クラッシュシンバルから紐解く緊張と脱力の音楽・ファンク、鳥居真道が徹底考察
Rolling Stone Japan / 2022年5月19日 20時0分
ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第35回はドラムプレイにおけるクラッシュシンバルが楽曲にもたらす効果を考察する。
飲食店で食事をしているときに「ガシャーン!」という音が聞こえてきたらびっくりしますよね。怪我を想起させる音だから心臓に悪い。バンドの一員としてステージ上で演奏していても、予期せぬタイミングで「ガシャーン!」という音が聞こえるとドキッとさせられます。盛り上がったオーディエンスがビール瓶をフロアに叩きつける音ではありません。ドラマーが叩いたクラッシュ・シンバルの音にびっくりするのです。
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「クラッシュ・シンバルってどのシンバル?」と思う方もいるかもしれないので、少し説明をはさみたいと思います。クラッシュ・シンバルは、ドラムセットと正対したときに左右に見える対になった大きめのシンバルのことです。いわばドラムセットにおける仁王像です。「デイヴ・グロールがドラムを叩いているところを想像せよ」と言われて、10人中8人ぐらいの人が、両手で左右のクラッシュ・シンバルを叩いている様を頭に浮かべることでしょう。重力に逆らう長髪とともに。
私はドラマーではありませんから下手なことは言えませんが、クラッシュ・シンバルは、材質や大きさ、表面の加工によって音が異なるようです。ギラついた派手なものもあれば、シックでエレガントなものもあるといった具合です。音楽ジャンルによって好まれる音も違ってきます。どういうタイプのクラッシュ・シンバルを持ってくるかによってドラマーのセンスが浮き彫りになるようなところがあります。
せっかくなのでクラッシュ・シンバル以外のシンバルもご紹介しましょう。正面から見て右側にセットされている上下で対になったシンバルのセットがハイハットです。ドラムセットの発明以来、最も叩かれたシンバルだといって過言ではない。ハイハットは、ペダルを踏むことで対になったシンバルを開閉させられるスタンドに取り付けられています。これにより両手に持った2枚のシンバルを打ち鳴らすのを手を使わずに再現できるわけです。足踏み式アルコールポンプスタンドと似たような仕組みだといえます。この開閉できる仕組みのおかげで、ドラムセットのうち、唯一音価をコントロールできるという特権的なポジションがハイハットには与えられています。この仕組みがなければバーナード・パーディの「ダチーチーチー」もこの世に存在しなかったかもしれません。気合でできないこともなさそうですが……。
正面から見て左側に設置されている比較的大きなシンバルがライド・シンバルです。ハイハットのライバル的な存在、桜木に対する流川的な存在だといえます。ライド・シンバルは、小粋なロックンロールタイプの曲だとギター・ソロのときに叩かれる場合が多いように感じます。
以上のハイハット、ライド、クラッシュの3種類がドラム・セットに組み込まれる定番のシンバルです。通常これらのシンバルはライブハウスやリハーサルスタジオに設置されています。他にもスプラッシュシンバルやチャイナシンバルなども有名です。
さて、演奏中にクラッシュ・シンバルの音にびっくりしたと既に述べました。もちろんニルヴァーナの「Smells Like Teen Sprit」のような曲をやっているときに、いくらクラッシュが鳴ろうと驚きはしません。想定していなかった箇所で「ガシャーン!」という音が聞こえてくるとドキッとするのです。カウントを出した後にクラッシュが鳴らすことがたまにあります。練習では鳴らしていなかったのに、本番になって急に鳴らすのでびっくりするというわけです。
そうした場合にドラマーに対して思うのは「ん? 緊張してる?」ということです。なぜそのように感じるのでしょうか。
まず一般的にクラッシュを使用する場面は、次のようなものがあると思います。セクションの変わり目を示す。小節の長さを示す。フレーズにアクセントをつける。シンコペーションを強調する。サウンドを派手にする。
小節の長さを示す例であればシックの「Good Times」がありますし、シンコペーションを強調する例であればグリーン・デイの「Bascket Case」があります。サウンドを派手にする例であればやはり「Smells Like Teen Sprit」を挙げざるをえません。
こうしたクラッシュの使用例はリスナーに対して親切な振る舞いのようにも見えます。バラエティ番組のテロップのように「ここが笑いどころですよ」と示してくれるのと似たような役割があります。説明過多の感も否めない。そのためストイックなミュージシャンはクラッシュを嫌う傾向があるように個人的には感じています。
これまで挙げた例以外にもクラッシュ・シンバルが担っている役割があるように思います。当連載では、「リズムとは緊張と脱力の押し引きにほかならない」的な主張をよくしています。笑いが起こるメカニズムを「緊張の緩和」と喝破したのは、桂枝雀でした。他方、黒人リズム感の秘密は緊張と脱力にありと喝破したのは、トニーTこと七類誠一郎です。彼の著書『黒人リズム感の秘密』は、リズムにこだわる人たちの間では必読書となっています。
ドミナントモーションといわれるコード進行も緊張の緩和というタームで説明されることが多いです。不安定な響きを伴うV7から安定した響きのⅠ△7への移行がまさに緊張の緩和というわけです。うわあ、なんかめんどくさい…… と思った人がいるかもしれません。要するに、苦手な上司たちとの会食から解放されて、帰宅後にファミチキをアテにして檸檬堂で一杯やりながらYouTubeを観ているといった場面の転換をコードの機能を使って表現しているということです。
コード進行のみならず、リズムについても同様に、緊張と脱力という観点から捉えてみると音楽においてリズムが担っている役割がわかりやすくなります。ただしコード進行のように理論化されていません。解釈の余地も広い。「あなたの感想ですよね」と指摘されれば返す言葉はありません。しかし気にせずに続けていきたい。
無音には緊張感がみなぎっているといった主張を当連載では繰り返してきました。ここでは真っ白いキャンバスに緊張感がみなぎっていると考えてみてください。キャンバスの前に座らされ、衆人環視のもと、何でも好きなように描いてくださいとの指示を受けたら、誰だって心がざわつくはずです。筆を持つ手も震えることでしょう。無音の緊張感とはそのようなものにほかなりません。
緊張感がみなぎるキャンバスに筆を入れ、絵の具で覆ってしまえば緊張の度合いは低減します。つまり、無音というキャンバスを長い音で覆えば緊張が緩和されるということです。翻って、出す音が短ければ緊張感はある程度保たれるわけです。
そうした観点でクラッシュ・シンバルを捉え直してみると、その音は緊張の緩和という役割を担いうるのではないか、と思いました。クラッシュの音は余韻が続いという特徴があります。つまりキャンバルを覆う面積が大きい。緊張して体が強張っているときに、クラッシュの音を聴いて脱力したい。無意識的にそう考えて、カウント後のど頭でクラッシュを叩かざるを得なかった。だからこそ「ん? 緊張してる?」と勘ぐるわけですね。
ドラムの演奏にはフィルやオカズと呼ばれるプレイがあります。小節のお尻に遊びで入れるフレーズのことです。ドラムフィルのあとにはクラッシュを叩くのが一般的です。Steely Danの名盤『Aja』に「I Got The News」というややハネたファンキーな一曲が収められています。ドラムを叩いているのはエド・グリーンというドラマーです。「I Got The News」のドラム・プレイは、短いスパンで入れられるモータウン・マナーのフィルが印象的です。やはり各フィルのあとには必ずクラッシュが入ります。「ガシャーン」という感じではなく、「サーン……」といった優しい感じのクラッシュです。
オカズを入れたあとにクラッシュが入るとほっと一息つけるようなところがあります。ないとやや気持ちが悪い。東海地方出身にも関わらず「オチないんかい」とずっこけたくなります。こうした生理的な反応に私は脱力としてのクラッシュを見るわけです。
ここでジェームズ・ブラウンの「Cold Sweat」を聴いてみましょう。「Cold Sweat」はJB流のファンクが確立された曲だといって良いでしょう。
メインのリフは2小節で1セットのループとなっています。ループの1拍目には必ずクラッシュが鳴らされています。ぼやんとした音像なので少し聞き取りにくいからもしれない。「スーン……」といった感じの音です。少ないマイクでドラムを収音しているためだと思われます。
JBといえば、口を酸っぱくして「1拍目が大事」だと発言していたことでお馴染みですね。いわゆる「ザ・ワン」というものです。JB門下生のブーツィー・コリンズもインタビューでそのことをよく語っていますが、何がどのように大事なのかいまひとつ把握できていませんでした。「1拍目が大事」だと言われれば、なんとなく力を込めてアクセントをつければ良いのかと考えがちですが、どうもそういうわけでもなさそうです。
1拍目に鳴らされるクラッシュから察するに、1拍目ではむしろ脱力するのが良いのではないかと考えてみました。1拍目を安らぎの我が家的に捉えてみるのです。JB流のファンクは緊張感が強めの音楽ですが、1拍目ではリラックスする。帰るべき家のように捉えると案外しっくりくるように思います。
「Cold Sweat」では、メインのリフのあとにブリッジと呼ばれるセクションが挿入されます。こちらではクラッシュを鳴らさずにスネアを1、2拍目が鳴らされます。ここはわりと緊張感が高まった箇所です。後半の小節で音価の長いホーンが響いて、緊張が解けるという構成になっています。緩急のつけかたが巧みです。ブリッジの終わりは、さらに緊張感の強いキメが入ります。キメの最後はクラッシュによる緊張の緩和で締めくくられています。やはりファンクは緊張と脱力の音楽であると再確認した次第であります。
鳥居真道
1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター」
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖」
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
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