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ポピー・アジューダが語る独学で培った個性、フェミニズム、トム・ミッシュとの共鳴

Rolling Stone Japan / 2022年5月11日 18時0分

ポピー・アジューダ

UKジャズ・シーンの若手によるブルーノート名曲の再解釈企画『Blue Note Reimagined』には様々なカバーやリミックスが収録されていた。そのなかでも特に印象的だったのが、気鋭のシンガーソングライター、ポピー・アジューダ(Poppy Ajudha)だった。ハービー・ハンコック「Watermelon Man」を素材に原曲の余韻をギリギリ残しつつ、新たな曲を書き上げたかのような彼女の楽曲は、CoverともRemixとも違うReimagined=再解釈を体現していた。

ポピーが最初に大きな注目を浴びたのは、トム・ミッシュ「Disco Yes」だろうか。彼女の名前は覚えてなくても、あの瑞々しい歌声が記憶に残っている人は少なくないだろう。同時期にはUKジャズの旗手であるモーゼス・ボイドの「Shades of You」、同シーンの人脈も多数参加しているスウィンドルの「DARKEST HOUR」などにも参加し、新世代UKジャズ・シーンにその声を熱烈に求められてきた。ポピーは自身の作品でジョー・アーモン・ジョーンズやジェイク・ロング、オスカー・ジェロームらを起用。彼らの生演奏を活かしたサウンドは高く評価されており、ロンドンの人気ラジオ局Jazz FMのアワードを受賞したこともある。その実力はすぐさまアメリカにも届き、バラク・オバマのプレイリストに収録されたたことでも話題になった。

彼女は歌唱力が高く、ソングライティングに秀でていて、アレンジも多彩。その歌詞には政治や社会状況、人種やジェンダーに関するトピックが盛り込まれている。このパーフェクトにも思える音楽を聴けば、評価の高さにも納得せざるを得ないだろう。ここでは現時点での集大成でもあるデビュー・アルバム『THE POWER IN US』のリリースを機に、彼女のバックグラウンドを丁寧に聞き出すことに。貴重なエピソードの数々には、今日のUKシーンの豊かさを解明するヒントがたくさん詰まっている。




―両親が音楽好きだったそうですね。自宅で両親がよく流していた音楽で今も聴き続けているものは?

ポピー:本当にたくさんあって、未だに影響を受けている。例えばボブ・マーリー。私の父親はレゲエが大好きだったから家でよく流れていた。彼は世界的スターで、その音楽はある意味コマーシャル的でもあった。でも内容はすごく政治的で深かったし、強いメッセージが込められていている。そういう部分は大きなインスピレーションだったし、私の作る音楽にも影響していると思う。


ポピーと父親が音楽について語り合った動画
 
―両親のルーツがセントルシアにあるとのことですが、子供のころからセントルシアの音楽、もしくはカリブ海の音楽にも親しんでいたのでしょうか?

ポピー:父親のルーツがセントルシアだから、昔はカリビアン・ミュージックをよく聴いてた。あと、ジャマイカン・ミュージックも。特にイギリスの音楽は、ウィンドラッシュ世代(※)の影響もあって、かなりジャマイカの音楽にインスパイアされていると思う。私の父はナイトクラブを経営していたから、サウンドシステムの人たちと仕事をしていたこともあった。だから私はジャマイカのダンスホールやラヴァーズロックといった音楽に結構影響を受けている。セントルシアの音楽に関しては、もっと伝統的なクレオール語で歌われている音楽が家で流れていたけど、私にとってはジャマイカの音楽から受けた影響の方が大きいと思う。

※1948年~70年代初頭にかけて、当時英領だったジャマイカなど西インド諸島からイギリスにやってきた移民

―インドにもルーツがあるそうですね。

ポピー:セントルシアには労働者として移住してきたインド系移民がたくさんいて、私の先祖はその一部だった。でも私たちはあくまでセントルシア人で、インド人という意識ではないと思う。実際にインドで生活したことはないし、自分たちはカリビアンだという意識を持っている。その一方で、私は自分の家系の歴史を理解したくてインドに行ったこともあるし、シタールやタブラも学んだ。インドの音楽を学ぶことで、自分のルーツや伝統をより深く理解理解したかったから。それにインドの伝統的なボーカルも大好き、すごく美しいと思う。インドの音楽からは技術的に学びたい部分がたくさんある。
 
―学校などで音楽教育を受けたことはありますか?

ポピー:イギリスでは14歳~16歳の中学最後の2年間でGCSEっていう学業資格を取得するんだけど、そのときに音楽を専攻した。でも私は失読症があるから、音楽理論を理解するのはすごく大変。だから独学でギターを学ぶことにした。教科書通りにやろうとするといつもしっくりこなくて、私にとってはフィーリングで学ぶ方がずっと楽だったから。そうやって私は自分のやり方で少しずつ音楽や楽器を学んできた。それもあって音楽のことはたくさん知っているつもりだけど、それをうまく言葉で説明することができない。バンドをディレクションする時も、私のやり方は、音楽を学んできた人とは全然違うものになっていると思う(笑)。



―歌がものすごく上手いですよね。どうやって歌い方を身につけたのでしょう?

ポピー:ボーカルを学ぼうとしたことはほぼないかな。ボーカルは私にとって自分を自然に表現できる術の一つ。今はツアーに出てショーもたくさんやってるから、ちゃんと練習もウォーミングアップもするし、自分の声には気を配ってる。でも以前はボーカルを練習したこともなければ、より良い声を出すために何かしようとしたことは一度もなかった。

―すごい(笑)。楽器はどうですか?

ポピー:ギターや他の楽器、プロダクションに関してはたくさん勉強してきた。それらを学ぶことで、自分が作りたい音楽を作れるようになったし、他のアーティストとのコラボもできるようになっていった。自分にとって、楽器やプロダクションを勉強することは、頭の中にある音楽とより上手くコミュニケーションをとるために必要なことだったと思う。だから、すごく時間をかけてきた。

―ギターを始めたのは?

ポピー:13歳のとき、親に泣きながらギターをおねだりしたら、従兄弟のおさがりのエレキを手に入れることができた。誰もアンプを買ってくれなかったから音は出せなかったけど(笑)。

そこから、パワフルな女性アーティストの音楽にハマりだした。例えばピンク、アヴリル・ラヴィーン、ブリトニー・スピアーズ。彼女たちの影響は大きかった。それぞれ違うスタイルを持っているけど、自分たちの理想に向かって突き進んでいるところに惹かれた。当時はポップスターになることを夢見ていていたから、自分にとって曲を書いたり楽器を演奏するのは自然なことだった。

その後は、自分自身を表現するための手段として曲を書くようになった。ソングライティングは、私にとってセラピーみたいな存在だと思う。

社会人類学、フェミニズムがひらいた道
 
―SOAS University of London(ロンドン大学 東洋アフリカ研究学院)で学んだそうですが、どんな学校なのか説明してもらえますか?

ポピー:SOASはイギリスで唯一、非西洋の世界に焦点を置いた教育を受けることができる特別な大学。だから私は、この学校に通いたかった。専攻したのは社会人類学。東アフリカの音楽、西アフリカの音楽、植民地主義、ジェンダー理論や色々なことについて学んだ。私は今、自分たちの過去やルーツ、文化を理解することによって、世界をどのように理解できるかについて音楽を通じて語っているけど、もし他の大学に通っていたら、それはできなかったと思う。性別や肌の色、自分が語っている場所のことをしっかりと理解できていなければ、それを語ることはできないから。異なる角度から物事を学ぶことで、自分の世界観や見方は変化するし、あの学校で勉強したおかげで、権利やセクシュアリティ、ジェンダーといった「自分が興味を持っている問題」や「自分の人生に実際に影響している問題」に対する理解と考え方が先鋭化した。学校にいた時期は、自分が何者なのか、世界の中で自分の居場所はどこなのかを探っている時期だった。


SOAS University of Londonの紹介動画
 
―SOASでどんなことを学んだのでしょう?

ポピー:音楽を専門的に学んだわけではなくて、私が学んだのは民族音楽学、基本的には音楽の人類学のようなもの。異なる文化の音楽と、そこで使われている楽器を調べて、それをどう使うか、音楽が文化的なコミュニティにとってどのように重要であるか、そのルーツを調べる学問だね。その中でも、西アフリカから伝わった楽器や音楽を理解することは、私にとってすごく重要なことだった。西アフリカから伝わった音楽がどのようにアメリカでブルースを生み出したとか、そういうことを研究していた。音楽がどこから来て、どのように私たちを助けてくれたのか。その研究の副次的なものとして、私は楽器を学んだ。タブラやシタールを習ったり、キューバン・ギターを少しかじってみたり、とにかく色んな楽器を試してみたし、インドのボーカルを学ぶ教室にも通った。それらは音楽の背景を理解するうえですごく役立ったと思う。
 
―特に印象に残っている授業は?

ポピー:フェミニストとジェンダーのコース。それまで知らなかった世界の見方を教えてもらえて、とてもインパクトがあったから。今でこそ、10代前後の子どもたちも何らかの形でジェンダーやフェミニズムについて教わっているかもしれないけど、当時の私は自分にとって納得のいく形で、世界を理解するための教育を受けさせてもらえているとは思っていなかった。だから、大学でクィアのアイデンティティやフェミニズムの歴史について学ぶことは、抑圧そのものや、抑圧に対する自分の感情を理解するために重要だったと思う。自分がなぜ怒りを感じているのか、その背景を理解するのは必要なことだと思うから。

授業では「こういう理由があるから私は戦うべきなんだ」というしっかりとした目的、その闘争がどれくらいの期間続いているのかを学ぶことができた。自分が抱えている苦悩をどこにもぶつけられないと、それに対処するのは難しいと思う。そして、理由や根本がわからなければフェミニズムに関する曲は書けないと思う。そういう意味で、フェミニストやジェンダーのコースは私に大きな力を与えてくれたはず。今、自分が曲にしている内容も、ポッドキャストで話していることもSOASで学んだこと。私はその知識をみんなとシェアしたいし、みんながそれをどう思うか知りたい。それを聞いて私の意見もまた変わるかもしれないし。



―社会人類学は幅広いトピックを結び付けながら、人類について批判的に考える学問ですよね。例えば、伝統的とされてきた文化のなかに潜む政治的な側面など、見えづらい構造に気づくことも多い学問だと思います。社会人類学のそういった「批判的」な側面は、あなたの音楽にどんな影響を与えているのでしょうか?

ポピー:音楽を社会人類学的に分析すると、その中に存在する文化に注目して、それを批判することになるわけだよね。例えば「LONDONS BURNING」や「LAND OF THE FREE」といった曲は政治的な内容で、構造的な問題について、自分たちに何かできることはないかを考えたり、その問題について認識しようと語りかけている。「Londons Burning」は正にイギリスの政治やブレグジットについての曲。人々を操作するために分裂させるというやり方について触れている。意識したことはなかったけど、それは社会人類学でやろうとすることと一緒。自分の音楽でも、気づかぬうちにそういうことをやってきたと思う。



―音楽性にも影響を与えたと思いますか?

ポピー:サウンドに関しては社会人類学ではなくて、これまでロンドンで聴いてきた音楽に影響されていると思う。自分の周りにいる友人たちの音楽もそう。自分が何をしたいか、自分がどう音楽を作りたいかに初めてちゃんと気づかされたのは、「Steez」というイベントに参加した時だった。そこに集まったミュージシャンどうしでトレーニングしたり、新しいアイデアを試してみたりするんだけど、そこにいたのがモーゼス・ボイドやビンカー・ゴールディングだった。私はそこで、モーゼスがエレクトロ・サウンドを使った初めての単独ショーを見たし、私自身も同じステージで彼とプレイした。そこにいる全員が、自分がどんなサウンドを作りたいか、それをどう作り出すかを追求している場だった。キング・クルールもいたな。あそこでの経験は、私の今の音作りに影響していると思う。

それと歌詞に関しては、映画からも影響を受けている。「LAND OF THE FREE」を書いたのは、アダム・カーティスの映画『HyperNormalisation』(日本未公開)を見たあとだった。あの曲では、彼がドキュメンタリーのなかで何を語っているかを歌っていて、歌詞が長くてキャッチーじゃない理由もそこにある(笑)。あとは、これまで読んできた哲学者や理論家、社会人類学者の本。彼らのおかげで、そういった視点から世界を見てみるということを学ぶことができたから。




トム・ミッシュやUKジャズとの共鳴

―特に聞き込んだソングライターは?

ポピー:エイミー・ワインハウス。『Frank』がお気に入りのアルバムで、特にライティングについて影響を受けたと思う。当時は、自分のことばかりじゃなくて、もっと色々なことを考えて曲を書き始めた頃だったから。それまでは「音楽といえばラブソング」みたいな子供っぽい考えを持っていた。でも、エイミーの音楽を聴くようになって、自分の作曲スキルが鍛えられたと思う。あとはハイエイタス・カイヨーテのネイ・パーム。彼女の声は本当に大好き。それから、エリカ・バドゥやローリン・ヒルからも大きく影響されたと思う。今挙げた女性アーティストたちは、みんな歌詞が正直でリアルなところが共通している。リスナーが共感できて、アーティストと一緒にその世界に浸れるような音楽。アデルもその一人。曲を書き始めた頃に彼女の音楽に出会って、たくさんのインスピレーションをもらった。彼女がアーティストとしての私を形作ってくれたといっても過言ではないと思う。


ポピーにインスピレーションを与えた楽曲のプレイリスト
 
―作曲のベーシックなプロセスを聞かせてもらえますか?

ポピー:私の曲づくりの流れは、すごくオーガニック。その中でも重要なのは、挑戦への制限をかけないこと。ちゃんとしたやり方がわからなくても、挑戦することは絶対にやめない。やり方がわからないなかで自分なりにやってみるからこそユニークさが生まれることもあるから。「あのハーモニーの重ね方をどうやって思いついたの?」みたいに聞かれたりすることがあるけど、「偶然思いついたものを組み合わせたら、たまたまよかっただけ」なんてこともある。正直にいうと、私は音楽の伝統的な様式を理解していないから、正しいハーモニーの重ね方がわからない。自分がいいと思うサウンドをどうにかして作り出すことはできても、それが正しいとは限らなくて。でも、その無知さが逆に自由をもたらすこともある。

―作曲するときに使う楽器は?

ポピー:ギターは私が最初に習得した楽器だから、やっぱりギターで曲を書く時が多い。まずはギターを手にとって、その時のフィーリングや自分が創り出したい世界に合うコードを探していく。

でも、私の部屋にはピアノもある。友達がピアノの撤去作業の仕事をしていたことがあって。ある日、電話をかけてきて、「ポピー、ピアノいらない?」って。ピアノを置く場所なんてなかったし、そもそも当時の私はピアノを演奏できなかったんだけど、「くれるんだったらほしい!」と勢いでもらっちゃった(笑)。あれは素晴らしい選択だった。今もしっかり弾けてないかもしれないけど、このピアノで曲も書いているし、弾きながらコードを見つけたりしているから。「White Water」はこのピアノで初めて書いた曲。コードはすごくシンプルだけど、だからこそ曲の中で他の要素を進化させられるし、時には複雑にしすぎないほうがいいものができ上がったりする。

楽器は私にとって、素晴らしい曲を書くためのツールみたいなもの。自分の演奏には完璧さを求めていない。私の音楽における情熱の源は、歌詞とボーカルとメロディ。素晴らしいギタリストになれていないのは、自分自身がギターを巧く弾くことに興味がなかったからだと思う(笑)。



―先ほど「Steez」の話がありましたが、2018年のEP『Femme』ではジェイク・ロング、マックスウェル・オーウェン、オスカー・ジェロームなどと制作していますよね。その後も彼らやヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン・ジョーンズとお互いの作品で共演し合っていて、ひとつのコミュニティのようにも見えます。

ポピー:彼らは「Steez」にいたメンバー。「Steez」はオープンマイク・ナイトみたいな感じのスペースで、いくつかのステージがあって。DJをしている人もいれば、パフォーマンスをしている人も、絵を描いている人もいる。とにかくジャンル不問で、アーティストがクリエイティブになれる空間だった。

私が通うようになったのは16歳の頃、「Steez」キュレーターのルーク・ニューマンが、Facebookのメッセージで招いてくれたのがきっかけだった。彼からメッセージをもらったときはすごく興奮した。私はとにかく、どこでもいいからギターをパフォーマンスできる場所を探していたから。あのときステージで着ていた服まで未だに覚えてるくらい(笑)。最初はすごく早い時間に出演して、オーディエンスはたったの5人。でも、その5人の中にいたのがジェイク・ロングとオスカー・ジェロームで、彼らもその日の出演者だった。それとは別の日に、ルークが私たちをフェスティバルに連れていってくれて、そのときはジェイクとオスカーのほかにマックスウェル・オーウェンもいた。で、そこにいたみんなに「私のバンドに入らない?」って声をかけて、そこから一緒に演奏するようになった。

ジョー・アーモン・ジョーンズは、私があるアーティストをサポートしていた時に、彼はそのバンドでキーボードを弾いていた。そのあと、彼から「君と一緒に音楽をやりたい」とメッセージが来て、一緒にコラボすることになったんだけど、そのときもすごく興奮したのを覚えてる。そこからジョーや他のミュージシャンたちとも知り合って一緒に演奏するようになり、彼らとの活動が私にとって実験的な挑戦をする空間になっていった。

―「Steez」が音楽活動の入り口として大きかったんですね。

ポピー:当時の私は、音楽家としてのバックグラウンドも経歴もなかったし、そもそもほとんどミュージシャンに出会ったことはなかった。私にとって音楽はもっとパーソナルなもので、学校の休み時間に音楽室で一人でギターを弾くとか、そんな感じだった。でも、彼らと出会って音楽を一緒に演奏するようになったことで、私はオープンになることができた。彼らは音楽専門の学校に通っていたり、音楽をしっかりと勉強しているけど、私はそうではない。音楽を専門的に学べる選択肢があることに気づけなったし、そこに導いてくれる人もいなかったから。ポップスターというのは、みんな自然な流れでスターになったと思っていたくらい(笑)。でも、彼らと時間を共有したことで、音楽の技術的な部分をいくつも学ぶことができた。だから、2019年にJazz FMアワードを受賞したとき、彼らに多くを教わったとスピーチで話すことにした。

―トム・ミッシュとも『Geography』で共演していますが、そのきっかけについて教えてください。

ポピー:トムのことは、実は高校時代から知っている。彼が音楽を作り始める前から知ってた。同じ友達の輪の中にいたんだけど、ある日、彼が誰かのショーでそのアーティストのためにギターを弾いているのを見て、そのとき初めて彼が音楽を作ることを知った。で、お互いそれぞれキャリアを築いていって、すでに知り合いでもあったし、同じ地域の出身で共通の友人もたくさんいたから、再び会うようになった。そしたら彼が声をかけてくれて、彼のベッドルームにあるスタジオに行って「DIsco Yes」を作った。そんな感じで、あの曲のコラボはすごくオーガニックだった。トムとは、その前にも数曲一緒に作ったことがあるしね。



『The POWER IN US』というタイトルに込めたもの

―ここからは新作『THE POWER IN US』について聞かせてください。まずは音楽的なコンセプトから。

ポピー:タイトルでコンセプトやテーマを表現したかったんだけど、いざ考え始めるとすごく難しかった。それぞれの収録曲がフェミニズムやメンタルヘルス、イギリスの文化、アメリカの文化といった異なるトピックに触れているから、あまりにも幅が広すぎて。結果的に『THE POWER IN US』と名付けた理由は、アルバムで語られているどのトピックに関しても、それを乗り越えるためには「みんなが一つになって生まれる力」が必要だと思ったから。前進したり、変化を起こしたりするためには団結して取り組む必要があるし、お互いを理解していなければならない。

だから、アルバムの多くの曲は「話を聞いてくれる人々」を求めているような気がした。例えばフェミニズムに関していえば、男性にも自分たちにできることがあるし、実際に変化を起こすためには彼らに話を聞いてもらうこと、彼らに助けてもらうことも必要。すべてにおいて会話と意思疎通が大切なわけで、どんな政治問題もそれは共通しているし、命令や説教をするのではなく、ここで私はそれについて一緒に話そう、意見を交換しようと投げかけている。

『The POWER IN US』というタイトルの通り、私たちには力がある。何かを改善させたいと思うなら、まず自分のなかにパワーがあることを知る必要があるし、このアルバムでみんなにパワーを届けたい、それぞれパワーを持っていることを知ってほしいという気持ちもあった。

―これまでの作品では起用してこなかった、新しいプロデューサーやミュージシャンが多く参加していますよね。

ポピー:たしか、「PLAYGOD」を作ったときにカーマ・キッド(Karma Kid)と出会ったはず。もしかしたら「WEAKNESS」だったかも。彼とはずっと一緒に作りたいと思っていたから繋いでもらって、(ジャズ・ギタリストの)トム・フォードと一緒に「PLAYGOD」を作った。あの曲はすごくフェミニストな感じなのに、男性二人と共作してるのも変だよね(笑)。でも、二人とは実りのある会話がたくさん生まれた。政治の話についても、そのトピックをどう思うかをお互いに語り合いながら曲を作った。その結果、私があの曲にどんなエナジーを求めているか理解してくれて、サウンドにディストーションを効かせたりして、すごくロックな仕上がりになった。これまで私の音楽はジャズから影響を受けたものが多かったけど、この曲がはSpotifyでもロックやインディのプレイリストにたくさん入ってた。そういうジャンルのプレイリストに入ったことは一度もなかったから、すごくクレイジーだと思う(笑)。



―「MOTHER SISTER GIRLFRIEND」はリズムも面白いですし、あらゆる楽器がループしながら少しずつ変化していってて、そこにコーラスが絡んだりする。かなり繊細に作られています。

ポピー:女性プロデューサーと共演するのは初めてだったから、この曲を作るのはすごく楽しかった。ウィン・ベネット(Wyn Bennett)という人で、彼女が手がけた作品(ジャネール・モネイ「Pynk」など)が好きだったからお願いすることにした。この曲では、「自分の道は自分以外の何か(他者や環境)によって決められるものではない」「(何かに決められていたら)そこから抜け出したい」といったことを歌っていて、それは私の人生と音楽の両方に共通するテーマだと思う。

この曲は、私が作ったループから生まれたもの。やり方がわからなくて、面倒臭くてマイクを繋げることさえ怠けていた私が、ようやくLogicを使って作り始めたのがこのトラックだった(笑)。ラップトップのスピーカーでギターのループを演奏したものをウィン・ベネットに聴かせて、そのあとハーモニーを録音して、それをループに乗せた。当時はファット・ホワイト・ファミリーをよく聴いていたから、ベースラインの存在感とかパンキッシュな感じは彼らから影響を受けている。あのベースラインは、私がこの曲にすごく必要としていたものだった。




 
―「DEMONS」はあなたの歌がスピリチュアルに響く曲です。よく聴くと後ろで聴こえる声が繊細にあなたの歌に寄り添っていて、かなり作り込まれていることがわかります。

ポピー:この曲もLogicで書き始めたもので、まずはコーラスから作った。ちょっと変わったハーモニーの重なりはニーナ・シモンっぽいと思う。インスピレーションになったのは、メンタルヘルスや人間のもろさを理解すること。私自身も過去にメンタルヘルスと闘ってきたことで、誰もが様々な(心を痛める)ことを経験していることに気づいた。ある人と会話をしていて、その人はいつもすごく明るいんだけど、私と同じように色々な経験をしていて、本当はもろい部分もあるということに気づかされた。そのとき、「彼のなかにもデーモンがいる」って言葉をスマホに書き留めたのが、この曲の出発点。

この曲では世界の厳しさが個人に与える影響について、思いやりや愛が存在する余地が欠けていることについて客観的に語ってる。それはつまり、「みんながもろくて、色々なことを抱えていてるんだ」ということ。他人がどんなことを経験しているかは表面だけではわからない。だから私たちは、もっと思いやりをもって、お互いに心を開く必要がある。そういうことを歌いたかった。



―ハーモニーという意味では「ALL FOR YOU」や「FALL TOGETHER」も面白いです。普通のハーモニーを作るだけでなく、複数の声を時に楽器的に使っていますよね。こういうアイデアはどこから来たものでしょうか?

ポピー:感情を形にしようとするとそうなるんじゃないかな。特に「ALL FOR YOU」はすごくパーソナルな曲で、ロックダウンの最中に書いたもの。自分をどのように表現し、どのように力を発揮していきたいのか、ここ数年ずっと考えてきた。以前の私は、女性ミュージシャンとして期待に応え、みんなを喜ばせるために、「ある枠」にあてはまらなければならないと思っていた。自分らしくあるのではなく、他人が望むようなアーティストになるため、あらゆることをしてきたと思う。でも自分が自分でない限り、「どうして私を愛してくれないの?」「なぜ私は全てを捧げているのに、それにふさわしい評価を受けることができないの?」と問い続けることになる。でも、今の私はそうじゃない。他の人たちのために自分を変えることはしない。ありのままの自分を受け入れることができれば、それが一番素晴らしいこと。「ALL FOR YOU」は社会との有害な関係を歌ったラブソングになっている。

この曲は、自分のスタジオで全て自分で書き上げた。適当に小さなマイクを使って、ボーカルを重ねたり、囁き声を加えてみたり、とにかく何度も思いつくかぎりアイデアを重ねた。私はハーモニーを重ねながら、感情を作り出そうとしていたと思う。自分でもそのアイデアがどこから来たのか答えはわからないけど、私はすごく感情的な人間だし、フィーリングを重視しているのは間違いない。フィーリングが音から伝わってこなければ納得がいかないし、あのバックのハーモニーがなかったら、自分がそのとき感じていたフィーリングを十分に表現できなかったと思う。



―最後に、先行リリースされた「Holiday from Reality」は日本でもラジオを中心にヒットしています。この曲のことも聞かせてください。

ポピー:ウェス・シンガーマン(Wesley Singerman)とテイラー・デクスター(Taylor Dexter:共に88rising関連など)と共に作った曲。二人ともLAに住んでいて、私がずっと共演したいと思っていた。彼らとの初めてのミーティングで生まれた曲で、「燃え尽きた状態」を歌ってる。彼らとセッションをする前日に、看板に「Do you need a holiday from reality?」(現実から休暇をとりたい?)と書かれているのを見て、「休みたい!」と思ってそれを書き留めていたんだけど、そのあとパンデミックがやってくるなんて当時は思ってもみなかった。

誰もが熱意や夢、目標を持っているし、それに向かって頑張っている。だから、「力尽きてしまうこと」は誰もが共感できるフィーリングだと思う。「この夢は持つべき夢なのか?」って自分に問いかけたりね。当時の私は、ニューヨークでショーを行い、LAでセッションして、ロンドンに戻って……と大忙しだった。そんなアーティストとしての当時の私の旅を表現した曲。「私は何かを伝えようとしているのに、みんな私の名前を正しく発音することさえできない。でもいつか、私の話を聞いてもらえる日がくるはず」と、アーティストとして耳を傾けてもらえる存在になる日を夢見てがんばる私の日々が歌われている。





ポピー・アジューダ
『THE POWER IN US』
発売中
視聴・購入:https://virginmusic.lnk.to/ThePower

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