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米団体指導者、女性信奉者の尊厳を蹂躙 性的行為も【長文ルポ】

Rolling Stone Japan / 2022年5月3日 6時45分

Photographs in illustration by Keilan McNeil

2017年5月、米カリフォルニアを拠点に活動するヨガ講師で7万5000人のフォロワーを持つインスタグラマーのジェイド・アレクトラさん(34歳)は、友人から1本の動画を受け取った。そこには今まで聞いたことのないスピリチュアル指導者が映っていた。小柄で、金髪で、快活で、妖精のような風貌をしたその男は、やわらかいオランダ訛りの英語で自己実現と別次元の意識への到達を約束していた。

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彼の教えはスピリチュアル系ではよくある禅問答ばかりだったが、本人は典型的な霊的指導者とはまるで違っていた。彼はしょっちゅうInstagramで葉巻と高級ブレンデッドウイスキー好きをアピールしていた。鍛え上げた二頭筋とセクシーな髪型は、スピリチュアルな指導者というよりも、父親の金でスタンフォード大学に裏口入学したボンボンの遊び人に限りなく近かった。

指導者の名前はベンチーニョ・マッサロ。アレクトラさんも最初はまったく興味がわかなかなかったそうだ。彼のコンテンツについても、「とてもくだらなかった。彼の言っていることはほとんど謎でした。『すべてを知ることは何も知らないこと、すなわちそれがすべてを知ることだ』とか」と振り返る。「何がすごいのか全然わからなくて、とにかく理解不能でした」 だが当時ロサンゼルスに住んでいたアレクトラさんは、依存症リハビリセンターの講師仲間だったその友人を信頼していた。なのでさっぱり理解できなかったものの、とりあえずマッサロのInstagramをフォローすることにした。「結構魅力的だし、若いし、同年代だし、そのうち私もわかるようになるかも、という感じでした」と彼女は言う。

ある時マッサロはPodcastで伝統的な一夫多妻制の概念を打ちこわし、多重恋愛を勧めた。当時恋愛に振り回されていたアレクトラさんは彼にDMを送り、自分がどれだけ傷ついたかを伝えた。2人は短い間、簡単なやりとりをした。オーダーメイドのスーツに高級な食事、インスタ映えする異国的な場所をこよなく愛するマッサロは「まさにグレート・ギャッツビーそのものという感じがしました」と彼女は言う。「彼は今まで出会ったスピリチュアルの師匠とはまるで正反対でした。彼は最高にイカしていて、そういう立ち居振る舞いが気に入りました。私にはとても新鮮でリアルに見えたんです」

アレクトラさんはマッサロの女友達の1人、コリー・カトゥーナのInstagramをフォローするようになり、1時間の霊気療法を無料で提供したりもした。2人はたちまち意気投合したそうだ。すると数カ月後、カトゥーナから突然隠れ家に招待された。ただし具体的な場所は教えられず、来たいなら秘密保持契約に署名しなければならない、とも言われた。契約書には、違反した場合はマッサロから30万ドルの違約金で訴えられる場合もある、という条文もあった。アレクトラさんは嫌な予感がすると同時に、興味を惹かれた。「行ってみたらクレイジーな乱交パーティが行われていて、獣たちの餌のネズミのように檻に投げ込まれるんじゃないかと心配になりました」

だが彼女はその瞬間、数カ月前に見てもらったタロット占いを思い出した。彼女は今の恋人より少し年上の男性と出会うだろう、その男性は生涯の伴侶ではないが、世のためになる人物で、彼と一緒にいつか素晴らしいことを成し遂げられるだろう、と占い師は言った。その後に起きた出来事はすべてあの瞬間のせいだった、と彼女は悔やんでいる。

【写真を見る】ともに偉大なことを成し遂げる男性と出会うだろう、とタロット占いで告げられた後、ベンチーニョ・マッサロと交際したジェイド・アレクトラさん



徹底した性の二極化を掲げる

スピリチュアル系リーダーで、ウェルネス指導者で、意識の高いインスタグラマー。マッサロはソーシャルメディアで様々な顔を持つ、実に興味深い存在だ。世界各地に自立支援所を展開し、数千万回も閲覧されているYouTubeチャンネルでは、10年にわたって言葉巧みなレクチャー動画を投稿している。毎日InstagramやFacebookに投稿し、稼いだフォロワー数はおよそ100万人。彼が発信するメッセージは解釈の余地を与えない。最近の投稿でも、遠い目をしながら「あらゆる対象の根底に流れる主題は、それ自体がもっとも難解な対象だ」と語っている。「対象から自分を解放せよ。否定できる最後の対象であるがごとく。気持ちを集中させ、彼方に真の自分を実現するのだ」

彼は「テレポートや空中浮遊、さらに2つの場所に同時に存在することもできる」と公言している。また厳格な断食や食事療法を指示しているとも言われ、カルトの専門家によれば女性の信奉者を従順させるのに役立っているという(本人は否定)。彼と交際していた2人の女性に取材したところ、彼は褒美として、あるいは不品行の罰として、女性信奉者とセックスしている。彼の教義はあからさまな女性蔑視に偏っており、伝統的な男女の役割を二極化して信者に叩き込み、女性たちにはより活発な「男性的」衝動に抗うよう促している。2016年の投稿にも、女性らしさの定義は「輝きと従属」だ、と書かれている(ちなみに徹底した性の二極化は、カルトにはよく見られる傾向だ。自己啓発団体ネクセウムも似たような思想を標榜していた)。

マッサロの集団に関わったことで命を落とした人が1人いる。ハンサムな元大学テニス選手のブレント・ウィルキンスさんは、2017年に自ら命を絶った。事件直前、マッサロは旧隠れ家で自殺推奨ともとれる発言をしていた。ただちに警察の捜査が入り、マッサロと信奉者は逃亡した。それ以来、彼らはオランダの修道院からエクアドルのキトにあるスピリチュアルセンターに至るまで、世界のあちこちを転々としている(ウィルキンスさんの死は自殺として扱われ、結局マッサロは容疑者に上らなかった)。

2022年2月、マッサロの元信奉者3人が立ち上がり、Podcastとオランダの新聞デ・フォルクスクラント紙でマッサロを糾弾した。それがきっかけで、彼がカルト集団を率いているという疑惑が改めて浮上した。こうした疑惑は過去にもあった。とくに有名なのは2020年にガーディアン紙が掲載した暴露記事と、デジタルメディアViceが2019年に公開したドキュメンタリー『The Controversial Guru That Wants to ”Upgrade Civilization”(原題)』だ(ドキュメンタリーにはマッサロ本人も出演し、カルトとレッテルを張られることについてこう答えている。「我々はカルトだ。好奇心が強く、理解と愛情の深い一族だ」)。だが新型コロナウイルスのパンデミックで大勢が人生の答えを探し求めた結果、マッサロのフォロワー数も飛躍的に増加し――Facebookでは100万人近く、YouTubeでは10万人以上の購読者を獲得――元メンバーやカルトを追跡する人々は懸念を抱いている。


マッサロの生い立ち

マッサロの影響力が拡大しているのが「非常に気がかりです」と言うダイアン・ベンスコーター氏は、統一教会の元信者で、洗脳の影響を受けた人々を支援する組織Antidote.ngoの創設者だ。彼女が言うには、マッサロの教えは「途方に暮れている人、人生に何かが足りないと感じている人、愛されたい、受け入れてもらいたい、友達や仲間が欲しいと思っている人には魅力的に響きます。こうした人々は影響を受けやすく、場合によっては人生の数年を無駄にします。もっと悪いことになる場合もあります」

マッサロ本人も認めているように、大勢の人々が彼の下でタダ働きしている。「我々の運営は従来の企業とは違う。我々の運営はむしろファミリーだ」と、彼はメールで語っている。「ともに移動し、ともに食事し、住居の手配もともに行う。チームの一員として共通理念を強く信じる者は守られる。会社が従業員をサポートするのと同じことだ」

「カルトかどうかは定義によるだろう。カルトとは何か?」と、メールでローリングストーン誌にマッサロは語った。「カルト的人気を誇る映画もある。政党、国、一族、宗教、軍隊、あらゆる話題のFacebookグループ……これら全てをカルトとみなすことも可能だろう。だがある種の閉ざされた状況で、人々が自らの意に反して支配され、いつでも自由に脱退できない状況をカルトと呼ぶのなら、我々はカルトではない」。マッサロの言葉を借りれば、自由意思は「我々の活動やチームとしての運営をつなぐ黄金の糸」。彼は信奉者に一切権力や支配をかざしていないと主張し、周りから真理や権威の源とみなされるのは、信奉者の信念が間違っているからだとした。

だがローリングストーン誌が話を聞いた元メンバーは、彼の影響力の拡大を不安の面もちで見つめている。「彼は自分の活動を維持するために、皿回しの曲芸をしているんです」と言うグラハムさんは、マッサロが「限界に挑むことでスリルを味わっている」と考えている。彼女の主張によれば、マッサロは彼女から数十万ドルの借金もしている(マッサロは、彼女からもらった金は寄付だったと説明している)。「彼は身を滅ぼさずにはいられないんです」とグラハムさんは続けた。「今も曲芸は続いています。いつかは暴露されなくてはなりません」

オランダの小学校教師と発電会社の社員の間に生まれたマッサロは、元信奉者や恋人の話では、わりと伝統的な中流階級の家に育った。だが本人は、プレイボーイ誌との貴重なインタビューで「度重なる貧困」に見舞われた、と語っている。2019年から2020年まで交際していたグラハムさんによれば、幼少期は怒りと暴力に駆られた行動が多かった。自己愛性人格障害の診断を受けたことがある、とマッサロから打ち明けられたこともあり、他人の家の芝生に排泄したこともあったそうだ。マッサロ本人も、猫を裏庭のバラの茂みに何度も放り込んで虐待した、と取り巻きたちに度々語って聞かせたが、彼に批判的な人々はのちにこの話を「反社会的な傾向の証拠」だとして取り上げた(ローリングストーン誌に宛てたメールの中で、マッサロは猫の虐待を否定したが、「いたずらで友人宅の芝生に何度か排泄した」ことは認めた。また、自己愛性人格障害の診断についても否定した)。


思わせぶりな「長い沈黙」

10代をオランダで過ごしたマッサロの両親は、高い意識の状態を作って優れた洞察力を教授するとされる自立プログラム「シルバ・メソッド」にのめり込んだ。両親からユース講座に入門させられたベンチーニョ青年は、10代でインド放浪の旅に出て、人力車をヒッチハイクしてヨガと瞑想を学び、オランダに帰国したあと2010年にYouTubeチャンネルを開設した。初期の動画に映る彼はひどい髪型に矯正入れ歯をしたダサい少年で、鋭いまなざしを向けながら、エセスピリチュアルな禅問答を繰り出していた。動画のひとつで彼はカメラをまっすぐ見つめながら、たっぷり56秒間も無言のまま微笑んだ末にこう語る。「今この瞬間、こちらを見ているのは何だろう? あなた? あなたが『自分』と考えているもの? 今やっているのは『見る』という行為だろうか?」(長い沈黙はマッサロの教えの特徴でもあり、一言も発さずに長時間見つめ合う「アイコンタクト」をフォロワーに推奨している)

知名度を獲得し、スピリチュアル系のセミナーやパネルディスカッションに何度か出演した彼は、2016年には新興宗教の聖地コロラド州ボールダーに拠点を移した。そこで「ベンチーニョ・マッサロTV」という購読サービスを立ち上げ、「トリンフィニティ」という運動を設立。自分は信奉者をワンランク上の啓蒙ステージへと導くことのできる「高次元の存在」だと主張し、2035年までに人類全体を招き入れることができると説いた。このころ彼の企業は毎月Facebook広告に1万ドルをつぎ込むようになったと言われる。また派手な隠れ家の入場料として、1人あたり5000ドルを徴収していた。理念から逸脱する彼に幻滅した数人の信奉者は会合を開き、マッサロの指導を受けずにトリンフィニティを運営することにした。これを受けて、彼は荷物をまとめてアリゾナ州のセドナへ移り、地元のアートセンターで毎週セミナーを開催した。派手なライフスタイルが知られるようになったのもこのころだ。

マッサロの教えの中核となる教義に独自性はない。ひとことでいえば、スピリチュアル集団ラー文書『一なるものの法則』と、自己啓発書の決定版『ザ・シークレット』で知られるところとなった「引き寄せの法則」を組み合わせたものだ。「彼の教えは非常に単純な概念で、同じことを違う言葉で修飾しています」と言うのは、2017年に彼の集団と過ごした経験を持つビー・スコフィールド氏だ。「ニューエイジ風の言葉を詰め込んでいるんです」と彼女は言う。「(彼は)1時間座り込んで、様々な言葉で表現します。そうして取り巻きをトランス状態にするのです」


オランダで育ったベンチーニョ・マッサロは10代の大半をインドで過ごした。(Photo by Keilan McNeil)

だがマッサロが得意としたのは、ソーシャルメディアを使いこなしたことだった。この時点で彼は初期のダサい髪型やストライプのTシャツを捨て、方向転換してエクササイズに励み、グリーンジュースを飲み干し、葉巻をくゆらせ、よりセクシーでゴージャスなニューエイジ指導者として打ち出した。またYouTubeにも頻繁に登場するようになった。「この手のことに人々をハマらせる大きな要因は、ヒマな時間とYouTubeのアルゴリズム、そして精神世界への憧れです」と、元信奉者のマクニールさんも言う。2017年、彼自身も重度の鬱病を抱えた大学中退者で、LSDに手を出したりYouTubeを眺めたりしていた。

カナダでビーガンレストランを営む3児の母グラハムさんも、YouTubeでマッサロの活動を知った。「彼は誠実な好青年に見えました。とても聡明で、自分の人生を作るのは自分だ、というような引き寄せの法則に精通していました」

マッサロのフォロワーには長年真理を追究してきた人々が多く、中にはスピリチュアル団体を渡り歩いてきた人もいる。彼らの大半は同意のもと、無償でマッサロの下で働いた。カリー・ソレンセンさんもそんな1人だ。彼女は2017年から2019年までマッサロの側近だったが、それ以前は性犯罪で有罪判決を受けた指導者ジョン・オブ・ゴッドが運営するブラジルのスピリチュアル・ヒーリングセンターにいた。もう1人、オランダを拠点にマーケティングコーチをしているアイラ・フェルハイエンさんは、一時期ニュー・タントラというセックス集団にはまったが、幻滅して会社勤めを始めた。そんな時、2016年に『インナーチャイルドを癒してチャクラを覚醒せよ(Healing the Inner Child and Awakening the Chakras)』と題したマッサロの動画に出くわした。そして1~2週間動画を見まくり、600ユーロをはたいてハワイのマウイ島にある隠れ家のひとつに向かった。


隠れ家での共同生活、その実態

旅の間、フェルハイエンさんは「意気揚々」としていた。マッサロがステージ上で魅せるカリスマ性や、「休憩中に信奉者が近づかないよう屋内でもサングラスを外さない」といったエキセントリックなところにたちまち惹かれた。信奉者といる時の彼は、よそよそしい態度と愛情深さを使い分け、相手の眼をしっかり見つめて温かく抱擁した。代わりに信奉者は彼の一言一言を噛み締めた。最近彼女は当時友人に宛てたメールを読み返したが、あるメッセージが目に留まった。「メールには『すごく幸せよ、ようやく見つけたこの人は指導者らしいところがなくて、胸の奥に眠る自分とつながるよう導いてくれるの』と書いてありました」と本人。「しかるべき人物を見つけた、と本気で信じこんでいたんです」

最初から怪しい点はいくつもあったが、当時はそうとは気づかなかった、とマッサロの元信奉者はローリングストーン誌に語った。第一に、マッサロは天気を操ることができるとか、イエス・キリストよりも精神的に進化しているとか、彼自身の能力についておかしな主張をする傾向があった。2018年のInstagramの動画では、手を触れずにアルミ箔を動かしてテレキネシス能力を披露している(#telekinesisというハッシュタグ付き)。

自分がキリストやブッダよりも精神的に進化していると思うか、という質問に対してマッサロは反論し、両人とも「おそらく自分より精神的に進化していただろう」と述べた。だが天気をコントロールできるという主張を繰り返し、「農場を営む友人からの要望で、高い確率で雨を降らせたり止めたりした」と言った。「個々の考え次第だが、私は真実だと確信するに足る十分な証拠を目にしている」(Viceのドキュメンタリーでは、リクエスト通り天気を変えるよう要求されたが、できなかった)。

元弟子いわく、マッサロは互いの欠点や不安を指摘し合う「曲解分析」への参加を促していた。これについてはマッサロ本人も認めており、「互いを通じて内省する」よう勧め、「切磋琢磨と有益なコミュニケーションを促すことがねらい」だと言っている。だがこうした分析には精神虐待的な一面もあった、と匿名希望の元メンバーは言う。「ちょっとしたゲームのようでした」とその女性は言う。「時には非常に手厳しいこともありました。彼はそんな時、『だが愛ゆえにこうしているのだ』と言いました。ある意味ズタズタにされます」 彼女も、こうした分析により過去の性的・精神的トラウマを呼び起こされて、大勢の人が泣き崩れる姿を目にしたという。

アレクトラさんがキトの隠れ家でマッサロと生活していた時、メンバーの1人がグループセッションで自身の性的トラウマについて語ったそうだ。マッサロは「興奮して」、2階に上がって今の話を再現するようアレクトラさんに指示したそうだ。その後階下に降りていくと、マッサロはそのメンバーにどうだったか尋ね、過去の出来事から完全に立ち直ったかどうか知ろうとした。「彼は(強制的に)胸の奥にしまってあるトラウマを引き出させようとしました。そうやって人々の首根っこを押さえて、彼に口答えさせまいとしたんです」(マッサロは「誰にも性的な場面を再現させたことはない」と言っているが、「対話の中でそうした話題になった場合、それを再現するかという選択は本人次第だ」とも付け加えた)

またマッサロは、信奉者に友人や家族とのつながりを断ち切るよう促した。強制的組織の研究者によれば、これは共通の危険信号だ。「人間関係などくそくらえ。両親とも、家族とも、友人とも、周りの人間とも、私とも、人間関係はすべて忘れろ」と、2017年の講義でも語っている。「何の意味も持たない。無意味だ……家族に煩わされるな。我が子に煩わされるな。両親やパートナーなど気にするな」


恋愛関係や性的関係を通じて人々を癒す

ローリングストーン誌が取材した人々は、少なくとも最初のうちはこうした厳しい文言をおかしいと思わなかった。逆に教義の一部だと受け止めた。日常生活のストレスや執着は壁に投影された映像に過ぎない、自己実現を探究する上では無視して忘れ去ることができるのだ、と。そうした教えの効果は微々たるものだったが、胸の奥に響いた、とフェルハイヘンさんは言う。「私にはある種のドラッグのようでした」と本人。「彼はよく『リアルなものは何もない』『これはすべてゲームだ』と言っていましたが、こうした言葉が積み重なると非常に厄介です。人生がまるでコンピューターゲームのように感じられてくる。そうすると『いい考えとは思えない』という直感を無視するようになるんです」

隠れ家に出入りする者やワークショップの参加者は秘密保持契約書への署名を求められた。ローリングストーン誌もそうした契約書のコピーを入手した。隠れ家への入場者や弟子に法的書類への署名を求める理由をマッサロに尋ねたところ、署名を義務付けたのは約5年前で、彼は身元を明かさなかったが、ある個人がチームに「潜入」したためだという。「秘密保持契約は日常茶飯事だ。どの企業、どの組織でも、スピリチュアル集団でも当たり前に行われている」と彼は言った。「お気づきだとは思うが、人はつかの間の名声を得るため、感情を正当化するため、あるいは抑圧された妬みを不誠実なやり方で吐き出すために、あらゆる理由をつけて私を非難する」

のちにセドナ実験と呼ばれる時期、マッサロはあからさまにコミュニティ内の女性たちと性的関係を持った。集団が大きくなるにつれて信奉者の恋人の数も増え、Instagramにはヘアエクステンションをつけたやせ細った女性と日替わりで映る写真を投稿した。彼の多重恋愛ぶりはソーシャルメディアのフォロワーの間では有名だったが、スピリチュアル集団ではかなり当たり前のことなので、おかしいと思う者はほとんどいなかった。確かにアレクトラさんも、マッサロの多重恋愛はフラグどころか抗いがたい魅力だった、と言っている。「これほど公然かつ正直に誰かを愛することができるなんて、私には魅力的でした」

グラハムさんもアレクトラさんも言っているが、マッサロは一部の選ばれた信奉者に対し、自分とのセックスは治療で、トラウマから解放する手段だと位置づけていた。仲間内でも公言し、グループメールでもこう書いている。「私が若い女性とつながる時、他の連中にとやかく言われる必要はない。奴らには見た目以上のことがわからないからだ」 さらに「自分は(女性と)ファックすることで解放している」と考えるべきだ、とも書いている。「彼は恋愛関係や性的関係を通じて人々を癒している、という持論を持っていました」とグラハムさん。マッサロ本人はセックスを「治療」と称したことは一度もなく、「偽りの口実で性的関係を供したこともない」と主張している。「だが確かに、親密な関係や性的交わりは、愛のエネルギーの中で行われれば癒しにもなりうると信じている」とも付け加えた。


ベンチーニョ・マッサロと元恋人のジャクリーヌ・グラハムさん(右) マッサロは「限界に挑むことでスリルを味わっていた」と彼女は考えている。(Courtesy of Jacqueline Graham)

グラハムさんはマッサロの教義を受け入れなかった恋人と別れた。その後マッサロがセッションの最中に近づいてきて、君は「男性すぎる」ために精神の可能性を十分に引き出せていない、と言ってきたという。

「彼はソファの上に横たわるよう言い、私の上にまたがりました。部屋には他の人もいました」と本人。「真っ先に頭に浮かんだのは、『ふん、私をその気にさせられるもんですか。その手には乗らないわよ』という思いでした。でもすぐにハッと気づいたんです、『そうか、これが私の男性エネルギーなんだ、こんな風にひれ伏したくないと思っているんだ』と」 。それからほどなく、2人は交際を始めた。

マッサロは、グラハムさんとの交際が師弟関係から発展したのではないと主張し、自分たちは「互いにつながり、惹かれ合い、ともに時間を過ごすようになった2人の人間に過ぎない」と言っている。また性的関係を強制する環境を作ったことも否定し(「まったくのでたらめ」)、「自分は世俗欲に駆られたことは一度もない」し、セックスに過剰な関心を寄せたこともない、と主張した。さらに「手の届く範囲に美しく魅力的な女性たちがいるにもかかわらず」何カ月も性的関係を持っていないとも言った。


信者の死

2017年末、ビー・スコフィールド氏はマッサロに関する記事をMediumに公開した。スピリチュアル界の非主流派を専門とするジャーナリストだった彼女は、占星術師の助言に従ってセドナで暮らしていた。そしてたちまちマッサロの懐に入っていた。彼の教えに感銘を受けることはなかったが――「ニューエイジ的な戯言だと思っていました」――トリンフィニティ・アカデミーの言葉巧みなオンライン講座には感心したそしてグラフィックデザイナーとしてのスキルを活かし、Shakti Hunterという偽名でグループ内に潜入した。

最終的に公表された彼女の暴露記事には、多重恋愛やジュース断食、イエス・キリストと自分を比較するマッサロの姿が事細かく記されていた。題して『IT時代の指導者:ベンチーニョ・マッサロ率いるセドナのカルト集団の内幕(Tech Bro Guru: Inside the Sedona Cult of Bentinho Massaro)』。この時初めてマッサロやトリンフィニティに「カルト」という言葉が公に使われ、コミュニティ内に衝撃が走った。「『こうした集団は私たちを惹きつけ、邪悪な力や存在が襲ってくるので地球を覚醒させなければ、という壮大な使命を広めようとしている』という内容でした」とソレンセンさん。「今になって思えば、ずいぶん奇妙でSFチックですね」

だがスコフィールド氏の記事は、2018年12月9日の事件ほど影響力は及ぼさなかったようだ。この日セドナの峡谷で、ブレント・ウィルキンスさんの遺体が発見された。34歳のウィルキンスさんはコミュニティ内でも知られた存在で、長年マッサロの取り巻きの1人だった。少年らしさの残る端正な顔立ちをした全米大学テニスの元選手は、長年鬱に悩まされていた。ソレンセンさんの話によれば、彼は精神病院に入院後、すぐにマッサロを追いかけてセドナへ向かったという。精神疾患がとくにひどくなったのは最近のことだったとフェルハイヘンさんも言う。彼女は2017年のセッションでウィルキンスさんを指導し、精神の声を読み解く手ほどきをしていた。「彼はたくさんの疑問を抱えていました」と彼女は言う。「答えを求めていましたが、入れ込み過ぎていて、疑念も抱えていました」

ウィルキンスさんの死後に彼の両親がセドナ警察と交わした電話の内容によると、マッサロの教えに従うことに悩んでいたことが息子の死に直接関係している、というのが両親の考えだった。「息子はカルトのメンバーです」と母親は言い、ノースカロライナ州アッシュヴィルにあるマッサロの隠れ家に行ったウィルキンスさんが「全く別人になって帰ってきた」と父親も付け加えた。ウィルキンスさんはセドナ実験と呼ばれる隠れ家にも出入りしていて、峡谷で発見された遺体も入館パスを身に着けていた。

地元警察は遺体発見後すぐにマッサロを尋問した。なかでも警察の関心を引いたのが、ウィルキンスさんの死亡直前に別の隠れ家でマッサロが行った講義だった。この中でマッサロは、教義を信じない者や信念に疑問を持つ者に、自ら命を絶つよう促していたようだ。「重要なことに目を開け」と、彼は動画の中でも言っている。「さもなくば自殺せよ」(マッサロはウィルキンスさんの死で起訴されていない。当時の状況に詳しい複数の信奉者やアリゾナレパブリック紙の調査によれば、警察はウィルキンスさんが自殺したと断定した)

ウィルキンスさんの死、とりわけ訃報に対するマッサロの反応はコミュニティを動揺させた。マッサロはウィルキンスさんの訃報から2日後にFacebookに追悼声明を投稿したが、元信奉者の1人セリーヌ・ブランさんも言うように、コミュニティのメンバー数人は彼が「思いやりに欠け、冷淡」そうに見えた、と首をかしげた。ウィルキンスさんと親しかったソレンセンさんはマッサロを直接非難こそしていないが、その後の彼の対応や、発言の責任を取りたがらないそぶりを疑問視している。「彼は謝罪しませんでした」と彼女は言う。「『非常に残念です。私が意図したメッセージとは全く違います』とも言いませんでした。そうした悔恨の気持ちは全くありませんでした」

ウィルキンスさんの死について問いただすと、マッサロはこう答えた。「ブレントのことは大好きだった。彼の自殺は我々にとって、非常に不幸な、痛ましい、衝撃的な出来事だった。こうなることがわかっていたら、最善を尽くして手を貸すなり、プロの助けを借りるよう伝えていたのだが」。使命への信仰を失った信奉者に「自殺」をほのめかしたことについては謝罪せず、あの発言は何年も昔のもので、文脈からまったく外れていると主張した。


支配力を行使する器

グラハムさんもアレクトラさんも数か月が経過するうちに、マッサロが自分を人間としてではなく、支配力を行使する器とみなしていることに気が付いた。グラハムさんの主張によれば、ある晩信奉者とみんなでレストランに出かけた時、突然マッサロから公共の場で脱げと言われたそうだ。グラハムさんは恥ずかしさから断った。その夜遅くマッサロは彼女に携帯メッセージを送り、あれはテストだったと説明した(「真実かもしれないし、私が覚えていないだけかもしれない」とマッサロ)。「私が彼を信頼せず、公共の場で言われたことをして羞恥心を犠牲にしなかったがために、私は2人の関係に本気でないことを証明したわけです」と彼女は言う。「恥の上塗りですが、私はやり直したいと思いました。もう一度レストランで服を脱げと言ってもらったら、そうするつもりでした」

それが終わりの始まりだった、と彼女は言う。マッサロが興味を失ったようだ、と別のメンバーに打ち明けると、お前は「邪悪な存在」か、それとも「皆を引き裂いてコミュニティに疑念の種をまこうとしているスパイ」なのか、と問いただすメールがマッサロから届いた。「このまま残りたいなら、これまでに私がついた嘘や、ネガティブな発言や行動を仲間に告白して、私が正しい側についていることを証明しなければならない、と言われました」。グラハムさんは言われた通りにした。だが数日後、Instagramをスクロールしていると、ネクセウムをテーマにしたHBOのドキュメンタリー『The Vow』の広告が目に留まった。自称「世界でもっとも聡明な男」キース・ラニエールが運営する、複雑なマーケティング手法を駆使した自己啓発カルト団体だ。

「ああ何てことだ、と思いました」と、ドキュメンタリーを見た時のことを彼女は振り返った。「まるで全部同じでした。登場人物も同じ、キースとベンもそっくり――身のこなしも、話し方も、話の内容も同じでした。『なんてこと、私は特別なリーダーと特別な計画に関わっているんじゃない。私がいるのは、おかしなナルシストな虐待集団だわ』と思いました」2020年9月、パンデミックの真っ最中にグラハムさんは脱退した。

一方、マッサロは自立を促す曖昧な文言から脱皮して、激動の社会政治的情勢を利用するようになった。陰謀論に便乗し、コロナウイルス否定論やウイルスの起源に関する根拠のない憶測や、反ユダヤ主義者で有名なデイヴィッド・アイクのYouTube動画をFacebookに投稿した。最近のInstagramの投稿では、コロナイウルスを「策略」と呼び、ワクチン接種を義務付けられるくらいなら仕事を辞めてしまえ、とフォロワーに呼びかけている。こうした投稿についてマッサロはコメントを拒み、ローリングストーン誌の質問からも「こうした報道の裏に少なくともいくらかは不誠実/不正な意図がある可能性が高いことが伺える」と述べた。

Black Lives Matter運動が最高潮を迎えた2020年6月、マッサロは物憂げに遠くを見つめる写真を投稿した。キャプションには「自分にとって最善なことを心から求めるなら――うだうだと抑圧者を責めるのは止めよ。それは真の勇気ではない。むしろ自分の弱さを教えてくれたことに感謝せよ。自分の愛せない部分、変えられる部分を教えてくれたことに」 何世紀にもわたる歴史的抑圧を蔑ろにした、という一部の批判的なコメントを除き(これに対し、マッサロは人種についての投稿ではないと否定した)、多くの白人の取り巻きは彼の意見に同調し、Facebookのコメント欄にハートマークと炎の絵文字を投稿した。

2021年1月7日、アレクトラさんは飛行機でエクアドルのキトへ向かい、マッサロと彼のチームに合流した。キトで1週間を過ごした後、アレクトラさんとマッサロは交際を始めた。最初の数週間は穏やかだったそうだ。「彼は感情の起伏が激しく、愛情を表に出しました」と彼女は言う。「よく一緒に素敵なディナーを食べに行きました。私を膝の上に座らせ、葉巻に火をつけて、私の虜と言わんばかりにじっと私の眼を見つめました。今までで一番美しいエネルギーに出会った、と言わんばかりに」。彼女には啓蒙の素質がある、と彼は言い、一緒にパナマシティへ行って精神鍛錬を続けようと言った。彼女は喜んで同意し、宿泊代と航空費に1300ドル以上をつぎ込んだ。その後、彼女はマッサロに認められ、コミュニティ内部で特別な地位を得た。しかし、すぐにそれも終わりを迎えた。「あの男の頭にあるのは権力と支配だけです」と、彼女は涙ながらに言った。「部屋にいる人間は誰であろうと、支配したくてたまらないという感じでした。そこにいた女性は皆、力を奪い取られていました」


マッサロとの体験について書かれたジェイド・アレクトラさんの2月のInstagramの投稿(Jade Alectra/Instagram)



「ネクセウム」との共通点

マッサロはというと、今も精力的にソーシャルメディア活動を続け、葉巻をくゆらせたり、足跡が点在するのどかな白い砂浜に踵をのせてくつろぐ自撮り画像を投稿している。頻繁に投稿される彼のメッセージは、以前と変わらず難解だ。「私は有機的には人間だ。エネルギー的には、人はエイリアンと呼ぶかもしれない。本質的には神だ」とは、最近投稿したInstagramストーリーの質疑応答の答えだ。背景にはフライパンにのったクレープと思しき写真が写っている。「ちなみにこれは全員にも当てはまる」

投稿のコンテンツ以上に不可解なのは、マッサロが一体どこからこれを投稿しているかだ。彼は今もNo Limits Society名義で1カ月199ドルのZoomライブ講座を提供しているが(登録者は事前に秘密保持契約に署名しなくてはならない)、所在地に関しては明らかにしていない。元信奉者の間では、かつてセドナで試みたように、南アフリカに渡ってどこか1か所に腰を据え、何らかの思想コミュニティを始めるつもりではないかという憶測が飛び交っている。当然ながらマッサロもこの点に関してはお茶を濁している。「数週間南アフリカを訪れて何回か講座を開いたが、それだけだ」と本人。だが彼がどこにいようとも、97万人近いFacebookのフォロワーと10万2000人のYouTube購読者は彼の一挙手一投足を見守り、一語一句聞き漏らすまいとしている。

そういった理由から、グラハムさんやアレクトラさん、マッサロの元信奉者たちはあえて声を上げることにしたと言う。とりわけ激動の時代に人生最大の問いの答えを求める人々が、彼の罠に引っかからないようにするために。「世の中には助けを求める弱い人たちがいます」とアレクトラさん。「気づけばオオカミが鶏小屋に入ってきてしまうでしょう」

マッサロの元を去ってすぐ、アレクトラさんは母親の家に戻り、幼少期を過ごした部屋で過ごした。ベッドの中でNetflixを見たり、天井を見つめたり、マッサロに出会ってから人生がどれほど変わったか思いをめぐらせた。体重はいつもより35ポンドも増えた。マッサロや仲間たちと過ごした結果、豪奢な場所で高級ディナーや高級ホテルに金をはたき、1万ドルを失ったそうだ。「彼は私を隅々まで洗脳しました」と本人。「彼は私という人間を消し去った。今まで持っていた確かな思考に疑いの目を向けるようにさせたんです」

ネクセウムやラニエールをテーマにしたHBOのドキュメンタリー『The Vow』を見たのもちょうどこのころだ。グラハムさんと違ってアレクトラさんは、幻滅したネクセウムの元信者に自分の姿をすぐには見いだせなかった。若くて魅力的で、仕事でも成功した裕福な人々が、魂の救済を求めて人生の全てを投げ打ち、自称現存するもっとも賢い人間に従属する。「バカじゃないかしら、と思いました」と本人。「私だったらキース・ラニエールみたいな人には絶対騙されない、と思いました」(自分の組織がネクセウムと比較されることに対して、マッサロ本人はコメントを控えた。「彼らのことは全く知らないし、実際に起きた事件も、ましてや組織に向けられた疑惑も知らない。したがって知的なコメントはできかねる」と本人)。

だが弟子として、またパートナーとしてマッサロと過ごした時間を振り返るうちに、アレクトラさんにもラニエールとの共通点が見えるようになってきた。ラニエールの取り巻きが子犬のように彼の後をついていき、新たに獲得した知識という贈り物に目を輝かせ、彼の言葉をかみしめる様子。ラニエールが女性たちに性差別的な役割を割り当て、過剰に「女性的」「男性的」にならないよう諭す様子。ラニエールの多重恋愛ぶり、そして最終的には慣習にとらわれない性生活を利用して、パートナーたちを支配していった様子。

だがラニエールが逃亡先のメキシコの漁村で逮捕された時(彼は児童性的搾取、性的人身売買陰謀などの罪で有罪判決を受け、懲役120年を言い渡された)、彼は58歳だった。マッサロは現在34歳。このことが頭に浮かんだ時、アレクトラさんもハッと気が付いた。「私たちにはまだ雑草を刈り取るチャンスがあります」と本人は言う。「手遅れになって、容易に駆除できなくなる前に」

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from Rolling Stone US

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