ジョン・バティステ徹底検証 グラミー5冠の意義、音楽家としてのポテンシャルを紐解く
Rolling Stone Japan / 2022年4月14日 18時10分
第64回グラミー賞で最多5部門を受賞したジョン・バティステ。作曲を手がけたディズニー&ピクサー映画『ソウルフル・ワールド』でアカデミー賞も獲得し、2021年のアルバム『WE ARE』で最優秀アルバム賞の快挙を成し遂げた彼が、特別なアーティストである理由とは。そして、今回のグラミー受賞はどんな意味をもつのか。ジャズ評論家の柳樂光隆に話を聞いた。(聞き手:小熊俊哉 構成:アボかど)
「ソーシャル・ミュージック」の思想
―グラミー賞の受賞式から振り返ると、まずは「FREEDOM」のパフォーマンスが素晴らしかったですね。
柳樂:彼はいろんな側面をもつマルチタレントなアーティストじゃないですか。そういう本人の資質がキャッチーに表現されていたと思います。まずは厳粛な雰囲気でピアノを弾き始めて、ダンサーも交えたカラフルな舞台で、ポップな歌とアクションを披露したあと、ピアノの即興を短く挟んでから大団円を迎えるという。テレビ中継の向こう側に呼びかけたメッセージもよかったですし。
―「ありのままの自分を否定されてきた君を、僕がここで全肯定する。君は君のままでいい!」と言ってましたね。ジャンルに縛られないという意味でも、多様な生き方を肯定するという意味でも、まさしく「FREEDOM」なステージでした。
柳樂:途中で「立ち上がって踊ろう、お金持ちの方も一緒にどうぞ」とも言ってましたよね。「FREEDOM」の歌詞にも、”くじけてしまうのは、また立ち上がるため/(中略)これは訓練なんかじゃない/お金をかけない楽しみ以上のもの(でも気分は金持ち)”というくだりがあって。『WE ARE』収録曲の歌詞にも、格差社会を踏まえたワードが随所に挿入されている。そういう視点も備えつつ、音楽が鳴っている場においてはみんな平等、一緒に楽しもうと伝えたかったんだと思います。
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―彼は音楽を通じて、想いやメッセージを共有することに意識的ですよね。
柳樂:そうそう。ヒューマニティだったり、人と人を繋ぐコミュニケーションをすごく重視している。その話でいうと、パフォーマンスの最後のほうで客席へと降りていき、ビリー・アイリッシュがいるテーブルに飛び乗って歌ったくだりも印象的でした。
彼はもともと「ステイ・ヒューマン」というバンドを率いて、街中でピアニカを演奏したり、拡声器で呼びかけたりしながら、マーチングバンドのごとく行進するという活動を10年以上前から続けてきました。動画もたくさんアップされていますが、そこで見られる光景と同じように、ステージと客席の垣根なく歩き回るというのも、彼にとってある種のステートメントだったと思います。
―本人も「音楽が商品化される前のカタチ」と表現しているように、バティステのそういった活動は、そもそも音楽とはどういったもので、社会やストリートでどのように機能してきたのか、根源的な価値を再認識させるようなところがあるというか。
柳樂:ニューオーリンズには「ジャズ・フューネラル」という独特の儀式があって、故人をブラス・バンドの華やかな演奏とともに葬儀場から墓場まで送るんですけど、そこには街の人も演奏に加わることもあって。ニューオーリンズでは音楽はアートやエンタメではなく、コミュニティのためのものなんですよ。過去にコートニー・パインを取材したとき、「カリブ海の島々では音楽が新聞の代わりで、バンドはニュースを歌うシンガーと一緒に演奏しながら街を歩いていた。ニュースには当然政治も含まれる」と話していました。ジョン・バティステの営みにはそういう地元の文化、祖先たちの文化も含まれている。それは最優秀ミュージックビデオ賞を獲得した「FREEDOM」のMVにも顕著に表れていますよね。
―彼は至るところでニューオリンズ文化の影響と、「音楽にジャンルは存在しない」ということを話しているじゃないですか。「ニューオリンズでは音楽をジャンルという視点で見ることなく、音楽というのは人と人のつながりの中から生まれるものという意識が根付いている」といったふうに。
柳樂:だからジョン・バティステは、自分の音楽を「ソーシャル・ミュージック」と呼んでいるんですよね。そこで連想されるのが、マイルス・デイヴィスによる「俺の音楽をジャズと呼ぶな、自分がやっているのはソーシャル・ミュージックだ」という有名な発言です。
マイルスがこう語ったのは、彼の音楽観がジャンルの固定観念から解き放たれていたことに加えて、本人いわく「ジャズは白人に媚びへつらう黒人奴隷の言葉」であることも関係していたようです。マイルスは1959年、白人警官になんの理由もなく殴打され、逮捕・告発される事件も経験しています。
柳樂:かたや、マイルスと同じくジュリアード音楽院を卒業したバティステは、2020年6月にブラック・ライヴス・マター運動が巻き起こったとき、先頭に立ってデモ行進を主催。このとき発表した「WE ARE」は抗議運動のアンセムになりました。
ジョン・バティステもマイルスの言葉は意識しているはずで、その精神を受け継ぎつつ、マイルスの音楽が直接的には表現しなかった社会的メッセージや、「WE ARE」というタイトルに顕著なコミュニティとの連帯感を盛り込むことで、ソーシャル・ミュージックのあり方を再定義しているようにも映ります。授賞式のパフォーマンスには、そんな彼の魅力が凝縮されていました。
グラミー賞ノミネートに見る「越境性」
―黒人アーティストが最優秀アルバム賞を受賞したのは、2008年にハービー・ハンコックが『River: The Joni Letters』で受賞して以来、14年ぶりとのことです。
柳樂:共にヴァーヴ・レコードの作品という共通項もありますよね。『River: The Joni Letters』はその名のとおりジョニ・ミッチェルへのトリビュート作で、ノラ・ジョーンズやレナード・コーエンなど多彩なゲストを迎えて、ジャズからフォーク、R&B、ロックなど様々なジャンルに跨っているアルバムでした。
―かたやジョン・バティステは、11部門で最多ノミネートというのも話題になりましたが、その数字だけが一人歩きして、中身はさほど検証されてこなかった気がします。部門名を羅列してみるとよくわかりますが、このジャンル横断ぶりは驚異的ですよね。
・最優秀レコード賞:「Freedom」
☆最優秀アルバム賞:『WE ARE』
・最優秀トラディショナル・R&Bパフォーマンス:「I NEED YOU」
・最優秀R&Bアルバム:『WE ARE』
☆最優秀ミュージック・ビデオ:「FREEDOM」
・最優秀インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ:「Bigger Than Us」(『ソウルフル・ ワールド』収録)
・最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム:『ソウルフル・ワールド』
☆最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス:「CRY」
☆最優秀アメリカン・ルーツ・ソング:「CRY」
☆最優秀サウンドトラック・アルバム作曲賞映画、テレビ、その他映像部門:『ソウルフル・ワールド』
・クラシック現代作品部門:「MOVEMENT 11」
(☆:受賞、注記のない楽曲は『WE ARE』収録)
柳樂:もともとジャズ・ピアニストとして知られてきた人ですし、最近はロバート・グラスパーやサンダーキャットみたいに、ジャズをルーツに持ちつつR&B部門にノミネートされるケースも増えているので、そこまでは驚かないけど……クラシックやアメリカーナ、映画音楽でも選ばれているのは相当ヤバい(笑)。
―主要部門ではシルク・ソニックやオリヴィア・ロドリゴ、R&B部門ではH.E.R.やレオン・ブリッジズ、ジャズ部門ではチック・コリアやテレンス・ブランチャード、ルーツ部門ではヴァレリー・ジューンやリアノン・ギデンズ、サントラ部門ではハンス・ジマーやルドウィグ・ゴランソン、クラシック部門ではキャロライン・ショウなどと競っています(一覧はこちら)。
柳樂:すごい顔ぶれ(笑)。ポップなブラックミュージックを手がけつつ、アカデミックな文化圏にも出入りして、トラディショナルな音楽にも精通していると。
―ジョン・バティステは音楽一家で育ったそうですね。父親のマイケル・バティステはジャッキー・ウィルソンやアイザック・ヘイズとの共演歴をもつベーシストで、彼やクラリネット奏者のアルヴィン・バティステからニューオリンズの音楽を教わったとか。
柳樂:その話に付け加えると、叔父にあたるハロルド・バティステは、サム・クックやドクター・ジョンを手がけた高名なアレンジャーで、後年はニューオーリンズ大学で指導していました。そして、同大学やジョン・バティステも通ったニューオーリンズ・センター・フォー・クリエイティブ・アーツで教鞭を執っていたのが、ジャズ教育の第一人者であるエリス・マルサリス。ジョン・バティステは彼をメンターと仰ぎ、2020年に亡くなった際には追悼パフォーマンスも披露しています。
さらに、ジョン・バティステをいち早くフックアップしたもう一人の恩師が、エリス・マルサリスの息子であるウィントン・マルサリス。「ジャズ・アット・リンカーン・センター」(※)の芸術監督でもある彼のバンドに起用されたことで、ジョン・バティステはジュリアード在学中から頭角を現し始めます。
※通称JALC、NYマンハッタンの総合芸術施設「リンカーン・センター」(ジュリアード音楽院もこの施設の一部)に属するジャズ専門の公共機関
ちなみにウィントンは、1900年代初頭のニューオーリンズを舞台に、「ジャズの創始者」ことバディ・ボールデンの生涯を描いた2019年の映画『Bolden』(日本未公開)の音楽を担当していました。さらに彼はJALCでもジャズの起源を遡り、音楽の歴史を学び直すような企画を展開しています。こういったウィントンの姿勢は、ジョン・バティステに大きな影響を与えているはずです。
In this time, while were all at home, lets take a moment to reflect on and deepen our relationships with our elders. Lets cherish them.
Im at a loss for words. Sending my condolences to the Marsalis family and to all who have lost loved ones in this devastating time. RIP E pic.twitter.com/qFzr6WoFvi — jon batiste (@JonBatiste) April 2, 2020 ジョン・バティステとエリス・マルサリス
2010年、ウィントン・マルサリスと共演するジョン・バティステ
―柳樂さんがジョン・バティステを知ったのはいつ頃でしたか?
柳樂:彼が20歳のときに録音したライブ盤『Live In New York』を、2011年に聴いたのが最初です。この時点でも高度な演奏スキル、現代的なリズムやハーモニーの感覚に加えて、ストライド・ピアノを取り入れるなどビバップ以前の古いジャズにも精通し、ニューオリンズの伝統的なスタイルが叩きこまれているのも演奏から伝わってきました。これは余談ですけど、インパートメントから日本盤も出ていたんですよ。当時から注目していたA&Rの西野さんはもっと評価されていいと思う(笑)。
また2017年には、ウィントン率いるJALCオーケストラと共に、60年代の時点でジャズとクラシックの融合を試みた再評価著しいピアニスト、ジョン・ルイスへのトリビュート作『The Music Of John Lewis』を発表しています。ジョン・バティステもクラシックの英才教育を受けていて、それが本人のアウトプットにも反映されているので、この企画には大いに頷けるものがありました。
―クラシック部門でノミネートされたピアノ曲「Movement 11」について、ベートーヴェンやショパン、バッハの名前を挙げつつ説明しているインタビューも見かけました。
柳樂:バッハが好きなのはよくわかりますね。ジャズ黎明期におけるニューオーリンズの音楽、ラグタイムやブギウギとバッハの対位法との共通点を指摘するアーティストもいるので。
その一方で、ステイ・ヒューマンを率いての2013年作『Social Music』では、ジョンがボーカルを務めてポップやR&Bの要素を取り入れながら、ニューオーリンズの伝統音楽を現代的にアップデートさせていました。ハイブリッドな作風は『WE ARE』のプロトタイプとも言えそうです。
2018年の『Hollywood Africans』もボーカリストとしての側面を押し出した作品で、ルイ・アームストロングからショパン、TVゲーム『ソニック・ザ・ヘッジ・ホッグ』の楽曲まで取り上げ、シンプルなピアノ弾き語りに昇華しています。しかも、ニューオーリンズの古い教会をリフォームしたスタジオが使われていて、ものすごく響きがいい。こういう録音へのこだわりも『WE ARE』に継承されている気がします。
『Social Music』収録曲「Let God Lead」
『Hollywood Africans』収録曲「What A Wonderful World」
―昔から多才なんですね。ジャズ・シーンでは早くから注目されていたんですか?
柳樂:アメリカのGQ誌が2015年に新世代アーティストの特集を組んだとき、エスペランサ・スポルディング、トロンボーン・ショーティと並んで大きく掲載されていました。ネイト・チネンによる21世紀ジャズの評論集『Playing Changes』(2018年)でも、重要人物の一人として言及されています。
ただ、ジャズ・リスナーなら誰でも知ってる存在というわけでもなかったですね。ニューヨークで頻繁にセッションするというよりは、コンセプチュアルに作品を練るタイプの人なので、ライブの現場で発見される機会も少ないだろうし、シーン全体で見ると浮いてたというか。あとはスケールが大きすぎて、周囲が起用しづらかった部分もあると思うし。
―イレギュラーな存在すぎて、どう扱うべきかわからなかった?
柳樂:そうですね。そのあたりは旧知の間柄であるトランペッター、クリスチャン・スコットとも似ているかもしれない。孤高というか。
そもそもジョン・バティステは、本国アメリカでグラミー賞授賞式を生放送しているテレビ局、CBSの人気トーク番組『ザ・レイト・ショー・ウィズ・ステファン・コルベア』の音楽監督でもあり、2015年からステイ・ヒューマンが同番組のハウス・バンドを務めています。ジャズ云々というよりはこちらの仕事で広く知られており、番組を通じて大物アーティストやメインストリームの最先端と共演してきた経験も、ポップスターとしての活動に繋がったのではないでしょうか。
『ザ・レイト・ショー・ウィズ・ステファン・コルベア』番組中でサンダーキャットと共演
ビヨンセ、ブラス・バンド、バウンス
―最優秀アルバム賞を獲得した『WE ARE』については、改めていかがですか?
柳樂:実はシルク・ソニックにも通じる部分がありそうな気がして。
―というと?
柳樂:過去の音楽スタイルをトレースしつつ現代に蘇らせるという点で、両者には同時代性みたいなものを感じてしまいます。ただ、シルク・ソニックは割とピンポイントに、ある特定の時期のソウルやファンクを取り入れているのに対し、『WE ARE』はアフリカン・アメリカンの音楽史を、もっと長いスパンの時間軸で捉えていますよね。
「TELL THE TRUTH」はサム&デイヴみたいな曲調だし、「CRY」は泣きのブルース。しかも後者は、ローリング・ストーンズにも参加しているスティーヴ・ジョーダンがドラムを叩き、ロバート・ランドルフがペダル・スティールを弾くという徹底ぶり。
―「CRY」はアメリカン・ルーツ部門を受賞したのも納得の出来栄え。
柳樂:もっと言えば、「FREEDOM」のイントロはハービー・ハンコックの「Cantaloupe Island」っぽいですし、「SHOW ME THE WAY」はシルク・ソニックのようなスウィート・ソウル、マーヴィン・ゲイ「I Want You」辺りに通じるものがありますよね。そんなふうに、いろんなスタイルをかいつまみながらアメリカ音楽史を描き直している。
―過去の音楽遺産を参照しながら、現代に響くストーリー、自分自身のパーソナルな物語に翻訳しているようなところがありますね。
柳樂:ジョン・バティステはそういうやり方が抜群にうまい。『ソウルフル・ワールド』もそうでしたよね。あの映画ではジャズの演奏シーンを彼が担当していて、すべてオリジナル曲だけど、あたかもそういうスタンダードが実在していたかのような曲ばかりなんですよ。しかも、それぞれ「●●っぽいスタイル」を擬態したような演奏で、歴史とスタイルと技術がインプットされているから何でもコピーできてしまうというか。
最優秀インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ部門にノミネートされた「Bigger Than Us」(『ソウルフル・ ワールド』収録)
―もちろん、そのままカバーとかサンプリングするのではなく、それぞれの文脈を理解したうえでの新しい解釈を加えることで、今の音楽としても成り立っていると。
柳樂:そんなふうに考えると、『ソウルフル・ワールド』においてジャズ・ピアノで表現したのと同じような感覚で、黒人音楽史を辿っていったのが『WE ARE』なのかもしれない。そこで思い出されるのが「ビーチェラ」ですよ。
―2018年のコーチェラでヘッドライナーを務めた、ビヨンセの歴史的パフォーマンス。
柳樂:自身のキャリアも回顧しつつ、マーチング・バンドやドラム・ライン、ゴスペルやカリブ音楽やレゲエ、ニーナ・シモンやフェラ・クティの引用まで文脈を織り込み、ブラック・ミュージックの源流を辿るような圧倒的ステージで、ニューオリンズの伝統文化がサウンド全体に刻まれていたのも鮮烈でした。
かつて「ビーチェラ」にも匹敵するスケール感で、アメリカと黒人奴隷の歴史を描いたのが、他ならぬウィントン・マルサリスでした。彼は1997年のジャズ・オペラ大作『Blood on the Fields』で、ピューリッツァー賞音楽部門をジャズ界で……というより、在命中の黒人アーティストで初めて受賞しています。ピューリッツァー賞といえば、2018年にケンドリック・ラマー『DAMN.』が獲得したときに大きく報道されましたが、「現代のアフリカ系アメリカ人の複雑な人生を捉えた感動的な作品」という選評は、ジャンルや時代の違いこそあるものの、そのまま『Blood on the Fields』にも当てはまりそうです。
2013年、ウィントンがJALCオーケストラを率いて『Blood on the Fields』収録曲を演奏
―ジョン・バティステはこういう点でもウィントンの系譜を継いでいるわけですね。
柳樂:そうそう。ただ、彼のほうが見せ方は遥かにポップで、そこは「ビーチェラ」以降の感じがしますよね。あと、ビヨンセの話をしたのにはもう一つ理由があって。実は2010年代に入ってから、ニューオーリンズ音楽のハイブリッド化が加速しているんですよ。
たとえば、プリザベーション・ホール・ジャズ・バンドという日本でもお馴染みの老舗バンドがいるんですけど、近年はメンバーの世代交代が進んで、2013年の『Thats It!』辺りから雰囲気が変わったんです。同じ年にソウル・レベルズというブラス・バンドが『Power = Power』というミックステープを発表していて、そこではカニエ・ウェストやドレイクの曲をカバーしていました。ちなみに、ジョン・バティステはこの2組とも共演していますし、彼の楽曲「ADULTHOOD」でフィーチャーされているホット8ブラス・バンドも同様の変化を見せています。
ジョン・バティステ、リオン・ブリッジズ、クリス・シーリー(パンチ・ブラザーズ)とプリザベーション・ホール・ジャズ・バンドの共演ライブ
ジョン・バティステ『WE ARE』を基点に、2010年代以降のニューオーリンズにおけるラップやブラスバンドの変容をまとめたプレイリスト(柳樂作成)
―ヒップホップを通過した世代が、ニューオリンズの伝統音楽をアップデートしていると。実際、ジョン・バティステはサウス・ヒップホップも愛聴してきたそうで、『WE ARE』に収録された「BOY HOOD」では、歌詞のなかにホット・ボーイズ(※)やNo Limitといった、バウンス(ニューオーリンズ独自のヒップホップ)にまつわる固有名詞も散りばめられています。
※No Limitと人気を二分するサウス・ヒップホップの人気レーベル、Cash Moneyから1997年にデビューしたリル・ウェイン、B.G.、ジュヴィナイル、タークの4人組
アボかど:「BOY HOOD」はマスター・P(No Limitを設立したラッパー)のフロウを引用していたり、ルイジアナのギャングスタ・ラップ度が高いですね。
柳樂:わかる人にはわかる表現が入ってるという。ニューオーリンズ音楽のハイブリッド化も、バウンスを聴きながら育った世代が台頭してきたことで決定的になり、最近はラッパーと生演奏バンドがコラボする光景が日常的になっています。
たとえばタンク・アンド・ザ・バンガスは、日本だとグラスパー周辺のネオソウル系みたいなイメージですが、本人たちの音楽性にもバウンスの要素が盛り込まれているし、バウンス最大のスター、ビッグ・フリーディアとも共演しています。『WE ARE』にも参加した現代ニューオリンズの旗手、PJ・モートンは自作曲をバウンス・リミックスした『Bounce & Soul, Vol. 1』も面白いアルバムでした。
アボかど:後者にはジュヴィナイルやDee-1など同郷のラッパーも参加していましたよね。
タンク・アンド・ザ・バンガスとビッグ・フリーディアの共演曲「Big」。タリオナ”タンク”ボール(Vo)は『WE ARE』に参加。
柳樂:ジョン・バティステもそういう流れを押さえていて、『WE ARE』デラックス・エディションにはビッグ・フリーディアを迎えた「FREEDOM」のリミックスを追加しているんですよ。
アボかど:The Showboysの「Drag Rap」というバウンス定番ネタがあって、スリー6マフィアからリル・ウェイン、ドレイクまでサンプリングで使い倒されてきたんですけど、「FREEDOM」のリミックスでも使われていましたね。
柳樂:そして、ビッグ・フリーディアが世界的に注目されるようになったのは、ビヨンセによる2016年の名曲「Formation」で声をサンプリングされたのがきっかけで、この曲は「ビーチェラ」でもニューオリンズのブラス・バンド形式で演奏されてました。こんなふうに、ジョン・バティステを基点に掘り下げると、ニューオーリンズやアメリカ南部における音楽カルチャーの変容も見えてくるわけです。
数字では測れない音楽家の価値
―『WE ARE』の最優秀アルバム賞受賞については、「セールスや再生回数が他の候補アーティストと違いすぎる」という声とともに、「主要メディアの年間ベストにほとんど選ばれてなかった作品が受賞するのはおかしい」という批判も見かけました。でも後者については、むしろ批評のほうが追いついてなかった気がしてきますね。
柳樂:どのジャンルにも収まりきらないからこそ、メディアはどう取り上げるべきか困ったと思うんですよ。でも、グラミー賞はジャンルやカテゴリー別だったり、曲単位で選ぶ部門もあるので、彼の多才ぶりが最多ノミネートという形で評価されて、授賞式のパフォーマンスを通じて本人のポテンシャルも認知され、そこからようやく全貌が見えてきたというか。
あと『WE ARE』は、これだけ多様なサウンドにアプローチしているのに、アルバム全体を通してヴィンテージでオーガニックな音色だから、何の違和感もなく聴き通すことができるんですよね。そこは過去作『Hollywood Africans』のくだりでも触れた録音へのこだわりも大きいはず。そういう部分もグラミーでは評価されていると思います。
―メインストリーム寄りのプロデュース陣に混ざって、ディアンジェロ『Voodoo』などを手掛けた名匠ラッセル・エレヴァードがレコーディングに関与しているんですよね。彼の参加曲ではエレクトリック・レディ・スタジオが使われていて。
柳樂:アナログへの愛情を感じる音作りですよね。それに『WE ARE』はクレジットも壮観で、新旧の実力者が脇を固めている。オルガンのサム・ヤエルは、鍵盤奏者でありながらベーシストの役割も兼ねる革新的プレイで、BIGYUKIにも影響を与えた人物です。ギタリストも豪華で、ジョン・バティステとの共作も発表しているヴルフペックのコーリー・ウォンに加えて、レトロ・サウンドの名手ニック・ウォーターハウスも参加している。さらに、現代ジャズを代表するドラマーでヴルフペック界隈のネイト・スミスや、幼馴染のトロンボーン・ショーティもいる。
そして、ジョン・バティステはそれぞれの曲がもつコンセプトに応じて、いろんな才能を適材適所で配置しながら形にしている。プロデューサーとしても優秀ですよね。
サム・ヤエル・トリオのライブ映像
トロンボーン・ショーティ、ホワイトハウスでのパフォーマンス映像
―あとは所属レーベル、ヴァーヴの支えも大きかったのかもしれないですね。今年のグラミーでは、パキスタンをルーツにもつ歌手/作曲家のアルージ・アフタブが最優秀新人賞にノミネートされたのも話題になりましたが、彼女もヴァーヴに移籍したばかり。USインディーを牽引してきたシンガーソングライター、カート・ヴァイルも新作を控えています。
柳樂:ヴァーヴはもともと、ジャズをポップ・ミュージックと捉えて、上質な録音とともに洗練された形で送り出してきたレーベルです。近年の象徴的存在はダイアナ・クロール。歌もバックの演奏も達者だし、ポップスとしても聴けるみたいな。
―レディー・ガガとの再タッグも話題になったトニー・ベネットの息子、ダニー・ベネットが2017年からヴァーヴの社長に就任しています。
柳樂:実はその頃からニューオリンズのジャズにも力を入れていて。ハリー・コニックJr.という大物ジャズ歌手を迎えたり、ルイ・アームストロングのトリビュート作も発表しているんですよね。その一方でアルージ・アフタブや、若き越境的ピアニストのジュリアス・ロドリゲスなど、ハイブリッドな資質をもつ音楽家も招き入れている。
そんなふうにヴァーヴも変わり始めているタイミングで、伝統性と先鋭性というレーベルの二本柱を兼ね備えているのが、まさしくジョン・バティステ。レーベルにとっても今回の受賞は大きかったはずで、90年代からヴァーヴを支えてきたハービー・ハンコックや、『WE ARE』のライナーノーツを執筆しているクインシー・ジョーンズの後継者という見方も出てきそうです。
―最後に、今回の受賞結果について、柳樂さんの見解を聞かせてください。
柳樂:アボかど君がCINRA.NETの記事で書いていたように、グラミー賞は多くの問題を抱えているし、そこは改善されていくべきだと思います。でも、ジョン・バティステみたいな才能を評価できる環境が整っているのは羨ましいですよね。それはつまり、セールスや人気投票では評価できないものを評価する場とも言えるので。
個人的には2011年の第53回グラミー賞で、エスペランサ・スポルディングが最優秀新人賞を獲得したときを思い出しました。他の候補がジャスティン・ビーバー、ドレイク、フローレンス&ザ・マシーン、マムフォード&サンズという凄まじい顔ぶれで、エスペランサは「誰?」という扱い(苦笑)。人気投票だったら選ばれるわけがない。でも、彼女は当時すでにバークリー音大の最年少講師を務めていて、かの名門における最高傑作と見なされていた。ミュージシャンとしての才能でいえば受賞にふさわしい存在だったんです。
とはいえ、あそこでエスペランサを選んだのは、かなり凄いことだと思うんですよ。ジョン・バティステが今回受賞したのも同じくらいの意味があると思います。
ジョン・バティステ
『Jon Batiste: The Nominated Collection』
グラミー賞でノミネートされた7曲を網羅したコンピレーション・アルバム
配信:https://jon-batiste.lnk.to/TheNominatedCollectionPR
『WE ARE』デラックス・エディション
発売中
視聴・購入:https://JonBatiste.lnk.to/WEARE_DXEPR
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