プラシーボ 異質なUKバンドが語る音楽的実験、パラノイア、人類への失望
Rolling Stone Japan / 2022年3月25日 17時30分
9年ぶりのニューアルバム『Never Let Me Go』とともに音楽シーンに復帰するUKロックバンド、プラシーボ。フロントマンのブライアン・モルコと共同でソングライティングを手がけるステファン・オルスダルが、同作のコンセプトについて語ってくれた。
タバコとインセンスの分厚い煙の向こう側から、「最近のチェルノブイリの写真を見たことがあるか?」とブライアン・モルコから質問された。モルコと筆者のあいだに置かれたテーブルの上は、濃いブラックコーヒーが入ったカップで散らかっている。私たちは、イースト・ロンドンの居心地のいいスタジオにいる。歌詞を書くためロックダウン期間中にモルコが借りた一室の真下にあるこのスタジオは、プラシーボのような伝説的バンドのフロントマンと落ち合う場所というよりは、ヒッピーの溜まり場のようだ。いちばん大きな照明は消されていて、室内は薄暗い。ソファには模様入りのスローがかけられている。午前11時。「ブライアン(・モルコ)は、喫煙者だから」と筆者は事前に言われていた。
「(チェルノブイリでは)草木が生い茂り、野生動物たちが戻ってきた」とモルコは語る。脚を組み、指と指の間にタバコを挟む姿はいかにもエレガントだ。90年代半ば以降のプレス写真とまったく変わらない。「なぜって? 人間がいないからさ。まさに私が考える千年後の世界だ。動物たちがふたたび栄える星。だって私たちは、利益の名の下に地球を破壊しつづけてきじゃないか」
環境災害、資本主義の惨劇、人類全般に対する深い失望感——こうしたテーマが何度も話題にのぼるのは決して意外なことではない。なぜなら、これらはプラシーボにとって8作目のスタジオアルバムとなる新作『Never Let Me Go』の中核を担うものだから。アルバムジャケットのアートワークにあるのは、色とりどりの不思議な小石が並ぶ海岸線の風景だ。モルコがこの写真を知るようになったきっかけは、カリフォルニア州北部の浜辺に関する記事だった。調理器具から自動車に至るまで、ありとあらゆるものが捨てられるゴミ廃棄場と化していたこの場所は、60年代後半にようやく清掃され、すべてのゴミが撤去された。その際、地元の人々は海にもまれて角がなくなって丸くなったガラスの破片を発見した。こうしてアルバムのアートワークに見られる、万華鏡のような石の風景が誕生した。
「『自然の回復力に関する、なんて素晴らしいストーリーなんだ』と思った」とモルコは言う。「それと同時に、一生物種としての人類が食料を損ない、生きる場所を破壊していることについても考えた。そんなことをするのは人間だけだ。でも人間が姿を消し、十分な時間さえ与えられれば、自然はすべてを一掃する」
『Never Let Me Go』アートワーク
『Never Let Me Go』は、プラシーボにとって約9年ぶりの新作だ。その間、プラシーボは主にツアー活動を行っていた——新型コロナにストップをかけられるまでは。2013年リリースの前作『Loud Like Love』を提げたワールドツアーが終わると即座に次のツアーがはじまり、バンドは結成20周年という節目を迎えた。ゴシック・ロック好きのティーンエイジャー、大人になったはみ出し者たち、モルコの歌詞から「Special K」や「Burger Queen」の意味を学んだミレニアル世代たちといった熱狂的なファンにとって嬉しいことに、プラシーボは「Nancy Boy」や「Pure Morning」といった懐かしいヒットナンバーをツアーで披露した。2000年代半ば以来、はじめてのことだ。そして5年間の長いツアー活動を終えた彼らは、壁に突き当たった。バンドは完全にバラバラになってしまったかのように思えた。
「ツアー経験を理由に、このアルバムには懸念があった」と、モルコとソングライティングを手がける一方で複数の楽器を弾きこなすステファン・オルスダルは言った。「自分たちをゆっくりと死に追いやっているような気がしたんだ。それに、バンドとしての”余命”がどれくらいかもわからなかった。自分の中でも、もっとも自分に自信が持てない時期だった」
「私たちは、ついつい期待されたからにはそれを超える形で応えたいと思ってしまう。それが私たちの身体的・精神的な健康にどんな影響を与えるかはさておき。だからツアーを続けた」とモルコは言い添えた。「最終的には、世界中を転々とする猿回しのような気分になった。肉体と魂が切り離されてしまったかのように思えてきたんだ」
異彩を放ち続けた25年間
1994年にサウス・ロンドンの音楽シーンに突如として現れて以来、どこまでも尖ったノイズとアンドロジニー(両性具有性)が特徴的なプラシーボは独自の世界を築きあげてきた。初期の楽曲は、悲劇のオーラと衝動的な欲望とともにティーンエイジャーの怒り、精神的な崩壊、ドラッグの過剰摂取、ジェンダーの混乱といったテーマを扱っている。そのサウンドはメランコリックであると同時に差し迫っていて、彼らのパフォーマンスからは何かの向こう側にたどり着こうとする必死さが感じられた。
UKポストパンクとニューウェイブ、さらにはソニック・ユースやヴェルヴェット・アンダーグラウンド(ジョン・ケイルと同じゴールドスミス・カレッジに通っていたことをモルコはあとになって知った)といった実験的なロックバンドの影響を受けたプラシーボは、快楽主義が終わりを告げようとする90年代に結成された。1996年の夏にリリースされたデビューアルバム『Placebo』(収録曲のほとんどは、デトフォードの公営住宅の一室で書かれた)はUKチャートの5位を獲得。ブリットポップ期の真っ只中であったにもかかわらず、プラシーボは一躍音楽シーンの主役に躍り出た。スポーツウェアに身を包んだ数多くのアーティストとは異なり、リップグロスにぴったりとしたTシャツというスタイルでいとも容易く卑猥なことばを吐く彼らは、ダーツバーに姿を現した野生のネコ科動物のように異彩を放っていた。彼らは、イギリス社会が謳う男らしさと不毛さを拭い去った。
驚くほどカウンターカルチャー的な時代においてさえ、彼らは異様な存在だった。彼らの抵抗は、自由気ままにレイヴに参加したり、ネルシャツを着たり、タバコ片手にブリット・アワードを受賞したりといった類のものではない。あふれんばかりの疾走感とマイ・ブラッディ・ヴァレンタインさながらのぶっ飛んだウォール・オブ・サウンドにのせて、フルメイクでクィアなセックスについて歌う。それは、ひとえにポップミュージックのソングライティングの力によってメインストリームの音楽シーンに紛れ込んだ、腹の底から放たれた音楽だった。
「子供の頃から、本当の意味で自分の場所を見つけることができなかった」とオルスダルは言う。「だから、(居場所を)探し求めた結果、自分たちの世界をつくるようになった」
Photo by Kevin Westenberg
長きにわたるプラシーボの成功は、モルコとオルスダルという結成メンバーのユニークなパートナーシップに依るところが大きい。現在は40代後半の彼らは、25年以上にわたってその関係性を育んできた。まさに”気の合う者同士(kindred spirits)”という表現がぴったりだ。ソングライターとしては、オルスダルが受けた正規の音楽訓練とアレンジメントの才覚が、モルコのより抽象的なアプローチを補填している(思春期から発作的に起こる不眠症に苦しめられてきたモルコは、睡眠を奪われたことによる半ば幻覚のような状態を曲にすることが多い。「自ずと姿を現す、イカれた感受性をもっているようだ」と彼は釈明する。「どうしてかはわからないけれど、自分がいちばん弱っているときにメロディが浮かぶ」)。人間的にも共通点が多く——柔らかな物腰、少しシャイなところ、PJハーヴェイ、ビョーク、グレイス・ジョーンズ、ボウイといったアウトサイダーのロックスターへの愛着など——ともに築きあげてきたものに対して深い敬意を抱いている。
モルコとオルスダルは、ルクセンブルクで同じ学校に通っていた(モルコはベルギーで生まれ、ルクセンブルクの田舎町で育った。オルスダルはスウェーデン第2の都市ヨーテボリ出身で幼少期にルクセンブルクに引っ越してきた)。だが、ふたりが出会ったのは両者がロンドンに移住してからだ。地下鉄の駅の外での偶然の出会いだった。
安物のキーボードや弦が全部揃っていないギターを使いながら、ふたりはユニットとして曲を書きはじめた。1994年にはオルスダルの幼少期からの友人ロバート・シュルツバーグがドラマーとして加入したものの、デビューアルバムをリリースしてからすぐに脱退した。それ以来、さまざまなミュージシャンがプラシーボのドラムを担当している。もっとも新しいドラマーのスティーヴ・フォレストは、数年前にバンドを去った。
残忍なカムバック
結成20周年ツアーも終盤に差しかかる頃、プラシーボは人生の岐路に立っていることに気づいた。ニューアルバムをつくるか、辞めるか。彼らは燃え尽き、幻滅していた。だがモルコは、この気持ちに強く争った。「ブライアン、遊びは終わりだ」と自分に言い聞かせた。「さあ集中しろ」
『Never Let Me Go』に取り組みはじめたとき、モルコとオルスダルはスタート地点に戻ってきたと感じた。(昔と比べてやや高価な)楽器に囲まれながら、ノイズと戯れていたのだ。
モルコは、ニューアルバムを通じてツアーで味わった搾取の後味を吐き出したいと本能的に思った。「音であれ歌詞であれ、ある種の残忍さがあることがしたかった」と、商業的な音楽の極端な例として、お気に入りのアルバムであるカニエ・ウェストの『Yeezus』を引き合いに出しながら言った。だが、実際誕生したのは彼らが意図していたよりもずっと「聴くに堪える」ものだった。メタリックな正統派ロック、ポストパンク、華やかなピアノのメロディが織りなす全13曲の『Never Let Me Go』は、昨今のプラシーボのアルバムの中ではもっともパワフルな印象を与える。
1曲目の「Forever Chemicals」は、サイボーグ的な近未来の教会の鐘の音を想起させる不思議なサウンドでリスナーの意表を突く(実際には、ディストーションをかけたプリセット済みのハープの音色にドラムパターンを重ねたもの)。この曲は、彼らが仕上げた最初の楽曲だ。「このループには、リアルな意思表明としての側面があった」とモルコは言う。「メロディアスでキャッチーである一方、いささか残酷だ。私たちにとっての『継続としてのスタート』の瞬間を意味するんだ」
Photo by Mads Perch
その緊張感は、ニューアルバム全体を通しても感じられる。それは、親密さとパラノイアを行き来するギリギリの状態のようだ。シンセサイザー主体の先行シングル「Beautiful James」は、異性愛を規範とみなす社会の外で営まれるロマンスを描いた、胸を刺すアンセム的な楽曲である。6曲目の「Surrounded By Spies」は、隣人たちが自分を監視していたというモルコの実体験からヒントを得ている。やがて同曲は、現代のあらゆる監視形態を対象とする。「私たちは、夢遊病者のように街を徘徊する。玄関から目的地までずっと尾行されているという事実に気づくことなく」とモルコは言う。「そこで『もし、私の良き隣人たちもこれができるなら、ほかにどんなことが起きているのだろう?』と考えた。至るところで起きていることを顕微鏡レベルの小ささで表現したものなんだ」。それに対する答えとして、「Chemtrails」は”あまりに長いこと人目にさらされてきた”後に社会から消えるという空想を描いている。それに対し、陰鬱な「Went Missing」では”生きるために消息を断つ”架空の人物が描かれる。沈黙を含め、アルバムのあらゆる隙間から不安感がにじみ出てくる。その一方、そこには決意の気持ちもある。
『Never Let Me Go』は、間欠的なプロセスを経て完成した。収録曲の中にはコロナ以前につくられたものもあるが、それ以外はロックダウン中に書かれたものだ。ロックダウンは、バンドよりも家族を優先するという稀有な機会を彼らに与えた(モルコは米人気シットコム『ラリーのミッドライフ★クライシス』の全10シリーズをイッキ見した)。ある意地、この状況は時間をかけてアイデアをろ過し、新鮮な耳で楽曲を聴きなおすことを可能にした。アルバムからは、こうした”間”を感じることができる。そこには、かつてないほど多くの沈黙の瞬間が含まれている。これらのサウンドは重層的で聴き慣れない。
収録曲のほとんどは、オルスダルの自宅のスタジオで完成した。ノートパソコン、ペダル、電源ケーブル、キーボードに埋もれながらの作業だった。楽曲の輪郭は彼らの頭の中だけでなく、彼らが置かれた環境にも支配されている。「色んな材料を並べて、全部を少しずつ使おうとキッチンで奮闘するような気分だった。思うに、私たちは音に夢中のバンドなんだ」とオルスダルは静かに笑った。
こうした実験的な感覚は、アルバムの視覚的語彙においても健在だ。アルバムのアートワークにおいては、なかなかローディングできないデジタルイメージのようにブロックノイズが発生している。「Surrounded By Spies」のMVは、監視カメラのアングルから撮影された。フィルターをかけられ、歪められているとはいえ、彼らの顔がバンドのアートワークに登場するのは、先行シングル「Beautiful James」と「Surrounded By Spies」が初めてだ。だが、モルコとオルシダルの表情をはっきり認めることはできない。こうした映像は、監視カメラ(結局のところ、中国を除いてロンドンは世界でもっとも監視カメラの多い都市なのだ)、隣人、自分自身の過敏症のように、監視という遍在的なテーマに組み込まれていく。だがこれは、便宜上の判断でもあった。
「積年の内気さによるものなんだ」とモルコは認める。「4〜5年くらいまともな写真撮影をしていないことに気づき、周りを見回して、画像を一切加工せずに世間に発信しない人なんていないことを知った。私たちはみんな身を隠す。誰もが本当の自分ではないイメージを投影しているんだ。そこでこの美意識を限界まで押し上げてみようというアイデアがひらめいた。今日の美意識に対する私たちの明白な見解として」
「人類は消えてしかるべき」
ニューアルバムは、これまでとはまったく違う欲求から生まれた。それは『Loud Like Love』とも異なり、長年ツアーで披露してきた20年来の楽曲からも解放されたものだった。とりわけ、モルコと過去の楽曲との関係性は緊張感をはらんでいる。
「過去の楽曲を聴き返すたび、もっとうまくできたんじゃないかと思ってしまう。ライフスタイル、傲慢さ、現実から切り離されていること、紙に書かれたすべてを天才的だとみなすことなど、理由は無数にある。90年代と2000年代前半の私には、こうした虚勢とクスリからくる自信があった」とモルコは言う。「こうして振り返ると、もっと突き詰めて取り組めばよかったと思ってしまう」
だとしたら、ニューアルバムの起源が非言語的なものであるという事実は意外だ。カリフォルニアのガラスの浜辺の写真を見たモルコは、それをオルスダルにも見せた。これが『Never Let Me Go』のはじまりだ。それは音でもコンセプトでもない、ある感情だった。写真を見たオルスダルの最初の反応は、安堵だったそうだ。
「その写真は、時間が存在しない広々とした空間に私を連れて行ってくれた。私以外の人間が存在しない場所に。それは、自然が支配する美しい風景だった」とオルスダルは言う。「介入者もいなければ、荷物もない。人類の歴史も私たちの心配事も一切存在しない。それは、どちらかと言えば問題を抱えていた前作の痕跡をきれいに拭い去るものだった。あの写真は、それを象徴していたんだ」
Photo by Mads Perch
”気候変動による不安症”とイギリスの政治情勢に苛立ちを覚えるモルコにとって(その気持ちが強すぎるあまり、モルコはEU市民権を再取得しようとしている)この写真は、人類全般に対する気持ちを表現している。「豊かさに対する私たちの執着心、豊かさが何らかの価値をもつものであるという哲学的な態度は、やがて私たちを滅亡へと追いやるだろう。それに、人類ほど消えてしかるべき生物種を私は知らない」とモルコは皮肉な笑みを浮かべながら言った。「この時点では希望が必要」であることを理由に、自分の発言を真剣に受け止めないでほしいと言い添えながら。それでも彼は、「Went Missing」の語り手が言うように、”ルーカン卿のように失踪”して雲散霧消したいという欲望を抑えることはできない(訳注:英国貴族のルーカン卿は、殺人の疑いをかけられたことで1974年に謎の失踪を遂げた)。
「私が怒りを爆発させるには、沈黙と平和がますます必要になっている気がする」とモルコは言う。2021年初頭、彼は30年近く暮らしたロンドンを離れ、ヨーロッパの片田舎に身を落ち着けた。「願わくば、10年後にどこかの島の一角で私を見つけてほしい。雨水を浴びながら、自分で野菜を栽培している私に。そんなふうに終われたらいいのだが」
From Rolling Stone UK.
プラシーボ
『Never Let Me Go』
2022年3月25日(金)リリース
配信リンク:https://silentlink.co.jp/neverletmego09
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