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アニマル・コレクティヴの歩みを総括 「21世紀最重要バンド」の過去・現在・未来

Rolling Stone Japan / 2022年2月24日 18時0分

アニマル・コレクティヴ、2005年撮影(Photo by Joe Dilworth/Avalon/Getty Images)

「21世紀の最重要バンド」として圧倒的な存在感を見せてきたアニマル・コレクティヴ(Animal Collective)。近年はその神通力も薄れていたが、最新アルバム『Time Skiffs』で見事に復活。再評価の機運も高まるなか、ライターの天井潤之介にバンドの歩みを総括してもらった。

タイム・スキフス(Time Skiffs)。直訳すると「時の小舟」を意味するアニマル・コレクティヴの最新アルバムのタイトルには、先日話を聞いたメンバーのひとり、ディーケンことジュシュ・ディブによれば「小さな舟を漕ぐように時間が徐々に流れて変化していくイメージ」が込められているという。

いわく、ある音楽と出会い夢中になって聴いていた頃の記憶。そして時間をへて蘇る当時の驚きや感動。あるいは人生経験を重ねることで得られる新たな発見や気づき――。そうしてかれらがこれまで40年以上の人生の中で出会ってきた音楽を総動員して壮大なキャンパスの上に描いてみせたのが『Time Skiffs』であり、アルバムを聴いていくうちに自分の中にいろんな風景なり感覚なりが呼び覚まされていく体験を言い表したのがあのタイトルである、と。その大きな時間軸で物ごとを捉えるオープンで柔軟な姿勢は、古今東西の音楽にアクセスして巨視的なスケールを持った音楽を作り続けてきたかれらならでは、まさに”アニマル・コレクティヴ的”と言えるのではないだろうか。



結論をいえば、『Time Skiffs』はアニマル・コレクティヴにとってこれまでの集大成と呼ぶのが相応しい作品にほかならない。『Sung Tongs』の魅惑的なヴォーカル・ハーモニー/コーラス・ワークも、『Feels』や『Strawberry Jam』の心踊るサイケデリックな音色も、『Merriweather Post Pavilion』の蕩けるようなダブやまどろむアンビエンスも、『Centipede Hz』の活気に溢れたバンド演奏も、すべてが溶け合わされてここには詰まっている。あるいは『Spirit Theyre Gone, Spirit Theyve Vanished』や『Danse Manatee』の頃の野心に満ちた実験精神の反響も聴くことができるかもしれない。かれらが活動を始めておよそ20年。言うなれば『Time Skiffs』というアルバムは私たちリスナーにとって、そこに残されたかれらの足跡の数々に触れることで様々な時代のアニマル・コレクティヴと再会し、そして新たな驚きや気づきとともに出会い直すような瞬間を用意してくれる作品、なのではないだろうか。

2016年の『Painting With』に続く11枚目のスタジオ・アルバムとなる『Time Skiffs』。しかし、今作についてまず特筆すべきは、4人のメンバー全員が参加した作品としては2012年の『Centipede Hz』以来、じつに10年ぶりである点だろう。というのも、かれらは作品にかぎらずライブ・パフォーマンスも含めて都度都度で参加するメンバーの人数や顔ぶれが異なるのがもっぱらで、その時々の趣向やフィーリングにまかせてラインナップを変える流動性の高さ、フレキシビリティにかれらのユニークさの一端がある。

ちなみに、前作『Painting With』はエイヴィ・テアことデイヴ・ポートナー、パンダ・ベアことノア・レノックス、ジオロジストことブライアン・ウェイツのトリオで制作された作品。他にもこの6年の間にかれらは、ポートナーとウェイツによるEP『Meeting of the Waters 』(2017年)、ポートナーとウェイツとディブによるヴィジュアル・アルバム『Tangerine Reef 』(2018年)、ウェイツとディブによるサウンドトラック『Crestone』(2021年、コロラドの砂漠に住むSoundCloudラッパーのコミュニティを追ったドキュメンタリー映画)など、様々なメンバーの組み合わせで作品を発表している。そして、かれらはアニマル・コレクティヴと名乗る前からこれまで四半世紀、こうして音楽作りの体制や環境を絶えずリフレッシュし続けることでその創造性を担保し、サウンドを押し広げて活性化させてきたと言える。

初期(2000〜2005)
果てなき実験とフリーク・フォーク

ポートナーとレノックスのデュオによる『Spirit Theyre Gone, Spirit Theyve Vanished』(2000年)、ウェイツを加えたトリオの『Danse Manatee』(2001年)をへて、4人での初めての共同作品となった2003年の『Here Comes the Indian』。アニマル・コレクティヴの名前が世に知れ渡るきっかけとなったのはその翌年、〈Fat Cat〉からリリースされた『Sung Tongs』(2004年)だったが、『Here Comes the Indian』からは、4人が音楽制作を始めた地元ボルチモアでの高校時代に遡るかれらの原風景とともに、活動初期のかれらがホームとした2000年代初頭のニューヨーク/ブルックリンの音楽シーンの空気を感じ取ることができる。

そこに記録されているのは、クラウトロックやシルヴァー・アップルズへの関心、サン・シティ・ガールズやクライマックス・ゴールデン・ツインズに対するシンパシーを手掛かりとしたジャムやエレクトロニクスの実験、ノイズ/ドローンとアコースティックと動物のように喉を鳴らす叫び声とが渾然一体となった不定形のサイケデリック・ミュージックで、骨董品のシンセやエレキ・ギターで組まれたその旺盛なエクスペリメンタリズムは、ブラック・ダイスやギャング・ギャング・ダンスといった当時のかれらが盟友関係を結んでいたブルックリンの先鋭たちとシェアされたものだった。あるいは、今挙げた名前に加えてエクセプターや〈DFA〉のデリア・ゴンザレス&ギャヴィン・ラッソムらの楽曲も収録したコンピレーション盤――”2000年代の『No New York』”とも謳われた『They Keep Me Smiling』(2004年)は、先日アメリカで公開された当時のニューヨーク・シーンのドキュメンタリー映画『Meet Me in the Bathroom』――ストロークスやヤー・ヤー・ヤーズを主役としたロックンロール・リヴァイヴァルの影で息づいていた、かの地のオルタナティヴ/アンダーグラウンドの姿を伝えてくれる。


2001年のライブ映像、『Danse Manatee』収録曲など4曲を演奏。




『Spirit Theyre Gone, Spirit Theyve Vanished』、『Danse Manatee』、『Here Comes the Indian』(後述のとおり、2020年『Ark』に改名)の各収録曲

KA by Excepter
Creature Comforts by Black Dice

同時代のNYアンダーグラウンド重要作。エクセプター『KA』(2003年)、ブラック・ダイス『Creature Comforts』(2004年)、ギャング・ギャング・ダンス『Gods Money』(2005年)

併せて、キャリアの初期においてかれらの存在を大きく押し上げたのが、2000年代の中頃にかけて高まりを見せた”フリーク・フォーク”と呼ばれるフォーク・ミュージックの新たな気運だった。ポートナーとレノックスが吹き込んだ美しく解放的でミナス感溢れるフォーク作『Sung Tongs』、ディブを加えたトリオで弾き語りした『Campfire Songs』(2003年)はその代表作だが、しかし、当時のシーンの顔役だったデヴェンドラ・バンハートのようなシンガー・ソングライター、あるいはジャッキー・オー・マザー・ファッカーやタワー・レコーディングスなど大所帯のグループとも異なりかれらのサウンドにおいて特徴的だったのは、むしろフォー・テットやフェネスといった同時代の電子音楽の作家と合い通じるようなエレクトロニクスのテクスチャーや音響処理、アンビエント・ミュージックの抽象性だった。実際、この時期のかれらは〈Kompakt〉のコンピレーション盤『Pop Ambient』シリーズや、マイク・インクことウォルフガング・ヴォイトによるミニマル・テクノ・プロジェクトのガス、ジ・オーブ、ベーシック・チャンネルからの影響を明かしていて、レノックスとポートナーに至ってはそれぞれジェーンやテレストリアル・トーンズといった別名義のプロジェクトでミニマルなアンビエント・ミュージックやフィールド・レコーディングスで構成された音源を並行して制作していたりもする。


2003年のライブ映像、当時リリース前の『Sung Tongs』から「Winters Love」を披露。




『Sung Tongs』、『Campfire Songs』、『Prospect Hummer 』の各収録曲


The Milk-Eyed Mender by Joanna Newsom

同時代のフリーク・フォーク重要作。上からデヴェンドラ・バンハート『Oh Me Oh My...』(2003年)、ジョアンナ・ニューサム『The Milk - Eyed Mender』(2004年)、ジャッキー・オー・マザー・ファッカー『Flags Of The Sacred Harp』(2005年)

飛躍期(2005〜2009)
メインストリームを侵略した革新性

フォー・テットのキーラン・ヘブデンが仲介して実現したヴァシュティ・バニヤンとの共演盤『Prospect Hummer 』を挟んで、そんなかれらのフリースタイルな折衷主義が最初に大きな実を結んだのが、2005年の6作目『Feels』だった。メロディやヴォーカル・パートは力強く鮮やかな輪郭を帯び、濃淡を重ねたエフェクトやループ、トライバルなリズム、ピアノやヴァイオリンの生楽器も交えて大胆に色付けられたその祝祭的な音楽は、まるでビーチ・ボーイズと『Richard D. James Album』のあわいを縫うようにしてかれらが「ポップ」であることを明確に志向したことを告げる代物だった。リリース当時、レノックスが筆者のインタヴューで話してくれたことを思い出す。

「僕個人として、ポップと関わりをもってなきゃだめだ、という思いと、あと、このバンドを、音楽に夢中な連中だけじゃなく、誰にでも聴いてもらえるようなバンドにしたかった、っていうのがある。だからミュージシャンとして僕は、言ってみれば、山を流れるポップ・ミュージックの川をもっと大きくしたい、と思ってるんだよ」。


2004年のライブ映像、当時リリース前の『Feels』から「The Purple Bottle」を披露。




「アコースティック・ギターを、テクノを作るみたいに演奏しようとしていた」。これはアニマル・コレクティヴの結成当初を回想してポートナーが残した言葉だが、それでも『Sung Tongs』のような歌や生音の響きにフォーカスを当てたアルバムを制作し、また『Feels』では変則的なチューニングが施されたギター・ワークやシューゲイズ的なマナーがそのサウンドを特徴付けていたのに対し、続く『Strawberry Jam』(2007年)ではライブのフィーリングを求めてアブストラクトなスタイルを推し進めるとともに、エレクトロニクスへの傾倒をさらに深めていくことになる。そして、ポートナー、レノックス、ウェイツのトリオで制作された2009年の『Merriweather Post Pavilion』は、その最大の成果と呼ぶにふさわしいアルバムだろう。


2005年のライブ映像、当時リリース前の『Strawberry Jam』から「Fireworks」を披露




ビルボード・チャートの上位を記録するなど商業的な成果ももたらし、同年リリースされたグリズリー・ベア『Veckatimest』、ダーティー・プロジェクターズ『Bitte Orca』と並び「アメリカのラディカルなアンダーグラウンドのインディ・ロックがメインストリームを侵略した年」(UNCUT誌)を代表する作品と評された『Merriweather Post Pavilion』。曲作りではサンプラーやシンセサイザーをメインの楽器として使用し、ピアノやアコースティック・ギター等の生楽器もエフェクターを通じてレイヤーやピッチ加工が施され、ミキシング・プロセスですべての音を完全にコントロールできるようにほとんどすべての音が個別にレコーディングされたという『Merriweather Post Pavilion』は、例えばライブ音源がオーバーダブなしでほとんどそのまま素材として使われた『Strawberry Jam』とは大きく異なり、そのモダンな音作りのアプローチにおいてもかれらのディスコグラフィーにおいて特異点となった作品と言える。プログレッシヴで色彩鮮やかなテクスチャーの中にもオーガニックでリラックスしたムードが感じられ、アブストラクトでアンビエントな音の広がりが強調されたプロダクションは、ひたすらアッパーで喧騒に満ちた『Feels』や『Strawberry Jam』とは対照的だ。

当時のウェイツいわく「100%エレクトロニックでもなければ、100%アコースティックでもない、エレクトロニックとアコースティックの境界線に存在するような音」をイメージしたとのことだが、それはループやサンプルを多用した制作の手法的に青写真になったというパンダ・ベアのアルバム『Person Pitch』(2007年)との連続性を窺わせると同時に、直後に本格的な台頭を見せるチルウェイヴに先鞭をつけたものとして捉えることも可能かもしれない。そのことは『Merriweather Post Pavilion』で名を上げたプロデュサーのベン・H・アレン(ディアハンター、カルツ)が後にウォッシュト・アウトやネオン・インディアンを手がけるようになる経緯にも象徴的で、例えば「My Girls」や「Daily Routine」のようなカラフルなエレクトロ・ポップにおいても通奏するドローンの沈み込むような感覚、内省的なサイケデリアは、当時アメリカのアンダーグラウンドやベッドルームで”ヒプナゴジック(睡眠導入)”と表現されたムードや感覚に通じていたように思われる。


2007年のライブ映像、当時リリース前の『Merriweather〜』から「My Girls」を披露








パンダ・ベア『Person Pitch』と同時代のチルウェイヴ重要作。ウォッシュト・アウト『Life Of Leisure』、ネオン・インディアン『Psychic Chasms』(共に2009年)、トロ・イ・モア『Causers of This』(2010年)

成熟期(2009〜2016)
サイケからヒップホップまで時空を横断

『Merriweather Post Pavilion』とは作風を一変し、ノイジーでカオッシーなエネルギーが渦巻くアルバムとなった9作目の『Centipede Hz』(2012年)。レコーディングの3カ月間、4人が同じ部屋で一日8時間ぶっ通しで演奏しまくるというやり方で作り上げたライブ・フィール溢れるサウンドで、その作業にどっぷり浸かりすぎたあまり作品の全体像を見失いかねないほど強烈な体験だったと振り返るかれらだったが、併せて『Centipede Hz』は、かれらが大好きな中東や東南アジアの音楽、いわゆるワールド・ミュージック的な西洋圏以外の音楽からの影響を顕著に聴き取ることができるのも魅力だ。

例えばリリースに合わせてウェイツが公開したプレイリストには、シルヴァー・アップルズやピンク・フロイド、13thフロア・エレベーターズに混じってブラジリアン・サイケのルラ・コルテス&ゼ・ラマルホ、トルコの女性フォーク・シンガーのセルダ、ペルーのガレージ・サイケやチチャ/ジャズ、スペインのサーフ・ロック、あるいは60年代に細野晴臣や松本隆が在籍したエイプリル・フールなど収録されていたが、他にもアフロ・ポップやトロピカリズモ、ハワイアン、グレゴリオ聖歌などグローバルな領域に広がるかれらの多文化的な音楽への興味や嗜好は、それまでにもそのディスコグラフィーの端々で披露されてきたかれらの持ち味でもある。とりわけ『Centipede Hz』では 「Todays Supernatural」や「New Town Burnout」を始め、 そこかしこでインドネシアや東南アジア風のメロディやギター・サウンドを聴くことができ、その背景にはかれらが普段から愛聴していた〈Sublime Frequencies〉(元サン・シティ・ガールズのアラン・ビショップが運営する辺境音楽専門レーベル)のレコードの影響がある、と教えてくれたのはレノックスとディブだった。




かたや、再びディブを除くトリオで臨んだ10作目の『Painting With』(2016年)は、新曲をライブではなくレコーディング作業でのみ一から作り上げていくという、バンドにとって初めての試みで制作されたアルバム。それまではライブでの演奏を重ねることでアイデアを練り上げ、ある程度曲を形にしてからスタジオに入るというやり方をルーティンとしていたかれらだったが、『Painting With』では曲を書き上げた時の第一印象、最初のフィーリングやリアクションを最優先した結果、楽曲の構成はコンパクトになり(全12曲で収録時間はアニマル・コレクティヴ史上最短の41分)、これまた『Centipede Hz』とは対照的に、一つひとつのビートや電子音、メロディやヴォーカル・パートがクリアで、整理された音作りが際立つ仕上がりとなっている。ジョン・ケイルやコリン・ステットソンといったゲストの参加もトピックだが、例えば「Vertical」や「Bagels in Kiev」を始め『Painting With』において耳を引くのが、R&Bやヒップホップからの影響を強く窺わせるリズムやプロダクションだ。




レコーディングが行われたのがマイケル・ジャクソンやリアーナ(と『Pet Sounds』や『Smile』)を録音したハリウッドのスタジオだったのは偶然だそうだが、当時話を聞いたポートナーの見立てによれば、かれらが活動を始めた当時、2000年前後に流行っていたティンバランドやアリーヤのプロダクションにハマり強くインスパイアされたことの影響が『Painting With』には色濃く現れているのだという。あるいは、レノックスが先立って制作したパンダ・ベアの2枚のアルバム『Tomboy』(2011年)と『Panda Bear Meets The Grim Reaper』(2015年)が、主にそのリズム・ストラクチャーに関して、前者がJ・ディラの『Donuts』にインスピレーションを得たヒップホップのヘヴィなリズムや矢継ぎ早なビートを取り入れ、そして後者がジェイ・Z『Black Album』を始め近年ではドレイクやケンドリック・ラマーの作品に貢献したシカゴのDJ/プロデューサー、ナインス・ワンダーのビート・メイクやサンプリング・マナーに影響を受けた作品だったことによるフィードバックも、そこには認めることができるかもしれない。ちなみに、この時期のかれらのライブでは、同郷ボルチモアのポニーテイルのメンバーで、ボアダムスが主催する「Boredrum」にも参加したジェレミー・ハイマンがサポート・ドラマーとして参加していたことにも留意したい。



パンダ・ベアのソロ作『Tomboy』、『Panda Bear Meets The Grim Reaper』

現在(2016〜2022)
『Time Skiffs』で発揮された4人の個性

4年前にニューオリンズで開催されたアート・イベントで、ポートナー、ウェイツ、ディブがトリオでライブ・パフォーマンスを披露するために用意した素材を起点に、改めてレノックスを加えた4人の共同作業を通じて制作が進められた『Time Skiffs』。フル・メンバーによるバンド・サウンド、加えてループやサンプルを極力控えて4人の「演奏」にフォーカスされた点は前々作『Centipede Hz』、ないし『Feels』にもアプローチ的に近いと言えそうな今作だが、一方で、パンデミックを受けて作業は全てリモートでのやり取りを通じて行われたというチャレンジングなアルバムでもある。これまで通り様々な楽器がマルチ・インスト的に使われながらも、今作ではドラム・キットに徹したレノックスを始め、ポートナーはベース・ギター、ウェイツはシンセサイザー、ディブはキーボードを基本メインに担当していて、実際にはメンバーが顔を合わせて演奏する機会は全くなかったとは信じられないほど、全編を通じてオーガニックでライブ感のあるサウンドに仕上がっているのが魅力だ。

そういえば以前、レノックスが自身のソロ作品とアニマル・コレクティヴの作品との関連性について問われて、パンダ・ベアの『Person Pitch』と『Tomboy』はアニマル・コレクティヴの『Merriweather Post Pavilion』の両隣に置かれたブックエンドのような関係――それらの間には類似点があり、影響を与え合う間柄にある――と話していたのを読んだことがある。仮にその話を今回の『Time Skiffs』にも当てはめるなら、3年前のパンダ・ベアのアルバム『Buoys』(2019年)が、前2作に続きプロダクションの部分でR&Bやヒップホップの影響を随所に窺わせた一方、アコースティック・ギターを始めシンプルな楽器の構成や歌に軸が置かれた作品だったことは象徴的と言えるかもしれない。かたや、もう一人のメイン・ソングライターであるポートナーのソロ・アルバム『Cows On Hourglass Pond』(2019年)が、『Strawberry Jam』を想起させる多彩なビートや電子音を活用しながらも、アンビエントとフォークをミックスさせたようなメロウでソングオリエンテッドな趣向を際立たせた作品だったこと。今作収録の「Prester John」は、そんなふたりが別々に書いた曲を合体させたというナンバーで、オーガスタス・パブロ直系のディープなダブとビーチ・ボーイズ風のヴォーカル・ハーモニー、華麗なオルガンのメロディが誘うまどろむようなサイケデリアがアブストラクトな電子音/ノイズの層へと大胆なグラデーションを見せるそのサウンドからは、両者が近作で披露したテイストとの関連性を聴き取ることができるかもしれない。





パンダ・ベア『Buoys』、エイヴィ・テア『Cows On Hourglass Pond』

「Walker」は、過去にレノックスが自身の作品(『Person Pitch』収録の「Take Pills」)でサンプリングしたこともあるスコット・ウォーカーに捧げたトリビュート的なナンバー。木琴や、バグパイプの音色にも似たドローンに映えるレノックスのバリトンが印象的だが、過剰に音を詰め込むことなく適度にルーズで、話を聞いたディブの言葉を借りれば「ひとりひとりが自由に息ができるスペースが確保されている」空間や余白を生かした演奏や音全体の間取りは、『Time Skiffs』を通じた傾向であり醍醐味だろう。




上述の「Take Pills」でサンプリングされた、スコット・ウォーカー「Always Coming Back To You」

そして、トロピカルなムード・ジャズといった「Car Keys」を始め、その風通しのよいサウンドを魅力的に色付けているのが、「エキゾチカ」というタームが相応しい有機的で異国情緒あふれるトーン&マナー。もっとも、前述の通りその手の文化横断的なスタイルはかれらのシグニチャーの一つだが、今作ではシーケンスやビート・グリッドを極力控えたオーガニックで自然発生的な演奏と相まって、そうしたカラーがより際立った形でそこかしこに色濃く打ち出されているように感じられる。一瞬トータスを錯覚させるようなラウンジ調の鍵盤打楽器のメロディが耳を引く「We Go Back」。ハワイアンのサンプリングを忍ばせた「Cherokee」では、ハイハットのミニマルなビートの上でポートナーの詠唱を左右にバウンスさせながら、まるでヨ・ラ・テンゴ『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』とヴァンパイア・ウィークエンドの間でたゆたうようにして「エキゾチカ」を遊ばせている。パーカッシヴなドラム・ビートと叩きつける鍵盤のリフ、陽気なヴォーカル・コーラスが賑々しくコール&レスポンスを繰り返す「Strung with Everything」は、カリブ海で録音された「The Purple Bottle」(『Feels』収録)といった趣もあって楽しい。




『Time Skiffs』がこれまでの作品と比べて魅力を増している最大の要因は、ポートナーとレノックスに加えてディブもヴォーカリストとして全面的に貢献を果たしていることだろう。過去にその3人で制作された作品として『Campfire Songs』があったが、その際はディヴの役割はあくまでバッキングに留まるものだったことを考えると、ほぼ全編通じて3人のヴォーカル・ハーモニー/コーラス・ワークを堪能できる作品は今回が初めてと言っていいかもしれない。

なかでもラストを飾る 「Royal and Desire」は、『Centipede Hz』収録の「Wide Eyed」以来、アニマル・コレクティヴの作品において2度目となるディヴがリード・ヴォーカルを担当した楽曲。ディヴといえば6年前にリリースされた初のソロ・アルバム『Sleep Cycle』は、グループ内で黒子的な序列に置かれてきたかれもまた不協和音とサイケデリアに浴したソングライター/コンポーザーであることを証明する作品だったが、ここではそのまどろむようなサウンドスケープに響き渡る魅惑的なバリトンによって、ポートナーやレノックスに勝るとも劣らないシンガーとしての自身の存在を主張している。アーサー・ラインマンが録音したダブ・プレートとでもいうか、『Merriweather Post Pavilion』に収録されていても違和感のない美しく優雅でメランコリックなムードはアニマル・コレクティヴ史上屈指であり、今作の白眉にあげたい。



「Royal and Desire」、ディーケン『Sleep Cycle』収録曲「Golden Chords」

未来(2022〜)
「現実」とも向き合うアクチュアルな視点

「これからの未来への不安や、今直面している瞬間への困惑、悲しみや混乱、嘆きが詰め込まれている。しかし、同時に、生きる喜びがあり、愛や人生や自然や人に対する期待が表現されている」。『Time Skiffs』のプレスリリースにはそうかれらのステートメントが記されている。

例えば『Merriweather Post Pavilion』では、金融危機がもたらした不安と混乱、かたやメンバーが子供を授かり父親になったことへの喜びと期待が隣り合わせで表現されていて、当時のインタビューでかれらにとって音楽とは、ある種の現実逃避の手段、現実からの衝撃を和らげる緩衝材的な役割を果たしているとレノックスやウェイツが話していたのが印象深い。もっとも、それ以前からもかれらはバンドとして、自分たちの曲の中で政治についてあえて取り上げる意思はないこと、政治や社会的なメッセージを扱う手段として音楽を使わないことをメンバーの中で話し合って決めていると公言していたわけだが、しかし近年では、Climate Justice Alliance(気候変動対策がスムーズに進むよう、各国の政府や国際機関に政策などのアドバイスを行う活動)に賛同するキャンペーンや、LGBT差別の州法に抗議するチャリティに参加するなど、かれらのなかで「音楽」と「現実」の距離はぐっと近くなっているように感じられる。また4年前には、環境保護団体のOcean Foundationへの支援を目的としたチャリティー・ソング「Suspend The Time」をウェイツとディブが制作したことも記憶に新しい。


Photo by Hisham Bharoocha

そして今回の『Time Skiffs』ではメンバー全員が40代を迎えたかれらが過ぎ行く人生を――それこそ「時の小舟」に乗って――振り返るようなノスタルジックな観察、パーソナルなストーリーが綴られている一方、今の壊滅的な地球環境に対するリアクションとして書かれた「Prester John」を始め、アクチュアルな視点を持った曲も散見される。M&Msのチョコやトム・ハンクスが登場する「Cherokee」は、チェロキー=ジープに乗ってドライブ旅行するようなロード・ムーヴィー風の陽気なナンバーだが、しかしその旅路は途中、”自分がアメリカ人であるかどうか混乱した”というフレーズを境にして、現代と隔てられた”それ以前”の文化や歴史に馳せる思いを滲ませていく。「チェロキー」というタイトルは、同時にアメリカ先住民=チェロキー・ネーションの部族統治への言及を表すものであり、そこには、先だってかれらが『Here Comes the Indian』をデジタル・リイシューした際、「インディアン」というフレーズがネイティヴ・アメリカンに対する誤ったメッセージを送りかねないという理由からタイトルを『Ark』と改題したことの内省も読み取ることができるだろう。




『Time Skiffs』には、私たちが夢中になって聴いていたあの頃のアニマル・コレクティヴと、あの頃から変化を遂げて大きく成長した、私たちが初めて知るアニマル・コレクティヴが織り込まれている。そしてこの「時の小舟」は、かれらの未来へと私たちを橋渡ししてくれる。ディブによれば、現在(昨年末時点)、メンバー4人はスタジオに入って『Time Skiffs』に続くアルバム用の音源をレコーディングしている最中とのこと。いわく、コロナ以前の2019年の時点でアルバム2枚分をゆうに超える曲がすでにあったそうで、その中からリモートでも制作できそうな曲をレコーディングしたのが今回の『Time Skiffs』だったらしい。具体的な予定はまだ何も決まってないそうだが、とりあえず溜まっているものを吐き出そうということでみんなで集まってレコーディングしているのだそうだ。さらに、先日公開されたClashのインタヴューでレノックが明かしたところによれば、ソニック・ブームことピーター・ケンバーとレコーディングしたパンダ・ベアの新しいアルバムが今年中にリリースされる予定だという。



アニマル・コレクティヴ
『Time Skiffs』
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