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イントロの長さに隠れた意図、トーキング・ヘッズの楽曲などから鳥居真道が徹底考察

Rolling Stone Japan / 2022年3月14日 23時45分

一家に一枚レベルのDVD

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第33回はポップソングにおけるイントロのあり方を考察する。

ポップソングは今やイントロを必要としない。心にもないことを言ってみました。なぜこのような書き出しにしたかといえば、イントロ抜きで文章が始まる感じを演出したかったからです。

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昔に比べるとヒット曲のイントロがどんどん短くなっているという話をよく耳にします。その理由は次のようなものらしいです。サブスクリプションサービスでは30秒以上再生されて初めてロイヤリティが発生する。アーティストとしてはリスナーに30秒以上聴いてもらわなくてはならない。そこでスキップされることを回避するためにイントロを短くしてすぐ歌に入るようにしてリスナーの耳を引きつけたままにするわけである。そんなことがまことしやかに言われています。
 
そもそもイントロとはなんなのか。ここでは雑に歌が入るまでの時間と定義してみます。そのうえで、ビルボード・チャートのホット100を全曲チェックしてみようと試みました。けれども、気になる点が浮上しました。現代のアメリカン・ポップスのメインストリームであるところのラップでは、ほぼイントロの演奏中にスキット(と呼ぶのが正確なのでしょうか)が入ります。これを歌と呼ぶべきかどうか。またトラックメイカーのネームタグも早い段階で入ります。これは歌に含めても良いのか。あるいはウーアーといった歌詞のないコーラスはどう捉えるべきなのか。たとえば、目下ヒット中であるグラス・アニマルズの「Heat Waves」では、コーラス(サビ)が始めるのは0:41ですが、0:30あたりからすでに歌が入っています。さらにいえば、ド頭にもうっすらと歌が入っています。こうした例が示しているように、何をもってイントロとするのかは難しい問題です。コーラスが始まる箇所とするのか、歌が始まるまでの箇所とするのかで話が変わってきます。



ひとまずヴァース(ヒラウタ)ないしコーラスが始まるまでの時間と文字通り第一声が入るまでの時間をそれぞれカウントしてみました。前者は平均すると11秒。後者だと6秒でした。平均することにどのような意味があるのかよくわかりませんが、いずれにせよ短いといえること確かです。


 
ヒット曲のイントロが短くなっているというトレンドには、制作側のスキップされることを避けたいという意図が反映されているのかもしれません。ただしこれが唯一の理由とも思えません。昨今のポップスは1小節ないし2小節単位のループによってトラックの土台が構成されていることもその要因のひとつではないかと考えています。頭からお尻まで同一のループで構成されているのであれば、時間をかけて何度も繰り返す必要がなさそうです。
 
ヒット曲のイントロが短くなっている。それはスキップ回避のためである。そう言われると思わずなるほどねと納得してしまうところですが、そうであるのなら必ずしも早い内に歌に入ったほうが有利とは言えないような気もします。スキップ回避が問題であるのなら、イントロを切り詰めるのではなく、むしろめちゃくちゃキャッチーなイントロが量産されるというような状況になっていても良いように思います。制作側が互いに切磋琢磨して、創意を凝らしたイントロを供給した結果、イントロ黄金期が到来していてもおかしくないのではと思います。ここで大滝詠一がかつて「ヒット曲を作るのは制作者ではなくあくまでリスナーである」というような含蓄のあることを言っていたのを思い出しました。制作者は意図してキャッチーなイントロを作ることができません。それはリスナーの反応から遡及的に定義されるものだからです。
 
私の関心は、イントロが短くなっていることよりも、長いイントロはどうして長いのかということに向かっています。長いイントロといって最初に思い浮かぶのはトーキング・ヘッズの「Crosseyed and Painless」です。『Remain in Light』に収録されたスタジオ版ではなく、映画『Stop Making The Sense』のライブ版のほうです。『Stop Making The Sense』のDVDに収録されたコメンタリーによれば、フェラ・クティに影響を受けて作られた曲とのことですが、リズムは2拍目4拍目を強調するバックビートで、あまりトニー・アレン的なアフロビートではありません。各楽器のレイヤーの重ね方がフェラ的といえばフェラ的です。マイケル・ジャクソンの「Dont Stop Til You Get Enough」に見られるリフの掛け合いに近いように思います。

 

スタジオ版の「Crosseyed And Painless」は、13秒程度のささやかなイントロから始まりますが、映画版のほうはP-FUNK調のスローなジャムが冒頭に付け足されています。心地よいテンポでジャムが進むなか、デヴィッド・バーンがコーラスのメロディをモチーフにしたギター・ソロを弾いています。この良い感じのジャムが0:54まで続き、「バッバッ!」というキメとともにテンポがあがり、原曲よりも少しばかり早いテンポへと移行します。この瞬間にたまらなく興奮します。まさにスターを取って無敵になったマリオのような気分です。
 
ゆったりとしたジャムのほうはBPMが107前後です。テンポアップしてからのBPMは145前後。およそ1.35倍という中途半端なテンポアップです。どこから新しいテンポを調達してきたのか不明です。2拍3連から新しいテンポを設定したとしたらBPM160となるはずなので、これは違うようです。そこに何かロジックがあるわけではなさそうです。おそらく気合と根性で合わせているのでしょう。ちなみに映画だとテンポアップする前にデヴィッド・バーンがドラマーのクリス・フランツにちらりと目配せしていますが、ステージ上でバーンは常に挙動不審な動きをしているので、なんだか見落としてしまいそうだなと思いました。
 
テンポアップでテンションをバク上げするためには、ゆったりとしたジャムにある程度時間をかけなければなりません。長ければ長いほうが良いです。このライブ音源だと1分弱で終わってしまいますが、個人的には5分ぐらいあっても良いと思っています。10分ぐらいあっても良い。このジャムセッションパートには単に前フリ以上の価値があるからです。その価値とは端的にいって心地の良いグルーヴにほかなりません。バーニー・ウォーレルを始めとするゲスト・ミュージシャンたちの貢献もありますが、ここではやはりティナ・ウェイマスとクリス・フランツという非常にすぐれたリズム隊の功績を改めて讃えたいと思います。


 
テンポが上がるとテンションがバク上げするのと同様に、音量が上がってもテンションがバク上げするものです。この手法をもっともわかりやすいシンプルな形で提示したバンドがニルヴァーナであることはいうまでもありません。もちろんその先達にはピクシーズがいます。本人たちもピクシーズの「ラウド・クワイエット・ライド」フォーミュラを真似たと明らかにしています。ただし、ディストーションペダルを使用したギターによる音の壁の分厚さおよび、ドラムのやかましさ、ベースのゴリゴリ感という面でいえば、やはりニルヴァーナのほうがわかりやすいと思います。
 
私が海外のロックを聴くようになったのは、2000年前後のことでした。その頃よく聴いていたのは、当時でいうラウド系と呼ばれるようなバンドでした。たとえば、リンプ・ビズキット、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、コーン、インキュバス、システム・オブ・ア・ダウンなどなど。今改めて代表曲を聴いてみるとイントロが長いことに気が付きました。なぜ長いのか。それはおそらく彼らがニルヴァーナとは違った形で「ラウド・クワイエット・ラウド」フォーミュラを採用しているからでしょう。もちろんニルヴァーナの影響もあるのでしょうが、どちらかというとメタリカからの影響のほうが強いのではないかとみています。


 
たとえば、コーンのデビューアルバム『Korn』の一曲目「Blind」などはラウドなセクションに至るまでに1分ほどかけています。ボーカルのジョナサン・デイヴィスが”Are you ready”と問いかけて来る頃には完全に体が温まっている状態です。
 
このイントロはラウドなセクションから逆算して徐々にバンド全体のアンサンブルが完成されていくところを我々リスナーに披露しています。ド頭はライドシンバルの刻みのみというミニマルさ。途中でシンバルのカップ(中心のぽこっと膨らんでいる箇所)を叩いて音色を変えています。ここはマンキーが演奏するギターのリズムと重なる部分です。ところで、「Blind」の音源ですがステレオが左右逆のほうがしっくり来ると思うのですが、どうなのでしょう。ちなみにMVの音源はステレオの左右が逆になっています……。
 
ラウドなセクションにテンションをバク上げさせるには、やはりクワイエットなセクションにある程度時間をかける必要があります。それゆえイントロ自体も自ずと長くなるわけです。キング・クリムゾンの「21世紀のスキッツォイド・マン」も、冒頭30秒にわたる微かなノイズがあってこそ、あの衝撃的なイントロが活きるというものでしょう。あるいはディス・ヒートの「Testcard (Blue)」が「Horizontal Hold」に果たす役割を考えてみても良いかもしれない。


 
ロック・バンドは「一人ひとり、みんな主役だよ」的なマインドがあるので、パートに序列がなく、皆が横並びという感覚が強いです。各メンバーのキャラが立っているほど良いバンドとされることがあります。ボーカリストはフロントマンではあるけれど、権力を独り占めしているわけではありません。ミック・ジャガー、スティーヴン・タイラー、ロバート・プラント、フレディ・マーキュリー、アクセル・ローズ、アンソニー・キーディスといったレジェンド級のボーカリストが在籍したバンドにもイントロの長い曲はたくさんあります。しかし、彼らがステージ上で長いイントロに不服そうにしているところもあまりイメージがわきません。ステージに立つミュージシャンは、パフォーマーであると同時にオーディエンスの代表でもあるので、長いイントロの演奏中に退屈そうに過ごしたりしようものなら、その振る舞いがオーディエンスにも伝播し、盛り下げることになるでしょう。そうした諸々を含め、ロックはいくらイントロが長かろうとことさら問題になったりしない音楽なのかもしれません。
 
学生の頃にサークル内でブラック・サバスのコピーバンドを組んだことがあります。オジー・オズボーン役の先輩が「手持ち無沙汰でつらい」とこぼしていたのをよく覚えています。そりゃコウモリも噛みたくなるわな、とのことです。

鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察
Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察
Vol.21 ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説
Vol.22 大滝詠一の楽曲に隠された変態的リズムとは? 鳥居真道が徹底考察
Vol.23 大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察
Vol.24 アレサ・フランクリンのアルバム『Lady Soul』をマリアージュ、鳥居真道が徹底考察
Vol.25 トーキング・ヘッズのティナ・ウェイマスが名人たる所以、鳥居真道が徹底考察
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Vol.28 手拍子のリズムパターン、クイーンやスライの名曲から鳥居真道が徹底考察
Vol.29 ビートルズ「Let It Be」の心地よいグルーヴ、鳥居真道が徹底考察
Vol.30 ポール・マッカトニーのベースプレイが生み出すグルーヴ、鳥居真道が徹底考察
Vol.31 音楽における無音の効果的テクニック、シルク・ソニックなどの名曲から鳥居真道が徹底考察
Vol.32 ギターソロ完コピをめぐる複雑グルーヴ、イーグルスの王道曲から鳥居真道が徹底考察

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