スラッシュ「最低な状況も愛していた」ガンズ・アンド・ローゼズで得た人生の教訓
Rolling Stone Japan / 2022年2月19日 8時30分
最新アルバム『4』をリリースしたスラッシュが語る、「世界で最も危険なバンド」ガンズ・アンド・ローゼズのメンバーとして学んだこととは? 「俺たちは行く先々でカオスと大混乱を巻き起こした」
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スラッシュの勢いが止まらない。2016年にガンズ・アンド・ローゼズに復帰して以来、黒いシルクハットがトレードマークのギタリストは、ガンズ・アンド・ローゼズと自身のバンド(スラッシュ feat. マイルス・ケネディ&ザ・コンスピレターズという途方もなく長い名義)という二足のわらじを履きながら定期的にツアー活動を行なっている。さらに今月は、両バンドから新作がリリースされる。2月11日には、スラッシュ feat. マイルス・ケネディ&ザ・コンスピレターズがニューアルバム『4』を発表。そして2月25日には、ガンズ・アンド・ローゼズのEP『Hard Skool』が発売される予定だ。
ここまでの道のりは、スラッシュにとって長いものだった。生まれ故郷のイギリスで数年間暮らした彼は、まだ幼い頃に家族とともにロサンゼルスに移住し、1985年にガンズ・アンド・ローゼズに加入した。ギターに対する個性的なアプローチを瞬く間に確立し、リリカルなソロと疾走感あふれるリフを駆使して「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」「ノーヴェンバー・レイン」といった名曲を世に送り出すことに貢献した。1988年には、前年にリリースされたアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』がデビューアルバムとして歴代最高のセールスを記録。その後、同時リリースされた『ユーズ・ユア・イリュージョンI&II』(1991年)は、グランジ黎明期に直球ハードロックの金字塔を打ち立てた。
スラッシュズ・スネイクピットという短いソロプロジェクトを経て、1996年にスラッシュはメンバーとの不和を抱えたままガンズ・アンド・ローゼズを脱退。ヴェルヴェット・リヴォルヴァーのギタリストとしてバンドの元メンバーと活動を続けたが、その後はソロアーティストとしてのキャリアを本格始動させた。運命の導きによってスラッシュはガンズ・アンド・ローゼズと和解した一方、精力的にソロ活動も継続している。どんなプロジェクトであれ、スラッシュは自身に与えられた役割を確実にこなしている。
「俺の仕事をしているだけさ」と、昨年の12月中頃に行われた電話インタビューでスラッシュは語った。「マイルス(・ケネディ)がフロントマンとしての役割の大半をこなしているが、ギタリストとしては、結局はどのバンドでも常に俺が表立ったところにいた気がする——だから、程度の差はあるが、どのバンドでも無口な男であり続けた。ギターの音はデカいけど、言いたいことがたくさんあったわけじゃないから。ザ・コンスピレターズでもそうだ。主な違いは、それが俺のバンド——少なくとも、俺がメンバーに声をかけて結成したバンドという意味で——だってこと。きっかけは2010年のソロアルバム『スラッシュ』だった。マイルスが加入したからバンド名に彼の名前を入れることにした。その後、ブレント(・フィッツ:Dr)とトッド(・カーン:Ba)が加わり、ザ・コンスピレターズが誕生した。これがクソ長いバンド名の由来だ。俺ひとりがスポットライトを浴びるのは嫌だったから」
スポットライトを避けてきたものの、スラッシュはこうしてまたステージの中心にいる。ローリングストーン誌の連載「Last Word」でのインタビューで、彼はこれまでの人生で得たあらゆる教訓を振り返った。
新作『4』での英断、ロック不遇の時代に物申す
―5年前にガンズ・アンド・ローゼズに復帰しましたが、2枚目のソロアルバムもリリースしています。ここまでご自身のバンドを率いてきて、よかったと思えることは?
スラッシュ:ロックバンドのメンバーであることや有名人であることに伴う、ありとあらゆるくだらないこと、面倒なこと、俺たちを煩わせるすべて……こうしたものは、(ザ・コンスピレターズにおいては)皆無だ。俺たちの願いは、みんなで集まって演奏し、レコーディングしてツアーをすること。俺が続けているのは、楽しい時間が過ごせるから。それに、完全にストレスフリーだからだ。
―ニューアルバム『4』のラストを飾る「Fall Back To Earth」のイントロのギターサウンドは、最高に美しいですね。いったいどうやってこうも素晴らしいフレーズを思いつくのでしょうか?
スラッシュ:南アフリカのクルーガー国立公園のサファリに行ったんだ。ギターも持っていった。ベタな表現だと思われたくはないけど、そこでは何もかもが美しくて、自然に囲まれながら壮大な夜空の下でのんびりするのは最高の気分だった。あのメロディーは、ふと浮かんできたものだ。でも、次々とメロディーがあふれてきたから、何かの前兆だったのかもしれない。自然から大いにインスパイアされたものなんだ。
―『4』では、デイヴ・コブという有名なカントリー・ミュージックのプロデューサーとタッグを組んでいますが、アルバムとしてはかなりロックな仕上がりです。おふたりの間にどのような化学反応が起きたのでしょうか?
スラッシュ:「腕の立つロック・プロデューサーを知らないか?」とふたりの人物に相談した。こうした人材は本当に希少だから。結果として、俺の判断は正しかった。4人の候補者リストの中にデイヴ・コブの名前があったんだ。
カントリーは普段の俺がやるジャンルではないかもしれないが、その魂みたいなものはわかっているつもりだ。それに、オールドスクールなカントリー・ミュージックは大好きだ。デイヴの音楽のクールな点は——いかにも現代的なのだが——どこまでもミニマルで、人間味があって、ある意味リアルでエモーショナルなところだ。だから、こうした要素を掘り下げることにした。それにデイヴは、ライヴァル・サンズ(のアルバム)のプロデュースも手がけていた。近年のロックバンドとしては、かなりいいサウンドだとかねてから思っていたんだ。
会話の中でデイヴは、ロックバンドをライブレコーディングしたいと長年願いつづけてきたことを明かしてくれた。そこで俺は、「俺だって、何年も前からロックバンドのライブレコーディングを実現しようとしてきた。でも、どのプロデューサーもやらせてくれなかった」と答えた。これを機に、俺たちは意気投合した。スタジオに着くや否やセッションをはじめて、速攻でレコーディングに取り掛かった。俺たちが演奏している間、ずっとデイヴはスタジオにいた。(こうしたプロセスは)俺にとって本当にカタルシスを感じる経験だった。
―ロック・ミュージックの人気は、全盛期と比べると低下しました。こうした状況を変えたいという思いに駆られたことはありますか?
スラッシュ:俺は生粋のロックンローラーであり、ロックは俺の原点だ。ロックは俺を鼓舞してくれる。すべてを犠牲にしたのもロックのため。俺にはロックの血が流れている。ほかにどんな音楽が流行っているかなんて知ったことじゃない。これが俺の生き方なんだ。だが、色んなジャンルの音楽を愛するミュージシャン及びアーティストとして言っておくが、世の中には優れたレコードをつくる奴らがたくさんいるし、それがロックである必要がないのも事実だ。
俺としては、音楽業界的にもてはやされているジャンルを気にしたことなんて一度もない。昔みたいにロックが売れなくなったいま、俺はジャンルとしてのロックの完全性が崩壊していくのを目の当たりにしてきた。ロックが一大産業になった時代のカネと馬鹿げた栄光のせいだ。90年代以降、MP3やファイル共有ソフトの到来によって、リスナーが何を聴いているかなんて気にせずに、誰もが注目されたいと願うようになった。それ以来、ロックの勢いは急降下している。だからいまは、自分の信念を貫き、自分が聴きたいと思える好きなものを精一杯つくり続けることにしている。
音楽業界のせいで商業的存在としてのロックが共食いのような状況に陥ってしまったのは興味深い。すべては食い尽くされてしまったから、ここにはカネもない。いまの若い奴らは、ただ好きだから音楽を発見し、音楽をやっている。これは素晴らしいことだし、彼らのエネルギーは輝いている。俺自身、勇気を与えられるよ。あれこれ考えてみると、ほかの奴らがそれぞれのことをしてきたのに対し、結局俺は、いつの時代も自分の腕を磨きつづけてきたんだ。
母親について、生い立ちとアイデンティティ
―ロンドン郊外のハムステッドのご出身ですが、最も「英国人らしい」と感じるところは?
スラッシュ:何よりもまず、英国に対する熱狂的な愛国心だ。愛国心は、すべての英国人の血に流れているようだ。DNAとか何かに組み込まれているのかもしれない。かれこれ40年以上アメリカで暮らしているっていうのに。ほかにも、何となく残っているものはある。たとえば俺は、アメリカ人のように「叔母」という単語を「アント(蟻を意味するantと同じ発音)」と発音するのではなく、英国式に「アーント」と言う。英国式のブレックファストも大好きだ。
―お母様は、デヴィッド・ボウイ、ジョン・レノン、ジャニス・ジョプリンといったアーティストの衣装デザインを手がけていました。ファッションについて彼女から教わったことは何ですか?
スラッシュ:ファッションやスタイルについて母親と話した記憶はまったくないから、服の好みは無意識的なものかもしれない。いつもTシャツとデニム姿の子供で、そこから進化することはなかった。でも、革パンは好きだ。母親が最高にクールな革パンをつくってくれたときのことを覚えている。でも、馬鹿な俺は、その数年後にヘロインと交換してしまった。それでも、特定のスタイルを無意識的に好むようになったのは確かだ。
―お母様は黒人で、お父様は白人でした。幼少期は、どのようにしてアイデンティティを確立したのでしょうか?
スラッシュ:幼少期の俺は、正真正銘のはみ出し者だった。アメリカに移住したばかりのころは、英国北部の訛りがひどかった。長髪で、「Shit(クソッタレ)」と書かれたTシャツを着て、穴の空いたデニムを履いていた。どこに行っても馴染めなかった。学校では白人の子供たちに囲まれていたけど、母方の黒人の親戚の多くはサウスロサンゼルスで暮らしている。自分のことをあまりに白人的だと思っていた(笑)。あの頃はキツかったな。ありのままの自分を受け入れることができなかったんだ。
でも、7〜8年生のときにギターと出会い、すべてが変わった。ある日突然、俺は「クールな奴」になったんだ。当時の俺は、よそよそしくて素っ気なかったから。ギターとの出会いを機に、肌の色を気にしなくなった——バンドメンバー探しの最中に相手よりも自分の肌の色のほうが濃いことに気づいたときは例外だ。大人になるにつれて感じ取るものは、間違いなくある。それも人生の一部で、俺たちはそれを抱えて生きていくしかないんだ。
あまり個人的に考えたことはない。何者であるかを明確に定義できない自分自身との結びつきを感じていたのかな(笑)。
―いまの生活では、スラッシュとサウル・ハドソン(スラッシュの本名)をどのように使い分けているのでしょうか?
スラッシュ:「スラッシュ」と呼ばれるようになったのは、9年生の頃だ。いま誰かに「サウル」と呼ばれたら、変な感じがするな。俺のことをガチで「サウル」と呼んでいたのは、他界した祖母くらいだったから。でも、運転免許書、パスポート、法的文書などはすべて本名だ。こういうシーンで「スラッシュ」はふさわしくないと思う。
「物議を醸すバンド」で得た教訓
―ガンズ・アンド・ローゼズの和を保つ秘訣は何でしょうか?
スラッシュ:とにかく、胸の中にしまっておくこと。当時は、バンドが有名になるにつれて——俺は「都会慣れするにつれて(street-smart)」という表現を好んで使うのだが——普段の人間関係に(音楽業界の関係者が)割り込んでくることが最大の問題になっていた。悪影響しかもたらさなかった。その結果、俺はバンドを去ることになった。ご存知の通り、俺は頑固者だから、振り返らず前に進んだ。
―総体的に見て、ガンズに復帰して一番よかったことは?
スラッシュ:一番大きいのは、俺とアクセル(・ローズ)につきまとう、あの忌々しい暗雲を乗り越えられたことだと思う。当事者以外の奴らによって生み出されたものがたくさんあったから。どれも極めて陰湿で、言葉を交わさない期間が長くなるにつれて、手の施しようがないほど肥大化していった。でも、それより大事なのは、アクセルとダフ(・マッケイガン)と一緒にスタジオに入った瞬間、言葉ではとても言い表せないけど、「そうそう! これこれ!」と思えたことだ。一緒に演奏していると、「90年代の俺たちがあんなことになってしまった原因って何だ?」と不思議に思えた。
―昨年、ガンズは25年以上振りに「ABSUЯD」と「Hard Skool」という2枚のシングルをリリースしました。どのタイミングでリリースに踏み切るのでしょうか?
スラッシュ:本質的に「Hard Skool」は、俺が初めてメンバーの前で披露したときには、曲として完成していた。その後、ダフとふたりでベースとギターのパートをやり直した。シンプルな曲だから、複雑な思考や分析はいらなかった。新しい何か——少なくともダフと俺にとっては——の一環としてやっていたものの一部だったから、すごく楽しかったし、いい時間を過ごすことができた。このほかにも新曲をたくさん用意している。もう少し複雑かもしれないけれど、同じくらい楽しい作品だ。
―ということは、まもなくニューアルバムがリリースされるとか?
スラッシュ:近いうちに、どこかで必ずリリースする楽曲がいくつかあるのは確かだ。それに続くものもある。だが、アルバムという観点から見ると、まだまだパッケージ全体として見なければならない。でも、どこかでアルバムをリリースできるだろうと、ほぼ確信しているよ。
―ガンズはかつて「世界で最も危険なバンド」と呼ばれていました。物議を醸すバンドの一員として得た教訓は?
スラッシュ:メンバーとして誇りに思っていることのひとつは、すべて俺たちがやりたいようにし、音楽業界や誰かのポリティカル・コレクトネスに迎合しなかったことだ。それが原因で俺たちが物議を醸したとしても、そんなことはどうでもよかった。俺たちは自分に正直で、それでいいと思っていたから。こうした特徴は、レコード契約以前からバンドに備わっていたものだ。俺たちは、行く先々である種のカオスと大混乱を巻き起こし、既存の方法や世間から受け入れられている方法を拒んだ。こうしたことは、あくまでバンドのメンバーであることの一部として受け止めていた。今日では、あらゆることがやり尽くされてしまったから、俺たちの出る幕はないかもしれない。それに、意図的だったことは一度もないんだ。
ギターへの愛情、人生の落とし穴
―先ほど、お母様がくれた革パンをヘロインと交換したときのことについて話してくれました。ほかにも、後悔していることはありますか?
スラッシュ:パンツとか、質に入れた2本のギターとか、ちょっとしたことかな。でも、気にせず前に進んできた。深刻な身体的ダメージを被ることも、酔っ払って取り返しのつかないヘマをすることもなかったのは不幸中の幸いだ。後悔というものは、信じていないよ。人生にトラブルはつきものだから。
―もう何年もずっとシラフですが、断酒に取り組む人々にアドバイスはありますか?
スラッシュ:俺の経験上、あの地点……AA(訳注:アルコホーリクス・アノニマス=無名のアルコール依存症者、断酒に取り組む国際的な自助グループ)的な表現を借りるなら、状況に「降伏する」地点までたどり着くのは大変だった。自分がこうした問題を抱えていることを自覚し、それらを整理するか、誰かに助けを求めるといった状況だ。そこまでたどり着くには、気が遠くなるくらいの時間がかかる。何もかもが楽しくてゲームみたいだったものが、ある日突然そうではなくなり、それが何であるかを明確に理解できなくなるから。何よりも重要なのは、こうしたことを受け入れて、変化を起こさなければいけない、という決断に至ることだ。自分に対して誠実であれば、必ず何かが起きる。でも、それまで通りの生活を続けることはできない。その先にあるのは、死か刑務所だ。ほかに選択肢なんてないんだ。
ここにいるのが奇跡と思えるくらいひどい経験をしてきたおかげで、自分が生きていて、好きなことができる状況に感謝できるようになった。二度と抜け出すことができないほどの致命的なダメージを被る前に、どうにかして乗り越えることができて本当によかったよ。でも、後悔はしていない。何というか、最低な状況も俺は愛していたんだ。それに、当時は楽しかった。でもどこかで限界を迎えてしまった。
―人生で一番高い買い物は何ですか?
スラッシュ:ギターを400本持っている奴にする質問かよ? それにしても、すごい数だよな。買うときもあれば、そうでないときもあるけど、とにかく次から次へとギターを手に入れてしまうから、大半はギターに費やしてしまう。ギター以外には、高価なものはあまり持っていないんだ。車は2台あるけど。だから、度を越した浪費家というわけではないが、ギターに対しては若干依存症的と言えるかもしれない。なかなかのコレクションにはなったけど、いまでもギターを買うんだ。いつか全部使うよ。たしかに、400本はすごい数だな。デヴィッド・ギルモアとエリック・クラプトンが自分たちのギターを売りに出したときは「へーえ。面白いな。どんな気分なんだろう? 解放感とか?」と思ったね。
―あなたのギターソロは、まるで歌のようにメロディアスです。優れたリードギタリストになるための秘訣は?
スラッシュ:ソロを弾くとき、大抵の奴は自分を甘やかしてしまう。だから、曲とはまったく脈絡のないソロになるんだ。奴らは、ひたすらジャムって、手持ちのフレーズをすべて披露する。それに、歌えるくらいギターソロがメロディアスだと言えるのは、(俺の演奏が)楽曲のメロディーの道筋という構造の範疇にあるからなんだ。これはいいことだと思う。かねてから俺はギターソロが大好きだが、あくまで素材というコンテクストの範疇でギターソロを愛している。ステージ上で誰かがひたすら楽器を弾き倒す、というのは好きじゃない。曲にインパクトを与えるという意味でギターソロが好きなんだ。
―かなり印象的なルックスですが、人前で気づかれずに行動するコツとは?
スラッシュ:ほとんどの場合、俺は自由にぶらつくことができる。ブリトニー・スピアーズじゃないから。なかには、気づく人もいるけどね。特に、ツアーで訪れている街をうろついているときなんかは。でも、普段の俺はかなり地味だ。あえて人の気を引くのも大嫌いだしな。だから、人知れず出入りを繰り返していれば、大勢に追いかけられることもない。もうひとつ言えるのは、自分が世に送り出したものが受け入れられた結果、人に気づかれるようになってしまったと文句が言える立場ではないということだ。不自由かもしれないけど、こればかりは仕方がない。
―成功にも落とし穴があるということでしょうか?
スラッシュ:本当の落とし穴は、成功を手に入れてからどのように振る舞うか、成功をどう扱っていいかわからないことだ。この点に関して、俺は多くのことを経験してきたと思う。長年の経験から得た教訓は、あまり人付き合いをしないことだ。それに俺は、あまり外出もしない。ライブで演奏しているときに気づかれることは構わない。大歓迎だ。でも、地元ロサンゼルスにいるときは、ひとりでいることが多い。移動中も、あえて誰かに気づいてもらうようなことはしない。こうしたことが得意じゃないって、長年の経験から学んだよ。積極的に発言する人もいれば、注目の的になるのが大好きな人もいる。俺は、そういうタイプではないんだ。
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