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サム・ライミ監督が大いに語る、『ドクター・ストレンジMoM』と唯一無二のキャリア

Rolling Stone Japan / 2022年5月6日 18時10分

サム・ライミ監督(Illustration by PJ Loughran for Rolling Stone)

米ローリングストーン誌による、サム・ライミ監督の独占インタビュー。『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(全国公開中)でスーパーヒーローさながらのカムバックを果たした彼が、孤高のキャリアを振り返る。

スパイダーマン三部作がスーパーヒーロー映画の新時代を切り開いて以来、このジャンルでは久々のサム・ライミ監督作品となる『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』。完成までの最後の数週間は、まさしくマルチタスクに追われるマッドネス状態だ。監督はロサンゼルスの自宅から、3カ所の作業を同時進行で進めた――ロンドンのアビーロード・スタジオでオーケストラとサントラを収録する作曲家ダニー・エルフマンの様子をリモートでチェックしつつ、役者のアフレコに耳をそばだてながら、音響編集の指揮をとる、という具合に。

それもそのはず。なにしろ監督が撮影している間も、脚本家のマイケル・ウォルドロン(Disney+のドラマ『ロキ』ではコミックの要素を巧みに盛り込んだ)が最後の仕上げをしていたような作品だ。2016年の第1作『ドクター・ストレンジ』を監督したスコット・デリクソンが「創作上の意見の違い」を理由に続編から降板し、後任として引き継いだライミ監督は、手直しが必要な脚本とクランクアップの期日を前に、スタート前からすでに出遅れていた。

だがライミ監督は、5月6日劇場公開(※日本では5月4日)のドクター・ストレンジ最新作における混沌とした制作行程を楽しんでいるようにも見える。なにしろ彼は、20歳の時にたった35万ドルの制作費用で破天荒なインディーズホラーの決定版『死霊のはらわた』を作った男だ。そしてその都度、新たな撮影テクニックを考案しては、お手製ホラーメイクの新境地を切り開いてきた。実際『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は、3つの異なるマーベル作品の直属の続編にあたる。『ドクター・ストレンジ』第1作、昨年の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』、そしてエリザベス・オルセン演じるワンダ・マクシモフを主役の1人に据えたDisney+の『ワンダヴィジョン』だ。



「非常に複雑な作品だ」と話すライミ監督は、2022年早々に撮影をやり直したが、それはストーリーをわかりやすくするためでもあった。「今まで私が関わった中で、おそらくもっとも複雑な作品だ。1人どころか5人のキャラクターを相手にするだけじゃなく、マルチバースにもそれぞれ分身がいる――かつ、1人1人に独自のストーリーが展開するんだ」

「独創的な監督」(visionary director)というフレーズが映画宣伝の常套句になっている昨今だが、ライミ監督は本物だ。彼の作品のカメラワークはまるで生き物のように、荒々しいほどの存在感を放つ。映画人生の中で迎えた絶頂期は数知れず、独自の不条理主義が炸裂するホラーの傑作『死霊のはらわたII』(1987年)に始まって、コミック原作ではないスーパーヒーロー映画『ダークマン』(1990年)、名人芸が光る犯罪ドラマ『シンプル・プラン』(1998年)、そしてもちろん前述の『スパイダーマン』シリーズ。ちなみにこの作品は、現在マーベルがシネコンを独占するようになった突破口を切り開いた。

2013年以来1本も映画を作っていなかったライミ監督だが、62歳にして新しい1ページを開こうとしている――本人も明かしているように、ひょっとしたらスパイダーマン最新作もあるかもしれない。「一刻も早く次の作品を見つけたい」と監督。「そして現場に留まり続けたい。今回の映画でやる気に火が付いたようだ」

「創作の自由」とMCU伝説

―現段階のお気持ちはいかがですか?

サム・ライミ:絶好調だ。取りかかった時はクランクインの日付が迫っていて、脚本は手つかずの状態だった。私も含め(脚本家の)マイケル・ウォルドロン、(プロデューサーの)リッチー・パーマー、マーベルのチームは、いちからやり直さなくてはならなかった。焦りまくって、パニック状態だった――恐ろしくてたまらなかった。だが、とにかく作業し続けた。コロナでスケジュールが先送りになったのは助かったよ、脚本を作る時間が稼げたからね。どうにか撮影を始めるところまでこぎつけた。脚本はまだ作業中だったが、順調に進んだ。今はもう一安心だ。そういう段階は過ぎたからね。

―『ワンダヴィジョン』はこの映画の後に公開されるはずでしたが、ストーリーや話の流れに一部変更が生じたそうですね。変更によってどんな影響があったんでしょう?

ライミ:『ワンダヴィジョン』がいつ公開予定だったのか、どこを変更したのか、私にはわからない。脚本が半分か3/4ぐらい進んだところで製作中だったこの番組のことを初めて知り、内容をすり合わせる必要があると聞かされた。それでストーリーの流れやキャラクターの成長具合に間違いがないよう、『ワンダヴィジョン』のストーリーもチェックしなくてはならなかった。私自身、『ワンダヴィジョン』を全部見たわけじゃない。映画の筋書きに直接影響すると言われたエピソードの重要な場面しか見ていない。

―マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)ではつねに壮大な計画が動いています。創作面ではどの程度自由にさせてもらえましたか?

ライミ:そうだな……こんなことを言うと矛盾して聞こえるかもしれないが、マーベルからは完全に自由にやらせてもらえた。だが、マーベル伝説には従わなければならない点がたくさんあった。だから完全に自由にやらせてもらいつつ、過去の映画やマーベルの将来の計画によって方向性がきっちり決まっていた。その範囲内では自由にできるが、キャラクターの物語はどの作品とも結びつくように描かなくてはならない。例えば、ドクター・ストレンジはマルチバースについて、『ノー・ウェイ・ホーム』で知りえた以上のことを知っていてはならない。それでいて、知っているはずのことを知らない、ということがあってもいけない。ここまでの流れにすべて支配されていた。

―『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』も、本作の後に公開されるはずだったんですよね?

ライミ:そう、何もかもが行き当たりばったりだった。「今度はこっち、次はこっち」という具合だ。楽しいやりくり作業だったよ。これだけ長い歴史を持つ壮大なマーベル作品に関わった監督や脚本家は、みんなきっとこんな感じだと思う。非常にカオスで、最高で、クリエイティヴだった――「混乱」(mess)という言葉は正しくないから、使いたくない――アイデアが泉のように沸き上がる。そこから最適なものを選んで、すぐに束ねてひとつの世界を織り上げる。実際とてもエキサイティングだったよ。


1990年、『ダークマン』撮影現場のサム・ライミ監督
©Universal/Everett Collection

―観客はこの手のファンタジー超大作にある種の不感症になっていると思いますか――ハードルを上げ続けなくては、と感じることはありますか?

ライミ:どの時代、どの製作者もそれは同じだと思う。(1933年に)『キング・コング』が出た時、心臓発作を起こした映画製作者は大勢いたはずだ。私も『E.T.』のような映画が世に初めて出た時に、「なんてこった、自分はこの業界で何をやってるんだ? こんな傑作、自分にはとても作れない」と思ったものだ。だが映画製作者なら、同時にやる気もかき立てられる。こういうのを目にするのは恐ろしくもあるが、可能であることも教えてくれる。そうやって製作者は新しい技術、新しいアイデアへと目を向けるんだ。つねにそうやってレベルアップしている。

―とはいえ、『死霊のはらわた』の冒頭シーンではあなたの作品の独自性が伺えます。あなたのようなカメラ使いは誰にもできません。あれはどこから思いついたんですか?

ライミ:あれは制約の中で、解決策を模索する中から生まれた。『死霊のはらわた』の時はモンスターを製作する予算がなかった――だから、モンスターの視点で描くしかなかった。その視点にできるだけ奇妙な感じを加えようとした。観客は与えられたものに基づいて、頭の中で勝手にモンスターを思い描くものだ。それで巨大なワイドレンズをカメラに装着して、周辺が歪むようにした。それを棒にくくりつけて、被写体の上下に動かせるようにした――文字通り宙を飛ぶようにね。あるいは自分の手にカメラをテープで巻きつけて、走りながら腕を上下に振りながら、できるだけ滑らかにゆらゆらと動かした。撮影で一番大事な教訓を学んだよ。こちらが観客に提示するよりも、観客自身の想像力のほうがずっと効果的だということだ。しかるべき材料を与えさえすれば、観客が勝手にモンスターを作り上げてくれる。

ケヴィン・ファイギへの想い

―『スパイダーマン3』での経験とネガティブな反響のせいで、今回の作品を引き受けようか悩んだそうですね。

ライミ:ああ、これらキャラクターはとても愛されているから、慎重に扱わなくてはならない。私の独特の不条理観を、最愛のスーパーヒーローに適用してほしくないという人もいるかもしれない。代表的なキャラクターを題材にする時は慎重に進めなくてはならないんだ。これだけ愛されてきたキャラクターをいじらないほうが得策では、と考えたこともある。ファンに対しても、自分自身に対しても嘘はつきたくないからね。

そんな時エージェントから電話がかかってきた。「『ドクター・ストレンジ』の続編に空きが出たが、興味はあるかい?」 私はすぐさま「なんだって? もちろん、やろうじゃないか」と言った。私は『ドクター・ストレンジ』が大好きなんだ。1作目は素晴らしかったし、とても独創的だった。ベネディクト・カンバーバッチにも興味があったし、「そういえば、今はケヴィン・ファイギがマーベルの社長だったな?」と気が付いた。敬愛する上司の下で働けるわけだ。そういったことすべてが決め手になった。

―ケヴィン・ファイギとは『スパイダーマン』シリーズでご一緒してましたが、当時はどんな印象でしたか?

ライミ:彼は勤勉な若者で、当時マーベルの社長だったアヴィ・アラッドと密に連絡を取り合っていた。舞台裏や撮影現場ではいつも仕事していた。若いころの彼によくしておいて良かったよ!

―恩返しというわけですね。

ライミ:そのとおり。やあ、ボス!(笑)


『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』より
©️Marvel Studios 2022

―今回の作品でベネディクト・カンバーバッチはドクター・ストレンジの分身を演じ分けていますが、彼の演技についてどんな印象を持ちましたか?

ライミ:別人格を演じ分けるために、ベネディクトは些細なところで変化を出していた。微妙なニュアンスや立ち振る舞い、独特の話し方。彼は役者の中の役者だ。懐にあるツールを、非常にエレガントに使いこなす。「アクション」と言ったあとの2分半は、彼の演技に見入ってしまう。彼があまりにも魅力的なので、「カット」と声をかけるのを思い出さなくてはならないほどだ。

―あなたが一番驚かされたキャラクターや俳優は誰ですか?

ライミ:ベネディクト・ウォンだね。彼があんなに面白い人間で、撮影現場に活気をもたらしてくれる人だとは知らなかった。ものすごくクリエイティブで、一緒に仕事をしていても楽しい。映画に必要なエネルギーやユーモアのセンスを演技にプラスしてくれる。

―エリザベス・オルセンとインタビューした際、彼女はワンダ・マクシモフについて確固たる考えを持っているのがわかりました。そのことはどう作用しましたか?

ライミ:彼女はエミー賞作品、それも自分が演じるキャラクターとその成長ぶりを題材にした作品の出演者だ。そんな彼女に人物像や感情について説教するのは野暮というものだろう。私は彼女と一緒にストーリーの流れを組み立てることはできるが、ストーリーを語る上で彼女の存在は欠かせない。でないと筋が通らなくなる。

―スコット・デリクソンが監督した『ドクター・ストレンジ』でとくに気に入っているのはどんな部分ですか?

ライミ:東洋哲学を盛り込んだところが好きだった。彼は最高にクールな心の旅を見せてくれた。アストラル体とか、広い意識を持った時の視覚的演出とか。そういうビジュアルやシークエンスは鳥肌ものだった。我々も彼のやり方を踏襲して、そうした流れに沿ってストーリーを展開していくことができた。

―ご自身の意見では、マイケル・ウォルドロンは脚本作りでどんなふうに貢献したと思いますか?

ライミ:本当にあの男は最高だ。彼は非凡な想像力と、マーベルの歴史について完璧な知識をもたらしてくれた。キャラクターやそれぞれの相関関係、経歴について、彼はまさにエキスパートだ。あれがなかったら私もおしまいだっただろう。だが彼が潤沢な想像力を注ぎ込んでくれた。彼はキャラクター同士を交流させ、彼らの素顔や欠点も描こうとする。小説家としてマーベルのコミックを書いているようなものだ。そこがいいんだよ、スタン・リーが描いたマーベルのスーパーヒーローが他とは違うのもそこだからね。人間らしい一面、欠点、過ち、クセの強い個性。マイケルもドクター・ストレンジが少しエゴイストで、不安を抱えているところを気に入っている。

『スパイダーマン3』からの名誉挽回

―製作の終盤で撮り直しをした主な目的は何だったんでしょう?

ライミ:観客はことあるごとに「ここは理解できない。このコンセプトは解せない」と言ってくる。あるいは「これは十分わかっているのに、第3幕でまた説明が入った」「その通り、そんなことすでにわかってるよ」とか、「この後の流れを理解するためにも、これは知っておいて欲しかった」とか。今回のように複雑な作品では何度も試写をして、どこが分かりにくいか、どこが長ったらしくて観客を飽きさせているかを知る。テンポはいいが、中だるみして観客には不要な箇所はどこか、特定する。多くを語らずとも、観客が自然と理解できることもある。理にかなっているように思えても、編集の段階で「ふむ、ここは中だるみするから飛ばそう、観客自身に考えてもらおう」という風になる。それは観客の思考を理解することでもある。時には誇張して、観客が十分にリアクションできるようにする。作品のオリジナリティを認識すること。そしてチャンスがあったら、そこから広げていく。

―今回の『ドクター・ストレンジ』を、『スパイダーマン3』からのある種の名誉挽回ととらえていましたか? ちなみにあの作品にも面白いところはたくさんありますが、監督ご自身は辛口でしたね。

ライミ:そうだね。私にとっては非常に辛い体験だった。スパイダーマンをもう1作作って、名誉挽回したいと思った。(お蔵入りになった)『スパイダーマン4』――あれがそうなるはずだった。気持ちの整理をつけたかった。そこそこ出来のいい作品を作るつもりはなく、自分の中では高いところに基準を置いていた。ただあの脚本は、撮影初日までに自分の望むレベルにまで持っていけないと思ったんだ。

―では、今回の作品はあなたにとってどんな存在ですか?

ライミ:どちらかというと、マーベル映画をとことん堪能したあとに、「自分にはマーベル映画を作れる力が残っているだろうか?」と考えさせられた作品だ。思い出すだけでも大変だった――まるでマラソンだよ。「よし、力は残っている。世の子どもたちにスーパーヒーロー映画の作り方を見せてやろう」と思った(笑)。 冗談だよ。だが確かにそういう部分もあった。私がスパイダーマン作品を手がけて以来、世の中はずいぶん変わった。新しいテクノロジーに新しい技術。あの当時、自分たちが実装しようとしていた技術も、より優れた大きな最新システムに発達した。だから最初の『スパイダーマン』を手がけてから20年後に、またスーパーヒーローの世界に戻れたのは最高だった。

―当時のテクノロジーがここまで進化して嬉しい、というものはありますか?

ライミ:『ザ・ギフト』という映画を制作中に(視覚効果監督の第一人者)ジョン・ダイクストラが訪ねてきて、スパイダーマンをどういう風にしたいか?と言ってきた。「実はジョン、高層ビルに装着できるようなカメラリグを作ろうかと考えていたんだ。ビルの上を昇降できるようにするには、かなり大きなエンジンが必要だ」 すると彼はこう言った。「そういう装置を作ろうとすれば、人が死ぬことになるぞ。やめておけサム。絶対うまくいかない」「じゃあどうする?」すると彼は「CGIならできると思う」と言った。

人間と見まがうようなCGIなど今まで見たことがない、と私が言うと、彼は「どうかな。今はまだツールが足りないが、今のうちに開発を始めれば、必要な時までにはテクノロジーを整えて置ける」 今までで一番クールなアイデアだと思い、「よし、やろう」と言ったよ。

―お蔵入りになった『スパイダーマン』作品で、もっとも残念なことは何ですか?

ライミ:ブルース・キャンベルには素晴らしいカメオ役を用意していたから、残念だった。

―噂では、彼はミステリオを演じる予定だったそうですね。

ライミ:それも選択肢のひとつだった。もちろん他の選択肢もあったが、それもひとつの案だった。私はクレイヴン・ザ・ハンターがいないのが残念で、『スパイダーマン』の次回作に登場させるつもりだった。私自身、つねづねクレイヴンとスパイダーマンの対決を大画面で見たかったしね。彼は究極のハンターで、スパイダーマンはもっとも敏捷な空の魔術師だ。1人の人間としてのピーターの成長も見たかった。

スパイダーマンを再び手がける可能性

―楽しい話題から、あまり楽しくない話題へと移りましょう。『マルチバース・オブ・マッドネス』を手がけるにあたって、『スパイダーマン』三部作から学んだ教訓は何でしたか?

ライミ:おっ、いい質問だ。自分の信念に従う(こと)だろうな。最後にもう少し手を加えておけば、(『スパイダーマン3』も)もう少しマシになっていたと思う。

―ハリウッドという世界でそんなことはできますか? そんなことは可能ですか?

ライミ:ああ。だが、非常に困難な場合も多々ある。『スパイダーマン3』がプリプロダクションの段階に入ったころ、ソニーもハッと気づいたんだと思う、「待て待て、この作品は我々の財産だ。大きな稼ぎ頭だ。好き放題やらせておくわけにはいかない、ちゃんと手綱を握っておかないと」とね。そういうことも関係していたと思う。


左からアヴィ・アラッド、トビー・マグワイア、サム・ライミ 2004年『スパイダーマン2』の撮影現場にて
©Columbia Pictures/Sony Pictures/Everett Collection

―『ノー・ウェイ・ホーム』のおかげで、トビー・マグワイア演じるスパイダーマンもマーベル・マルチバースの一員として戻ってきました。長い年月を経て、スパイダーマン作品を再び手がける可能性はありますか?

ライミ:素晴らしいストーリーがあれば、可能性はなくもない……キャラクターに対する私の情熱は少しも薄らいでいないからね。断念するとすれば、当時と同じ理由だろう。「トビーがやりたがるだろうか? 感情の移り変わりはあるだろうか? キャラクターが最大の局面を迎えるシーンはあるか? 作品のテーマに見合う悪党はいるだろうか?」 答えなくてはならない問いがたくさんある。そうした問いに答えが出れば、喜んでやるだろう。

―あなたの『スパイダーマン』が成功したのは、あれがピーター・パーカーの物語だったという理由もあります。純真さ、人間らしさ、そして甘いラブストーリー。もっともこういった要素は、必ずしもあなたに求められていたわけではありませんでしたが。

ライミ:私がスタン・リーのコミック版『スパイダーマン』に魅了されたのも、まさにそこなんだ。ピーター・パーカーにはつねに進行中のラブストーリーがある。実際のところ、彼はシリーズを通して2人の異なる女性に心を奪われている。だが私も子供のころは、「恋の行方が気になるから、次の『スパイダーマン』のコミックは絶対手に入れなくちゃ」と思ったものだ。恥ずかしくて、学校の男友達には言わなかったけれどね。

―キルスティン・ダンストの話では、宙づりキスシーンの予習として、有名な映画のキスシーンを集めたスクラップブックを彼女にプレゼントしたそうですね。どういう意図があったんですか?

ライミ:この映画であのシーンが重要だと彼女に知ってほしかっただけだ。きちんと描けば人々の記憶に長く残るシーンもある、ということを何とか伝えたかった。彼女に心の準備をしてもらいたかった。きっと彼女はこのシーンで素晴らしい演技をするだろう、キルスティン・ダンストの魅力をあの瞬間に閉じ込めたい、という私の思いを知ってもらいたかった。話し合いをすると彼女はすっかり呑み込んで、魅力を存分に発揮してくれた。トビーもだ。2人は本当に特別なシーンを作ってくれた。

―あのシーンにはある種のエロティシズムがありますが、その後のスーパーヒーロー映画では踏襲されていません。ましてや、あなたが描いたような繊細さには及びません。盛り込むのは厄介ではありますが、スーパーヒーロー映画にも内在している要素です。引き出す気になるかどうかですね。

ライミ:そうだね。スパイダーマンのコミックにもセクシーなキャラクターが実にたくさんいる。何しろ全員、ゴムやポリウレタンのストレッチスーツを着ているんだから。コミックではそれが常識だ。ある意味、10代の若者にとっては、恋のお相手探しみたいなところもある。

90年代に学んだこと

―あまり知られていませんが、あなたとスタン・リーは90年代初期、『マイティ・ソー』の映画化を温めていましたね。その時はどんな感じでしたか?

ライミ:あの時は最高だった。ソーの物語をベースにストーリーを練って、様々なスタジオにプレゼンして回った。あの当時は(リーが)あまり評価されないことに驚いた。たしか1991年とかそのぐらいの時期で、彼は一介の作家ぐらいにしか扱ってもらえなかった。「なるほど、コミック作家ですか。そりゃすごい」 8つのスタジオを回って、断りの手紙を8回もらって、「これを断るなんてどういう神経だ?」と言ったのを覚えている。「世間の人々は、自分が信じる神にはうるさいんです」と言われて、私もこう言い返した。「そうですね、でもこれは宗教映画じゃありません。雷神の話なんです!」 彼らには理解してもらえなかった。

―ちょうどそのころ、特定のジャンルに縛られる懸念を口にしていますね。そして『シンプル・プラン』のようなジャンルの枠を超えた作品をいくつか手がけました。あなたの中では、映画人生の初期の作品から永久におさらばする、といった思いがあったんでしょうか?

ライミ:特定のジャンルにとらわれていると言ったとしても、文字通りの意味じゃない。私自身、状況が上手くいかなくなった時に仕事にありつけるのがジャンルムービーだとつねに思っているしね。私もジャンルムービーでならストーリーテリングを続けられる。でも確かに、『キャプテン・スーパーマーケット』(1993年)の公開後、記者から「これがあなたの最後の作品になりますか? 昔と同じことを繰り返しているだけのようですから」と言われて、「えっ、本当に?」と思ったことはあった。

その後、「昔と同じことを繰り返したくない。新しいことに挑戦したい」と思った。それで幅を広げて、今までやったことないことに挑戦した。西部劇(1995年の『クイック&デッド』)や犯罪スリラーや、それまでやろうとも思わなかったことは何でもやった。90年代に様々なジャンルの作品を作ったのはそういう理由だ。幅を広げて新しいことを学び、ストーリーテラーとして成長したかったんだ。

―確かに、4本の映画(『クイック&デッド』から2000年の『ザ・ギフト』まで)を立て続けに公開した時期には、多種多様なテクニックに何度も挑戦していたようでした。

ライミ:まさにその通りだ。「カメラに頼って見栄えのする派手な映像を撮るのはやめよう。観客を登場人物に感情移入させよう。レンズだけでなく、人物の視点を通して物語を語る術をもっと学ばなくては」と思った。ビリー・ボブ・ソーントン、ビル・パクストン、ブリジット・フォンダ、ケイト・ブランシェット、ケヴィン・コスナー、ジーン・ハックマン。名優たちからたくさん学ばせてもらったよ。

『スパイダーマン』第1作の監督に名乗り出るころには、そんな風に仕事をして10年が経っていた――ありがたいことだ、『スパイダーマン』作品や『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』では役者の演出から視覚効果に至るまで、映画製作のあらゆる知識を総動員したからね。この業界で経験することができた知識を、隅から隅まで活用した。

―総体的にみて、最新作の制作過程でもっとも大変だった点は何ですか?

ライミ:一番大変だったのは期日だ。ストーリーも脚本も揃わず……まだ途中で、どんな結末になるかわからなかった。マイケルが頑張ってスケジュールを2~3日前倒しして、次のページはPCのプリンタから出てくるという具合だった。大変だよ、すべてつじつまが合うように、全編を通してテーマが一貫していなくてはいけないんだから。作品をすべて把握していないと、効率的に仕事をするのは難しくなる。

―別世界の登場人物が――FOX配給のマーベル映画のキャラクターかもしれませんが――突然スクリーンに現れたとします。観客は大喜びですが、悪目立ちしてストーリーから浮いてしまうような気もします。その辺りの匙加減はいかがでしょう?

ライミ:そういう状況になったら、新顔と出会った登場人物に素直にリアクションさせるのがベストな時もある。仮に別世界の有名なキャラクターが『マルチバース・オブ・マッドネス』に登場したら、ドクター・ストレンジは相手が何者かもわからないだろう。相手を吹っ飛ばしておしまい、ということになるかもしれない。時として、素直な反応は大爆笑を誘うこともあれば、観客を惹きつけることもある。「おい、あの男を知らないのか? 嘘だろ?!」という状態にさせるわけだ。頭の回転の鈍い人間が映画の中でジェームズ・ボンドと初めて出会って、「あんたは俺が出すマティーニを黙って飲め。わかったか?」「お前、ジェームズ・ボンドを知らないのか?!」という具合だよ。観客にとっては、それはそれで別の面白みがある。

―この映画にも絡んでくると思いますが、「ダークホールド」なる書物の存在をどう解釈しましたか? 『死霊のはらわた』シリーズに出てくる書物「ネクロノミコン」の親戚のような存在ともいえると思いますが。

ライミ:「ダークホールド」については『ワンダヴィジョン』やコミックで知っていたが、この映画とどう関係するかは話せない。すまないね。

―いずれにせよ、「ネクロノミコン」と少し類似性がある点は面白いですよね。

ライミ:そうだね、私も笑いのネタにさせてもらった。本作にも登場していれば面白かっただろうね。

コーエン兄弟と亡き兄の影響

―『スパイダーマン3』の後は一転して『スペル』(著しく過小評価された2009年のホラー作品)、次いで『オズ はじまりの戦い』(L.フランク・バウム作『オズの魔法使い』の登場人物を題材にしたパロディ)を手がけました。それが2013年――あれから久々の最新作です。この間、引退を考えたことはありましたか?

ライミ:いいや、単に気に入った脚本に巡り合えなかったんだ。長編映画として監督したいと心から思えるものがなかった。長い時間がかかったし、不満だった。私は監督の仕事が大好きなんだ。自分にできるのはこれしかないしね。

―ジョエル&イーサン・コーエン兄弟との友情にはずっと憧れていました。これまで2人からはどんなことを学びましたか?

ライミ:非常にしっかりとした職業倫理観だね。『XYZマーダーズ』などの作品を一緒に作っただけじゃなく、『ダークマン』でアドバイスをもらったり、短編を共同執筆したり、『未来は今』の脚本を一緒に書いたりした。他にもいろんなことをしたが、多分公開されたり出版されたりしたことはないだろう。だが彼らの職業倫理感には舌を巻いたよ。2人ともタイプライターの前に座って、14時間ぐらいぶっ通しで作業するんだ。それから休憩がてらデニーズに行って、戻ったらまた仕事。翌朝も同じだ。コーヒーを1杯飲んで、仕事を始めたらあとはノンストップ。「なんてこった、奴らは恐ろしいほど真剣だ。ひたすら書き続けている」と思った。イーサンとジョエルはしかるべきセリフやアイデアを模索して、何時間も考えに考え抜く。恐れ入って、感服して、おもわず笑ってしまった。何度か2人の力になれた時はとてもうれしかったね。

―実際、コーエン兄弟と『未来は今』の脚本を共同執筆したのは、映画を製作するよりずっと前の80年代ですよね?

ライミ:その通りだ。数年かけて書き上げた。最初にジョエルとイーサンが書き始め、後から私も誘ってくれた。その後2人が他の脚本を手がけることになって、長い間寝かせていた。そしたらある日こう言われた。「サム、撮影するぞ。資金が手に入った。第2撮影班の監督をしたいかい?」「もちろん、すごいじゃないか」 それで2人が考えたちょっとした面白いシーンをたくさん撮影した。第2撮影班の監督は楽しい仕事だ。とくに友達のために働くときはね。大変な仕事は全部2人がやってくれる。

―高層ビルからの落下シーンを監督したのもあなたですか?

ライミ:あのシーンの一部だけ、役者の視点からのショットとかだ。あとはモンタージュをいくつか。たいていはメインキャラクターが出てこないショットだった。まさに私は単なる道具だった。指示された方向にカメラを向けて、こうしろ、ああしろと言われた通りにしただけだ。

―噂では、イーサン・コーエンは映画製作者として引退するかもしれないそうですが、コーエン兄弟の映画がもう見られなくなるなんて信じられますか?

ライミ:とんでもない! まだまだコーエン兄弟の映画は出てくると思う。太陽が昇る限り、新しい映画が出てくるはずだ。私も2人の作品の大ファンなんだ。

―プロの映画監督になりたいと思ったのはいつ頃ですか?

ライミ:高校に入って、ブルース・キャンベルや親友のスコット・スピーゲルとティム・クイルと出会った時だと思う。3人ともスーパー8で映画を作っていた。「やったぞ、彼らは毎週末一緒につるんでる。他に仲間もいる。撮影係がいて、パイを投げる係がいて、パイを顔で受ける係がいる。これだけそろえば十分だ」 1人はガレージセールで手に入れた2着のスーツジャケットなど、衣装をたくさん持っていた。もう1人は三脚を持っていた。「いける。彼らとなら上手くやれる。似たような趣味も持っている」と思った。12歳ぐらいのころから3年間、ずっと1人で映画を作ってきた私にしてみれば、仲間を見つけられたことはものすごく大きな魅力だった。突然、この先もずっとやりたいこととして考えられるようになった。この時点から可能だと思えるようになったんだ。

―コミック色の強い映画を作る以前は、どのぐらいコミックに影響を受けていましたか?

ライミ:コミックはつねに私に大きな影響を与えていた。とくにマーベルやDCの偉大なコミック作家からね。子供のころは毎日のように読んでいた。だから映画のショットを決める時も、私が唯一知っている描き方、つまり自然とコミック風になった。

―『マルチバース・オブ・マッドネス』のような超大作を再び監督するにあたり、趣味で低予算映画を作っていた時代に身に着けた技が今でも役に立っていますか?

ライミ:それほどでもない。というのも、それが私のやり方だからだ。どのショットも、どの瞬間も、「最適なテクニックは何だろう?」と考えている。単に「スケジュールを立てて、クレーンを立てて、ここから先は大丈夫。ベストな選択ではないかもしれないが、今日は5時までにここまで終わらせなくてはならないから、撮影班の勢いをキープしないと。あとは撤収だ」というだけじゃないんだ。

―幼いころにご家族を亡くされていますね。お兄さんの死でどんな影響を受けましたか?

ライミ:兄のサンダーは私にとって大きな存在だった。最初に『スパイダーマン』のコミックを見せてくれたのも兄だった。兄は副業でマジシャンをやっていた。よく子どものパーティでパフォーマンスしていたのを覚えている。私も兄の影響でパフォーマンス欲をかきたてられた。兄からの影響力がとても大きかった。兄は16歳で死んだ。私はまだ10歳だった。もっと知っておけばよかったと思うほど、兄についてあまり知らなかった。だが兄は私にとって最高のお手本だった。

兄がいなくなったことで、前よりもマジックの世界にのめりこんでいった気がする。両親に兄の死の埋め合わせをしたかったんだ。マジックへの情熱は映画に対する情熱とよく似ていた。映画にはまったのはマジックから卒業し始めたころだ。別の形で時間や空間を操り、観客を楽しませ、魅了して、驚かせることができた。だから映画への情熱も、間接的に兄のサンダースの影響を受けていたんだと思う。

―舞台マジシャンとしてもかなりの腕前ですよね?

ライミ:地域のお祭りでよくパフォーマンスした。州レベルじゃなく、地域レベルの祭りだ。子どものパーティでも、23人ぐらいの小さなモンスターの目の前でやった。私がやったのは、イリュージョンの中のマジシャンのレパートリーだ。バルーンアートもやったが、最後のバルーンがなくなる前に店じまいできるよう、必死だった。最後のほうになると、1番目の子供が風船を割ってしまって、もうひとつ欲しがるからね。子供のパーティでは手早く効率的に作ってさっさと撤収しないと、2時間も延々とバルーンの動物を作る羽目になる。

―今のお話に含みはありますか?

ライミ:(笑)さあね。どうだろう。探してみてくれ。

From Rolling Stone US.


『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
全国公開中
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C)Marvel Studios 2022
公式ページ:https://marvel.disney.co.jp/movie/dr-strange2.html

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