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クルアンビンらのベースから読み解く「休符」の役割、鳥居真道が徹底考察

Rolling Stone Japan / 2022年4月14日 20時0分

明治通りの桜は散ってしまいました

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第34回はクルアンビンやジャクソン5の楽曲を例にベースプレイの「休符」がもたらす音楽的効果を考察する。

新年度が始まりました。春は出会いと別れの季節なんてことを言います。これまでとは異なる環境に身を置いて新生活を始める方も多いのではないでしょうか。人間関係が変わったり、立場が変わったり、職場が変わったり、住居が変わったり、生活リズムが変わったりと、春はとにかく変化の多い季節です。私なんかは毎日利用している鉄道会社のダイヤが変わっただけでずいぶんとへこたれています。

関連記事:イントロの長さに隠れた意図、トーキング・ヘッズの楽曲などから鳥居真道が徹底考察

この時期は天候も不安定で、寒暖差もあり、体調を崩しやすいです。私の身の回りにも花粉がしんどいという人がたくさんいます。なぜ私たちは、このようなハードな時期に新年度を始めてしまうのでしょうか。暑さにも慣れてきた9月頃に新年度を始めたほうが心と体への負担も少ないのではないか。

3月、4月は何かと忙しく、疲労は蓄積されるばかりです。早くも限界に達しました。何もしたくない。とにかくゆっくり休みたい。連休が待ち遠しくて仕方がない。生活に休符がほしいわけです。これでは毎日がブラストビートみたいじゃないですか。そんなわけで今回は「休符」というものについて少し考えてみたいと思います。



先日、代官山にある「晴れたれ空に豆まいて」というライブハウスでライブをしました。こちらの音響がとても素敵で、忘れがたいライブとなりました。その日は宮田信さんがDJとして参加されていました。出番の前に客席でそのプレイを鑑賞していたのですが、選曲の素晴らしさが音響の素晴らしさと相まって、とても心地よく、かなりリラックスして本番に挑むことができました。特に心地よかったのが低音です。ベースラインによって体を揉みほぐされているようで、うっとりしたのでした。これぞまさに「音楽浴」。

低音の魅力は、ある程度音量を出して初めて感じられるものだと再確認した次第です。集合住宅に住んでいるので、家ではなかなか大きな音が出せません。自ずとヘッドホンを使うことが増えます。移動中はもっぱらイヤホンです。低音の振動を腰や背中で受け止める機会が少ないだけに、感動もひとしおといったところです。

先日、バンドでリハスタに入った際に、「ファンク・ベースの主体はあくまで休符である」という説を開陳しました。その場の思いつきだったのですが、我ながら正鵠を射ているような気がします。ファンク・ベースを聴くとなれば、やはり休符を味わいたい。

しかし休符を味わうとは一体どういうことなのでしょうか。食事が運ばれてくるまでの時間すらも料理の一部として味わってしまう食通的な世界のように感じる方もいるかもしれません。しかしそこまで大それた話ではないです。

休符というと、文字通り何も演奏せずにお休みする時間のような印象を与えます。しかし休符はリラックスして寛ぐべき時間ではありません。むしろ人々に緊張を強いる時間です。

全校集会で、先生から「休め」と指示を出されたら、私たちは背中で腕を組み、足を肩幅に広げます。これのどこが休めなのか。休めというなら床でゴロンゴロンさせてくれよ。なんでじっとして話を聞かなきゃいけないんだよ。かつての私はそんなことを考えました。休符は全校集会における「休め」の指示に近いものではなかろうか。

「緊張の緩和」こそが笑いのメカニズムだというすっかりポピュラーになった説があります。このメカニズムはファンクにも応用できるところがあります。ファンクは緊張と弛緩のダイナミズムによって推進力を得ていると言っても良い。この緊張にあたる部分が裏拍だったり、休符だったりするわけです。日常生活において、こうした休符の緊張感に近いものを味わってみたい場合は、道行く人に「すみません」と声を掛けてみて、その後に黙って何も言わないでみると良いかと思われます。こうした気まずい時間こそが休符に緊張感を与えているのです。



今回は休符の話をベースに限定します。ここではベースが音をミュートして次の音を出すまでの時間を休符と呼ぶことにしましょう。

ベースは、弦を振動させて音を出す楽器です。ボーンと弦を弾くと音がだんだん小さくなっていきます。音の減衰を待たずに消音するには右手や左手で積極的に介入しなくてはなりません。ベースにおいてはミュートのテクニックを身につけることが必須科目のひとつとなっています。名人、細野晴臣はなぜミュートするのかと質問された際に、伸ばしっぱなしの音が嫌いだからと言っていました。

弦をベチっと叩いてミュートする人がいますが、私の見解としては、これを休符に含むわけにはいきません。こうしたミュート方法は、音価の短いパーカッシブなフレーズの中に出てくるのであれば効果的でしょう。しかし、音符と休符の落差を聞かせたいフレーズであれば、弦の振動を静かにすばやく止めたほうが断然クールです。「ベチ!」と音を鳴らしてミュートするのは、エンターを押すのにわざわざ「ターン!!」と大きな音を出すようなもので、本人の自己満足でしかありません。あくまで好みの話に過ぎませんが…。

さて、このへんで具体的な演奏を聴いていきましょう。当代きっての休符マスターといえばこの人。クルアンビンのローラ・リーです。音源をリリースするたびに演奏が研ぎ澄まされていくので、毎回驚かされます。曲は、昨年リリースされたシングル「B-SIDE」です。大成功を収めたリオン・ブリッジズとのコラボレーション『Texas Sun』の続編としてリリースされた『Texas Moon』に収録されています。



ローラ・リーは、気まずい時間としての休符の長さをコントロールすることで、曲にメリハリをつけています。緊張感を強めに出したいときは休符を長めに取る。リラックスしたムードを漂わせたいときは休符を短めに取る。ベースに耳を傾けて曲全体を聴くと、このように緩急を付けていることがわかると思われます。そしてやはり休符が長いとファンク値が上昇しますね。

2拍目のキック、あるいはスネアが鳴らされる箇所では、休符でスペースを作って、キックやスネアをマスキングしないように務めています。ジェームズ・ジェマーソン・マナーのプレイですね。ここでもやはり「休め」という指示を受けて、先生の話を傾聴せざるを得なかった小中学生の頃を思い出します。休符は他の楽器の音を聴く部分でもあります。ここでベチっと弦を叩いてミュートするのではなく、スネアの音を素直に響かせたほうがエレガントだと思います。



続きまして、誰もが知るクラッシック中のクラッシック、ジャクソン5の「I Want You Back」を取り上げたいと思います。邦題は「帰ってほしいの」。「僕の元へ帰ってほしいの」という意味なのでしょう。しかし一人で過ごすのが大好きな私は、この邦題を見るたびに「早く帰ってほしいの」という意味だと解釈してしまいます。ぶぶ漬けを出したい。

ベースを弾いているのは、クルセイダーズのサックス奏者として知られるウィルトン・フェルダーです。ベーシストとしても高名な人で、ジミー・スミスの『Root Down』やマーヴィン・ゲイの『I Want You』などに参加しています。ドクター・ドレーの「Nuthin But A ”G” Thang」でサンプリングされているリロイ・ヘイウッドの「I Wanta Do Something Freaky To You」の印象的なベースラインもフェルダーの演奏とのことです。



「I Want You Back」は休符だらけでドギマギするようなヴァース部分と、付点8分音符でなめらかにスイングする感じのコーラス部分の対比がおもしろいと思って取り上げた次第です。

ヴァースを細かく見ていきましょう。前半4小節は短い音価でかつトリッキーな譜割りなので楽しい雰囲気がありつつも緊張感が漂っています。ガタガタのオフロードを走っている感じですね。後半4小節になると音価がやや長くなり、付点8分音符によってスイングする感覚が出てきます。せき止められていた流れが若干なめらかになった感じです。前半後半の8小節を2回繰り返して、「ウ~ベイビー」というコーラスに突入します。ここで蛇口を全開にしたかのような開放感が一気に訪れるわけです。

アレンジにおいてメリハリをつける際に、ダイナミクスやコード進行で展開をつけたりする以外にも、休符による緊張感をコントロールする手もあるということを示した一曲が「I Want You Back」だといえます。

ここまで述べてきたような休符の味わいは、ある程度音量が出せる環境の中で、身体への共振で感じ取ったほうがより味わい深くなると私は考えます。大きなスピーカーの振動に体をまかせれば、ベースが響いている時間と響いていない時間、すなわり低音のオンとオフがより明確に感じられるはずです。大きな音が出せる環境で音楽を聴いていると贅沢な気分になります。出不精なので基本的に家から出たくないのですが、ベースの低音を体で浴びると気持ちが良いということを再確認できたので、できる限りそのような環境へ駆けつけたいと思っています。


鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
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Vol.31 音楽における無音の効果的テクニック、シルク・ソニックなどの名曲から鳥居真道が徹底考察
Vol.32 ギターソロ完コピをめぐる複雑グルーヴ、イーグルスの王道曲から鳥居真道が徹底考察
Vol.33 イントロの長さに隠れた意図、トーキング・ヘッズの楽曲などから鳥居真道が徹底考察

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