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幾何学模様が語る「有終の美」 世界が認めた日本発サイケ・ロックが生まれるまで

Rolling Stone Japan / 2022年5月24日 17時0分

幾何学模様(Photo by Jamie Wdziekonski)

東京で結成され、過去10年間にわたって極彩色のサウンドを磨き続けてきた幾何学模様(Kikagaku Moyo)。フジロック出演も決定している5人組が、活動休止前の最終アルバムについて米ローリングストーン誌に語った。


幾何学模様は独自の言語を話す。文字通りの意味で。

彼らの歌詞は複雑で、ミニマルなリフとサウンド面で相性のいい、必ずしも意味を持たない言葉の羅列で構成されている。それでもなお、日本発の5人組が生み出す音楽は世界中のオーディエンスを熱狂させた。2012年の結成当初は小さなバーで演奏していたという彼らは、やがてSpotifyの月間リスナー数が30万人を超え、有名ベニューでのショーを完売させ、ジャムバンドのシーンを代表する存在となる。だが、5月に発表されたアルバム『クモヨ島』(Kumoyo Island)と、同作を携えたワールドツアーを最後に、彼らは無期限の活動休止に入る。

5人のメンバーのうち、ドラマーのGo Kurosawaとマルチ奏者のTomo Katsuradaが本誌の取材に応じ、約10年間に渡るバンドの歩みと活動休止の理由について語った。



「僕らの音楽が世界中に広がっていったことを、本当に嬉しく思います」とKurosawaは話す。

判読不能な歌詞は、あくまで幾何学模様の個性の1つにすぎない。彼らが鳴らすサイケデリック・ロックは、メタリックなものから瞑想に耽るようなものまで実に多様だ。彼らをユニークな存在にしている理由の1つは、サイケデリア発祥の地から5000マイル以上離れた東京で結成されたという背景だろう。

「日本のサイケバンドはサンフランシスコで起きていたことを知ったり体験したりすることなく、サイケデリックなカルチャーがどういうものなのかを空想していたんだと思います」。Kurosawaはそう話す。「想像を膨らませながら、独自のものを生み出そうとしたんです」

実際、ジャムバンドのゴッドファーザーであるグレイトフル・デッドの骸骨と薔薇のロゴを原宿にある古着屋で初めて見た時、Kurosawaはそれをファッションブランドのラベルだと思ったという。だが、彼は60年代のサイケクラシックよりも、クラウトロックや中古のレコード屋で発掘したマイナーな作品群に影響を受けた。

「(アメリカの)サイケ・ロックは、カントリーやブルースなど、様々な音楽が基盤になっています」とKurosawaは話す。「日本にはそういうバックグラウンドがありませんでした」

「言語の壁」を超越するサイケ・ロック

日本では独自のサイケ・ロックのシーンが育まれてきた。60年代末にアメリカで同ジャンルが生まれた時、日本の若者の間では欧米のロックがもてはやされていた。フラワー・トラベリン・バンド等、初期の日本のサイケ系アクトは英語で歌い、海外の有名な曲をカバーしていた。今やベテランとなったアシッド・マザーズ・テンプルをはじめとする、やや後の世代のバンドはより実験的なアプローチを追求し、アンダーグラウンドに熱狂的なファンベースを確立した。

Kurosawa曰く、日本でサイケ・ロックのシーンが育った背景には「重い社会」への反動があったという。

「小さな島国の日本で暮らしている人々は皆、大きなコミュニティの一員なんです」とKurosawaは話す。「社会秩序が重んじられるあまり、現実逃避について考えずにはいられない」

アシッド・マザーズ・テンプルのライブに何度も足を運んでいるというKasturadaは、幾何学模様が「日本のサイケデリック史」に名を刻むことができたなら、それ以上に光栄なことはないと話す。

英語を話すKurosawaとKatsuradaは、アメリカでの滞在時にはスポークスパーソンとしての役割を担っている。大学時代に米国留学を経験した2人は、DIYのハウスパーティーでのライブのエネルギーに感化されたという。その時に感じた言語の壁は、幾何学模様のボーカルスタイルのインスピレーションとなった。それは遠く離れた地でサイケデリアを空想していた自身の体験を、海外のオーディエンスと共有するための手段だ。

「僕らは歌詞の意味を知らずに欧米の音楽を聴いていましたが、それでも曲にのめり込んでいました。同じことが海外のオーディエンスにも言えるはずだと思ったんです」とKurosawaは話す。「アメリカの人々は英語の曲に慣れていますが、必ずしも歌詞の意味が理解できる必要はないと思う。ユニバーサルな言語としてのサウンドに共感する、そういう考え方に惹かれるんです」

最後の世界ツアーの準備を進めながら、Kurosawaはバンドがその目標を達成したことを実感している。

「僕らの話す言葉が理解できない人々を笑顔にすること、それが目標でした」とKurosawaは話す。「世界のあちこちで演奏しながら、それが可能だということを肌で感じました。アメリカ、中国、メキシコ、それぞれの国のオーディエンスと確かに繋がるのを感じられたんです」



2014年にKurosawaがKatsuradaと共に立ち上げ、アジアの様々なアーティストの作品をリリースしているレーベル、Guruguru Brainも同じコンセプトに基づいている。台湾、インドネシア、パキスタン、韓国などから発信される多様なサウンドを広めていくことは、Kurosawaにとって非常に「重要」だという。そうすることでオーディエンスがそれぞれの共通項を見出し、「より深い理解へと繋がる」からだ。

「馴染みのない文化や場所から生まれた音楽を聴く時、僕はその背景をもっと知りたくなるんです」とKurosawaは話す。「共感できる部分があると、世界の裏側で鳴っている音楽にも共通するものがあることを理解できるし、作り手と友達になれそうな気がしてくる。その感覚をみんなにも知ってほしいんです」

様々な壁を超越する体験の追求という点において、ライブにおけるユニバーサルな音楽体験もバンドの信条の1つだ。Kurosawa曰く、ステージ上で最も大切なことは「オーディエンスと繋がること」だという。そういう意味でも、パンデミックはバンドに大きな困難をもたらした。彼らは1年半にわたってステージから遠ざかることになったが、それほど長いブランクを経験したのは結成からの10年間で初めてだった。バンドは去年の後半にツアーを再開し、ヨーロッパと西海岸の各地でショーを行った。

『クモヨ島』と活動休止の理由

メンバーの5人はオフの期間中に日本でスタジオ入りし、『クモヨ島』のレコーディングに着手した。これまではステージ上で曲を十分に練ってからスタジオに入るというプロセスを基本にしていたが、最新作ではそれが叶わなかった。バンドはオーディエンスの反応を想像しながら曲作りをしていたというが、Kurosawaは同作が結果的に「宅録っぽい」レコードになったとしている。

「解放感はありましたね」。Kurosawaは笑顔でそう話す。

オーディエンスが目の前にいる状況を思い浮かべながら、メンバーたちと一緒に曲を書くというプロセスについて、Katsuradaは「マインドトリップしながらジャムっているみたいだった」と語っている。

過去2作では外部からコラボレーターを迎えた。2018年作『マサナ寺院群』はポルトガルのジャズマンであるブルーノ・ペルナーダスがプロデュースしており、昨年発表されたライブEP『Deep Fried Grandeur』ではシンガーソングライターのライリー・ウォーカーとコラボレートしていた。対照的に、最新作はメンバーたちだけで完成させている。

基本のラインナップに回帰した一方で、バンドのサウンドは明らかに進化している。『クモヨ島』にはリスボンで養われたファンクのカラーが色濃く現れており、特にマルチ奏者のKatsuradaによるホーンと様々なベル、そしてメロディックなパーカッションは印象的だ。新作はフラワーチルドレン的なムードが強く、ライブやEPに見られるハードでエッジーな部分はなりを潜めている。KatsuradaとDaoud Popalによるギターのトーンは、90年代のオルタナ/ファズの影響をはっきりと感じさせる。



パンデミックにより活動自粛を強いられていた間、東京で共同生活をしていた結成当時以来初めて、メンバー全員が日本に滞在していた。その時の経験は、2022年を「幾何学模様にとって最後の年」にするという決断を下すきっかけとなった。

「無期限の活動休止を決めた大きな理由の1つは、バンドとしての活動に100%集中できなくなったことです」とKatsuradaは話す。「友人どうしで始めたこのバンドに、僕らは全エネルギーを注いできました。20代の全てをこのプロジェクトに費やしたんです。メンバー全員がバンドとしての活動に、文字通り100%集中していました」

基本に立ち返ることで、彼らはKatsuradaのいう「純粋さとそこからくるエネルギー」を維持していくことの難しさを実感するようになったという。

「それがなきゃ幾何学模様じゃない、そう思ったんです」とKatsuradaは話す。

ロックダウンによって以前のように一緒に演奏できなくなったことで、彼らは先に進むべきだと悟った。メンバーの何人かは既に他のプロジェクトを始めており、KatsuradaとKurosawaがアムステルダムを拠点にしながら運営しているGuruguru Brainはその1つだ。同レーベルは今年、南ドイツの新作と日本発の「スペースロック・パワートリオ」ことDhidalah、そして「モダンなシンガポール産ファンク」のコンピレーションのリリースを控えている。自主レーベルの運営は、幾何学模様の活動にも大きな恩恵をもたらしていた。

「バンドとして優秀の美を飾りたい、そう思っています」とKatsuradaは話す。「レーベルを自分たちで運営しているからこそ、今の状況を生み出すことができたし、これからのことを実現させられるんです」

バンドの歩みと「架空の遊び場」

東京でも人口密度が特に高い、新宿区の街角で産声を上げた幾何学模様は、初期には高田馬場や高円寺の駅近くで路上ライブを行なっていた。Kurosawaはその理由について、チケットノルマをクリアできなかった場合は出演者が費用を負担するという、日本のライブハウスの一般的なシステムを避けるためだったと語っている。

また彼らは、ロカビリーやゴスロリなど日本ならではのスタイルを披露するコスプレーヤーたちの聖地、代々木公園でも演奏していた。幾何学模様の音源から伝わってくるサイケデリック・ミュージックへの並々ならぬ情熱は、ファンが漫画やスタイル、あるいは史実などに偏執的なこだわりを見せるオタク文化に通じるところがある。

「間違いないですね」とKurosawaは笑って話す。「オタクというよりマニアなんです。いいジャムをやるにはどうすればいいか、そればかり考えてる」



幾何学模様のサイケデリアへの傾倒は、サウンド面だけでなくスタイルにも現れている。GQは2018年に、60年代を思わせるファッションにこだわる彼らを「ここ10年間で最もおしゃれなバンド」と評した。実際、彼らの音楽にはファッション界からも熱い視線が注がれており、パリで行われたランウェイショーを彩ったり、最近ではグッチのキャンペーンにも起用された。

言うまでもなく、クラシックロックのファンが何時間にも及ぶことがある彼らのライブに足を運ぶ理由は、決してそのカラフルな衣装だけではない。彼らのショーの魅力の1つは、Kurosawaの弟のRyuによるシタールの音色とギターが生み出す滑らかなグルーヴを軸としたジャムだ。彼らはステージ上ではよりハードな一面を見せ、ギタリストたちが繰り出す唸りを上げるようなリフの数々は、オーディエンスをサマー・オブ・ラブと現代のモッシュピットの狭間にあるどこかへと連れ去る。

悶絶もののソロ、そしてメンバーのうち2人が確かな音楽的素養を持つという事実(Ryuはシタールについて学ぶためインドに留学し、Katsuradaは子供の頃から10年近くにわたってチェロを弾いていた)にも関わらず、Kurosawaは幾何学模様がテクニシャンの集まりだという見方を一蹴する。彼のドラム歴は10年程度に過ぎず、Katsuradaはここ1年ほどギターのレッスンを受けているという。Kurosawaは結成当初のジャムセッションについて、アンサンブルについて学びつつ、自分たちのサウンドを模索するプロセスだったとしている。その積み重ねは、今のバンドのアイデンティティとなっている。

「僕らは決して複雑なことをやっているわけではないんです。みんなで集まって音を出す、それがただ楽しくて。メンバー全員、本格的なバンド活動はこれが初めてだったんです」とKurosawaは話す。「バンドに入ったことはないけど、実は家でギターの練習をしている、そんな人々をインスパイアできればいいなと思っています」



ファンの目の前でジャムに没頭することの楽しさ、それは彼らが最後のツアーを行うことを決めた理由の1つだ。10月6日に行われるニューヨークのBrooklyn Steel公演で北米ツアーを締め括った後、バンドの最後のショーは東京で開催される。Kurosawaはツアーとアルバムについて、バンドの歩みを完結させるための最後のピースだとしている。

「これまでにリリースしたアルバムは、マサナ寺院や森のような庭園など、様々な場所を空想することで生まれてきました。島国で生まれ育った僕らにとって、それは音楽を介して作り上げた架空の遊び場のようなものでした」とKurosawaは話す。「クモヨっていうのは僕らのバンド名の一部であり、僕らのスタート地点である島の名前なんです。旅を終えて故郷に戻っていく、そういう感じですね」



幾何学模様
『クモヨ島』(Kumoyo Island)
2022年5月25日 国内盤CDリリース
数量限定Tシャツ・セットも同時発売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12735

FUJI ROCK FESTIVAL 22
2022年7月29日(金)、30日(土)、31日(日)新潟・湯沢 苗場スキー場
※幾何学模様は7月29日(金)に出演
公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/

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