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ジョン・スペンサーは何度でもロックを蘇らせる 90年代の革命と初期衝動を貫く現在地

Rolling Stone Japan / 2022年4月28日 17時30分

ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズ

エルヴィス・プレスリーが歌うロックンロールがセクシーなキャデラックなら、ジョン・スペンサーは手塩にかけた改造車。その頑丈なボディはパンクやニューウェイヴ、ヒップホップなど様々な音楽性でチューンアップされている。

かつてジョンが率いたバンド、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン(以下、JSBX)がブレイクした90年代後半。カート・コバーンの死をきっかけに、アメリカを席巻していたグランジ・ブームは下火になり始めていた。そんななか、JSBXは打ち上げ花火のように威勢が良く、孤高の輝きを放っていた。バンドの活動休止以降も我が道を突き進んできたジョンが新バンド、ヒット・メイカーズを結成。1stアルバム『Spencer Get It Lit』を発表した。これが嬉しいほどに最高の内容。かつて「ジョンスペ」と呼んでいたリアルタイムのファンはもちろん、ジョンを知らない世代にこそ聞いてほしいロックンロールの魅力が詰まっている。

筆者が初めてジョンのライヴを見たのは1988年。ジョンが80年代に組んでいたバンド、プッシー・ガロアが来日した時のことだった。当時、アメリカのインディー・シーンでは、ソニック・ユースやスワンズなど、「ノイズ・ロック」(日本ではジャンク・ロックとも呼ばれた)のバンドが台頭。ボストンで結成されたプッシー・ガロアもそういったバンドとともに紹介されることが多く、メタル・パーカッションを取り入れたガレージ・パンクなサウンドで注目を集めていた。来日公演では初期ソニック・ユースのメンバーだったドラムのボブ・バートが頭にパンティをかぶって、ドラムの代わりにバイクのボディを叩くという強烈なパフォーマンスを見せてくれた。



そんなプッシー・ガロアが解散して、91年に結成されたのがJSBXだ。メンバーはボーカル/ギターのジョンを筆頭に、ジュダ・バウワー(Gt)、ラッセル・シミンズ(Dr)というベースレスのトリオ。メンバー全員が一斉にノイズをかき鳴らしていたプッシー・ガロアに比べると、JSBXは音が整理されてバンドのアンサンブルをしっかり聞かせ、ブルースやR&Bからの影響を明確に打ち出した。バンド独自のスタイルを確立したのが『Orange』(1994年)で、音をギリギリまで削ぎ落とし、切れ味鋭いギター、パワフルなドラム、そして、ジョンのエモーショナルな歌声の魅力を際立たせている。なかでも印象的なのがオープニング曲「Bellbottoms」だ。ストリングスで幕を開けて、ジョンとコーラスとのコール&レスポンスがあり、そこから曲に突入していくドラマティックな展開は、ジェイムズ・ブラウンとJBsみたいでスリリングだ。



JSBXはルーツ・ミュージックに根ざしながら、そこにモダンなアプローチを加えることでリアルタイムのロックを生み出していた。ルーツへのリスペクトと時代感覚を持ち合わせているところは、当時、交流があったビースティ・ボーイズやベックと同じ。ジョンは古いブルースやR&Bを聴きながら、同時代のヒップホップやエレクトロニック・ミュージックも聴いていた。R.L.バーンサイドやルーファス・トーマスといったブルースやR&B界のベテラン・ミュージシャンとコラボレートする一方で、GZA、UNKLE、モービーらにリミックスを依頼。ヒップホップがサンプリングという手法でR&Bを継承したように、ジョンはブルースやR&Bのプリミティブなエネルギーを現代的な感覚/サウンドでロックに取り戻そうとしていたのだ。


1998年撮影のJSBX。左からジョン・スペンサー、ラッセル・シミンズ、ジュダ・バウワー(Photo by Joe Dilworth/Avalon/Getty Images)

JSBXは90年代のロック・シーンを全速力で走り抜けたが、2004年作『Damage』をリリース後に活動休止状態になり、ジョンはマット・ヴェルタ・レイと結成した二人組編成の新バンド、ヘヴィ・トラッシュで再出発。2012年にJSBXとしては久しぶりの新作『Meat + Bone』を発表して完全復活かと思いきや、続く『Freedom Power』(2015年)発表後、ジュダが病気でツアーに出られなくなったことや様々な理由でバンドは活動休止することになる。

振り返れば、2000年代に入って「ロックンロール・リバイバル」と呼ばれたギター・ロック再評価の動きがあり、ストロークスをはじめインディー・シーンが注目を集めた。そして、ガレージ・ロックの名産地、デトロイト出身のホワイト・ストライプスが国内外で高い評価を集め、アメリカン・ロックの新たな顔になる。JSBXはそういった一連の流れを先導するようなバンドだった。だからこそ、ロックに元気がない、と言われている時代にジョンが新たなスタートを切るというのは頼もしい知らせだ。

新バンドで実践された「原点回帰」

ヒット・メイカーズ結成には布石がある。まず、2017年に公開された映画『ベイビー・ドライバー』の銀行襲撃シーンで「Bellbottoms」がフルで使用されて話題を呼んだ。この曲とアクションをシンクロさせる、というアイデアは、監督のエドガー・ライトが初めて『Orange』を聴いた時に思い浮かび、いつか実現したいと温めていたという。映画公開時にはJSBXは事実上解散していたが、彼らの名前は若い世代にも広まった。



そんななか、ジョンは2018年に初めてのソロ・アルバム『Spencer Sings The Hits』をリリースする。レコーディングをサポートしたのは、M.ソード(Dr)とサム・クームズ(Key)。JSBXと同じトリオ編成だ。ソードはジョンがJSBXのレコーディングをするるためにミシガンに赴いた時に見つけた若手。そして、サムはUSインディー界のベテラン・バンド、クアージ(Quasi)のメンバーで、エリオット・スミス、スリーター・キニー、ビルト・トゥ・スペルなど様々な作品に参加してきた。ジョンとは同い年で音楽体験も近い。

そして、アルバムを無事完成させてツアーに出ることになった時、ジョンはもう一人、助っ人を頼んだ。それがなんとボブ・バート。ボブはプッシー・ガロア解散後、ビーウィッチト、クローム・クランクなど様々なバンドでプレイする傍ら、音楽ライターとしても活動していた。この4人でツアーを回っているうちに、ジョンは「やっぱりバンドはいい!」と実感。ツアー中にバンドを「ヒット・メイカーズ」と命名する。つまり、『Spencer Get It Lit』は『Spencer Sings The Hits』の延長上にあり、ジョンは今作を「三部作の2作目」として考えているらしい。アートワークのデザインが似た雰囲気なのもそのせいだろう。


ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズ(Photo by Bob Coscarelli)

当初、レコーディングは2020年春を予定していたが、パンデミックの影響で中止となり。2021年夏に前作と同じくミシガンにあるスタジオ、キー・クラブで行われた。ライヴ感が大切なバンドだけにリモートでレコーディングするのは難しかったのだろう。幸いなことに、その時期、コロナの感染者数が落ち着き、バンド・メンバーは全員ワクチンを接種。それぞれ車でミシガンに向かう、という感染対策をしっかりしたうえでスタジオに集結して、1週間かけてレコーディングを行った。メンバーは前作とほぼ同じとはいえ、ソロとして制作に入るのと、バンドとして入るのでは大きく違う。どちらもジョンが一人で曲を書いてはいるが、今回はレコーディング前にデモ音源をメンバーに渡して、現場でそれぞれがアイデアを出し合った。そうしたアプローチはJSBXと同じで、その結果、『Spencer Get It Lit』は『Spencer Sings The Hits』とは違ったサウンドに仕上がった。




『Spencer Sings The Hits』は初期JSBXを思わせるパンク・ブルースで、どんな風にJSBXのレガシーを受け継いでいくのか、ジョンが模索しているようでもあった。それに対して『Spencer Get It Lit』はプッシー・ガロアの頃までさかのぼってバンドのダイナミズムを取り戻そうとしているようだ。そう感じさせるのは、ボブ・バートが様々な廃品を使って演奏するメタル・パーカッションが活躍しているから。そして、ギターやパーカッションに負けないほどサウンド面で大きな役割を担っているのが、サムの演奏するキーボードだ。ハモンド・オルガンのようにファンキーなグルーヴを生み出しながら、その荒々しいエレクトロニックな音色はポスト・パンク/ニュー・ウェイヴに通じる感触がある。

バンドはレコーディング中にディーヴォのアルバムをよく聴いていたらしい。ディーヴォはアメリカのニュー・ウェイヴを代表するバンドで、パンクとテクノを融合させた特異なサウンドでデヴィッド・ボウイやニール・ヤングに刺激を与えた。『Spencer Get It Lit』のギクシャクしたリズムと力強いビート。そして、ダーティなシンセとギターの絡みには、ディーヴォからの影響を聴き取ることができる。ジョン、サム、ボブは、10代の頃にニュー・ウェイヴをリアルタイムで体験している世代で、彼らはその時に受けた衝撃を呼び覚まし、自分たちのサウンドに昇華。ロックに目覚めた時の初期衝動をエンジンにして、フルスロットルで暴走する。




ジョンのシャウトとギター。サムのキーボード。ボブのパーカッション。それぞれが強烈な個性を発揮して、激しく火花を散らしながら絶妙のアンサンブルを構築。そこにインディー・シーンを生き抜いてきた彼らのしぶとさ、アーティストとしての底力がビシビシと伝わってくる。そんななか、ソードは堅実なプレイでバンドを支えている。インディー界のツワモノたちのセッションに加わるのは大変だったと思うが、ジョンはその難しい役割をしっかりと果たしてくれた。

しかし、ソードは本作を最後にバンドを離れることになり、アルバムのリリース・ツアーではクアージのジェネット・ワイスがドラムを叩く予定だとか。つまり、プッシー・ガロア+クアージという最強の構成になるわけで、ヒット・メイカーズの今後に期待せずにはいられない。ともあれ、まずは『Spencer Get It Lit』という会心の一枚を生み出して、新たな出発を飾ったジョンと仲間たちに心からエールを送りたい。お楽しみはこれからだ。



ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズ
『Spencer Gets It Lit』
発売中(リリース日:2022年4月1日)
配信リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/JonS_SGL  〈収録曲〉
1. Junk Man
2. Get It Right No
3. Death Ray
4. The Worst Facts
5. Primary Baby
6. Worm Town
7. Bruise
8. Layabout Trap
9. Push Comes To Shove
10. My Hit Parade
11. Rotting Money
12. Strike 3
13. Get Up & Do It
14. Germ Vs. Jerk
15. The Devils Ice Age
16. Wilderness (Live) ※
17. Fake (Live)
18. Time 2 Be Bad (Live)
19. Tough Times In Plastic Land (Live) ※
20. New Breed (Live) ※
21. Hornet (Live) ※
22. Cant Polish A Turd (Live) ※
※日本盤ボーナストラック

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