フォンテインズD.C.『Skinty Fia』全曲解説 フロントマンが明かす「進化」と「苦悩」
Rolling Stone Japan / 2022年4月30日 10時0分
フジロック22での来日も決定している、フォンテインズD.C.(Fontaines D.C.)の最新アルバム『Skinty Fia』がキャリア初となる全英チャート1位を獲得した。本作は世界中のメディアから絶賛され、米ローリングストーン誌も5つ星の満点評価。批評/セールスの両面で、2022年を象徴するロック・アルバムとなりそうだ。ここでは先に掲載したインタビューに続いて、フロントマンのグリアン・チャッテンによる全曲解説をお届けする。
ロンドンで暮らすアイルランド人の多くがそうであるように、グリアン・チャッテンは苛立ちを覚えている。それが彼の名前ではないと知りながら、多くの人が彼のことをPaddyと呼ぶ。IRA関連のジョークも多く、ガールフレンドとゆっくり酒を飲んでいる場で、無作法な男たちから「最高の朝でありますように!」というステレオタイプの挨拶をやってくれとせがまれたことは1度や2度ではない。中には露骨に「故郷に帰れ」と言い放つ輩もいる。
チャッテンがフロントマンを務めるフォンテインズD.C.の曲には、こういった経験の影響が当然のごとく表れるが、4月22日にリリースされた最新作『Skinyty Fia』ではその傾向がより顕著だ。「このレコードの大部分は、イングランドにおけるアイリッシュの価値観に感化されてる」。チャッテンは本作についてそう語っている。「それは形を変えて、新たな文化のようなものになりつつある」。
フォンテインズD.C.は故郷のダブリンで書き上げた2019年発表のデビュー作『Dogrel』でその名を広く知らしめ、同作はマーキュリー賞のショートリストに選出された。ガレージロック調のトラックをバックに歌詞をがなり立てる独特のスタイルで多くのファンを獲得した彼らは、混沌の中に美を生み出すザ・フォールや、スリーフォード・モッズのような最前線のアーティストとも比較されてきた。ツアーの最中に大半を書き上げ、2020年に発表された2ndアルバム『A Heros Death』は、本誌を含む多くのメディアから高く評価され、グラミー賞の最優秀ロックアルバム部門にノミネートされた。
チャッテンによると、『Skinty Fia』(「鹿の断罪」を意味するアイルランドの古い罵り言葉。詳細は後述)の制作は 、パンデミックの最中にメンバー全員がダブリンに戻ってきていた時に始まったという。同作のインスピレーションの1つは、チャッテンの母親がチャリティーショップで購入し、彼へのクリスマスプレゼントにしたアコーディオンだった。「どこにでもありそうなやつだよ」と彼は話す。「それから数日間家を空けたんだけど、せっかくだから滞在先にそれを持っていって、どう使うのかもよく知らないまま適当に弾いてた。その時にアルバムのアイデアが浮かんできたんだ」
アルバムの他の曲は、ロンドンにあるバンドのリハーサルスタジオで行われた真夜中のセッションから生まれた。「日中に曲を書くのって健康的だと思う。整然としていて、スムーズに進むんだよ」とチャッテンは話す。「それを敢えて夜中にやってみたら、もっと予想不可能なものができるんじゃないかと思った」
結果として生み出されたのは、アコーディオンの音色と仄暗いエレクトロニカ、90年代のオルタナロック、そしてアイルランド人としての苦悩が渾然一体となったレコードだ。1stシングルとなった不穏な「Jackie Down the Line」を含む、フォンテインズD.C.の進化を体現するアルバムの全収録曲についてチャッテンが語ってくれた。
1.「In ár gCroíthe go deo」
新聞を読んでいた時に、イングランドのコベントリーに住んでいたある老女についての記事を目にしたんだ。マーガレット・キーンっていう名前のアイルランド人女性で、生前の彼女はコベントリーで暮らしてた。彼女が亡くなった時、家族は彼女のアイルランド人としての誇りを讃える意味で、その墓標に「in ár gCroíthe go deo」という言葉を刻もうとした。大まかに言えば「あなたを決して忘れはしない」っていう意味だよ。心温まる言葉だけど、イングランドの教会はそれが政治的なスローガンだと解釈される可能性があるとして、アイルランド人の墓標にアイルランド語を刻むことを認めなかった。オチをつけたくてここまで引っ張ったけど、ショッキングなのは、それがたった2年前の出来事だってことなんだ。70年代の記録とかじゃなくてさ。パンデミックが始まったばかりの時に起きたことなんだよ。
アイルランド人としてのアイデンティティが、IRAやテロリズムなんかと結び付けて語られるのを耳にするたびに、ものすごく不快な気分になる。この記事を目にしたのは、パンデミックが始まって俺たち全員がアイルランドに戻っていた時だった。すごく嫌な考えが頭をよぎったんだよ、この国はアイルランドの人間を決して歓迎しないんじゃないかっていうね。アイルランド人は信用ならなくて危険だ、そういう偏見が今も存在している。このアルバムの大部分は、そういう経験や感情に基づいてるんだ。ここロンドンで、俺たち自身が少なからず経験したことにね。
2.「Big Shot」
アルバム中唯一、俺以外のメンバーが歌詞を書いた曲。この曲の歌詞とメインのリフを書いたのは、ギタリストの1人のカルロス(・オコネル)だ。彼なら的を射た説明ができるんだろうけど……過去数年間で俺たちはバンドとして一定の成功を収めたと思うけど、彼はその過程でエゴの肥大化や変貌と戦ってきた。この曲で描かれているのは、何が本物で何がそうじゃないかを見極めようとする中で、彼が経験した葛藤なんだ。
3.「How Cold Love Is」
愛は諸刃の剣だ。この曲がテーマにしているのは、多くの家庭に見られる依存。うちだけじゃなくてね。温もりや奨励、安全をもたらして安堵させてくれる一方で、ポケットに入ってる小銭を全部奪い取るような狡猾さも備えているもののことだよ。俺はそういうものに惹かれるんだ。
書くに値するようなことっていうのは、必ず緊張感を伴う。俺はストレートなラブソングを書くことに興味はない。いや、興味がないっていうよりも、そういう二元性や緊張感、悪意とさえとれるような物事を伴わない曲を書くのって難しいんだよ。悲劇なしに希望を描くことができないんだ。
4.「Jackie Down the Line」
善行がとにかく奨励される世界において、善であることに抵抗を覚える、あるいは良き人間のふりをする必要をまるで感じていない人間の視点で曲を書くことに、抗い難いほどの興味を感じるんだ。この曲を一言で示すとすれば「破滅」だろうね。
5.「Bloomsday」
アンドリュー・スコットっていう俳優を知ってる? 前回のUKツアーの時、彼が朗読した『ダブリン市民』(アイルランドの小説家ジェイムズ・ジョイスの処女短編集)のオーディオブックをいつも聴いてたんだ。毎日必ず独りになれる時間を見つけて、1時間くらい聴き入ってた。瞑想みたいなもので、二日酔いにも効くんだ。俺が二日酔いの時は必ず、何も感じられなくなってしまってるから。『ダブリン市民』を読み上げるアンドリュー・スコットの声は、その麻痺状態をすぐ解消してくれる。「A Painful Case」ていうストーリーの最後で、彼は泣いているように聞こえるんだ。涙声になってるのがはっきりとわかる。あれは本物の涙だと思うね、そんなところで俳優としてのスキルを発揮しても仕方ないから。彼自身が感極まったんじゃないかな。
この曲の意味を分析するのは難しいね。俺の考えでは、無意識のうちにダブリンに別れを告げようとしているんだ。(ジェイムズ・)ジョイスやフラン・オブライエン、パトリック・カヴァナの軌跡を辿ったり、通りをうろついて雨やパブや石造の建物や過去の亡霊に心酔したり、そういうことを終わりにしようとしている。自分がそういったものの影響から解放されたのか。何も感じなくなったのか、何にも心を乱されなくなりつつあるのか。それがこの曲のテーマで、大きな悲しみを宿してる。
6.「Roman Holiday」
アイルランド人として、ロンドンの魅力を理解し許容しようとする曲だと思う。その魅力をガールフレンドに伝えようとするような感じかな。アドベンチャーっていうかさ。「許容」(embrace)って言葉を使ったのは……母国を離れて別の国に移り住んだばかりの時は特にそうだけど、故郷の人間ばかりとつるみたくなる。俺の友達もほとんどがダブリンのやつらだけど、仲間を探すようになるし、愛おしくさえ思う。そういう仲間も、俺らを馬鹿にしたり母国に帰れなんて口にするような輩も、同じくこの街の一部なんだってことを忘れるべきじゃない。いつしかそれを勲章のように誇らしく思えるようになる、これはそういう曲なんだよ。ネガティブなものをポジティブに変化させる力を讃えているんだ。
7.「The Couple Across the Way」
彼女と一緒に住んでたフラットの向かいに、ある別のカップルが住んでた。映画の『裏窓』みたいな設定だね。小さな中庭があって、その向こう側に老年のカップルが暮らしてたんだけど、以前はしょっちゅう大声で喧嘩をしてて、互いの怒鳴り声が聞こえてくるくらいだった。血管が切れるんじゃないかと思うぐらいすごい声でさ。喧嘩してる最中に、男性の方がよくバルコニーに出てきて、左右を見渡してから大きく深呼吸をしてた。自分自身に恥入っている様子で、そこで少し頭を冷やしてから部屋に戻っていくんだ。
あれはもしかしたら数年後の自分たちの姿なのかもしれないと思ったし、逆に向こうが俺たちの姿に未来の自分たちを重ね合わせているかもしれない。そんな風に感じたら、ソングライターとしては曲にしないわけにはいかない。エンパシーとは何かっていうのを、そのカップルが体現しているように思えたんだ。
8.「Skinty Fia」
「Skinty Fia」っていうのは、ドラマー(トム・コル)の大叔母がよく口にしてた言葉なんだ。彼女は筋金入りのアイルランド人で、絶対にアイルランド語しか話さなかった。そのフレーズについて、スラングみたいなもんだって彼女は言ってたらしい。トムから最近聞いたんだけど、要するに罵り言葉の一種なんだ。うっかり何かを落とした時とかに、「ちくしょう」って意味で口するような感じ。大まかに訳すと、「鹿の断罪」って意味でね。上手く言えないけど、変異や運命、不可避性、そして海外で暮らすアイルランド人のイメージに付合するいろんなことを、その言葉が象徴しているように思えた。ボストンはアメリカの中のアイルランドって言われるけど、Skinty Fiaっていう言葉は俺にとってのそういうものなんだ。本来の意味が変化し、新たなものに生まれ変わる。正式なものじゃないから不純ということにはならない。ディアスポラだからこそ、純粋さを保っていられる。それは誰も見たことがない、突然変異の獣なんだよ。
このアルバムで、俺はそういったテーマを追求しようとした。この曲で描かれているのは、酒やドラッグやパラノイアがつきまとう不幸な人間関係だけど、多分それは俺がこの街で暮らしながら感じていることと、頭の中で鳴り響いてる破滅への警笛の象徴なんだ。
9.「I Love You」
これ以上ないってくらいベタなタイトル。思いっきりクリシェなトピックで自分にしかできないユニークなものを作ってみたくて、「I Love You」っていう曲を書こうと思った。予想通り、結局これもアイルランドについての曲になった。この曲は2部構成になっているんだ、スピリチュアルな意味でね。俺はキャリアを通じて、文化と自分が生まれ育った国を結びつけて塗りつぶしたものを表現することで、自分自身と他人がそれを理解できるよう促そうとしてきた。俺がやってるのはそういうことだと思ってる。
俺は母国を離れ、その混乱の元凶を作り、今もどこか見下したような態度を取ってる国で暮らしてる。そのことには罪悪感を覚えてる。ある意味では、俺はアイルランドを見捨てたんだ。俺がいなくなったからって国が滅びるわけじゃないけど、クリエイティビティを搾り取った上で投げ捨てたように感じてる。アイルランドを離れたことに対して、俺はそういう屈折した罪悪感を覚えているんだ。
10.「Nabokov」
ギタリストの(コナー・)カーリーが書いた曲で、タイトルも彼が決めた。たぶん(ウラジミール・ナボコフに)感化されて、その作風を音楽で表現しようとしたんだろうね。トラックと曲名が決まってる状態で、俺はほぼノンストップで一気に歌詞を書き上げた。倒錯した解釈っていうか……礼儀として認識される恋愛における妥協を描いてる。
関係を成立させる上で必要な妥協の誇張表現なんだ、馬鹿げてるくらい大袈裟だけどね。誰かを好きになり、人生をその人と共有するために、自分の人生における自律性と自由の一部を進んで放棄する時の思いを表現したかった。”俺は隅で待機し、君のタバコに火を点ける”なんていうラインもある。恋愛を成立させるために必要な妥協を、従属っていう形で表現しているんだ。
From Rolling Stone US.
フォンテインズD.C.
『Skinty Fia』
2022年4月22日リリース
FUJI ROCK FESTIVAL 22
2022年7月29日(金)、30日(土)、31日(日)新潟・湯沢 苗場スキー場
※フォンテインズD.C.は7月31日(日)に出演
公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/
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