ヒップホップはポップになり得るか? 歴史的フェスとなった「POP YOURS」を総括
Rolling Stone Japan / 2022年5月27日 11時0分
国内最大規模のヒップホップフェスティバル「POP YOURS」が、さる5月21日(土)と22日(日)、千葉・幕張メッセ国際展示場9〜11ホールで開催された。書籍『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』が話題の文筆家・ライター、つやちゃんはこの2日間にどんな意義を見出したのか。
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”2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ”――。
今回、国内最大規模として盛大に開催されたヒップホップフェス「POP YOURS」が掲げたメッセージである。数十年の歴史を重ねてきたこの国のヒップホップに対して、本イベントはあえて”2020年代の”と年代を強調し、さらには”ポップカルチャーとしての”という含みのある言葉を添えたステートメントを発表した。他に考え得る選択肢として、たとえば”長らく続くストリートカルチャーとしてのヒップホップ”という、多少の郷愁と安心感を潜ませた一文を書くこともできただろう。しかし、あくまで「POP YOURS」は”2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ”と主張したのだ。
たかが一文、と思うかもしれない。だが、フェスや大規模イベントにとって一貫した確固たる思想がどれだけ重要か、今の私たちは知っているはずだ。そして「POP YOURS」は、素晴らしい出演者たちが”2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ”を表現してみせることで、歴史に残るイベントとして盛大に幕を閉じた。現在のヒップホップの裾野の広さと懐の深さ、それらベクトルが多方面に向くことで、明らかにシーンが変わってきている事実が証明されたように思う。
歴史を見届けた現地の観客は、大半が20代を中心としたユース層だった点も興味深い。予想はしていたものの、実際にその光景を目の当たりにし衝撃を受けた人も多かっただろう。近年全国の無数のクラブで地道なライブを行ってきたヒップホップを体現する者、そこに集うリスナーたちが、一堂に会し集結されることで今起きている大きなうねりが可視化された。ただの音楽イベントではない、これはカルチャーなのだ――しかも今みるみる拡大している現在進行形としての。公の場で、そういったコンセンサスを得ることができた重要な機会だったとも感じる。
では、それらカルチャーがいまどのような裾野の広さと懐の深さを持ち合わせているのか? 多方面に向かっていた多彩なベクトルを、大きく4つの切り口で追っていきたい。
1. ヒップホップゲームの外部から
目に見えないルールの中でし烈な争いを展開するヒップホップゲーム、そのフィールドからやや外れたところからゲームへの侵入を図るべく好演を見せた出演者たち。いわばゲームから弾かれているラッパーたちの逆襲とも言える迫真の演技が印象に残った。一日目のトップバッターを飾ったdodoは、一般的に想起される画一的なヒップホップのショーのイメージからはかけ離れた、ピースフルなステージを披露した。数々のヒットナンバーで畳みかけ、「Im」では会場を一つにする。かつて、ディスを通してのいざこざで舞台から一度降りたこと、それら蘇る記憶。独自のキャリアを積んできた男が、最後は「kill more it」で自虐的に”キモい/キモい”と叫び続けステージを去っていったのだ。ヒップホップ・ボースティングに対する批評性を発揮することで状況を逆手に取る、dodoらしい戦い方に胸を打たれた。
dodo(Photo by cherry chill will.)
SKY-HIも同様である。他のフェスであればヘッドライナークラスを務めるかもしれないアーティストが、改めてヒップホップゲームに挑むべくラップスキルを前面に押し出したナンバーで、午前中の枠で勝負に出ていた。ピーナッツくんにも触れないわけにはいかない。ネタ消費という、自らに課せられた運命と戯れつつも「面白がられるわけではなく、ちゃんとカマしにきましたから!」と宣言し、多くの観客を沸かせた。トラップの重低音が会場中に鳴り響く。SKY-HIのラップスキルも、ピーナッツくんのビートも、それだけ聴くとヒップホップのど真ん中であり、優れたクオリティを誇っている。だからこそ、彼らは自信を持って真正面からゲームに挑む。苦難を乗り越えたうえでの彼らの真摯な姿勢に対して、それぞれ反応の大小はあったものの、少なくとも会場でアンチを唱える者はいなかった。
SKY-HI(Photo by Jun Yokoyama)
ピーナッツくん(Photo by cherry chill will.)
2. ヒップホップゲームのボトムから
今回、両日とも”NEW COMER SHOT LIVE”と称して新世代のラッパーたちがショーケースされた。初日のCandee、CYBER RUI、JUMADIBA、Sounds Deli、二日目のeyden、homarelanka、MFS、Skaaiといった8組である。特にCYBER RUIはこれまでの作品で設計していたリッチな音響が巨大な空間で映えており、Sounds Deliはメンバーそれぞれが多方向に向かいラップを届けつつもクルーとしてのグルーヴを失わず、ともに特筆すべき素晴らしいパフォーマンスを見せていた。
CYBER RUI(Photo by Jun Yokoyama)
Sounds Deli(Photo by Yukitaka Amemiya)
早い時間帯の出演者では、一日目のDADAと二日目のFuji Taitoも鮮烈な印象を与えることに成功した。この二人に限らずだが、やはりTikTokはじめSNSでバイラルヒットしている曲の盛り上がりは凄まじく、DADAの「High School Dropout」、Fuji Taitoの「Crayon」は会場の一体感を作り、多くの観客がステージに釘付けになっていた。DADAはAZUを、Fuji TaitoはBRIZAメンバーを引き連れ仲間とともに戦う。ゲームの序列を揺るがすような、地方コミュニティ発の確かな才能がボトムからめきめきと力をつけのし上がってきている。今のヒップホップシーンの新陳代謝が好循環でスピーディに進んでいる好例だった。
DADA(Photo by Jun Yokoyama)
Fuji Taito(Photo by Jun Yokoyama)
3. ヒップホップゲームの背後から
現行のシーンと共振しつつも、リスペクトされる対象として素晴らしい表現を届ける――その存在感と熟練の技で「POP YOURS」を背後から支えていた魅力あるラッパーたちもインパクトを与えた。たとえばそれは一日目のSALUであり田我流であり、PUNPEEであり、二日目のMONJUであり、5lackであり、BIMである。それぞれがやりたいことを自由に追求することで多様な音楽の魅力を伝えつつ、若い世代への敬意も欠かさない。SALUは「これから日本のヒップホップは凄いことになる。もっともっとでかくなる。みんなは証人になる。ここに来ている皆さんリスペクトです」とMCで語っていた。
SALU(Photo by cherry chill will.)
一日目のヘッドライナーとして車に乗り登場したPUNPEEの、作りこまれているが肩の力が抜けたエンタメショーは会場の空気をあたたかく包んでいた。どちらかというとストイックでダークな世界観のラッパーが多かった二日目と比較し、一日目の空気をユーモラスで対照的なものに作り上げたのはPUNPEEのキャラクター、それを”アリ”にするスキルの成せる業だったと思う。フリースタイルで「今日は声出せないけどヒップホップは元々声なき者のもの」と歌い、一方で「俺もYZERR君にもっと行けるって言われたい」とAwichのラインを引用しつつ下の世代を敬うスタンスも忘れない。同様の意味で、二日目のBIMもコミュニティの多彩な人物を振り向かせる強い求心力を見せていただろう。ギター・竹村郁哉(Yogee New Waves)、ベース・Shingo Suzuki(Oval)、ドラム・So Kanno(BREIMEN)、キーボード・TAIHEI(Suchmos)という豪華な面々をバックに、数々のヒットナンバーで沸かせた彼のステージはハートフルなものだった。
PUNPEE(Photo by Yukitaka Amemiya)
BIM(Photo by Jun Yokoyama)
MONJUや5lackは、ラップとビートの戯れ、その硬質な音の響きこそがヒップホップの神髄であると語っているようだった。その思想で言うならば、キャリアとしては2010年代半ば以降のデビュー組ながらも、90sヒップホップへの憧憬を渋いラップで畳みかけ表現したKANDYTOWNにも同様のスタンスを感じた。純粋なるラップの楽しさに身を任せていたVaVaにJJJ、C.O.S.A、Daichi Yamamotoといった面々もそう。個人的には、めくるめくラップでひたすら押していくシンプルなステージを披露した¥ellow Bucksにも真摯なラップ愛を嗅ぎ取った。どれだけトレンドが移り変わろうと、そこにビートがありラップを乗せさえすればヒップホップが生まれる。KANDYTOWNがここぞとばかりに展開したウータン・クランの「C.R.E.A.M.」使いはそれを証明していたし、ヴァイブスさえあれば小さい箱のグルーヴを幕張メッセでも再現できることを知らしめた。
MONJU(Photo by Yukitaka Amemiya)
KANDYTOWN(Photo by Jun Yokoyama)
¥ellow Bucks(Photo by Daiki Miura)
4. ヒップホップゲームの頂上で
2020年代のいま、ゲームを司りながら頂点にいるラッパーたち。一日目、OZworldの安定感のあるステージは本当に素晴らしかったし、LEXとJP THE WAVYは次から次へとヒット曲を繰り出した。会場は総立ち、異常とも言える熱気に包まれたパフォーマンスは、次の瞬間からその興奮がSNSにポストされインターネット中を駆け巡る。「POP YOURS」では多くのラッパーがリリースされたばかりの曲/近々リリースする曲をお披露目したが、LEXの「大金持ちのあなたと貧乏な私」とJP THE WAVYの「Mango Loco」は、新曲でありながらも皆がリリックを歌えており、現在の二人の人気を物語っているように感じた。彼らによる「なんでも言っちゃって」、さらにOZworldも含めた豪華マイクリレー曲となった「WAVEBODY」は、一日目のハイライト。JP THE WABYは頂上からこう語る。「SALUが俺を引っ張ってくれて俺がLEXを引っ張った。できれば3人でセッションしたかった」。
OZworld(Photo by cherry chill will.)
LEX(Photo by cherry chill will.)
JP THE WAVY(Photo by Daiki Miura)
二日目は、kZmやTohji、Awich、そしてBAD HOPらが頂点の座にふさわしい迫力あるパフォーマンスで場を制圧した。kZmのステージからはもはやロックに接近するような疾走感あふれるノリを感じたし、TohjiのマイペースなMC含めた表現はやはり唯一無二であった。EDMかのごとくドロップでの盛り上がりを見せた新曲で、若者が盛大に沸く。何という熱狂的な光景か。
Awichの劇的な演出には多くの観客が涙しただろう。ややもするとベタ性ぎりぎりの際どいところで展開されるとも言えるそれら表現は、しかしAwichの覚悟と使命からなる歌とラップにより、決して安易なドラマに流されることはない。この規模の会場で、一瞬一瞬の緊張感を弛緩することなく立ち上がらせていく尊さ。情感にたっぷり浸された会場だったがゆえに、その流れでヘッドライナーを務めるBAD HOPにとってはかなり難しい空気だったに違いない。けれども、クールかつ痺れる表現でそのムードを刷新していった彼らのパフォーマンスはやはり圧巻の一言であった。会場全体に響き渡る地響き、圧倒的な存在感。全く隙のない、完璧な幕引きだったと思う。
kZm(Photo by cherry chill will.)
Tohji(Photo by Daiki Miura)
Awich(Photo by cherry chill will.)
ヒップホップはポップになり得るか?
国内ヒップホップシーンの裾野の広さ/懐の深さが様々なベクトルから示された「POP YOURS」だったが、”2020年代のポップカルチャーとしてのヒップホップ”を考えるうえで最も示唆的だった好対照な二人を、最後に挙げたい。STUTSとRalphである。多くのラッパーのステージに登場したSTUTSのパフォーマンスから、私たちは何を得ただろう? 当然だが、ヒップホップはラップが全てではない。汗だくになりながらサンプラーと格闘し、生まれたかっこいい音にラッパーが群がるという、ヒップホップ本来の姿をSTUTSは教えてくれた。ビートメイクから派生するコミュニティやヴァイブス! ゆえに、BIMがMCで伝えていた「DJ、ビートメイクしてる人いますか? 来年は一緒にこのステージに立ちましょう!」という台詞は重要だ。いつものごとく、自身のステージできちんとDJタイムを設けていたAwichも同様である。ヒップホップの多面性は、そういったところでもしっかり描かれていた(会場に展示されていたGUCCIMAZEはじめとする作家による多数のアート作品も素敵だった。言うまでもなく、あの展示は2020年代の”グラフィティ”であろう)。
STUTS(Photo by Yukitaka Amemiya)
そして、Ralph。早い時間帯では考えられないくらいの狂騒的な盛り上がりに、彼のプロップスが光の速度で積みあがっている事実を実感した。暴力的なドリルビートが振動する中で披露された低い声でのラップは、今のヒップホップが怪しいユースカルチャーとして成立している不気味さを体現しているようで、わくわくした人も多かっただろう。印象的だったのは、彼が放ったMCである。「ポップになる気はさらさらなくて」と言いながら、「じゃあどうするかというと、アンダーグラウンドな奴を増やしにここにきた」と告げる。会場が大きく沸いたのは言うまでもないが、それはRalphなりの定義であり、これからヒップホップが多くのリスナーに聴かれていくうえで、ポップの定義はそれぞれが自由に描いていくべきなのだろう。ただ間違いないのは、「POP YOURS」で披露されたヒップホップは多彩で、十分に自律的で「ポップ」だったということだ。メディアが無理やり”ポップな”色を付けなくとも、大手広告代理店が”ポップな”編集を加えなくとも、草の根で育まれ互いが様々なベクトルで影響を与え合う、その自律性のもとひたすらにステージを熱くするプレイの数々が、十分にポップなものとして機能していた。
Ralph(Photo by Jun Yokoyama)
一方で足りないピースがあるとするならば、女性の出演者ではないだろうか。日本のヒップホップの多彩さを証明するためには、それこそ自律的/自然発生的に生まれている多くの女性のラッパーをもっと見せていくべきであろう。STUTSのステージに登場した鈴木真海子、Tohjiに客演したElle Teresa、さらに展示アートで参加した田島ハルコなどを含めても、やはりその数は不足していたと感じる。
反省も包括しながら、恐らくこの地点をきっかけに日本のヒップホップはさらに大きくなっていくに違いない。2010年代半ば以降生まれた(トラップを中心とした)近年のヒップホップの盛り上がりは、「POP YOURS」によってすでに歴史化されようとしている。様々な音楽性やジャンルが混沌とし個性を放つ、次なる2020年代の新たなヒップホップが始まった。もしかすると、日本のヒップホップは、この新たな息吹きに満ちたイベントを機にようやく「さんピンCAMP」的文脈やその縛りから(公に)解き放たれるのかもしれない。もちろん、それはさんピンを否定することと同義ではない。恐らく、新世代の自由な表現の積み重ねの上に、さんピン世代が再解釈される日もやって来るだろう。歴史を解釈していくことこそが、ヒップホップの本質であるがゆえに。
だからこそ、ますます目が離せない。このゲームは、「POP YOURS」によって新たな局面へ駒を進めた。さぁ、次は誰がゲームの潮目を変える? 可能性は、あらゆる人に開かれている。
【写真ギャラリー】「POP YOURS」ライブ写真まとめ(記事未掲載カット多数)
「POP YOURS」公式サイト:https://popyours.jp/
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