2022年グラミー賞総括、シルク・ソニックの快挙とジョン・バティステの逆転勝利
Rolling Stone Japan / 2022年4月10日 11時55分
米現地時間4月3日にラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで開催された第64回グラミー賞授賞式で栄えある賞に輝いたシルク・ソニックとジョン・バティステ。 写真左から:Johnny Nunez/Getty Images for The Recording Academy; Christopher Polk for Variety
ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークのユニット、シルク・ソニックの「Leave the Door Open」が年間最優秀レコードと年間優秀楽曲の主要2部門を受賞。ジョン・バティステは、ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴといった有力候補を押しのけて年間最優秀アルバムに輝いた。
第64回グラミー賞授賞式では、シルク・ソニックが年間最優秀レコードと年間優秀楽曲の2冠を達成した。その一方、ジョン・バティステが年間最優秀アルバムを受賞するという最大の番狂わせも起きた。
年間最優秀レコード、年間最優秀楽曲、最優秀R&Bパフォーマンス、最優秀R&Bソングの4部門にノミネートされたブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによる唯一無二のレトロ・ソウル デュオ、シルク・ソニック。彼らは事実上、米現地時間4月3日に行われた第64回グラミー賞授賞式にてこの4部門をすべて制覇したことになる。それも「Leave the Door Open」という一曲のシングルで。年間最優秀レコードと年間優秀楽曲の受賞には少なからず驚かされた。というのも、「Leave the Door Open」の行く手には、オリヴィア・ロドリゴの「drivers license」、リル・ナズ・Xの「Montero (Call Me By Your Name)」、ドージャ・キャットft.シザの「Kiss Me More」といった手強いライバルが立ちはだかっていたのだから。だが改めて言っておくが、ブルーノ・マーズはグラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーの寵児であり、過去17回のノミネートに対して14回の受賞という快挙を達成している。2014年には、『アンオーソドックス・ジュークボックス』が最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムを受賞した。
その一方、最多11部門にノミネートされたジョン・バティステは、5つのトロフィーを手にした。その中でも『We Are』による年間最優秀アルバムは最大の栄誉だ。それに加え、「Cry」が最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンスに、「Freedom」が最優秀ミュージック・ビデオに、さらには映画『ソウルフル・ワールド』のサウンドトラックが最優秀映像作品スコア・サウンドトラックに輝いた(トレント・レズナーとアッティカス・ロスとの共同受賞)。
デビューアルバム『Sour』の圧倒的な人気によって2022年のグラミー賞の大本命と目されていたオリヴィア・ロドリゴも手ぶらで授賞式会場を後にしたわけではない。ロドリゴの「drivers license」は最優秀ポップ・パフォーマンス(ソロ)を受賞し、彼女自身も最優秀新人賞に輝いた。その上『Sour』は、最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムも受賞した。
ほかにも栄えある賞に輝いたアーティストには、最優秀ポップ・パフォーマンス(グループ)に輝いたシザとのコラボ曲「Kiss Me More」で自身初のグラミー賞を獲得したドージャ・キャット、過去12回のノミネーションを経て念願のトロフィーを手にしたジャズミン・サリヴァンなどが含まれる。高評価を集めているサリヴァンのLP『Heaux Tales』は最優秀R&Bアルバムを、「Pick Up Your Feelings」は最優秀R&Bパフォーマンスを獲得した。
(グラミー賞トリビア好きのために興味深いことを記しておこう。奇しくもバティステとサリヴァンは今年、ふたつの珍しい出来事に関わっていた。サリヴァンがシルク・ソニックの「Leave the Door Open」とともに最優秀R&Bパフォーマンスにノミネートされる一方、バティステ、レズナー、ロスは配信ドラマ『クイーンズ・ギャンビット』の楽曲を手がけたカルロス・ラファエル・リベラとともに最優秀映像作品スコア・サウンドトラックを分かち合ったのだ。)
昨年同様、今年のグラミー賞授賞式も新型コロナウイルスによる制限によって数カ月間延期された。だが、主催者が小規模で慎ましやかなイベントにしなかった点は昨年と異なる。ほぼ満員の出席者とともに——見たところ、ソーシャルディスタンス対策がとられたテーブル席についていたようだ——華やかでゴージャスな第64回グラミー賞が幕を開けた。目を引く無数のセットは、ラスベガスの雰囲気ともよく合っていた。
司会を務めたトレバー・ノアは、良くも悪くも昨今のグラミー賞の放送について次のように正直にコメントしている。「式典という考えは忘れてください」と冒頭で述べたノアは、「これは賞を授けるコンサートなのです」と的確に表現した。
オープニングを飾ったシルク・ソニックがラスベガスへのオマージュである「777」をフィーチャーしたメドレーとともに授賞式のムードを決定づけた。続いてクラシックカーから登場したロドリゴが「drivers license」を熱唱。その後もロゴリゴは、『オーシャンズ11』を想起させるダンスと強盗劇ムード満載のBTSの洗練された「Butter」のパフォーマンスに見事なカメオ出演を果たした。
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アルゼンチン出身の新進気鋭のシンガー、マリア・ベセラもJ・バルヴィンとともに「Qué Más Pues」のデュエットを披露して脚光を浴びた。バルヴィンは大勢の覆面ダンサーを率いて、スクリレックスとのコラボ曲「In Da Getto」をエネルギッシュに歌いあげた。かたやリル・ナズ・Xは、自身に向けられた無数のアンチコメントを使った演出を披露。物議を醸した「Montero (Call Me By Your Name)」のミュージック・ビデオに関する怒りに満ちたツイートやニュース映像が無数に映し出されるスクリーンをバックに歌い終わると、ステージに登場したジャック・ハーロウとともにヒット曲「Industry Baby」を披露した。
授賞式の後半では、H.E.R.がジミー・ジャムとテリー・ルイス、トラヴィス・バーカー、レニー・クラヴィッツといったジャンルの垣根を超えた豪華アーティストとのコラボレーションを披露し、昔日のグラミー賞の華やかな雰囲気を呼び戻した。圧巻のギタープレイはもちろんのこと、ジミー・ジャムはショルダーキーボードで見事な演奏を届けてくれた。
ビリー・アイリッシュは3年ぶりに受賞を逃したものの、授賞式のハイライトのひとつともいうべきパフォーマンスを行った。先月急逝したフー・ファイターズのドラマー、テイラー・ホーキンスを偲ぶTシャツを着たアイリッシュは、大雨に打たれながら「Happier Than Ever」を熱唱したのだ。
続いて、フー・ファイターズの「My Hero」に合わせた特別なモンタージュとともにドラマーの死を悼むというほろ苦い瞬間が訪れた。さらにはフー・ファイターズの『Medicine at Midnight』が最優秀ロック・アルバムを、「Waiting on a War」が最優秀ロック・ソングを、「Making a Fire」が最優秀ロック・パフォーマンスを受賞し、ロック部門の賞を総なめにした。
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ホーキンスの追悼を皮切りに、グラミー賞の追悼コーナーが始まった。その中でも、シンシア・エリヴォ、レスリー・オドム・ジュニア、ベン・プラット、レイチェル・ゼグラーによるミュージカル界の巨匠、故スティーブン・ソンドハイムの楽曲のパフォーマンスはこのコーナーのハイライトだった。
総括すると、2022年のグラミー賞からは堅苦しい旧式の組織という根強い認識から抜け出そうとするレコーディング・アカデミーの継続的な努力が垣間見られた。グラミー賞は、昨今の時代精神とともにあるというメッセージを必死に伝えようとしていた。だが、古い習慣はなかなか拭えないものだ。それをもっとも顕著に示していたのがラップの圧倒的な少なさだった。もちろん、ヒップホップに限っては、そのプレゼンスを認めることはできる。というのも、リル・ナズ・XからBTSに至るまで、ヒップホップは世界中のポップミュージックシーンに浸透しているのだから。だが、今年の授賞式においてはリル・ナズ・Xによるソロパフォーマンス(オリジナルバージョン)だけが直球のラップミュージックに焦点が当てられる貴重な場面だった。とはいっても、昨年の初グラミー以降のヒット曲とともに繰り広げられたベテランラッパーによる圧巻のパフォーマンスは、栄えあるグラミー賞に十分値するものだった。その上、バルヴィンのパフォーマンスを除き、奇しくもラテンミュージックも重要な瞬間から除外されていた。
今年のグラミー賞最大の醜態は、コメディアンで俳優のルイ・C・Kに最優秀コメディー・アルバムを贈ったことではないだろうか。C・Kは、複数の女性からセクハラ行為を告発されたことを5年後になってようやく認めた。
いかなる授賞式も社会情勢と無関係ではいられない。時折、授賞式では目下世界で起きているカオス的状況をほのめかす場面もあった。長引くパンデミックとその影響を受けるライブミュージック業界への賛同として、ツアークルーたちがアイリッシュ、クリス・ステイプルトン、H.E.R.、キャリー・アンダーウッドのプレゼンターを務めた。
その中でも、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の感動的なビデオメッセージは授賞式の最大のサプライズだった。映像の中で大統領は、「私たちのミュージシャンたちはタキシードの代わりに防弾着を着ています。彼らは病院で傷ついた人々のために歌っているのです。その歌声を聞くことができなくなってしまった人々のためにも。しかし、音楽はいかなる困難も打ち破ることができます」と訴えた。メッセージが終わるとジョン・レジェンドがステージに登場し、ウクライナ出身のシンガー、ミカ・ニュートンと詩人のリューバ・ヤキムチュクとともに新曲「Free」を披露した。
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授賞式の放送前に行われたプレショーでは、タイラー・ザ・クリエイターの『Call Me If YouGet Lost』が最優秀ラップ・アルバムを、セイント・ヴィンセントの『Daddys Home』が最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバムを、バッド・バニーの『El Último Tour Del Mundo』が最優秀ラテン・アーバン・アルバムを受賞した。「Hurricane」が最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンスに、「Jail」が最優秀ラップ・ソングに輝いたカニエ・ウェストのキャリアには、ふたつのトロフィーが追加された。カントリー部門を席巻したステイプルトンは、4部門のうち3部門を受賞。『Starting Over』が最優秀カントリー・アルバム、「You Should Probably Leave」が最優秀カントリー・パフォーマンス、「Cold」が最優秀カントリー・ソングを受賞した(放送された授賞式では「Cold」を披露)。
今年は初受賞者に事欠かない年だった。その中でも、4部門にノミネートされていたラスベガス出身のラッパーのベイビー・キームは、ケンドリック・ラマーとのコラボ曲「Family Ties」によって最優秀ラップ・ソングのトロフィーを持ち帰る結果となった。最優秀新人賞にノミネートされていたパキスタン出身のシンガーのアルージ・アフタブは、「Mohabbat」によって最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンスを受賞した。
さらには、コメディアンのボー・バーナムも初のグラミー賞を手にした。配信コメディ『Watch Bo Burnham: Inside』の「All Eyes On Me」が最優秀映像作品楽曲を受賞したのだ。9つのノミネーションを経て、カントリーデュオのブラザーズ・オズボーンもようやく初のグラミー賞に輝いた。「Younger Me」は、カントリー部門の中でも唯一ステイプルトンが逃した最優秀カントリー・パフォーマンス(グループ)を受賞した。もうひとつの大きなサプライズは、何と言っても最優秀劇場ミュージカル・アルバム部門だ。TikTokからヒントを得たプロジェクト『The Unofficial Bridgerton Musical』のエミリー・ベアーとアビゲイル・バーロウは、アンドリュー・ロイド・ウェバーやバート・バカラック、さらにはボブ・ディランといったレジェンドたちを抑えてトロフィーを勝ち取った。
このほかにも、ジョニ・ミッチェルの『Joni Mitchell Archives, Vol. 1: The Early Years (1963-1967)』が最優秀ヒストリカル・アルバムを受賞した。毎年恒例の授賞式前のチャリティガライベントにてミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤーとして表彰されたミッチェルは、ボニー・レイットとともにグラミー賞のステージに上がった。コロンビア出身のロックシンガー、フアネスの『Origen』が最優秀ラテン・ロック/オルタナティブ・アルバムを受賞した一方、2020年も2021年も受賞を逃したジャック・アントノフが念願の最優秀プロデューサー(ノン・クラシック)に輝いた。昨年2月に他界した伝説的ジャズピアニストの故チック・コリアには、死後受賞という形でアワードが贈られた。『Mirror Mirror』が最優秀ラテン・ジャズ・アルバムを(イリアーヌ・イリアスとチューチョ・バルデースとの共同受賞)、「Humpty Dumpty (Set 2)」が最優秀インプロヴァイズド・ジャズ(ソロ)を受賞した。
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