米FOXニュース元職員が逮捕、「真の保守」求めロシアと蜜月に
Rolling Stone Japan / 2022年3月23日 6時45分
2022年2月、米FOXニュースの元ディレクター、ジャック・ハニックが逮捕された。ハニックには、ロシアの新興財閥「オリガルヒ」との商取引を禁じた米国の法律に違反して、ロシア人のコンスタンチン・マロフェーエフとビジネスを行なった容疑がかけられている。マロフェーエフは、ウクライナの分離独立主義者を支援したとして、米国による制裁の対象に含まれている。
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現在は英ロンドンに留置され、アメリカへの送還を待っているハニック。彼にかけられている具体的な容疑は、モスクワでロシアの宗教右派向けのテレビ局「ツァリグラートTV」を立ち上げ、さらにFBIに対して自分のビジネスへの関わりを偽証したとされる点だ。ハニックに対する起訴内容を公表したマシュー・G・オルセン司法次官補は、「ハニックは違法だと知りながら、マロフェーエフが世の中をかく乱するメッセージを拡散するのを支援した」と述べた。有罪が確定すると、ハニックには懲役25年が科される可能性がある(ハニックは罪状認否をまだ行なっておらず、弁護人の所在もわからない)。
アメリカでは保守系メディアとして知られるFOXニュースの元ディレクターが、どのようにして新興財閥「オリガルヒ」と関わりを持つようになったのか。その背景には、アメリカの伝統的モラルの崩壊に幻滅したハニックが、真の保守主義の継承者としてロシアに目を向けたからだ。
2016年の米大統領選挙の夜、共和党支持者のパーティー会場ではニックはこう語っている。ウラジーミル・プーチン大統領率いるロシアにおける、国家のモラルの目覚めを称賛したのだ。「ロシアでは東方正教会(註:カトリック教会、プロテスタント諸教会と並ぶキリスト教三大教派の一つ)を受け入れてきた。これは大きな転換だった。ロシアがキリスト教へ向いているのに対し、米国はどんどん遠ざかっている」
ハニックは2013年にロシアの首都モスクワへ移住し、プーチンに近い保守派のマロフェーエフが新たに「ツァリグラートTV」を立ち上げるのをサポートした。しかし2014年の年末に、金融で財を成した熱心な正教会信者のマロフェーエフが、ロシアによるウクライナ侵攻を支援したとして米国の制裁対象に指定された。
米国務省は、マロフェーエフを「クリミアの分離独立の気運を高めるためにロシアへ資金提供した張本人の一人」だとして非難した。さらに、ウクライナ東部で一方的に独立を宣言したドネツク共和国の当時の自称”首相”との緊密な関係についても、指摘した。米国政府はマロフェーエフを、「ウクライナの平和、治安、安定、主権、領土保全」にとっての脅威だとしている。
連邦政府の起訴状によると、ハニックはマロフェーエフとの商取引を中止するよう求めた米政府からの命令を聞き入れなかったという。それどころかハニックは、2015年4月に「ツァリグラートTV」を立ち上げた。マロフェーエフへ宛てたメールの中でハニックは、「あなたのビジョンを実現するため」だと書いている。
ハニックは、隠し立てすることなくおおっぴらに活動していた。「ツァリグラートTV」の番組は、クレムリンに近い広々としたスタジオで収録された。円柱にキューポラという中世の建築様式を模した造りのスタジオで、天井には青いローブを羽織ったキリストの姿が描かれている。フィナンシャル・タイムズ紙の特集記事「21世紀のビザンチウム」(2015年10月)の中で、ハニックはスタジオについて自慢げに語った(”ツァリグラート”は現在のイスタンブールにあたるコンスタンチノープルを表すスラブ語で、正教会の精神的な中心地であり、帝政ロシアが占領を目指した都市でもある)。
連邦政府の起訴状によると、ハニックは数年かけてマロフェーエフとの親交を深め、マロフェーエフがギリシャとブルガリアで運営する保守系テレビ局の財務状況をごまかす手助けをした。2021年にFBIから捜査を受けた際、ハニックは「マロフェーエフがブルガリア企業を支援していた事実は報道で知った」という虚偽の説明を行なったとされる。
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モスクワへの招待は「神の思し召し」
コネチカット州のカトリック教徒の家に生まれたジャック・ハニックは、ハーバード大学で人類学を専攻した。卒業後はドキュメンタリー映画制作者として、アパラチアの生活を真剣に追った作品や、南アフリカの反アパルトヘイト活動を率いたデズモンド・ツツの伝記などをプロデュースした。彼はまた、ニューヨーク・エミー賞の最優秀監督賞を獲得している。
1990年代半ばにハニックはCNBCへ入社し、ビジネスの世界へと足を踏み入れた。当時のCNBCの社長は、大統領選の共和党候補の選挙参謀からメディア王へと転身したロジャー・エイルズだった。CNBCでハニックは、エイルズのトーク番組『ストレート・フォワード・ウィズ・ロジャー・エイルズ』にディレクターとして関わった(豪華な書斎のようなセットをバックに、エイルズがシンディ・ローパーにインタビューする映像が残っている)。ハニックはまた、長寿番組『ハードバール』の前身である『ポリティクス・ウィズ・クリス・マシューズ』も担当した。
ルパート・マードックがエイルズに声をかけて保守系ネットワークのFOXニュースを立ち上げた時、ハニックもまたスタッフ主任としてエイルズをサポートした。FOXニュースに在籍した15年の間にハニックは、日々のニュース番組と並行して、『リアル・レーガン』などの真相を究明するドキュメンタリー番組も手がけた。また、ジェラルド・リベラがホストを務めたシンジケーション番組『ジェラルド・アット・ラージ』のディレクターも担当した。2011年にハニックはFOXニュースを去っている。同局の広報担当に、ハニックが退社した時の状況を尋ねたが、コメントを得られなかった。
2013年初めにハニックは、モスクワへ招かれている。表向きは、マロフェーエフが出資するロシアのインターネット検閲推進団体「セーフ・インターネット・リーグ」主催のカンファレンスに出席し、講演を行なうための訪露だった。しかし訴状によれば、令状に基づく捜査の過程で発見されたハニック自身による「未公開メモ」には、講演は口実でロシアには商談のために呼ばれた旨が記載されていたという。
あるロシアのメディアとのインタビューでハニックは、初めてモスクワへ招待された時の電話が「唐突にかかってきた」と振り返っている。当初は不審に思い、「ロシアへ行くことなど全く考えていなかった」という。ところが、新たな保守系メディアの立ち上げについて、フレンドリーだが見知らぬ人々に向かって無意識のうちに熱く語っている自分に気づいた。彼は「神の思し召し」を感じたという。
間もなくハニックは、頻繁にモスクワを訪れるようになる。訴状によれば、マロフェーエフと共に「ツァリグラートTV」の構想を練っていたという。しかし新たなネットワークの立ち上げ前からハニックは、ロシアの公の前で自分自身を主張し始めた。プーチン政権は当時、言論の自由を厳しく統制していた。モスクワの教会で政府を批判するコンサートを開いたとして、当局はバンドのプッシー・ライオットを勾留した。またロシア議会は、「宗教心を損ねる」行為に対して最高懲役3年を科す法律を制定した。さらに、「非伝統的な性的関係を宣伝する行為」を禁じる法案を成立させ、LGBTQ平等を訴える活動を実質的に違法とした。
2013年6月、ロシア下院とマロフェーエフの宗教団体が共同で開催した『伝統的価値観とヨーロッパの未来』と題したカンファレンスで、ハニックはロシア国民を称える発言をした。彼は「伝統的価値観のために決起するなら、正にこの場所が相応しい。神がこの国に役目を与えたのだ」と述べた。
東方正教会の影響
ハニックは、マロフェーエフの世界観に魅了された。マロフェーエフは、ロシアが行き過ぎたリベラル派の防波堤となるべきだと主張した。2014年、彼はスレート誌のインタビューで「ロナルド・レーガン時代には、西側のキリスト教徒が共産主義の悪に対抗する手助けをしてくれた。今度は我々が、欧米の全体主義に苦しめられているキリスト教徒たちへ恩返しをしなければならない」と述べている。「いわゆるリベラル主義、寛容、自由といった言葉の裏には、全体主義が流れている」とマロフェーエフは主張した。
ハニックはロシアの記者に対して、米国における政教分離を「深刻な問題」だと述べた。特に、宗教的な問題を社会から締め出すような全体的なモラルの低下を非難した。一方で、東方正教会がロシアの近代政治に与える影響と、問題に「正面から取り組む」能力を称賛した。ハニックはさらに、「東方正教会は、この1000年間変わっていない」とも述べた。初めは変わらないことが欠点のように思えたが、後に考えを改めたという。「不変は力だと理解した。ロシアがモラル的価値を維持する上で、世界をリードする重要な位置を占める原動力になっている」
意図せずしてハニックは、激しく危険な地政学的潮流の真上に立っていた。ロシア政府は、ソ連時代に禁じられた東方正教会への回帰を推進し、ロシア版のバイブルベルトを作り上げることで政治力の強化を試みた。同時にプーチン政権は、西側の右派保守系ポピュリストとの関係を深めていった。宗教、銃、性的マイノリティといった問題を抱える米国の保守派を、文化戦争において価値観を共有する同胞と見たのだ(ロシア人を全米ライフル協会へ潜入させたことでも悪名高いが、同時に米国の著名な宗教保守派にも接近している)。
マロフェーエフとハニックは、2015年に「ツァリグラートTV」を立ち上げた。「あらゆる面で、ツァリグラートはFOXニュースと共通点がある」とマロフェーエフはフィナンシャル・タイムズ紙に語っている。「伝統的価値観を重んじ、主張の場を必要としている人は多いはずだ、という考えからスタートした」と彼は言う。自分たちのネットワークと比較すると、ロシアの国営放送など大人しく見えるはずだ、とマロフェーエフは主張する。「常に東方正教会に忠実で、愛国心を抱き、帝国主義を貫いてきた。国営放送とは違う」
しかしツァリグラートTVは外国人を嫌い、反ユダヤ主義の立場を取った。編集長のアレクサンドル・ドゥーギンは「プーチンのラスプーチン」と呼ばれた髭を蓄えた超国家主義者で、後に米国の制裁対象となった。さらにネットワークの記者らは、移民や西側の裕福な投資家らへの暴言を繰り返し、世界支配を企んでいるとしてジョージ・ソロスやロスチャイルド家を非難したとされている。ハニックによると、番組は大当たりしたという。2015年に彼は、「(ツァリグラートTVの)夜のニュース番組が、ロシア国内の8つのタイムゾーンにまたがる6500万世帯で視聴されている」と豪語した。
「ハニックがネットワークのリーダー的役割を担っていた」と訴状では指摘されている。さらに、やり取りされたメールの中で彼は「取締役会長」「ジェネラルプロデューサー」「ジェネラルアドバイザー」など様々な肩書きで呼ばれていた。また訴状によると、ハニックに対する報酬は「マロフェーエフによって監督されていた」という。
ツァリグラートTVが本格的に始動した後も、ハニックはマロフェーエフの資金で、ギリシャやブルガリアにも同様のネット局を立ち上げるべく動いていた、と訴状は指摘する。ハニックは仲介者を利用して、オリガルヒからのお金の流れを曖昧にしたとされる。「ハニックは、個人的にマロフェーエフのために動いていた」と訴状では述べられている。
ロシアの立場を代弁
マロフェーエフから報酬を得ていたとされる時期に、ハニックはニューヨーク・オブザーバー紙に、ロシアによるクリミア編入を擁護するなどロシア寄りのコラムを寄稿した。「ロシア人は1954年以来、キエフによるクリミア統治を容認してきた。信頼できる兄弟に家族の財産を任せるようなものだ」と彼は書いている。「しかしその兄弟が家族の一員ではなくなった時、ロシアはクリミアを自分の元へ戻したいと考えた。そしてクリミアもまた、ロシアに戻ってきて欲しいと願ったのだ」とハニックは主張した。彼はロシアの立場を代弁し、西側による制裁は「ロシアに対する攻撃であり、ロシアはクリミアに留まらざるを得ない」と言い、さらに「欧米はロシアを中国の方へと追いやろうとしている」と警告した。
2016年、ハニックはロシア正教会へ改宗した。彼の洗礼式にはマロフェーエフも出席し、ロシアの新聞を賑わせた。間もなくハニックは、世界的な保守主義運動の旗手となろうとしていた。2017年、彼はブダペストで開催された世界家族会議に出席し、移民排斥主義を掲げるハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相が行った基調講演の中で紹介され、歓迎を受けた。
ハニックは自らの講演で、『ゆかいなブレディー家』に代表されるファミリー番組は家長を軽んじていて、同番組に登場する「混合家族」の中では父親が「子どもの半分しか支配できていない」として、激しく非難した。ハニックは、同番組に登場する父マイク・ブレディーは、「同性婚を美化した」番組『モダン・ファミリー』へと続く危険な兆候だった、と主張している。
「これは戦いだ」とハニックは、聴衆に警告した。「ただし、フィジカルな世界ですべき戦争ではない」
情報戦士の一人であるハニックは、海外での生活が長かった。しかし彼は人目を忍んでいた訳ではない。つい最近の2019年に彼は、ハーバード・クラブ・パーム・ビーチで「ロシアの社会を変容させる新たな革命」について講演し、米国がもはや「現代ロシアを冷戦時代のソ連の延長として見るべきでない」理由について説いた。
2021年2月にハニックはFBIの聴取を受けたが、彼は連邦捜査員に嘘の証言をしたとされる。そして2022年2月の初めに彼は逮捕された。プーチンがウクライナ侵攻をしかける数週間前のことだった。
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