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ウクライナのトランスジェンダー女性が抱える苦悩「私は誰も殺したくない」

Rolling Stone Japan / 2022年3月31日 12時0分

Zi Faámelu(Zi Faámelu/Instagramより)

ウクライナのトランスジェンダー女性「Zi Faámelu」は焦っていた。彼女は自宅のアパートから一歩も動けず、周囲の砲撃の音に耳をそばだてていた。食料も底をつき始め、つねにナイフを手元から離さなかった。建物に残っているのは自分1人で、誰が家に押し入って来るだろうかと恐れていた。ロシアがウクライナに侵攻して5日目、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が国民総動員令を宣言してから5日が経過していた。

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ウクライナの誰もがそうであるように、Faámeluも次に爆弾が落とされるのは自分の家ではないかと心配していた。だがFaámeluの恐怖はもっと根深かった――彼女は身の危険を感じて暮らすトランスジェンダー女性の1人。この国では、つい6年前までトランスジェンダーは性転換のため施設に入れられることもあった。31歳のミュージシャン兼アーティスト兼インスタグラマーも、キエフを出なくてはならないことはわかっていた――それも今すぐに。

Faámeluは日々偏見と闘い、自分が女性であることを証明しているものの、パスポートにはいまだ「男性」と記載されている。しかも国民総動員令により、18~60歳の男性は徴兵が義務付けられた。つまりFaámeluはロシアの爆撃に遭うことだけでなく、徴兵されて戦うことも恐れていた。「人を撃ちたくない。誰も殺したくない」とFaámeluはローリングストーン誌に語った。「そんなことをするくらいなら死んだ方がましです」

国連難民高等弁務官事務所の2021年の報告書によると、LBGTQの人々は緊急時に国を出ようとする際にたびたび暴力や被害に直面している。とくにトランスジェンダーが国境を越える場合、身分証明書とアイデンティティが一致しないと面倒なことにもなりうる。往々にしてボディチェックを受け、拘束や虐待に遭う可能性すらある。それに加え、ウクライナは2016年にトランスジェンダーの施設入院を廃止したものの、人権擁護団体ILGA-Europeが同年行なった調査によれば、LBGTQI+コミュニティ支援という点ではウクライナはヨーロッパ49カ国中39位だった。以来ウクライナではトランスジェンダーに対する曖昧な手続きを最小化する措置が講じられ、LBGTQI+活動団体KyivPrideによれば、現在はトランスジェンダーが強制的に入院させられることはない。だが、いまだにトランスジェンダーには性転換症または性の不一致を証明する精神鑑定診断書の取得が義務付けられている。こうした鑑定は、検査や精神科医との診療でたいてい2週間ほどかかる。


国境警備隊が浴びせた言葉

「ウクライナのトランスジェンダー活動家は長いこと、性転換の手続きの簡略化を求めて戦ってきました」と、KyivPrideのディレクターを務めるレニー・エムソン氏は言う。

エムソン氏いわく、中には性別表示を変えるチャンスがなかった人もいた。そのためKyivPrideは、適切な書類変更を行ってこうした人々が国外に出られるよう、戦争のさなかも働きかけを続けている。トランスジェンダーの女性の中には、Faámeluのようにこれまでパスポートを変更することができず、今も古いウクライナの性転換条件に悩まされている人もいる。

FaámeluはInstagramで1万6500人のフォロワーを抱え、ウクライナでは有名人だ。2008年にはウクライナのリアリティ歌番組『Star Factory』に出演し、2010年には『Star Factory Finale』にも出演した。トランスジェンダーであることを公表した後、2018年にはウクライナ版『The Voice』に出演。この番組をきっかけに力強い声と個性でファン層を確立し、以来ずっとウクライナの表舞台で活躍してきた。だがそうした知名度ゆえに、ウクライナを出国するのが余計に難しかったと彼女は考えている。すぐに顔バレしてしまうからだ。

それでもウクライナを出国するというFaámeluの決意は揺るがなかった。友人らに連絡し、ルーマニアとの国境まで車で連れて行ってくれと尋ねて回った。友人の1人が同意し、2人は出発した。だが国境に向かう最初の検問所で止められた。彼女の話では、国境警備隊が彼女の素性に気付いたからだという。

「『無事に突破できると思うのか? 引き返せ』と言われました」とFaámelu。友人はカフェまで彼女を送っていき、そこで彼女は一睡もせずにウクライナ脱出の策を練った。Faámeluは助けを求めてInstagramのフォロワーに呼びかけ、誰か「権力」のある人物――しまいには国連にも――に助けてくれと懇願した。Instagramのストーリーのひとつにはこう書かれている。「キエフを出たわ! これから数日のうちに国境を越えようと思う」。別のストーリーには「今日、国内の難関をひとつ越えた。国境警備隊からは面と向かってこう言われたわ、『通過していいぞ……だがいいか……お前のような人間は好ましくない』」。最後のストーリーは車内に座るFaámeluの動画。茶色のパーカーに身を包み、ブロンドの髪を後ろに縛って、泣いている。「誰か助けてくれませんか?」とFaámeluはすすり泣く。「どこでもいい、人権団体の皆さん、助けて」

だが助けは来なかった。だが最終的にドイツの友人に連絡を取って、ルーマニアから運転手を寄こしてもらった。「この運転手が、別の街のルーマニアの検問所まで連れて行ってくれました」とFaámelu。「そこで一晩過ごして、次の日は次の検問所に向かいました」

車を停められたFaámeluと運転手は、国境警察にパスポートと3000ユーロを渡し、賄賂で出国させてもらおうとした。Faámeluいわく、決して珍しい話ではないと言う。

警察は賄賂を受け取らなかった。この時Faámeluは、他の男性と戦闘訓練を受けることになる憲兵事務所に無理やり連行されたそうだ。その夜、事務所は彼女を解放して身の回りの物を取ってくるように言い、明日の朝までに戻るよう命じた。車に戻る道すがら、運転手がFaámeluに向きなおってこう言ったのをFaámeluは今も覚えている。「泳げるかい? それが唯一の選択肢だ。ドナウ川を泳いでシゲトゥとの国境に不法入国するしかない。そうすれば君は難民になる。ただし、法を犯すことになる」


「私は犯罪者じゃない。私は難民です」

泳いで渡る他方法がないと悟ったFaámeluは、全身に震えが走ったという。2人は車で国境近くの森へ向かった。携帯電話とパスポート一式をビニールの袋に入れて、ブラの中に押し込んだ。運転手は車を停め、2人で暗闇の中を歩いた。飛び込む場所に到着すると、兵士が自分の名前を叫ぶのが聞こえた。生きるか死ぬかの土壇場で、Faámeluはジャンプした。

「命からがら逃げました。3メートル下は岩だらけというような崖からジャンプしました」と本人。

それから彼女は川の近くにある淀みまで這って行った。兵士が追いかけてくる音が聞こえたので、茂みの中に身を隠してから急流の川に入っていったそうだ。

「犯罪者のような気分でした。でも私は犯罪者じゃない。私は難民です」

川の流れに抗いながらできるだけ速くルーマニアまで泳ぎ着こうとしたものの、あきらめかけた瞬間もあったという。「何年もずっと戦ってきた――もうあきらめてもいいんじゃないか(と思った)」と本人。「捕まってもいい、もういいや、と」 だが彼女は自分を奮い立たせて泳ぎ続け、ルーマニアに辿りついた。「ほとんど溺れかけていました。川の水も相当飲みました」と彼女は言う。「疲れ切って、最後の力を振り絞って泳いでいました。泳いでどうにか川岸にたどり着きましたが、まだウクライナにいるような気分でした。そばには平原が(まだまだ)続いていて、まるでマラソンのようでした」

ひとたびルーマニアに着くと、彼女を見つけた警察は女性が泳いでウクライナを出なければならなかったことに驚いた。彼女は警察署に連行され、尋問を受けた後、難民キャンプへ連れて行かれ、そこでようやく身の安全が確保された。だがウクライナでは、自分を助けてくれた男性は逮捕されて今も拘束されているだろう、とFaámeluは考えている。

現在Faámeluは3月10日からドイツで安全に生活している。母国では犯罪者となったものの、他のトランスジェンダー女性にウクライナ出国を促すためにも、自分の経験を語るべきだと感じている。「ウクライナでは、トランス女性の存在はほとんど知られていません」と彼女は言う。「彼女たちは今危険にさらされています。彼女たちも国境を越えられるよう、私の話が世に出ることをみんなが待ち望んでいます」

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from Rolling Stone US

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