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日本映画史上初の快挙『ドライブ・マイ・カー』、第94回アカデミー賞・作品賞ノミネート全10作品徹底分析

Rolling Stone Japan / 2022年2月19日 17時15分

Janus Films; Chiabella James/Warner Bros; Paul Thomas Anderson/Metro-Goldwyn-Mayer

第94回アカデミー賞・作品賞のノミネートが発表された。村上春樹の短編を映画化した『ドライブ・マイ・カー』が、日本映画史上初めて作品賞、脚色賞、監督賞、国際長編映画賞の4部門にノミネートされるという快挙を果たした。改めて、今年度栄えある作品賞にノミネートされた10作品を米ローリングストーン誌が徹底分析する。

歓喜の叫び、失望のうめき、歯ぎしり、ガラスが割れる音——あなたが今朝、耳にしたこれらの音が奏でる不協和音は、ただひとつのことを意味している。第94回アカデミー賞のノミネート作品が発表されたのだ。常のごとく、映画芸術科学アカデミーの会員たちが選出したラインアップの大半は極めて予想通りだったが、なかには見事な変化球もあれば、レディー・ガガの候補漏れという不可解な出来事もあった(実際、レディー・ガガ主演の『ハウス・オブ・グッチ』はひどい映画だが、劇中の「グッチ家の親子関係」によって描かれた爆発的なエネルギーはぜひご覧いただきたい)。

華やかなプレミア、愛想笑いに満ちたレセプション、映画祭やゴールデングローブ賞のオンパレード、セレモニーといったお祭り騒ぎ風のオスカーキャンペーンが縮小ないし一時停止させられるなか、今年は特殊な映画賞シーズンとなった。審査員の過半数が——かつてはスーパーヒーロー不在の映画を好んだ、好奇心旺盛とは程遠い人々——眠気と戦いながら超大作や親密なドラマを自宅のソファの端っこから審査していた可能性は高い。何が世間を騒がせていて、何が「到着時死亡」と言わんばかりに話題にならなかったかを把握するのも、例年より困難だった。だからといって、あなたアカデミー会員の注目に値するような史上最高のパフォーマンスや号外級の映画がなかったわけではない。たしかに、アカデミー賞の「正解」と「不正解」を判定するのは主観的なことかもしれないが、審査員たちは今年に限って大方「正解」を出したと言えるのではないだろうか。

そこで、ローリングストーン誌がアカデミー賞の作品賞部門にノミネートされた10作品——現在配信中のものからそうでないものを含む——を徹底分析。10作品について知っておくべきことを総括した(当然ながら、いちばんのお勧めは劇場での鑑賞だ)。3月27日(日本時間3月28日)の授賞式までにチェックし、気になる作品があれば鑑賞しておこう。

1.『ベルファスト』(3月25日公開)


北アイルランド・ベルファスト出身のケネス・ブラナー監督の『ベルファスト』がトロント国際映画祭で上映された直後、たしかに私(訳注:米ローリングストーン誌のデヴィッド・フィアー記者)は判断を急ぎすぎたのかもしれない。ブラナー監督の幼少期を描いたこの自伝的作品は、いわゆる「北アイルランド紛争(英語:the Troubles)」によって仲の良いコミュニティが交戦地帯へと姿を変えた激動の時期を生きる少年が主人公の物語だ(それでも私は、オスカーを確信した誇張的な記事の見出しを後悔しているわけではない)。モノクロ映像で写し出される同作は、歴史映画、社会問題に関する嘆き、過剰にセンチメンタルになることなくパーソナルな親密さを感じさせる成長物語の融合である。業界のベテランが手がけた作品であることは、いまさら言うまでもない。これらはすべて、審査員を歓喜させる要素でもある。トロント国際映画祭で最高賞の観客賞を受賞してからというもの——同作は、映画賞シーズンの重要な先導者と目されつづけてきた——私がオスカー受賞を確信したのも無理はないとわかっていただけるだろう。昨年、とりたてて話題にならずに劇場公開を迎えた際は、勢いがスローダウンしてしまったかのような印象を与えた。だが同作は、有力な候補として復活した。それに、これは時間を費やして観るに値する作品だ。『ベルファスト』は、「ローレンス・オリヴィエの再来」と称賛されたブラナー監督の秀逸な回想録であると同時に、心の琴線にそっと触れる術を心得ている作品なのである。

2.『Coda コーダ あいのうた』(絶賛公開中)


『Coda コーダ あいのうた』のノミネートには驚いた。歌手を夢見るコーダ(聞こえない親をもつ聴者の子供、Children of Deaf Adultsの略)の少女(彼女には、隠れた歌の才能がある)が主人公のこのインディー映画が、2021年のサンダンス映画祭で審査員賞を含む4冠に輝いたのは事実だ。だが、何と言うか……常に観客の感情を掻き立てるという観点から見ると、同作はいささか厚かましい印象を与える。両親役を演じたマーリー・マトリンとトロイ・コッツァーは特に見事で、役者たちの演技は素晴らしいのだが、どうしても、主人公が自力で困難を乗り越えようとするドラマ、負け犬の大逆転を描いた物語、奇抜なコメディ、レプレゼンテーション不足なサブカルチャーのポートレイトが衝突し合う、複数の映画を同時に見ているような感覚を抱いてしまうのだ。観客を幸せな気持ちにしてくれる映画がある一方、アグレッシブなまでに多幸感を演出する映画もある。果たして、同作はどちらだろう? 受賞という点では、こうした点は玉に瑕ととらえることもできるが、もしかしたらこれは意図的なのかもしれない。


3.『ドント・ルック・アップ』(Netflixにて配信中)


レオナルド・ディカプリオとジェニファー・ローレンスという世界最大のメタファーを持ち出して、ソーシャルメディアで「いいね!」や「ウケる」といった反応ばかりを求めるスマホ依存症の人類をこき下ろすアダム・マッケイ監督の最新作『ドント・ルック・アップ』に関しては、すでに過去の記事で述べたとおりだ。たしかに、マッケイ監督の主張は一理あるかもしれないが、Netflixの人気コメディは環境への配慮が足りないと不平を漏らす(プロまたはそれ以外の)映画評論家たちと同一視するのであれば、監督の主張は正義感と自己防衛が強い印象を与えるかもしれない。同作が本当に抱腹絶倒の鋭いコメディ映画であれば、こうした威勢のいい自己嘲笑は許されるのかもしれないが、同作の切れ味の悪い風刺は、観客を笑わせることにしか興味がないようだ。笑いを求めているなら、『ムーンフォール』(2022年公開予定)を観ればいい。オスカー候補としては大博打のように思えるが、どうなるかお愉しみだ。

4.『ドライブ・マイ・カー』(一部劇場にて公開中)


一部の人たちは、セックス、喪失、ロシアの劇作家アントン・チェーホフの戯曲がテーマの約3時間の邦画がアカデミー賞関連の話題にのぼる、ましてや賞レースに加わり、最有力候補と目されることになると考えただけで、数カ月前からずっと不満を言っている。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』は、舞台俳優・演出家の男(西島秀俊:彼にはぜひ主演男優賞部門に食い込んでほしかった)が主人公の、優美で静かな感動をたたえた秀作である。主人公の男は、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』の多言語上演に没頭することで悲しみを乗り越えようとする。同作は、映画評論家たちが年末に発表するランキングを席巻し、複数の審査員賞にも輝いた。「レス・イズ・モア」というイデオロギーに忠実な長編映画が文化の垣根を超える誠実なポテンシャルを秘めていると考えるのはユートピア的かもしれない。たとえそうだとしても、さまざまな団体から贈られた賛辞が功を奏し、同作はアートハウス系映画としてはやくもヒットした。それに、このジャンルに加わることで普段は長編の邦画に興味を持たない人も、観てみたいという好奇心に駆られるだろう。同作を待ち受ける栄光には、百倍もの価値があるのだ。『ドライブ・マイ・カー』は、『パラサイト 半地下の家族』(2019)と同様に名画と呼ぶにふさわしい作品である。字幕付きの映画は賞をとることができないと言われるなか、『パラサイト』が成し遂げたことを思い出してほしい。現実は、私たちの予想を超える。夢を持つことくらい、いいのではないだろうか。

5.『DUNE/デューン 砂の惑星』(劇場公開終了)


全宇宙の救世主となる青年が主人公の米SF作家フランク・ハーバートの大人気SF小説をドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化した『DUNE/デューン 砂の惑星』は、監督賞にノミネートされると思っていた。そんな私の予想に反し、審査員たちは同作を作品賞の候補に選出した。先見性あふれるヴィルヌーヴ監督が監督賞にノミネートされなかったのは残念だが、監督が長い歳月を費やして実現した作品が作品賞という栄えある部門にノミネートされるのは喜ばしいことだ。『DUNE/デューン 砂の惑星』は、正統派の叙事詩であり、本気の技術的要素が詰め込まれた血統書付きの大胆な英雄物語である。完璧な作品とは言えないまでも(完璧とは程遠い)、劇場の大画面にふさわしい貴重な超大作であると同時に、真面目に受け止められるべき作品でもある。長期的な投資を行なった後援者たちは、はやくも報われる結果となった。それにこうした称賛は、たとえ同作が作品賞を受賞しなくても、素晴らしい食事のスパイスのような効果をもたらす。ネタバレ:『DUNE/デューン 砂の惑星』が受賞する可能性はほぼゼロだろう。それでも、ノミネート作品に迎え入れられたのは嬉しいことだ。

6.『ドリームプラン』(2月23日公開)


ウィル・スミスは、愛娘のビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹を最高のテニスプレイヤーに育てようと奮闘する頑固な父親兼コーチのリチャード・ウィリアムズを演じ、5人の主演男優賞候補のひとりに選ばれた。スミスは、この役を通じて魅力とじわじわと込み上げてくる怒りを見事に表現し、スクリーン上でいかにも彼らしい存在感を放った(アーンジャニュー・エリスが助演女優賞にノミネートされるかどうかは定かではなかったため、彼女の名前が呼ばれたと知って嬉しかった)。大手映画会社配給の同作もまた、劇場(およびHBO Max)公開当時はほとんど話題にならず、超能力を持たないヒーロー物が好きな人たちというしかるべき観客に訴えかけることができなかった結果、アカデミー賞のダークホースとみなされることが多かった。『ドリームプラン』は、本物の天才を育てている(しかもふたり)と信じながら、あらゆる可能性の扉を叩き、「ノー」という答えを拒絶する男の物語だ。だからこそ、過小評価された同作が猛烈な追い上げを見せてチャンピオン候補にまで上り詰めたことは理に適っている。レイナルド・マーカス・グリーン監督がリチャード氏に捧げたこの自伝的作品の問題点はさておき、ウィリアムズ姉妹を世界的に有名にした父親の野心と意欲を的確に描いていることは認めなければいけない。どうやらリチャード氏の猪突猛進のマインドセットは、映画そのものにも浸透しているようだ。


7.『リコリス・ピザ』(2022年夏公開決定)


ファンキーでどこまでも風変わりな『リコリス・ピザ』は、本当の意味でストーリーのないハングアウト的な映画だ。主演のふたりは、観客にはほとんど馴染みのない役者たちで、ポール・トーマス・アンダーソン監督は、1970年代のカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーが舞台のどこまでもスウィートな青春物語を自宅ではなく、劇場のみで上映されることを望んだ。こうした要素はすべて、アカデミー賞という観点から見れば致命的な打撃ともとらえられる。だが、実際はそうではなかった。ロマンチックコメディ的なフラッシュバックとは言い難い型破りな同作は、回想録という意味では『ベルファスト』に近い——たとえ、脚本も手がけたアンダーソン監督が1973年当時はまだ3歳だったとしても。好きな人は、同作をどこまでも高く評価する。それに同作の評価は、時間の経過とともに雪だるま式に大きくなり、アメリカで劇場公開されたクリスマスには、はやくも評価のほうが先立っていたほどだ。それに時折勃発した議論でさえ、同作が話題のダークホースとなることを妨げなかった。もっと上品な作品では、あり得なかったことだ。今回紹介した10作品の中でも、『ドライブ・マイ・カー』の次にぜひとも観ていただきたい作品である。

8.『ナイトメア・アリー』(3月25日公開)


今朝の発表の中でも「なんてこった!」と私を歓喜させた最大のサプライズのひとつは、カーニバルを描いたギレルモ・デル・トロ監督のノワール映画『ナイトメア・アリー』——『パンズ・ラビリンス』(2006)以来もっともパワフルな作品——の作品賞ノミネートだった。米作家ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの1964年の小説『ナイトメア・アリー 悪夢小路』を華麗かつダークに映画化した同作は、流れ者(ブラッドリー・クーパー)の主人公がカーニバルの一座の女芸人と関係を持ち、メンタリストとしてのし上がる一方、その過程で魂を失い、無慈悲とは言わないまでも冷酷な男に変わっていく物語だ。たとえあなたがこの血ぬられた男を反射的に拒絶したとしても、デル・トロ監督はあなたが彼と共感することを期待している。コロナ禍の次なるヒットとして『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)と同時期に公開されたこの慎ましやかな秀作は、モノクロバージョン(!)が公開されたことでかろうじて話題にのぼることができた。そんな同作が、作品賞にノミネートされるとは! しかるべき映画には、奇跡が起きることをほぼ確信させてくれた。作品賞に輝くかどうかは重要ではない。ノミネートされたことが勝利なのだから。

9.『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(Netflixにて配信中)


作品賞の本命はどれだろう? 答えは、ジェーン・カンピオン監督が米作家トーマス・サヴェージの同名小説を映画化した『パワー・オブ・ザ・ドッグ』だ。同作は、ダンディーという表現がよく合う、蝶ネクタイ姿の真面目で物静かな弟と、木くずと草原の土埃にまみれた、抑圧された粗野なカウボーイの兄を描いた物語で、公開と同時に人々を圧倒し、称賛された。そして、ひょっとしたら意外なことかもしれないが、スクリーンやNetflixのプロモーションによって人々の目を引くようになって以来、ゆっくりではあるものの、着実に勢いをつけてきた。同作では、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー、そしてとりわけキルスティン・ダンストがキャリア史上最高の演技を披露しており、全員が演技部門でノミネートされている。カンピオン監督は、今日の映画監督の中でもとりわけ繊細な仕事をする人物と評価されている。制御された緊張感あふれるストーリーテリング、完璧なフレーミング、巧みなペーシングなどは、十数年ぶりに長編映画に復帰した監督の不在をひしひしと感じさせる。同作は一種のウエスタン(物寂しい草原や地面を踏み鳴らす家畜の群れのシーンが目白押し)であり、多種多様な解釈を可能にする作品でもある。英国アカデミー賞、全米映画俳優組合賞、全米製作者組合賞を受賞したことは、いまさら言うまでもないだろう。賞レースの先頭を走る同作の勢いは、6週間そこそこで衰えそうにない。

10.『ウエスト・サイド・ストーリー』(2月11日公開)


バイブル的存在として崇められるミュージカル作品、真剣勝負に挑む大御所監督、過去の誤りを訂正しつつも新たな緊急性を添えるテクストの再解釈、新たなスター(アリアナ・デボーズに拍手!)、そして「まさに映画!」という感覚を抱かせる高揚感。名作ブロードウェイミュージカルを再映画化した『ウエスト・サイド・ストーリー』は、クリスマス休暇直前にアメリカで公開された当時、期待されたほどの興行収入を上げることもなければ、しかるべき熱狂を巻き起こすこともなかった。だからといって、作品賞にノミネートされたことは少しも意外ではない。秀作がもっと少ない年であれば、あるいは十年前であれば、賞レースを総なめにしていただろう。作品賞の本命ではないものの、ほかの部門で賞を受賞する可能性は大いにある。ノスタルジーの魅力、ひいては2021年らしさが盛り込まれた、華やかでオールドスクールなショービズ界の巧みな描写をあなどってはいけない。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』と比べるとパワー不足、ただそれだけのことだ。

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From Rolling Stone US.

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