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DOPING PANDAフルカワユタカが明かす、バンド再結成秘話

Rolling Stone Japan / 2022年3月12日 13時0分

DOPING PANDAを解散し、ソロ・アーティストとして悪戦苦闘しながらも一歩ずつ前に進んで行くフルカワユタカを追ってきたRolling Stone Japanは、先日バンド再始動のキックオフとして開催された新代田FEVERのライブレポに続き、その2日後に行ったフルカワユタカのインタビューお届けする。

2012月4月19日、JCBホール(現東京ドームシティホール)でのワンマンをもって解散。その後、フルカワユタカのソロ・デビュー5周年のイベント(2018年1月28日、新木場スタジオコースト)のアンコールにサプライズ登場、4曲を披露したのみだったDOPING PANDAが、2022年1月28日、再結成を発表し、3月2日(水)にはニューアルバム『Doping Panda』をリリースし、同日に新代田FEVERにて入場者100名限定のキックオフ・ライブを行った。この後、4月23日Zepp Hanedaから始まる4本の東名阪Zeppツアーが控えている。FEVERライブのその2日後、フルカワユタカがRolling Stone Japanにバンド復活に至るまでのストーリーを語ってくれた。

2020年の夏にDOPING PANDA再始動の話は出ていた

──2年前、2020年の3月のインタビューした時は、バンドが解散してソロになってから、なかなか活動がうまくいかなかった、でも7年かかってようやくいい感じに回り始めた、と。で、この調子で、今年は47都道府県を回るんだけど、コロナが……という話でしたよね。

はい、そうでしたね。で、その後、やっぱり中止せざるを得なくなって。

──でも、それ以降のアクション、早かったですよね。fanicon(会員制コミュニティアプリ)を始めたり、ゲストを呼んでトークと弾き語りをやる配信イベントを立ち上げたり。

そうですね。fanicon、3月に始めてるし、配信イベントも夏前には一回目をやってますね。ほんとに僕、ネガティブ思考なので。「コロナのこの状況、何ヵ月か経てば収まるよ、なんとかなるよ」みたいな人もいたんですけど、僕は、長引くだろうなと思っていました。だから、違う形で、できることを探さないと。そこまですげえいい調子で、広げる感じで活動できていて、やっとソロ・フルカワユタカになれたと思っていたから、止まりたくなかったんですね。

──で、DOPING PANDAをやろうという話は、いつ頃から?

あ、その頃、2020年の夏にはその話が出てるんですよ。夏に河原田さん(DOPING PANDAをデビューさせた元マネージャーであり元ボス)から、メールが来るんですよ。

──河原田さん、今はマネージメントの部署じゃないですよね。

今は、同じグループの、ライブ/イベント制作の会社にいるんですけど。その頃ちょうど、僕とマネージャーと、faniconを始めて5ヵ月くらい経ってたんですけど、「これって、どうなんだろう?」っていう話をしてたんですよ。去年までやっていた、会場をちょっとずつ大きくしていって、いろんな人とコラボして、人のサポートをやって、っていう、外に向かって広げていこうというストーリーと逆に行ってない? コアファンにだけ向けてfaniconをやっていることが……いや、そこは今も感謝してるし、実際すげえ助かってたし、あそこで会員に向けて毎月新曲を発表するのも……あの時、曲を書いたり、発信したりできていなかったら、鬱とまでは言わないけど、俺、何やってたんだろう、とは思うんですよ。実際、まわりにそういう人、いっぱいいたし、ミュージシャンでも、飲食の人でも。

>>関連記事:フルカワユタカの挫折と仲間との出会い、ソロ活動7年間を振り返る

──ああ、そうでしたよね。

そういう時期だったんです、2020年の夏頃って。でも俺は助かってる、助かってるんだけど、これって、内に内に行ってない? 外に外にってがんばって来て、実際、2019年の『epoch』のツアー・ファイナルの渋谷O-WESTの時、お客さん、男の子とか若い子も増えてたんですよ。だから、今の活動だけじゃなくて、もっと外へ向かうことを考えなきゃ、という話をする中で、「たとえばDOPING PANDAをやる、ってなったらどう思う?」「俺はネガティブな気持ち、まったくないです」「じゃあやろうか、DOPING PANDA Zとかにして」みたいに、冗談まじりで、しゃべってはいたんです。そこまで真剣には考えてなかったけど、ゼロではなくなってはいた。っていう時に、ドンピシャのタイミングで河原田さんからそのメールが来るんですよ。「ちょうどそういう話をしていたんです」みたいな返事をしたら、「あ、ゼロじゃないんだ? じゃあ僕がHayato (Beat)につないでみていいか?」と。

──Hayatoさんは、解散後に、チャットモンチーのマネージャーになって、活動終了後は退社して──。

その後、Hayatoが徳島に引っ越してるのは知っていましたし、マネージャー時代の後半にメンタル的にまいってたことも、知っていたので。

──インタビューでも、この間のFEVERでも、本人が明かしていましたよね。

「俺、そこがハードル高いと思いますよ」とは言ったんですけど。で、その時点でも半信半疑です、自分の中で。「可能性ゼロじゃないとは言ったものの、本当にそういうことになった時、やるって言うかな?」みたいな。でも、Hayatoから前向きな返事が返ってくるんですよ。そこから心が動き始めましたね、「あ、ありえるんだ?」って。で、タロティとは年に一、二回ぐらいは会っていたので。メシに誘って、話をして。


最初は「音源は出したくない」と言っていた

──フルカワさんは、最初は、音源は作るつもりはなかった、ってきいたんですけど。

僕はそうです。ふたりには言わなかったですけど、やっぱり自分の中でプライドがありましたから。俺は音楽をやめずに続けてたんだよ、っていう。レコーディングの環境なんか、ドーパンに比べたら大変で。

──かけられるおカネとかね。

家で相当練習して、スタジオで1テイクでOKできるぐらいに、曲を染み込ませてスタジオに行くわけじゃないですか。そういう苦労もしてきて、曲も書いてきて……バンアパのまあちゃん(原昌和)と書いたり、HAWAIIAN6の(安野)勇太と書いたり、ポリの林くんとか、ベボベ(Base Ball Bear)と書いたり。そこでいきなりDOPING PANDAのアルバムって、おんなじ温度感で作れるかな? っていう不安がありましたね。まだSONYから出せるって決まってなかったし、そういう手弁当な制作になる可能性があったわけで。
それともう一個は、彼らは彼らで、昔と今では違うじゃないですか、マインドが。

──当然そうですよね。

HayatoはHayatoで、チャットモンチーのマネージャーの仕事をしていた中で、一流のドラマーとか、名うてのエンジニアさんと関わって来ただろうし。で、えっちゃん(橋本絵莉子)の歌を聴いてきたわけじゃないですか。そういう中で、Hayatoの哲学なり正義が、絶対できているから。DOPING PANDAの時は、制作においては、言ったらDOPING PANDA教のFurukawa Yutaka教祖がいて(笑)、そこにふたりがエッセンスを入れる、っていうふうにやっていたけど、それはもうできないわけじゃないですか。それができなくて、当時のドーパンを超えるようなものが作れるのかな、っていうのがありましたね。だから、マネージャーにはよく言ってましたよ、音源は出したくないって。Hayatoは最初から、音源はあった方が良いって言ってたけど、僕はそこはかわしてたというか。


3月2日(水)ニューアルバム『Doping Panda』をリリースし、同日に新代田FEVERにて入場者100名限定のキックオフ・ライブを行った(Photo by Rui Hashimoto)

──その気持ちが翻ったのは?

翻ったのは、2021年の夏前ぐらいかな、チーフマネージャーに、「音源作りたくないって言ってるけど、でもこの先さ、ユタカくんがやりたいって言ってる、ACIDMANと対バンとか、(ストレイ)テナーとやるとか、そういう時に、自分らだけ10年以上前の曲だけでやるの? それ、恥ずかしくない? 闘えないよ?」と言われて。それは確かに恥ずかしいな、と思ったんですよ。それは結局、自分の10年のプライドに、逆に泥を塗る行為になるというか。大勢の人が見ていたわけじゃないけど、自分なりにやって来た10年があるじゃないですか。そこにフタをしちゃうことになるな、と思ったんですよ。俺は10年で成長しているんだから、その10年をDOPING PANDAで表現しないといけない。Hayatoとタロティとの温度差はあるかもしれないけど、彼らの10年もそこに落とし込めるようにすればいい、そっちの方が健全だ、と思いました。その時に最初に作ったデモが、リードトラックになった「Imagine」だったんです。

──「Silhouette」は、ソロとして先にあった曲だそうですけど──。

そうです、faniconで発表するのに作った曲です。それは原形で、ドーパンでやるにあたって、だいぶ作り直しましたけど。

──それ以外の、DOPING PANDAの曲を書くということは、スムーズにできました?

はい。まず、Hayatoが叩いてタロティが弾くっていうイメージっていうのが、こんなにもでかいんだ? っていうのは、思いました。実は、ソロの時も試そうとしたんです。ドーパンっぽい曲を求められてるの、わかってたので、メンバーをイメージして書こうとしたんですけど、できなかったんです。

──ああ、なるほどね。

なんか、嘘ついてる感覚になっていくというか。だから、嘘ついてないから、よかったのかもしれない。


一抹の寂しさはずーっとあった、ほかのバンドを見ていて

──デモを作って以降は、どういう作業の進み方になるんですか?

リモートだったので、デモを送って、タロティがベースを入れて戻して来て、Hayatoがちょっと味付けして戻して来て、みたいなやり取りでした。で、そうやって音が返ってくるたびに、どんどん不安が取れていく、っていう感じでした、「ああ、やれるやれる」って思って。

──イヤなことを言いますけど、フルカワさんは、ソロにしても人のサポートにしても、凄腕のミュージシャンたちとやって来たじゃないですか。ドラムならfox capture planの井上司とか、ベースなら村田シゲとか、雲丹亀卓人とか。

そうですね。

──という経験をしてしまったがために、DOPING PANDAに戻った時に……。

いや、それはね、ありますよ。そりゃ、村田シゲとかウニちゃんとタロティは全然違いますよ。foxのつかっちゃんも、やっぱりすげえし。それは違います。違うんですけど、なんて言うかな、やっぱり、バンドはそれを超えて行きますね。

──うわ、いいこと言いますねえ。

超越する、全然。この10年、いろんなバンドを見てきましたけど、やっぱりみんな、仲悪いじゃないですか。仲いいバンドなんか俺、知らないです。って言っていいぐらい。

──(笑)はい。かつてのDOPING PANDAのように。

僕らはあれでも仲良かった方ですよ(笑)。
まあ、若い世代には、本当に仲いいバンドもいっぱいいるけど、僕らくらいのバンドは、続けていくうちにみんな、なんかしら問題がありながら、どっかに傷を抱えながら、やってるんです。でも、それでもうらやましかったですから、僕。

──ああ、ひとりになってからね。

胸ぐらつかみ合ってる姿すら、うらやましかったから。チームで、傷があって、それをなんとか治そうとしながらやっているのとか、問題が起きたけど、それでも続けていくドラマティックな姿とか。そこにファンが愛を感じて応援している。それはね、演奏とかを超越してるんですよ。10年前にドーパンをやってた時は、それに気づけなかった。あのボロボロの姿でよかったんだし、そこをもっと自分でコントロールする術があれば……まあ、なかったから解散したんだけど。ただ、だからって、それでもそのまま続けているのが、本当にミュージシャンとして幸せかっていうと、みんなあんまり幸せそうじゃなかったりするんだけど(笑)。

──はははは。わかります。

だから難しいんだけど、でも、自分がソロになっちゃうと、やっぱりうらやましかったですね。自分の活動が、2016年くらいから、だんだんうまくいくようになって来ていたけど、その喜びとは別に、一抹の寂しさはずーっとありました。ほかのバンドを見ていて。ただ、それが再結成につながってはないですけど。で、ほら……俺もそうだけど、解散してソロになると、絶対みんな、バンドの時よりもうまいサポート・メンバーを集めるじゃないですか。

──みんなそうしますよね。

でも、それで何年かやってみて、そこじゃないことに気づくんです。それは痛いぐらいわかります。この間のFEVERもそうだけど……演奏してて、自分達がどこのフィルでつっこむか、知ってるんですよ。で、フワッとしたタロティのベースが、気にはなるんだけど(笑)、当時それを気にしていた感じが、自分の中にインプットされていて。で、心地いいんですよね。僕でさえそうだから、やめずにずっとやっている人たちは……あ、やめずにやっている人たちは、ずっと心地悪いまんまか。(笑)


この再結成は絶対成功する、と思った

──そうかも。一回やめないとわからない。

(笑)。そうか。やめてないから、それが心地いいことに気がつけない。この間の僕なんて、「これこれ、この味この味!」みたいな。あと、何よりも、DOPING PANDAで、ほんとにいいアルバムを作れたっていうことが──。

──それは確かにそうですね。

そこがいちばん、再結成して、メンバーに感謝してるところですね。このふたりがいるからDOPING PANDAをやれる。やれるから、昔いたレーベルから音源をリリースできる。そうなったから、今のレーベルのスタッフと一緒にやれて、その人の紹介があるから、八反田(亮太)さん っていうエンジニアさんと、テッド・ジェンセンってマスタリング・エンジニアとできる。俺、44になりましたけど、もう一回こんなチャンスがもらえるっていうのは、ふたりのおかげですよ。DOPING PANDAのおかげですよ。で、そこにどんだけ応えられるかな、っていう1ヵ月〜2ヵ月があったんですけど、アルバムで見事に応えられたと思った。よく言われるのが、「いちばんDOPING PANDAらしいアルバム」っていう。いちばんDOPING PANDAらしいアルバムっていうのは、解散前のアルバムにないと、おかしいじゃないですか。ほぼ禅問答ですよね、もう。それが作れたことは、すごく誇らしいし。そういうチャンスが回って来たこと自体がラッキーなのに、そこで打席に立って、ちゃんと打球を前に飛ばした感じ。なんて天才なんだろう、って思っています。

──調子が戻ってきましたね(笑)。

あと、うれしかったのが、どの曲をリード曲にしてMVを作るかっていう時に、「Imagine」になったのが……僕、「Silhoutte」だったんです。やっぱりキャッチーでポップだから。でも、最後の最後で、家崎マネージャーが酔っぱらってLINEして来て、「僕は『Imagine』だと思います」って。「じゃあメンバーに確認してみるか」って訊いたら、ふたりとも「Imagine」だったんですよ。それは、メンバーには言わなかったですけど、むちゃくちゃうれしかったです。僕も本当は「Imagine」だったんだけど、「Silhoutte」の方が絶対ウケはいいだろうと思って。そうじゃない、「Imagine」だ、ってマネージャーが思っていて、メンバーが思っている。「この再結成は絶対成功する」と思いました。



【∞ THE REUNION TOUR】
4月23日(土)東京・Zepp Haneda 17:00 OPEN / 18:00 START
5月7日(土)大阪・Zepp Osaka Bayside 17:00 OPEN / 18:00 START
5月8日(日)愛知・Zepp Nagoya 16:00 OPEN / 17:00 START
5月22日(日)東京・Zepp Haneda 16:00 OPEN / 17:00 START

通常チケット代:1F 指定6,000円(税込/+1 Drink代別)・2F 指定6,500円(税込/+1 Drink代別)

▼オフィシャル二次先行受付(抽選)
受付期間:2月9日(水)12:00~2月20日(日)23:59
先行受付URL:https://eplus.jp/dopingpanda22-hp/
一般発売:3月26日(土)

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