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中村佳穂の次なるステップ、アンセム目白押しの『NIA』を支える「明晰さ」

Rolling Stone Japan / 2022年3月29日 18時0分

中村佳穂

中村佳穂による待望のニューアルバム『NIA』を、ライター/批評家・imdkmが考察。

2018年の2ndアルバム『AINOU』がリスナーからクリエイターまで幅広く注目をあつめ、以来破竹の勢いでめざましい活躍を繰り広げる中村佳穂。とりわけ2021年には細田守監督による『竜とそばかすの姫』で歌唱のみならず主演(!)までを務め、同年末には同作の主題歌millennium parade × Belle (中村佳穂)「U」で第72回NHK紅白歌合戦に出演し大きなインパクトを残した。また、同年は入手困難が続いていた1stアルバム『リピー塔がたつ』(2016年)も再発。次なるステップへの準備とでも言いたくなる一年だった。

そんな中村による待望の3rdアルバム『NIA』がリリースされた。『AINOU』の制作以来の盟友、荒木正比呂や西田修大らと共に制作された、3年半ぶりのフルアルバムだ。『AINOU』がコラボレーターと共にソングライティングやアレンジの向こう側にあるサウンドの領域へ歩みだす意欲作だったとすれば、『NIA』は冒険のその後を感じさせる洗練に特徴づけられる一作だ。

中村は今作のリリースに先駆けてNHK FMの人気番組「サウンドクリエイターズ・ファイル」でパーソナリティを担当した折、「今作は”アンセム”、名曲ですね。名曲アルバムにしようぜ!という感じでつくってきたアルバム」とさらりと語っていた(2022年3月21日放送分にて。そんな話をまくらに、アルバムに関わったミュージシャンやクリエイターに各々の”アンセム”を選曲してもらう、という構成だった)。言い得て妙というか、もちろん『AINOU』や『リピー塔がたつ』でもそのキャッチーさは花開いていたけれども、『NIA』の多くの楽曲は構成の妙やサウンドの明晰さを通じてキャッチーさに力強い土台が与えられ、”アンセム”たる風格をただよわせている。

サウンドの明晰さ。『NIA』を聴いていてまっさきに感じた点だ。ユニークなテクスチャを湛えながらも、言葉やメロディやリズムがサウンドに埋没することなくはっきりとした存在感を示している。デッドな響きを基調として整理されたサウンドは、中村のボーカルをはじめとしてひとつひとつのパートが動き回る様子をクリアに感じさせてくれる。




たとえばシングルとしてリリースされた「さよならクレール」は、BPMも速ければリズムの刻みも非常に細かく、めまぐるしくテクニカルな演奏が随所に聴かれる。エレクトロニックな音色や構成、リズムのパターン(ドラムンベースやフットワークのそれ)を取り入れつつもダンスミュージック的なダイナミクスのコントロールはあえて抑えてある。むしろ強調されているのは、石若駿の性急さと端正さが同居するようなドラムや、西田修大によるベース(特に2分11秒ごろからのソロ)の動きだ。

あるいは、同じくシングルだった「アイミル」は、だいたんな余白が印象的なミドルテンポのグルーヴィーな一曲。アンビエンスの力ではなく、ギターにせよベースにせよ、デッドなサウンドの表面に宿るテクスチャでがっちりと耳を惹きつけつつ、幾重にも重なり合いながら繊細なリズムを刻みつける中村のボーカルが図抜けた存在感を放つ。

短期的なカタルシスを避けてうねるように展開する「ブラ~~~~~」は、聴き心地こそただならない緊張感に浸透されているが、その緊張感をもたらす要素のひとつひとつ――たとえばリズム隊にまとわりついて危うげな響きをもたらすストリングスなど――はきわめて明晰だ。

『AINOU』のさらに先へ

こうした明晰さは、ある意味で『AINOU』と対照的である。『AINOU』を特徴づけるのはゆたかな残響であり、グリッチしてメロディや声の輪郭をにじませていくポストプロダクションだ。それはフジロックで目の当たりにしたジェイムス・ブレイクのパフォーマンスに触発され、サウンドによる表現を志向した結果だった。おそらくレコーディングした環境の空気感をいかしたのであろうその響きは、きわめて繊細なニュアンスの表現に貫かれる中村のヴォーカルとひりひりするような緊張関係にあった。まさにこの緊張関係こそが『AINOU』を野心作たらしめていた。

たとえばオープニングトラックの「You may they」でのグリッチ、グルーヴィなアンサンブルが次第にカオティックに展開してゆく「SHES GONE」や「アイアム主人公」はその良い例だろう。複数の声が重なり合うというよりもぶつかりあうようなボーカルはいまなお瑞々しく鋭い。またそれは、シンプルな感情に還元できない不定形なこころの動きを言葉とメロディに託す中村のソングライター/ボーカリストとしての特性にもマッチしていた。

野心と歓びがサウンドに畳み込まれたような『AINOU』の魅力は、他に代えがたいものだ。それゆえにこそ、そこにとどまり続けることは難しい。『NIA』が示しているのは、録音芸術としてのポップ・ミュージックが否応なく封じ込める、ある瞬間の瑞々しさの魅力を、探求と洗練を通じて乗り越え、更新しようとする意志のように思える。



それはたとえば、ピアノの弾き語りを中心に据えつつも、混沌を巧みにシンセの響きに託した「MIU」の構成にはっきりあらわれている。あるいは続く「Hank」で多重録音されたボーカルが織りなすハーモニーは、細部までコントロールの行き届いた表現としてしなやかな線をくっきりと描き出している。そして、アルバムのタイトルトラック「NIA」の多幸感にあふれるストレートな魅力には、ピーキーなアーティストの魅力的な足跡がポップな”アンセム”に結実するさまが刻まれている。

もっとも、それがほんとうに意志ないし意図に還元されるかどうかにはすこし留保が必要かもしれない。ここ数年にわたるいまだ先の見えないパンデミック下で拠点を別にするミュージシャンたちが「合宿」する――『AINOU』がそうであったように――ことは難しかっただろうし、必ずしも空間を共有しない制作プロセスがサウンドに影響を与えている可能性もある。

とはいえ、『NIA』には未収録の2019年のシングル群(「LINDY」「q」「Rukakan Town」)を改めて聴き返すと、ギターリフが楽曲の大きな推進力になっている「LINDY」などとりわけ、『NIA』に通じるアレンジとサウンドの志向がすでに試みられているように思えてくる。まあ、執拗にこうした兆候を探し求めてリニアな物語を紡ごうとするのはいささか行儀の悪いやり方かもしれないが……。

いずれにせよ、こうした明晰さゆえに、『NIA』は広くポピュラリティを獲得する一作となるだろう。また同時に、明晰さゆえに、かねてからその図抜けたセンスに称賛が集まっていた、中村のボーカルによるリズムの表現が存分に披露される場としても今作は評価されるだろう。そこに異存はない。

しかし、もっとも心に残るのは、あたかも戯れにつむがれたかのよな小品のほうだったりする。ユーモラスな弾むリズムと転がるような展開でアルバムの冒頭を飾る「KAPO✌︎」や、自分の声を加工した音声を真似て改めてレコーディングしたという、フィクショナルな独り言のように親密で少しだけ不穏な気持ちを呼び起こす「voice memo #2」、シャッフルするリズムとグリッチする声に心かき乱される「祝辞」。こうした曲が滲ませる凄みによって、『NIA』にはアンセム目白押しのポップ・アルバムという優等生的な評価におさまりきらない底知れなさをいまだ残している。その点をこそ評価したい。



中村佳穂
『NIA』
発売中

初回限定盤(CD+Blu-ray)/¥6,600(税込)
三方背箱3面2トレイデジパック 40P ブックレット
リリックシート ※通常盤と共通

通常盤(CD)/¥3300(税込)
三方背箱2面1トレイデジパック ポスター
リリックシート ※初回限定盤と共通

初回限定盤 Blu-ray 収録内容
・LIVEWIRE Streaming live(2020.9.12 sat)
・中村佳穂のげんざいち 2022 ~うたはじめ~ LIVE PART(2022.1.1 sat)
・”Hank” from うたのげんざいち 2022 in 東京国際フォーラム ホール A(2022.2.4 fri)

視聴・購入:https://nakamurakaho.lnk.to/NIA_AL

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