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エネルギー超大国、ロシアの「暗い未来」

Rolling Stone Japan / 2022年3月12日 7時45分

プーチン大統領(Photo by Maxim Shemetov/POOL/AFP/Getty Images)

ロシアのウクライナ侵攻の財源は、石油と天然ガスという同国の豊富な天然資源だ。だが「この紛争は、エネルギー超大国としてのロシアの終わりを意味します」と、ある専門家は指摘する。

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何十年にもわたり、大手石油会社の最高経営責任者たちはロシアのウラジーミル・プーチン大統領の独裁的な言動や一大帝国を築くという幻想に目をつぶってきた。彼らは国のパイプラインや掘削リグの建設を支援し、プーチン氏が売りさばく石油とガスを次から次へと購入した。化石燃料がもたらしたキャッシュは、プーチン氏の底知れない野心に火をつけた。それは、プーチン氏がウクライナに送り込んだ軍事力を築く手助けとなっただけでなく、オフショア銀行に大金を溜め込むことを可能にした。プーチン氏は、こうした大金によって紛争にともなう経済的低迷を切り抜けることができると信じていたのだ。

石油とガスは、長年石油国家のギャングたちによって支配されてきた。彼らは、グローバル経済の成長にブレーキをかけたり、CO2排出量を削減するという国際条約を妨害したり、あらゆる悪しき方法で金と権力を行使してきた(サウジアラビア政府に批判的だったジャーナリストのジャマル・カショギ氏のように、詮索しすぎる者は骨のこぎりでバラバラに切り刻まれる)。かたや欧米の首脳たちは、「エネルギー自給」という空虚な目標を掲げて化石燃料依存からの脱却を宣言するのに対し、イラクをはじめとする中東諸国に攻め込んで石油の供給を確保することに何の懸念も示さない。ここアメリカでも、「石油をどんどん掘れ!」というスローガンは大手石油会社の懐をますます肥やし、私たちの化石燃料への依存度を強めている。

だが、プーチン氏がウクライナをミサイルで攻撃しはじめたときから状況は一変した。それは、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の勇気に依るところが大きいのかもしれない。あるいは、何百万ものスマホで撮影され、世界中に発信されたウクライナ国民のリアルな苦しみが効果をもたらしたのかもしれない。米エクソンモービル、英シェル、英BPといった石油大手は、企業名が血塗られる前にロシアでの全事業を停止した。大手3社の中で最後に行動を起こしたのはエクソンモービルだった。同社はロシアにおける石油・ガス開発事業からの撤退を表明し、今後は同国に一切投資しないことを誓った。

それに加えて、プーチン氏は世界の変化のスピードを見誤った。先進国は、化石燃料からクリーンエネルギーにシフトする、エネルギーオタクたちが言うところの「偉大なる転換」の最中にあるのだ。こうした動きは、豊かな欧米諸国が化石燃料を従来通りのペースで今後も燃やしつづけると、文字通り地球全体が温室化し、生命が住めなくなる星になるという単純かつリアルな事実に由来する。この恐ろしい紛争が引き起こした大虐殺が何か良い知らせをもたらすとしたら、それは、クリーンエネルギーへのシフトを鈍化させる代わりに、ウクライナ侵攻はこの動きをさらに加速させるかもしれないということだ。この紛争がいかなる方法で収束したとしても、プーチン氏は代償を払うことになる。ロシアの石油と天然ガスは、いまとなっては独裁主義、戦争犯罪、大虐殺と永遠に結びつけられてしまったのだから。「この紛争は、エネルギー超大国としてのロシアの終わりを意味します」と戦略国際問題研究所(CSIS)のニコス・ツァフォス氏は語る。


気候変動とウクライナ紛争の根源は「化石燃料」

これは、気候変動との戦いにおける新たな局面を示すものでもある。ロシア軍がウクライナに侵攻した瞬間、気候変動の科学と地政学がひとつになった。ウクライナの科学者スヴィトラーナ・クラコヴァ氏は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の会合(偶然にも、ロシア軍がウクライナ国境を越えた日に開催された)で次のように述べている。「人間が引き起こした気候変動とウクライナ紛争の根源は、どちらも化石燃料です」

気候変動危機の緊急性は、IPCCの最新の報告書によって裏打ちされた。ウクライナ侵攻と同じ週にこの報告書が発表されたことは、きわめて皮肉だ。報告書によると、「気温の上昇と異常気象の増加は(中略)取り返しのつかない影響」を及ぼすまでになった。熱波はより激しくなり、干ばつは深刻さを増し、山火事は頻繁に起きるようになり、海面上昇は加速している。こうした変化は「人道的危機を助長し」、あらゆる地域の人々が故郷から追いやられている。

ロシアもこうしたディスラプションから免れることはできないだろう。IPCCの報告書は、明白な事実を突きつける。北極圏の永久凍土の溶解は、ロシア史上最悪の自然災害を引き起こした。2020年には記録的な熱波がシベリアを襲い、それによって発電所用のディーゼル燃料タンクが倒壊し、ノリリスク付近の河川や湖に約2万トンものディーゼル油が流れ込んだ。人口17万5000人のノリリスクは、永久凍土の上につくられた西シベリアの都市だ。ロシア北部の永久凍土が溶けつづけると、建物を支える地盤の力が2050年には最大で3分の1まで減少する。これにともなうインフラの被害額は、1320億ドル(約15兆円)とも言われている。

予想通り、共和党員たちと、気候変動に手を貸す悪党たちと懐疑派の面々は、化石燃料から自立するのではなく、ますます依存するための口実として即座にウクライナ侵攻を利用した。彼らは、石油、ガス、石炭よりも優れていて安価な電力供給手段があるという明白な真実を意図的に無視したのだ。彼らにとって化石燃料は、テストステロンのようなものだ。フロリダ州のマルコ・ルビオ上院議員は、Twitterに「(バイデンによる)アメリカの石油とガスの戦争によってプーチンは力を増幅させた」と投稿した。サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事は、米FOXニュースに「(バイデンが大統領として)ホワイトハウスに入ったその日に、彼はプーチンにすべての権力を与えてしまった」と語っている。

当然ながら、これらはすべて戯言に過ぎない。「共和党員たちは、気候変動対策か安全保障のいずれかを選ばなければいけないと主張していますが、両立は可能です」と、オバマ元大統領のもとで国防長官補佐官を務めたシャロン・バーク氏は述べる。「(共和党の主張は)まったくの嘘です。気候変動政策がこうした問題を引き起こしているのではありませんし、政策はこの問題とは無関係です」。クリーンエネルギー事業の起業家からに政治家に転身したイリノイ州の民主党のショーン・カステン下院議員は、次のように述べた。「化石燃料インフラにもっと投資するべきだと主張する連中は、悪魔もしくは無知なのです」


「地政学も変化している」

ウクライナ侵攻がはじまると、欧州連合はプーチン大統領と早急に袂を分かった。ロシアからヨーロッパに天然ガスを輸送する大々的な新パイプライン計画「ノルドストリーム2」も放棄された。ガスを燃料とするヒーターの代わりに使えるヒートポンプの広告がフランスの鉄道駅に出現した。筆者がこの記事を執筆している現在、欧州の首脳たちはロシアからの化石燃料の輸入の全面禁止には抵抗している。ドイツのオラフ・ショルツ首相は、ロシア産ガスは市民の日常生活を支えるうえで「きわめて重要である」と述べた。

だが長い目で見ると、ロシアのエネルギーに対する欧州の依存がやがて解消することは決定的だ。同時に、気候変動がいままで表面化していなかった——ウクライナ紛争が起きるまでは——経済的・政治的な動きの推進力であることを示す証拠もある。「変わっているのは、地球の気候だけではありません」と、米首都ワシントンのCenter for Climate and Security(気候および安全保障センター)のディレクターを務めるエリン・シコルスキー氏は指摘する。「地政学も変化しているのです」

経済大国のパワーバランスも急速に変化している。電気自動車メーカーのテスラの時価総額は、「米ビッグスリー」とされるネラル・モーターズ、フォード・モーター、クライスラー(現フィアット・クライスラー・オートモービルズ)の合計を上回った。アフリカ諸国は、資源を搾取することに熱心な富める投資家たちとの戦いの最中にある。特に需要があるのはリチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、グラファイトだ。どれもスマホから電気自動車に至るまで、あらゆるものを稼働させるバッテリーに必要不可欠なものだ。「世界のコバルトの70%は、目下コンゴ民主共和国で生産されています」とバーク氏は述べる。「これは、コンゴ民主共和国にとっても、世界中の人々にとっても由々しき問題です」

ウクライナ紛争が何かを証明したとしたら、それは化石燃料ギャングもそう簡単には引き下がらないとうことだ。ブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領は、炭鉱会社によるアマゾンの熱帯雨林の略奪を容認している。中東の石油カルテルは、世界の原油価格の安定化を求めるバイデン大統領の要請に応じていない。それに加えて、仮にウクライナ紛争がエネルギー超大国ロシアの支配に終止符を打ったとしても、世界を滅亡に追い込むことができるだけの核爆弾をプーチン氏が所持しているという恐ろしい事実は消えない。「紛争後は——」とツァフォス氏は言う。「ロシアは孤立し、経済は壊滅的な状態に陥るでしょう」。ツァフォス氏は、ロシアの運命をベネズエラ、イラン、北朝鮮などの追い詰められた国家と重ねた。

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