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林哲司×土岐麻子のシティ・ポップ談義 洋楽が日本語ポップスに与えた影響を辿る

Rolling Stone Japan / 2022年2月21日 18時0分

林哲司、土岐麻子

昨今のシティ・ポップの海外での人気沸騰を象徴する一曲、松原みきの「真夜中のドア 〜Stay With Me〜」(1979年)の作曲をはじめ、70年代から数々の大ヒットを手がけた林哲司。昨年(2021年)リリースされた彼の洋楽遍歴をまとめたコンピレーションCD『melody of memory – City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』には、洋楽の名曲群の最後にボーナストラックとして、土岐麻子をシンガーとして起用した新録音曲「ナイト・イン・ニューヨーク」(エルボウ・ボーンズ&ザ・ラケッティアーズのカバー)が収録されていた。

シティ・ポップのオリジネイターである林と、林が手がけた数々のヒット曲を子供の頃から聴いて育った世代である土岐。70年代から2020年代にかけて、自分たちは洋楽にどう影響を受け、それを日本語のポップスにどう落とし込むかを考えてきたのか。2人の対談は、シティ・ポップの枠を超え、日本のポップス史の一面が浮かび上がるものにもなった。

【収録曲一覧】『melody of memory – City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』


AORの影響、日本独自の「哀愁感」

─昨年12月にリリースされたコンピレーションCD『melody of memory – City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』が好評です。音楽家であり洋楽リスナーとしても林哲司さんのルーツとなった楽曲が60年代から80年代に至るまでセレクトされていて、80年代半ばくらいまでの「洋楽が強かった時代」のムードを感じました。土岐さんはこういう曲をラジオやCDで聴きながら育った世代と言えると思いますが、どんなふうに林さんの選曲を聴かれました?

土岐:すごくワクワクしました。知っている曲も知らない曲もありましたけど、私が原体験として感じた音楽の輝きがすごく詰まっていていると感じました。CDでの発売でしたけど、カセットテープにしたくなりましたね(笑)。

林:僕も自分でカセットの時代からプライベートで楽しむようにコンピレーションを作ったりしていましたからね。結果的に曲を選んでみて、いわゆるブルーアイドソウル的な、白人と黒人の両方のエッセンスがあるものが自分は好きだなとあらためて感じました。

─選曲には60年代のクラシックス・フォーなども含まれていますよね。土岐さん世代は、もちろんリアルタイムではないですが90年代に「ソフトロック」のリバイバルとしてこういうサウンドをくらった世代だと思いますが。

土岐:まさにその通りです。みなさんそうだと思うんですけど、自分が生まれた年前後の音楽って無意識に体のなかに入っているんですよ。大学生くらいになって、「あれはいったい何だったんだろう?」と、そういう記憶を発掘して聴き直すみたいなことがよくありました。私の世代だと、70年代、さらにさかのぼって60年代の音楽への憧れが大学生の頃には強かった。物心つく前に浴びていた音楽を、自分が音楽をやるようになってからくらったという。

林:お父さん(サックス奏者の土岐英史氏)の影響もあったんですか?

土岐:家では常に音楽はかかっていました。ブラックミュージックが多かったですね。曲名は知らなくてもすごく好きな曲というのは結構ありました。後から考えたらスティーヴィー・ワンダーやチャカ・カーンだったんですが。AORの曲もかかっていました。



『melody of memory』収録曲 クラシックス・フォー「トレーセス」、スティーヴィー・ワンダー「マイ・シェリー・アモール」

─林さんはCDでもAORの代表格であるボズ・スキャッグス「ジョジョ」をセレクトされています。作曲家として本格的に仕事を始められたタイミングもAOR登場と重なっていますよね。

林:やっぱり、ボズの影響は大きかったですね。AORという言葉が日本で認識されたのは、彼のアルバム『シルク・ディグリーズ』(1976年)あたりが起源だったと思います。その頃に、自分が作曲家として作りたい音楽と好きで聴いている音楽がすごくクロスしたという感覚はありました。でも、メロディがある音楽や、コードワークに工夫が凝らされている音楽が好きだという資質は、それ以前からずっとあるんです。それに、土岐さんはお父さんがかけていた音楽の影響を自然に受けていたように、僕も同じように年の離れた兄たちが60年代に聴いていた洋楽や日本の歌謡曲が同時に耳に入ってきてて、のちのち自分が日本語のポップスを書く上での影響になったのかなと思うところもありますね。



土岐:私も80年代のアイドル全盛期に中学生だったので歌番組をよく見ていました。大学生くらいであらためて当時の歌謡曲を聴いてみて、すごくかっこよかったり、粋なことをやっているんだなとびっくりしましたね。洋楽からの影響をすごく挑戦的に受け入れているアレンジで、様式美みたいなAメロ、Bメロ、サビ、大サビがあった。今、私が歌詞のストーリーを紡ぐ時も、A→B→サビで情緒的な流れをつけたり、起承転結をつけたりするのがすごく大事なんです。日本のポップスのいいところであるその物語性を活かしつつ、アレンジでは攻めていきたいというのは、あの頃の影響だと自覚しています。

林:ちょうど80年代くらいにA→B→C(サビ)構成というのが日本のポップスで形作られたんですよ。その前だと、A→Bくらいで、Bがサビにあたるものが多かった。サビへのつなぎの役割をするBメロというのは、あまりなかったんです。たぶん、僕らがAORとかアメリカの音楽に影響受けた世代の登場で、構成要素が増えて、もう少しメロディのパーツが多くなった気がします。

土岐:じゃあ、A→B→C構成というのは洋楽からの影響だったんですか。

林:かなり強かったと思います。ただ、今の若い人たちが当時のシティ・ポップや歌謡曲に触れて、どこが洋楽とは違うと感じるのかというと、AやB、Cとのつなぎの部分だと思うんです。歌謡曲のほうがもうちょっと細かさがそこにある気がします。あの当時、僕ら作曲家も作詞家もミュージシャンもアメリカ音楽の影響を受けて吸収するものはすごく多かったけど、手作り感は日本とアメリカでは若干違っていた。海外の製品を学んで日本で作った家電製品みたいな、微妙なニュアンスでパーツとパーツをつないで曲をまとめ上げたことで生まれた日本製ならではの良さ、みたいなものがもしかしたらあるのかも。今、日本の80年代シティ・ポップが海外で人気だと聞いた時も、なぜ日本の方に関心がきてるのか疑問でもあったんです。もしかしたら、日本人の作る哀愁感とかメロディ運びがアメリカ人とはちょっと違うのを、世界の人たちが感覚的に感じ取ってるのかな。

土岐:哀愁感という言葉には、なるほど、と思います。演歌からフォークを経由した流れなのか、湿度というかあまりカラッとはしていない心を歌いたいという感じが日本のポップスにはあると思うんです。カラッとした洋楽寄りのアレンジに対して、メロディや各パーツの役割がちょっとセンチメンタルな気持ちや濡れたような感情を表現するようなものになっている。Bメロでちょっとしっとりして内省的になって、サビで大きくなる、みたいな(笑)。それが今「和風」と感じられるテイストになっているのかもしれません。

シティ・ポップと「英語フレーズ」

─林さんは当時、曲作りはどのように行っていたんですか?

林:自然に自分の書きたいものを書いていました。70年代はまだ主流は歌謡曲で、自分が書きたい曲を書く場面がなかった。それが70年代後半に大橋純子さん、竹内まりやさん、松原みきさんがデビューし、やがて80年代になって僕のような曲を歌うアーティストが頭角を表し始めた。洋楽の要素を如実に受けた当時の要素としては、「真夜中のドア ~Stay With Me~」がわかりやすいですけど、歌い出しやサビの頭で英語の慣用句を使うとか。それまでは全部日本語で攻めたりしていたのを、ポップ感を出すためにサビ頭とか印象的なフレーズのところは英語にしてしまう。



土岐:サビの頭で英語やタイトルのフレーズが出てきて、イメージが抽象的になるという手法に、私はものすごく影響を受けています。それが来ないとサビじゃないような気がしているというか(笑)。

林:そうなんですか!

土岐:小学生の頃、お正月に歌本を祖母に買ってもらって熟読していたんです。「これがフックなんだな」とか「ここに行くまでのBメロなんだな」とか。当時はフックなんて言葉は知らなかったですけど(笑)。サビの頭の1行にどれだけ印象的なフレーズを持ってくるか、それまでのAメロ、Bメロが伏線になるか、そういう要素で曲の聴こえ方が全然変わっていく気がするなと当時から思ってました。近藤真彦さんの「スニーカーぶる~す」もサビが「スニーカーぶる~す」じゃない普通の言葉だったらヒットしなかっただろうなと子供ながらに思ったり(笑)。

林:そこはフレーズのインパクトですよね。

土岐:作詞と作曲は切り離せないものなんだなと思ってました。

林:今振り返ってみると、そういう横文字の置き方は非常に作為があるんだけど、そこで頭を切り替えさせる力もある。流行歌の作り手として意図的にそういうことをやっていたんだと思います。



─海外のシティ・ポップ・ファンにとっては、サビに英語のフレーズがあることで急に歌詞の気持ちがわかるという魔法的な効果もあるようです。

林:それは逆にいうと、僕らが洋楽を聴いた時も同じでした。瞬時に英語は入ってこなくても、なんとなく耳慣れた英語のフレーズがポンと耳に入ってくるといろいろ想像できますよね。

土岐:私も歌詞はわからなかったけど、アース・ウィンド&ファイヤーの「セプテンバー」の「パーリヤ♫」みたいなスキャット・コーラスは子供ながら真似して歌ってました(笑)。

林:僕たちが聴いてた感覚と同じようなことが海外でも今シティ・ポップに対して起こっているんですよね。でも、そこに他の部分を作る日本語の歌詞が要らないかといったらそれは違うんです。やっぱりヴォーカルも歌詞の世界を一体になって聴いて歌っているから、その気持ちの流れは必須なもの。ヴォーカル曲はいろんなものが組み合わさって出来上がっているから、そこに反応している気はします。

土岐:最近の子供たちが好む流行歌を聴くと、言葉を羅列してすごく詰め込んでいて、言葉に曲が合わせていくようなノリに変わっていて、多様で面白いなとは感じてます。

林:比喩とか韻とか関係なしで言葉を羅列してるような曲はアメリカでも流行ってますよね。言葉数が多いということはメロディも言葉を埋めるために細分化されていく。昔はフレーズとフレーズの間に隙間がある曲が多くて、その行間の余韻でリスナーが何かを感じ取るのはあった気がします。

─確かにそうなんですが、その一方でシルク・ソニックやハリー・スタイルズが全米で売れていたり、メロディ復権の流れもありますよね。

林:最近のチャーリー・プースやデュア・リパもそうですよね。ザ・ウィークエンドの最新作でも日本のシティ・ポップをサンプリングしたり、結構メロディアスになっている。グルーヴは今の感じですけど、その上に乗っているメロディはちょっと回帰してきてるのかもしれない。

「サバンナ・バンド歌謡」と土岐麻子の個性

─今回『melody of memory』にはボーナストラックとして、土岐麻子さんが歌う新録曲「ナイト・イン・ニューヨーク」(エルボウ・ボーンズ&ザ・ラケッティアーズのカバー)が収録されています。

林:土岐さんとは一度お仕事したいと思っていたんです。候補曲は土岐さんが以前から聴いていた洋楽からいくつかいただいて、その中から選ぶことにしました。そこに「ナイト・イン・ニューヨーク」があったんです。これは自分でも絶対選んだ曲だったので、ぜひとお願いしました。

土岐:私はこの曲は2000年代初頭くらいから歌いたいと思ってたんです。当時、DJから教えてもらったんです。「カバーしたいな」と思ってライブでは何度か歌ったことはあったんですが音源化はしてなくて。憧れと同時に曲に対する謎みたいなものも自分のなかにすごくあって。

林:謎?

土岐:この曲が当時の日本の作曲家たちにどういう影響を及ぼしていたんだろう?という謎です。このサウンドから影響を受けていたんだろうと思える曲がすごく多いんです。

林:なるほど。鋭いですね。みんな一番注目したのはベースラインではないかと思うんです。ダッダッダ、ダッダダッダダという独特のフレーズ。そこがすごく気になって。ルーツはわからないけど、かっこいいんですよね。



「ナイト・イン・ニューヨーク」 上から土岐麻子バージョン、エルボウ・ボーンズ&ザ・ラケッティアーズの原曲

─曲調としてはビッグバンド・ジャズですよね。

林:リズムの上に乗っているのはビッグバンド・ジャズなんですけど、あのベースラインとの組み合わせはちょっと発明的なんです。

土岐:プロデューサーのキッド・クレオール(オーガスト・ダーネル)はベーシストでしたよね?

─そうです。そこも発明に関係しているかも。彼が最初に世に出たグループ、ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンドの曲にも同じような特徴があって、そういうニュアンスのある80年代の日本のポップスをDJたちは「サバンナ・バンド歌謡」と言って探してましたね。

土岐:私も最近その言葉を知って、そんな括りがあるんだとびっくりしました(笑)。海外では他に似たようなスタイルのバンドは探せなくて、あえて探して出てくるのは日本にあるいろんな「サバンナ・バンド歌謡」だったんです。



ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンド「Ill Play The Fool」、サバンナ・バンド歌謡として知られる竹内まりや「戻っておいで・私の時間」

林:今回、土岐さんの歌が入った瞬間、このキャスティングは大成功だと思いました。

土岐:カバーする時は自分なりの味を出そうとするんですけど、この曲は好きでずっと聴いてたし、船山さんのアレンジも原曲に対して忠実な感じだったので、私も自分なりにしようとは考えず、原曲になりきって歌おうと思いました。

林:いや、でもやっぱり土岐麻子というきちっとしたIDは見事に出てましたよ。船山さんはオリジナルになかったストリングスも入れているし、原曲を知ってる人にも意外な楽しみを持ってもらえると思います。

─洋楽の影響を受けて、日本のちゃんと個性を持ったシンガーに歌ってもらうという意味では、林さんがシティ・ポップの時代からやられていた発想とも同じ並びですよね。この先、林さんと土岐さんのコラボレーションの続きも期待してしまいます。

二人:ぜひ!

林:僕は土岐さんの歌声や歌詞を聴いていると、音楽家としてくすぐられるところがあるんです。例えばブラジルのボサノヴァを直に受け取るというより、ヨーロッパ経由にしたことでひとつ屈折して、陽気さだけでなく曇り空みたいな感覚もある空気感になる。そういう要素を土岐さんは持ってる気がします。独自の個性としてそこがいいなと思ってるので、そういうところで僕がコラボできたらいいなと思ってます。

土岐:ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします! 私も、先ほど林さんがおっしゃった行間の音楽というか、あまり説明的でないけど確かに共有できるような良さがやっぱり好きなので、そういう曲でご一緒できたら!

林:若い人たちにもメロディのある、いい作品をこれからも聴いてもらえたらなと思います。



『melody of memory – City Pop of Tetsuji Hayashi Selection』
発売中
詳細:https://store.universal-music.co.jp/product/uico4063/

【収録曲】
01. ブレンダ・ラッセル/ピアノ・イン・ザ・ダーク
02. ボズ・スキャッグス/ジョジョ
03. クラシックス・フォー/トレーセス
04. スウィング・アウト・シスター/ウェイティング・ゲーム
05. ボーイズIIメン/メイク・ラヴ・トゥ・ユー
06. シルヴァーズ/二人のホット・ライン
07. デバージ/ドナは今
08. グラス・ルーツ/恋は二人のハーモニー
09. シャーデー/ラヴ・イズ・ストロンガー・ザン・プライド
10. ザ・スタイル・カウンシル/マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ
11. エルヴィス・コステロ/She
12. スティーヴィー・ワンダー/マイ・シェリー・アモール
13. プレイヤー/ベイビー・カム・バック
14. 10cc/アイム・ノット・イン・ラヴ
15. スティーヴン・ビショップ/オン・アンド・オン
16. ピーター・アレン/フライ・アウェイ
17. シルヴァー/ミュージシャン
18. ダスティ・スプリングフィールド/恋の面影
19. マイケル・ジャクソン/想い出の一日
20. 土岐麻子/ナイト・イン・ニュー・ヨーク(ボーナストラック)

■林哲司INFO

〈ライブ情報〉
稲垣潤一 meets 林哲司 アルバム発売記念 トーク&ライブ
2022年3月30日(水)ビルボードライブ東京
詳細:http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13297&shop=1

林哲司 公式サイト:http://www.hayashitetsuji.com

■土岐麻子INFO


アルバム『Twilight』
発売中
購入リンク:https://asab.lnk.to/tokiasako202111cd
配信リンク:https://asab.lnk.to/tokiasako_twilight_digi

〈ライブ情報〉
「TOKI ASAKO LIVE 2022 ”Morning Twilight” Reprise!」
バンドメンバー:Drums・矢野博康、 Bass・村田シゲ(□□□)、 Keyboard・冨田 謙
スペシャルゲスト:関口シンゴ
2022年3月25日(金)ビルボードライブ横浜(神奈川)
詳細:http://www.billboard-live.com/club/y_index.html

土岐麻子 公式サイト:http://www.tokiasako.com

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