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ダニエル・ロッセン、グリズリー・ベア最重要人物の歩みと濃密な音楽世界

Rolling Stone Japan / 2022年4月20日 18時30分

ダニエル・ロッセン(Photo by Amelia Bauer)

現行のトレンドとは関係ないところで、あるいは世代論や社会情勢の話を持ち出さなくとも、音楽それ自体の豊かさで屹立する作品が存在するということ。グリズリー・ベアのボーカリスト/ギタリストであるダニエル・ロッセン(Daniel Rossen)のソロ・デビュー・アルバム『You Belong There』を聴いた者は、そんな実感を抱くのではないだろうか。音楽に対する消費の量も速度も増している現代だからこそ、単体でじっくりと向き合いたいと感じさせる奥ゆきのある作品だからだ。



ただ、グリズリー・ベアはしばしばトレンドやシーンと接続して語られてきたバンドでもあった。そのなかでももっとも大きなものは、2000年代のブルックリン・シーンである。音楽的にオルタナティブな志向を持った(主には)インディ・ロック・バンドが多数登場し、批評的、ときにはセールス的にも存在感を見せたそのシーンは、21世紀はじめのUSインディ・ロックにおける幸福な季節として記憶しているひとも少なくないのではないだろうか。グリズリー・ベアもまさに、そんな賑わいのなかから現れた存在だった。

グリズリー・ベアは2000年代はじめごろから、ソングライターのエド・ドロステのソロ・プロジェクトとして始まっている。ドロステがひとりで制作し、のちにドラマーのクリストファー・ベアが加わって仕上げられたデビュー・アルバム『Horn of Plenty』(2004年)はローファイな録音によるサイケデリック・フォークの小品ではあったが、ドロステによる繊細なメロディやアコースティック・ギターの演奏のセンスは、のちのグリズリー・ベアに確実に繋がっているものだ。



だが、グリズリー・ベアがバンドとして確立したのは、何と言ってもWarpからのリリースとなった2ndアルバム『Yellow House 』(2006年)においてである。まずベーシストのクリス・テイラーが加わったのち、その友人だったダニエル・ロッセンが加入することになったが、バンドの音楽的なレベルを飛躍的に高めた立役者こそがロッセンだった。もともとジャズやクラシックの素養を持っていたロッセンが作曲、そしてアレンジメントに加わることで、管弦楽を取り入れた室内楽的なアプローチやジャズの要素がきわめてデリケートに織りこまれることとなったのだ。たとえばロッセンがリード・ヴォーカルを執ったシングル「On a Neck, On a Spit」における、細やかなギター演奏と大胆な構成のコントラストに彼が大きく貢献していることは間違いないだろう。この時期を代表する名曲だ。

ディスコ・パンク・バンドの!!!がすでにリリースしていたとはいえ、実験的なエレクトロニック・ミュージックのレーベルとして知られるWarpがサインしたインディ・ロック・バンドとしてグリズリー・ベアは大きな注目を集めた。何よりもその音楽性が、個性派揃いだったブルックリン・シーンにおいてなお、ひときわユニークだった。『Yellow House 』をきっかけとしてグリズリー・ベアはのちにレディオヘッドの北米ツアーのオープニング・アクトを務めているが、なかでもそのコンテンポラリー・ミュージック志向からジョニー・グリーンウッドの偏愛を受けていたエピソードは有名だ。



そして、そうしたグリズリー・ベアのロック・ミュージック以外の要素を増やし、無二のバンドであることを鮮やかに証明したのが3rdアルバム『Veckatimest 』(2009年)だ。ブラジル音楽風のギター演奏、まるでティンパニのように叩かれるドラム、ダイナミックにクレッシェンドするアンサンブルが強烈な印象を残すオープニング・ナンバーの「Southern Point」に顕著だが、いわゆるUS(インディ・)ロック・バンドにはほとんど見られなかった音楽的要素/アレンジメントが満載のアルバムなのだ。つまり、ロッセンの作曲家/編曲家としての才が全開になった作品だと言える。あるいはドロステがリード・ヴォーカルを執るシングル「Two Weeks」に代表される、ビーチ・ボーイズ直系のスウィートなコーラスを持ったサイケデリック・ロック路線もずいぶんと洗練されており、本作の完成度の高さはロッセンとドロステというふたりのソングライターの音楽的な志向が見事に融合した成果という見方もできるだろう。2009年は本作に加え、アニマル・コレクティヴ『Merriweather Post Pavilion』、ダーティ・プロジェクターズ『Bitte Orca』と、当時のブルックリン・シーンを代表するバンドたちがそれぞれのキャリア・ハイを刻むアルバムをリリースした年として記憶されることとなった。




その後のツアーで数多くこなしたライヴからの影響もあるのだろう。4枚目の『Shields』(2012年)は、こうしたグリズリー・ベアの個性を活かしつつ、あえてロック・バンドとしてのアンサンブルの迫力を押し出したような作風だ。シングルの「Sleeping Ute」や「Yet Again」のように、比較的シンプルなリズムとラフなタッチが残る録音で生々しさを醸し、ストレートにパワフルなアルバムとなった。繊細な楽曲のイメージの強いグリズリー・ベアのワイルドな側面は多くのリスナーを再び感嘆させ、『Veckatimest 』に負けず劣らず高く評価された。客観的に見て、Warpからのリリースとなった『Yellow House 』~『Shields』の3作がグリズリー・ベアのディスコグラフィにおけるハイライトと言えるのは間違いない。時代と並走しながら、後世に残る名作を連続でリリースしたのだから。




小さな町で深めた「内省」

ロッセンはグリズリー・ベアの音楽的な要として活躍する傍ら、バンドとは別の活動を折々におこなってきたミュージシャンでもある。そもそも彼はグリズリー・ベア以前にルームメイトのフレッド・ニコラスとデパートメント・オブ・イーグルスという名のエクスペリメンタルな志向のサンプリング・ミュージック・ユニットでキャリアを始めている。とりわけ、よりフォーク寄りになった『In Ear Park』(2008年)はロッセンのソングライティングのセンスが控えめながらもたしかに発揮されたチャーミングな一作だ。



そして、はじめてソロ名義としてリリースしたのが5曲入りEP『Silent Hour / Golden Mile』(2012年)である。こちらも彼のソングライターとしての特性がよく表れた作品だが、ギタリストとしてはバーデン・パウエルなどのブラジルのギター音楽からの影響、アレンジャーとしてはチェンバー・フォークを思わせるさりげない管弦楽の装飾を見せており、彼個人としての音楽的探求にフォーカスしたことが窺える内容だ。グリズリー・ベアとはまた異なったアウトプットを継続することで、ひとりでどこまで出来るかを確かめたかったのかもしれない。ロッセンの場合、確実にグリズリー・ベアの音楽性と地続きであるところが興味深い点ではあるが。



一方でブルックリン・シーンは2009年をひとつのピークとして、2010年代に次第に離散していく。それは時間の流れもあるだろうが、単純にシーンを代表したミュージシャンたちが地理的にブルックリンから離れていったこともある。ロッセンもまた、『Silent Hour / Golden Mile』ののちにニューメキシコ州サンタフェに居を移し、以来、その小さな町で制作を続けている。そしてこのことは、ロッセンのその後のキャリアに大きな影響を与えることとなった。

グリズリー・ベアとしてはその後〈RCA〉からのリリースとなった5作目の『Painted Ruins』(2017年)があり、ロッセンもクレジットにあるが、本人はあまり密に参加していない作品だとのちに語っている。同作は『Veckatimest 』や『Shields』ほどのダイナミックなアレンジや構成を一聴して感じにくいものだが、よく聴けば非西洋のリズムが緻密に入った高度な一作だ。ただ、そうした作風がやや地味な印象として受け取られたのか、あるいはかつてのシーンが分散したからか、それまでほどの注目を集めなかった。その内容を思えば過小評価された作品だとは思うが、ロッセンの言葉をそのまま受け取るなら、バンド4人のケミストリーにやや欠ける部分はあったのかもしれない。メンバー全員がそれぞれ豊富な音楽的素養と技術を持っているグリズリー・ベアにあってなお、ロッセンは最重要人物だと言えるからだ。


Photo by Byron Flesher

その後、バンドとしてのニュースはあまり聞こえてこなかったが、ドラマーのクリストファー・ベアはフールズ名義でソロ作品『Fools Harp Vol. 1』(2020年)をリリースしている。そして、ロッセンは2014年ころから作っていた曲をまとめ、アルバム『You Belong There』を完成させた。

ソロとしてはデビュー・アルバムだが、『You Belong There』は本稿に書いてきたようなこれまでのロッセンの歩みを昇華するような一作だ。ロッセンいわくロックのイディオムから離れた作曲やアレンジメントを目指したものだそうで、となると当然多くの管弦楽器が使われているのだが、そのほとんどは本人の手で演奏されている。もともと数種類のギターを弾きこなすばかりか、鍵盤楽器やベースにドラムもプレイできるマルチ・インストゥルメンタリストとして知られるロッセンは、本作に際してチェロやアップライトベースやクラリネットもあらたに自身で取り組んだという。ドラムにクリストファー・ベア、サントゥールにジェイミー・バーンズ(ニュートラル・ミルク・ホテル)、バスーンにアンバー・ワイマンなど、数名のゲスト・ミュージシャンの存在はあるものの、全編がほぼロッセンの演奏と歌にコントロールされた作品だ。




ブラジルのギター音楽やクラシック、フリー・ジャズからの影響が融解したような音楽性はロッセンならではのもので、とりわけアルバム中盤、「Celia」から「Tangle」にかけて抽象的なタッチを強めるアンサンブルはいわゆるポップ・ミュージックの定型から大きく外れている。にもかかわらず、陰影に富んだメロディとロッセンのニュアンスに富んだ歌唱により、聴き手を突き放すことなく柔らかなサイケデリアに引きこんでしまう。アレンジと構成は緻密でありながら大胆。先行して公開された「Shadow in the Frame」において、デリケートなアコースティック・ギターのアルペジオが弦を伴いながら次第にコーラスに溶けこんでいく様には陶酔させられるばかりだ。

不穏に唸るストリングスからアンビエントへとなだれ込むタイトル・トラックの「You Belong There」がそうであるように、本作には「居場所」を求める人間の心情が抽象的に描写されている。それはどこか、ある「シーン」の一員であったグリズリー・ベアがそこから離れ、メンバーそれぞれが自身の表現や生き方を探していった過程と重なって見える。ロッセンは移り変わりの速いポップ・ミュージックの世界から距離を置き、ひとり内省しながら自身の音楽性を深めていった。そうして彼だけの場所を見出していった。年を重ねてゆっくりと変化すること、自身の人生における重要な課題を掘り下げることの美しさが『You Belong There』には刻まれている。

グリズリー・ベアはもうひとりの中心人物であるドロステが心理療法を学ぶためにバンドを一時離れているそうで、これから先の予定は見えていないという。同じ表現に身を捧げた仲間たちも、ときにそれぞれの人生を歩まなければならない、ということだ。『You Belong There』は人生のそのような段階に入ったひとりの音楽家の現在を封じこめた作品で、わたしたち聴き手はいま、この濃密な音楽にただのめり込むことが許されている。



ダニエル・ロッセン
『You Belong There』
発売中
国内盤CD:EP『Silent Hour/Golden Mile』5曲を追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12338

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