コロナ後遺症に苦しむ人々 米国社会の実態
Rolling Stone Japan / 2022年3月4日 6時45分
推定数百万人のアメリカ人が新型コロナウイルス感染後に慢性疾患を発症。フリーランスの立場で仕事をする「ギグ・エコノミー」と呼ばれる人たちは大きな影響を受けている。
【画像を見る】コロナ危機、米オレゴン州ではストリッパーの宅配サービスがスタート
ウェンディ・テイラーさんにとって、冬の冷え込みは過酷だ。コロナ後遺症を患って2年、気温が下がると痛みや苦痛が増すことを彼女は知っている。とくに1回目の新型コロナウイルス感染で発症した両手の重い関節炎には堪える。
ヒューストン在住のテイラーさんは、アメリカでコロナ後遺症に悩む推定数百万人のうちの1人。おそらく路上生活の中で一番つらいのは、寒い時期の水仕事だと彼女は言う。彼女は今、ゴミ捨て場から拾ってきた防水シートと8×8インチの折り畳みフレームで作った小屋で暮らしている。
「コンロでお湯を沸かすんですが、氷点下だとすぐ冷めてしまいます。ちょっと水にふれただけで手がものすごく痛みます」とテイラーさん。「焼けつくような痛みと同時に、ハンマーで殴られた感じがして、いったん痛むとなかなか引きません。外に出ただけで手が真っ赤に腫れあがって痛むので、ベッドにうずくまって泣いていることも1度ではありません」
ツインサイズのマットレスの足元の小さなテーブルに乗っているのは、緑色のキャンプ用小型コンロ。彼女はこれで調理と64平方フィートの住空間の暖房をまかなっている。ベッドの枕元にはプラスチックの収納棚が並んでいる。「こういう風に並べると中央に空間ができるので、折り畳み椅子を置いて座ったり、立って服を着替えたり、店で買ってきた食料品を置いたりしています」とテイラーさんは説明した。
以前野宿していた場所で昨年の記録的な暴風雪――テキサスでは少なくとも246人が死亡――を乗り切ったテイラーさんは、2月初めに大型の冬の嵐が迫ることを知り、準備を進めた。壁替わりの防水シートを補強し、フレームのポールをしっかり地面に打ち付けた。
今回テイラーさんがとくに心配しているのがコンロ用のプロパンガスの調達だ。「停電はそんなに困りませんが、暖房がつかなくなれば、みなプロパンガスを買いに走りますからね」と、41歳のテイラーさんはローリングストーン誌に語った。「みな」とは住む家がある人たちのことだ。「私たちが抱える一番大きな問題のひとつです。みなが緊急事態に備えて買いだめすると、私たちが日々頼りにしている日用品が手に入らなくなってしまうんです」
幸い2022年の嵐は、2021年の時と比べればずっと被害は少なくて済んだ。テイラーさんの小屋の近くにあるヒューストンの店舗では何週間もプロパンガスが品切れ状態になることもなく、数日のうちに再入荷された。「おかげでずっと楽に暖かく過ごせました」と彼女は説明した。「ほとんどの間ずっと中にこもって、扉を全く開けないようにしていました」
【写真】ウェンディ・テイラーさんの仮設小屋(2021年2月撮影)
コロナ前のテイラーさんの生活
コロナ以前、テイラーさんの生活はこうではなかった。事実、2020年3月の第1週に生活は上向きになりかけていた。日雇い労働者としてヒューストンの建築現場や造園業で地道に働き、長期滞在用のモーテルで暮らしながら、アパートを借りるお金を貯めていた。「あと1回分の給料でアパートを借りれる、というところまできて感染しました」とテイラーさん。最初にコロナの症状(のどの痛み、発熱、乾いた咳)が出始めたのは3月7日だったそうだ。
数週間が経っても身体はボロボロだったが、初めのうちは回復が長引いていることを気にしていなかった。どのみち2009年に豚インフルエンザに罹った時も、全快までに数カ月かかっていた。「今回も同じような感じだろうと思っていました」と本人。「あの時のパンデミックとよく比較されていましたからね」。だが2年が経った今も、テイラーさんの具合は芳しくない。
「ある日、コロナ後遺症でよく見られる症状のリストを見ました。200以上もの症状が挙がっていて――その大半が当てはまりました」。コロナ後遺症を抱える大勢の人々と同じように、彼女の症状も一様ではなく断続的で、数日ごと、あるいは数週間ごとに症状の組み合わせや重症度が変化するそうだ。
彼女の場合、倦怠感や発疹、神経認知障害がとくに頻繁に現れる厄介な症状だが、日々の生活を困難にしているのは突然発症した重度の関節炎だ。「とくに手に支障が出ているので、靴紐を結ぶとかボタンをかけるといった簡単な作業も今までとは違うやり方をしなくてはなりませんでした」と彼女は説明する。「(コロナの感染)以来、1~2日以上続けて働くことができなくなりました」
収入源を失ったため、テイラーさんはモーテルを出て、地元のドーナツ店のごみ箱の裏でテント生活を余儀なくされた。本人の推定では、2020年の春から夏にかけて段ボールから友人宅のソファ、モーテルの部屋など、少なくとも20カ所以上をあちこち移り住んだという。
2020年秋になるころには頻繁に移動することが耐えられなくなり、テイラーさんは長期間の野宿を始めた。「この時点で、神経学的症状が一気に悪化しました。今になって思えば、無意識のうちに死に場所をこしらえていたんだと思います」
テイラーさんはこの1年アストロドーム付近の袋小路で、枝を広げる樫の木の下に仮設小屋を建てて生活している。「最近ではほとんど世捨て人です」と彼女は言う。「コロナで免疫システムをやられてしまったので、ほとんど一人きりです。できるだけ小屋から出ないようにしています」
だがテイラーさん以外にも、コロナ感染から慢性疾患を発症し、生活に支障をきたしている人は大勢いる。まずは健康がむしばまれ、次に経済的安定が脅かされる。中にはコロナ後遺症の生活でいくつもの重荷を抱え、住む場所を失った人もいる。少なくとも1人は、コロナ後遺症から立て続けに災難に見舞われ、命を落とした。
「コロナ後遺症が財政の健全性――住居の確保や住居を失うことなど――に及ぼす影響について(の理解)は、表面をかすっているにすぎません」と言うのは、ブラウン大学の戦略イノベーション学の准教授、メーガン・ラニー博士だ。公衆衛生大学院のコロナ後遺症対策の共同リーダーでもある。「残念ながら、アメリカの大半ではセーフティネットが非常に限られているために、コロナ後遺症の生活で人々は経済的に追い詰められています」
コロナ後遺症についてわかっていることのひとつに、症状の種類や重症度が多岐にわたる点がある。コロナ後遺症の患者の中には問題なく仕事を続けられる人もいるが、一部の人々――とりわけ体力を必要とするギグ・エコノミーで働く人々――には、そうした選択肢はない。
「我が国では、慢性疾患を抱えながらも働き続け、家族を養うことができるような支援が行き届いていません」とラニー博士。「明らかにドミノ作用が起きています。働けなくなって、いつか家を失うことになります」
婚約者を亡くしたキャリー・サヴェージさん
昨年8月、カンサス市から北へ1時間ほどのミシシッピー州立公園で、アマンダ・フィンリーさんはめの夕食用に冷凍食品を温める準備をしていた。夜9時ごろ、電話が鳴った。友人のアシュリー・ブライアントさん、通称ジェイクからの携帯メールだった。「もう終わりだ」とメールには書かれていた。「一文無しで、家もない。体重は92ポンド(42キロ)。耐えられないほど痛い。人生ボロボロだ」
彼の状況の悲惨さはフィンリーさんにも痛いほどわかっていたが、この近況には打ちのめされた。2人はもう1年以上もコロナ後遺症を抱えていたが、彼は2021年5月に肺炎を患ってから症状が急速に悪化し、1カ月の半分以上も人工呼吸器につながれたままだった。彼の衣服――体重が170ポンドの時に買ったものだ――は、やせ細った体型にはもう合わなくなっていた。「列車の衝突事故を超スローモーションで見ているようでした」とフィンリーさん。「防げたはずなのに」
携帯メールを送信してから3週間足らず、ブライアントさんはテキサス州ボーモントの病院で、婚約者のキャリー・サヴェージさんに看取られながら亡くなった。享年40歳だった。
「こんなことになるはずじゃなかったのに」と、40歳のサヴェージさんはローリングストーン誌に語った。「あの日(彼が死んだ日)、彼は私を置いていけないと言いました。残りの人生を一緒に歩んでいくはずだったんです。コロナが憎い。コロナが私から奪っていったものが憎いです」
パンデミック以前、ブライアントさんとサヴェージさんはテキサス州ビダーに、寝室2部屋を備えた居心地のいいトレーラーハウスに住んでいた。ブライアントさんはバーテンダーとして働き、副業として床張りの仕事もしていた。サヴェージさんは地元のレストランでウェイトレスをしていた。いつも仕事のない日には、車のエンジンがかからなくて困っているご近所さんであろうと、先ごろ発生したハリケーンの後始末をしているメキシコ湾岸のコミュニティだろうと、ブライアントさんは困っている人がいないか気にしていた。サヴェージさんもしばしば一緒に人助けした。「ジェイクはすごくアクティブで、釣りが好きでした」とサヴェージさん。「いつも満面の笑みを浮かべて、周囲の人を笑わせるのが好きでした。会った人みんなから好かれていました」
ところが2020年3月、ブライアントさんとサヴェージさんは2人揃って失業した。1カ月後、ブライアントさんは新型コロナウイルスの検査で陽性と判定された。当初は失業保険と貯金でなんとか暮らしていたが、2020年10月には家賃が払えなくなった。食いつなぐためにブライアントさんは建設現場で慣れない仕事を始め、車を質に入れてわずかばかりの金を手にした。それでも足りなくて、2人でルイジアナの造園業で働いた――それも2020年11月にブライアントさんが再びコロナに感染するまでの話だ。この時は1回目の感染よりも重症だった。
ブライアントさんが体力的に働けなくなり、家賃を払う金もなくなって、2人は11月末にトレーラーハウスを出て、20年間乗りつぶした4ドアのシボレー・インパラで車上生活を始めた。「ジェイクはよく『そこまでひどいことにはならないよ』と言っていました。彼はいつも、物事を楽観的に見ようとしていました」とサヴェージさん。「にっちもさっちもいかないと思うたび、彼はいつも『何とかなるよ』と言っていたものです」
だが2021年1月1日にはブライアントさんは肺炎を患い、健康状態は一気に悪化し始めた。「車から外に出られない――それが悪化の原因です」とサヴェージさんは説明する。「昨年、テキサスは非常に厳しい冬を迎えました。ちょうどオンボロの車で車上生活を始めたころです。こんなに寒くなるなんて信じられませんでした」
ブライアントさんの健康状態が悪化する中、2人は家族や友人からいくばくかの金銭的な支援を得て、2月半ばからあちこちのホテルを転々とした。そして4月には長らく未払いだった失業保険をようやく受け取った。「ささやかな支援のおかげで、ちゃんとした家に戻れる状態だったんです」とサヴェージさん。「でも4月には、ジェイクの容態はものすごく悪くなっていました」
「職場復帰」への不安
パンデミック以前、ネイサン・バースさんはシアトルで幼稚園の先生をしていた。だが2020年3月と11月にコロナに感染し、コロナ後遺症――衰弱疲労、耳の痛みや圧迫感、頻発する耳鳴り――にかかり、教職に戻る体力がなくなった。シアトルでは家賃が支払えなくなり、バースさんはアイダホ州の実家に戻って友人たちや親族の家をあちこち転々としていたが、ついに引導を渡されてしまった。「3月1日までに住む場所を探さなくてはならないんです」と45歳のバースさんはローリングストーン誌に語った。「またもやホームレス寸前です」
せめてアルバイトでもいいから仕事が欲しいとバースさんも一生懸命だが、体力がなく、コロナ後遺症の症状が頻発するため、仕事を続けるのは難しいのではないか、もしかすると無理なのではないかと懸念している。「それがものすごく心配です」と本人。「僕が恐れている最悪の事態は、頑張って職探しをして、仕事が好きになり始めた途端に、またコロナに感染したり症状がぶり返したりして仕事を1~2週間休むことになり、本当にやりたかった仕事を解雇されることです」
コロナ後遺症を抱える他の人々も、バースさんのように職場復帰を懸念している。1日中オフィスで仕事をやり遂げる体力があるだろうかと疑問を抱き、上司の期待にこたえられるだろうかと気をもんでいる。しかも困ったことに、全米障害者法(ADA)を通じて正当な配慮を求めたところで、雇用主がどう対応するかも定かではない。
ADAはコロナ後遺症を障害認定しているものの、法の適用や保護対策は雇い主がケースバイケースで決定する。「ここでは雇用主の方に選択の余地が与えられています。慣例的に雇用主は独自の裁量で、どの仕事が重要かを判断することができます」。セントルイス大学法学部の教授で、障がい者雇用法を専門とするエリザベス・ベンドー博士は昨年10月にローリングストーン誌にこう語った。
その他慢性疾患(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)、線維筋痛症、慢性ライム病など)の患者が職場での配慮を求める際に直面する問題の例にならえば、コロナ後遺症患者にも険しい道が待っている。「この国の障害制度はゆっくり、少しずつ崩壊しています」と、エミリー・テイラー氏も言う。#SolveMe(ME/CFSや長期慢性疾患に特化した研究活動団体)の支援&コミュニティ活動の副部長で、Long Covid Allianceのシニアスタッフでもある。「ME/CFSの活動家としてコロナ後遺症の皆さんに謝罪します。もし私たちがもっと成果を上げていたら、今頃こんな状態ではなかったでしょう」
融通の利かない雇用主を抜きにしても、根本的な問題がある。コロナ後遺症や慢性疾患の患者には、自分たちに特化して策定されたわけではない制度に合わせるしかないのだ。「既存の障害制度の中には有益なものもありますが、そもそも丸い穴に角柱を通そうというようなものです」と彼女は説明する。「ME/CFSやコロナ後遺症、その他目に見えない病気を抱える人々を、見た目にわかりやすい障害を持つ人たち向けに作られた穴に無理やり押し込めようとしているのです」
アメリカ人の56%がその日暮らしで、47%がちゃんとした貯蓄プランを持っていないと言われる中、個人や社会のセーフティネットがない状態で収入を失えば、経済的に悲惨な状態にもなりうる。こうした問題は、とくにギグ・エコノミーの労働者の間で見られる。
アメリカでこうした単発の仕事やフリーランス業で生計を立てている人がどのぐらいいるのか、具体的な数字は定かではないものの、コンサルタント会社MBO Partnersが2021年12月に発表した報告書によれば、個人事業主の総数は2020年の3820万人から2021年には5110万人と、パンデミック1年目で34%も増加した。
外で凍え死ぬか、それともコロナに再感染するか
アマンダ・フィンリーさんは2020年3月にコロナに感染した後、デリバリーのアルバイトを辞めることにした。「個人的理由からですが、『ああ、死んでしまったら、これ以上何か病気にかかったら、もう働けない』と思ったんです」と彼女は言う。「感染期間がどのぐらいかもわかりませんし、他の人に(コロナを)うつすわけにはいきませんでした」
アマンダ・フィンリーさん(Courtesy of Amanda Finley)
考古学の研修も受けた人類学者で、セントルイス交響楽団でオペラ歌手をしていたこともある45歳のフィンリーさんは、自分や周りの人々をコロナに感染させずに生計を立てる方法を模索した。「インターネットで子供たちにSTEM授業を始めましたが、それだけでは足りませんでした。フリーランスで働いていると福利厚生はありません。働かなければホームレスになって、ひもじい思いをします」
彼女は2020年7月31日に住む場所を失った。「立ち退きではありません」とフィンリーさんは説明する。「契約更新をしてもらえなかったんです。それでは抵抗しようがありません。契約の打ち切りですから」 彼女は一時的に友人宅の地下室へ移り、2021年5月まで友人たちの家を転々とした。再びコロナに感染したのはそんな時だった。その時彼女が住んでいた家には4人の子供――全員ワクチン未接種――がいた。みたび感染する恐怖、他の人にうつしてしまうのでないかという恐怖が徐々に強まった。そしてフィンリーさんはできるだけ野宿するようになった。
2021年8月には完全に野宿生活になり、ウェストン・ベンド州立公園にテントを張って生活していた。26年間キャンプをしにここを訪れていたフィンリーさんは、ミズーリ川が一望できるこの公園を「お気に入りの場所」と呼んでいる。「(テント生活は)ばかげた選択肢だと思われるかもしれませんが、何度も感染を繰り返すわけにはいかなかったんです」と彼女は説明する。「他の人に私の吐く息を吸わせたくなかった。実際のところ、キャンプは結構好きなんです。人間と七面鳥だったら、喜んで七面鳥を選びますよ」
だが樹々の葉が色づき始めるころ、フィンリーさんの容態にも変化が見られた。「あまりにも寒くなって、10月には雪が降り始めました。その月の終わりにまた肺炎にかかってしまいました。ちょうどその時、キャンプ地のトイレが春まで閉鎖されました。キャンプ生活はもう現実的ではないところまで来ていました」
そこで11月から、フィンリーさんはまた友人たちのソファや空き部屋、地下室を回り、そのかたわらで各種アパートの空部屋を探し始めた。だがこうした生活がもはや安全には思えないところまで来てしまった以上、彼女はテント生活の選択肢も除外していない。「やむを得ない場合はすると思いますよ」と彼女は言う。「極端かもしれませんが、とんでもない二択ですよね。外で凍え死ぬか、それともコロナに再感染するか?」
まとな診察を受けられない「現実」
ミシシッピー州ジャクソンのビラル・キジルバッシュさんはこの8年、自ら運営するNPO団体「Draw a Smile Foundation」を通じて、困っている地元住民に暖かい食事を無料で提供している。主に住所不定の人々と働くキジルバッシュさんは、パンデミックでコロナ後遺症患者がが受ける被害を目の当たりにしてきた。住所不定の人々の大半は、たいてい医療保険に加入できない。それに加え、最初のコロナ感染を証明する書類も持っていない。
「これがちょっと厄介なところなんです」と言うキジルバッシュさん本人も、コロナ後遺症に悩まされている。「ホームレスの人々はみなコロナ後遺症の症状を抱えていますが、保険も感染証明書も持っていないので、誰からも取り合ってもらえません。検査を受けに行ったけれど、費用を払えないからと追い払われたという話も聞きます」
折に触れて、コロナ後遺症や他の疾患を抱えたホームレスの人々が毎週金曜日の炊き出しに姿を見せなくなる。そうなればキジルバシュさんの目にも留まるだろう。最悪の事態を想定するのはそう難しいことではない。「彼らは基本的に透明人間なんです」と、彼はローリングストーン誌に語った。「お金もない、追跡する記録もない、ただ姿を消してしまう。州を出るか、あるいは路上でのたれ死んで遺体が発見されるまで、誰にも気づいてもらえないでしょう」
そうした透明人間の感覚は、コロナ後遺症を患って住む場所を失ったテイラーさんも身をもって体験した。「コロナ後遺症の治療は存在しないにも等しいですし、症状はしばしば精神疾患で片付けられます」と彼女は説明する。「ホームレスへの治療もないに等しいですし、ホームレス状態自体も精神疾患で片付けられるのがオチです」
住所不定の人々が医者に診てもらえたとしても、適切な手当や治療の代わりに、無遠慮でお節介な説教をされる、とテイラーさんは言う。「もっと頑張りなさいと言われたり、庇護者ぶって”諭され”たり、精神疾患サービスに照会されたり、生活を変える役に立たないアドバイスをもらったり――私たちがこうなったのは生活に問題があるからじゃなく、こうするしかなかっただけなのに」と彼女は言う。「それでもダメな場合はどうなるか? 自ら選んでこういう生活をしているんだ、とあしらわれてしまうんです」
ミズーリ州ジャクソンの繁華街で、金曜夜のイベント「R U Hungry?」で飲み物を配るビラル・キジルバッシュさん 彼が運営するNPO団体「Draw a Smile Foundation」は毎週金曜にホームレスに炊き出しを行っている。(Photo by Draw-a-Smile Foundation)
ブライアントさんもテキサス州で治療を受けようとしたが、無駄骨だった。彼の症状は2021年もどんどん悪くなる一方だったが、サヴェージさんの話では、医者はまともに取り合ってくれなかったという――自分がコロナ後遺症だと言ったときはなおさらだった。「医者に診てもらうたびに、理由を説明しなくちゃいけませんでした」と彼女は振り返る。「ものすごくイライラしました。どうしてカルテを見て、この1年彼が悩まされてきた症状を確認しないんだろう?って。やってきたのが40歳男性だったので、また(オピオイドの)過剰摂取だと思われたんでしょうね」
ブライアントさんが重度の肺炎で運び込まれたとき――一酸化炭素中毒で運び込まれたこともあった――病院側は彼を一晩入院させ、翌日には退院させるのが常だった。「保険に入っていなかったので、大事にされなかったんです」とサヴェージさんは言う。「もっとましな治療をしてくれてもよかったのに。チャンスは毎回あったはずです。まだ生まれていない胎児以外、テキサスの医者は構ってくれないんです」
ようやくメディケイドが選択肢としてあがってきたものの、テキサス州ではメディケイドの給付対象となるにはまず障害者手当の条件を満たさなくてはならない。申請プロセスには数カ月かかることをサヴェージさんも心得ていた。「いつも思うんです、もし引っ越していたらジェイクはまだ生きていただろうか? もっといい治療をさせてあげられただろうか?って」と彼女は言う。「少なくともウェストバージニア州では、貧しい人はたくさんいますが、治療はしてもらえます。でもテキサス州では貧乏にもなれない。テキサスの貧乏者は価値がないです」
サヴェージさんにとって、ブライアントさんの最期の数カ月は記憶が曖昧だ。病院の内でも外でも看病し、相手にしてくれない医者の対処に追われ、ありったけの金を集めて一度に数日分の薬を買った――手に入るものなら何でも集めた。両側肺炎の発作が立て続けに起こった後、「彼の肺には水がいっぱいで、心臓に負担がかかり始めていました。それで心不全を起こしたんです」と説明してくれた。
2021年9月4日、ブライアントさんは夜明け前にこの世を去った。その日遅く、サヴェージさんはブライアントさんの障害者手当申請が承認されたという電話を受け取った。
政府や保険会社、雇用主が取り組むべき課題
コロナ後遺症を抱えつつ、住まいの問題にも対処しなければならないのは「悪循環」だとテイラーさんは言う。「当たり前のように思っていた日常業務――顔を洗うとか、水を飲むとか――が、ホームレス状態だと一仕事なんです。頑張って計画しないと動けない」と本人。「完全に矛盾していますよね、(コロナ後遺症にかかると)一息ついて休まなきゃいけないのに。常に自分を追い込まないといけない。その分余計に具合が悪くなるし、生きていること自体が難しくなる。そうなると、なおさら自分を追い込まなきゃいけなくなる。きりがありません」
アメリカの医療制度が崩壊していることは周知の事実だが、多くの人々が有害な「自足自給」という考えにいまだにとらわれている。つまり、一生懸命働いて、十分社会に貢献した人だけが、必要な治療を受けられるという考えだ。
コロナ後遺症の人々は、自分が病気であることを認めてくれない人たちと絶えず向き合っている。その上に住所不定となれば、シェルターやフードバンクや無料診療所などサポートしてくれる場所があるのになぜこんな状況になったのか、と疑問視する人々の白い目に対処しなければならない。
「シェルターに行ったらどうだ、というアドバイスはしょっちゅう受けます――最適な環境のシェルターでも、コロナ後遺症の患者のニーズをちゃんと満たしてはくれません」とテイラーさんは言う。テイラーさんやフィンリーさんのように、免疫不全の人々にとってはとくにそうだ。人が大勢詰め込まれた屋内空間――簡易ベッドがぎっちり並べられた満員の緊急シェルターもまたしかり――では再び感染する危険が高くなるため、有効な選択肢とは言えない。
同じようにフィンリーさんも、善意からではあるものの、見当違いでお節介なアドバイスを聞かされている。こうしたアドバイスをする人々は、彼女のような状況の人向けのセーフティネットがたくさんあって十分アクセスもしやすく、ニーズにも適切にこたえてくれると考えている。「みなさん、リソースが用意されていると思っています」と彼女は言う。「たしかにいくつかそういうものはありますよ。でもどこも逼迫しています。今では誰もが辛い思いをしているんですから」
コロナ後遺症によって収入を失い、住む場所を失ったらどうなるか? その例がブライアントさんの死だ、とフィンリーさんは言う。「雪だるま式に、まずは医療制度から締め出され、(次に)必需品が入手できなくなります」とフィンリーさん。「シェルターに行けばいいじゃないか、と皆さん思うでしょう。そんなに簡単な話だったら、彼は死ななかったはずです」
コロナ後遺症の影響に対する理解や認知はいまも欠けている。だからこそ、サヴェージさんはブライアントさんと自分の物語を分かち合うことにした。「私たちのような経験は誰にもしてほしくない」と彼女は説明する。「そして世間には、コロナ後遺症が実際に存在して、生活を大きく変えてしまうことを知ってほしい。全部がいっぺんに押し寄せれば、立ち直ることができないほど圧倒される場合もあります。仕事も、健康も、精神も、社会生活も――尊厳も失ってしまう」
コロナ後遺症の原因や治療法についてはまだまだ研究が必要だが、現在後遺症を抱えている人をサポートしなければならない――サポートするのが当然だ、とラニー博士も言う。「(研究で)あらゆる情報を蓄積する余裕はありません。財政的被害を受けている人たちを救わなくては」と彼女は言う。「政府や保険会社、先見の明を持った雇用主の側がリーダーシップを発揮して、この問題に取り組む必要があるでしょう」
その間テイラーさんは人生の目標リストに取り組んでいる。パンデミック前に作成し、コロナ後遺症として生きる現実に合わせて微調整したものだ。最初にリストを作成してからいろいろな出来事があったものの、彼女は今も与信スコアをあげるという目標の達成に向けて奮闘中だ。「与信スコアで一番になっても、無収入で働けなかったら無意味ですけど」
何より、今後のことは自分の健康次第だということをテイラーさんもわかっている。「住む場所や車が欲しいですね」と彼女は言う。「働きたい。生活したい。まずはよくなること――少なくとも、どこが悪いのかを知って対処できるようにすること――それが最初の1歩です」
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