエッジは徐々に失われていった。本作は鈍ってしまったその刃先を磨き、過去と現代のどちらの視点で見ても欠点が存在するにもかかわらず、この作品が金字塔であり続けている理由を改めて提示している。

この『ウエスト・サイド・ストーリー』は、歴史を完全に書き換えてしまわなくとも、その土台に則って優れたものを生み出すことが可能であるという事実を証明している。スピルバーグの作品としても、ハリウッド映画としても、本作は問答無用のクラシックだ。今作がこの10年間における唯一のミュージカルだったとしても、人々は今という時代をルネッサンスの全盛期として記憶するだろう。

From Rolling Stone US.



『ウエスト・サイド・ストーリー』
日本公開日:2022年2月11日(祝・金) 全国の映画館にてロードショー
全米公開:2021年12月10日
© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
■製作:監督:スティーブン・スピルバーグ
■脚本:トニー・クシュナー
■作曲:レナード・バーンスタイン
■作詞:スティーブン・ソンドハイム
■振付:ジャスティン・ペック
■指揮:グスターボ・ドゥダメル
■出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、マイク・ファイスト、デヴィッド・アルヴァレス、リタ・モレノ

公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory

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